第一九八話 対面
・前回までのあらすじ
マルセルは『エリンディア遺跡』より失われた太古の成果物が、違法な決闘ゲーム『ジングシュピル』にて驚異的な性能の一端を披露したオートマータ『エリス』に何か関係があるのではと考え、その主であるミュラー男爵に取り入るべく策を巡らせていた。
マルセルは『ミュラー男爵』と接触するべく、資料捏造の作業を行う。
『シュネス平安財団』が、男爵領の地下資源を欲する相応の理由が必要となる為だ。
とはいえ最終的には男爵が行っている違法な粉飾決算を理由に、取り引きは反故とする予定だった。
大使館職員であり『シュネス平安財団』に所属するクルーゾーは、参加メンバーに『ミュラー男爵』の写真を提供すると共に『ウェルバーグ公国』内に築いた独自の人脈を通じて男爵の動向を探った。
男爵との接触は可能な限り偶然を装いたいという、マルセルの意向を汲んでの行動だ。
程無くしてクルーゾーは、革新派の貴族達が集う立食パーティに『ミュラー男爵』も参加するという情報を掴む。そのパーティにマルセルは『シュネス平安財団』の一員として参加する事を決めた。
革新派貴族達が集う立食パーティは、革新派を束ねる大伯爵の邸宅にて行われていた。
主催の伯爵は『ジングシュピル』の胴元であるとも噂されている。
そんな伯爵邸の主屋一階に設けられた、広大なホールがパーティ会場だ。
磨かれた大理石の円柱、天井はリブ・ヴォールト様式、シャンデリアが眩く煌めく。
純白のクロスが敷かれた丸テーブルには贅を尽くした料理が並ぶ。
立ち居振る舞いの洗練された給仕たちが、着飾った貴族達にシャンパンをサーブする。
紳士然とした黒いタキシード、香水と白粉を纏う婦人たちはバッスルドレス。
ホールの一角では四人編成の弦楽団が、心地の良い音色を奏でている。
マルセルはクルーゾーの部下・フルニエ達と共に、パーティ会場へ赴いた。
フルニエは『シュネス平安財団』の代表代理役であり、マルセルはその付き人だ。
他のメンバーは秘書役が一人、またマルセル以外にも付き人役が一人。
そして『シュネス平安財団』をパーティに招いたという役柄のクルーゾー。
残る一人は運転手役として、外での待機を頼んだ。
フルニエはクルーゾーと共に仕立ての良いタキシードで身を固め、微笑みを浮かべて会場を歩く。彼らは外交使節団員特有の穏やかな物腰で、誰に対しても愛想良く振る舞う事が出来る。どの様な場でも溶け込めるという才能を有しているのかも知れない。
フルニエとクルーゾーの後ろに続くマルセル達は、同色の地味なラウンジスーツ姿だ。
『ミュラー男爵』と接触するにあたり、目立たぬよう気を配っていた。
会場内を巡る中でクルーゾーが、知り合いの貴族と挨拶を交わす。
気心の知れた間柄なのだろう、その貴族はクルーゾーの肩を叩きながら笑顔で言う。
「珍しいな、君とこんなところで会えるとはね」
「ええ、今日は『エルザンヌ共和国』の『シュネス平安財団』のメンバーにアレンジを頼まれましてね」
クルーゾーは明るい口調で応じる。
相対した貴族は何度も頷き、親しげに目を細める。
『シュネス平安財団』は『エルザンヌ共和国』のシンクタンクではあるが、国際交流を目的とした団体であり、財団のトップである『シュネス伯』は、現在の『ウェルバーグ公国』主流派より、革新派貴族達との距離感が近い事でも知られている。故にこのパーティへの参加も容易だった。
その時、財団代表代理役を務めるフルニエが、軽く右手を挙げる。
背後のマルセルに合図を送ったのだ。
マルセルはフルニエを見遣ると、フルニエは自身が見つめる視線の先を顎で示した。
そこには歳若い貴族が、数人の女達と共にシャンパンを愉しむ姿があった。
その姿、顔立ちは、事前にクルーゾーが手配した写真の被写体と合致していた。
『ミュラー男爵』だった。
小太りな体型を包む白いシャツに白いクラバット、刺繡が入った赤紫色のコート。
鹿革のボトムに磨かれた黒いブーツ、どこかレトロな装いだ。
頭髪はブラウンで青い瞳、口許に髭を蓄えているが、その顔立ちは些か軽薄に見える。
右手の指に挟んだグラスを傾けつつ、フィンガーフードを口に運ぶ。
周囲に集まる女達の装いも、貴婦人という気配では無かった。
ウエストをきつく絞ったコルセットドレスは、胸元が大きく開いており煽情的だ。
秘書役を務める男が談笑を続けるクルーゾーに近づき、耳打ちする。
状況を把握したクルーゾーは頷くと、笑顔で貴族に伝えた。
「……おっと失礼、仕事の時間みたいです」
「はは、立食パーティと言えど実際には仕事の延長みたいなものだからね、お互い様だ。また後ほど機会があれば」
「是非ともよろしくお願いします」
貴族との会話を切り上げたクルーゾーは、フルニエに対して慇懃に目礼する。
もちろん演技だ、フルニエもまた鷹揚に頷いてみせる。
そのままクルーゾーは、フルニエとマルセル達を『ミュラー男爵』の所へ案内する。
男爵の前で立ち止まったクルーゾーは、微笑みと共に挨拶の言葉を口にした。
「――失礼、お時間を宜しいでしょうか? ミュラー男爵」
「ん? ああ失敬……ええと、君たちはその、どなたでしょうかね?」
シャンパンで酔いが回っているのか、ミュラー男爵は赤ら顔でこちらを見遣る。
周囲の女達もおしゃべりを止め、こちらを見つめる。
クルーゾーが言った。
「私は『エルザンヌ共和国』大使館員のクルーゾーと申します。こちらは『シュネス平安財団』の平安構築研究室長・ドラジ氏です。ミュラー男爵にお目通り願いたいと、案内を頼まれまして……」
「初めまして。『シュネス平安財団・平安機構研究室長』グビラ・ジュモ・ドラジです」
クルーゾーの紹介を受けたフルニエは『ドラジ』の偽名を名乗り、右手を差し出す。
ミュラー男爵は姿勢を正すと握手に応じた。
「どうも初めまして、ナリバール・ガゼール・エリヒ・ミュラーです」
次いで傍らの女に声を掛け、シャンパンの注がれたグラスを二つ用意させる。
それらをクルーゾーとフルニエに勧めながら、男爵は続けた。
「ええと……『シュネス平安財団』ですか? 確か国際交流と福祉事業を目的とした団体だと聞いておりますな。この度は私を訪ねていらしたとの事で……どういったご用件でしょう?」
フルニエはグラスを受け取りながら、にこやかに口を開いた。
「はい、ミュラー卿が仰った通り、私ども『シュネス平安財団』は福祉事業にも力を入れておりまして、近々革新的な『義肢』の開発を目指す予定でございます」
「ほう」
「近年、大規模な戦禍は縮小傾向にあるものの、未だ突発的な衝突が各国で発生しており、社会復帰の難しい傷痍軍人も少なく無い状況……この問題に『シュネス平安財団』はメスを入れたいと考えておるのです」
「ほう」
フルニエは澱み無く言葉を並べる、予め取り決めておいた内容だ。
ミュラー男爵は酔いもあってか、話の内容を上手く咀嚼出来ていないのかも知れない。
相槌を打つ表情はどこか弛緩している。
しかし、次に発したフルニエの言葉を聞き、ミュラー男爵は目を見開いた。
「聞けばミュラー卿は錬成加工に必要な、水酸燐灰石や方解石といった鉱石の採掘を取り扱っておられるとか。我々は今、良質な錬成加工素材を探し求めておりまして、宜しければ詳しく話をお伺いしたいのです」
「ほう、ビジネスの話ですか!」
嬉しそうな声を上げ、男爵は相好を崩す。
そして周囲の女達に視線を送ると、どうだ? とばかりに微笑み掛けた。
社交界で自分が必要とされている様子をアピールしているのだろう。
そんなミュラー男爵の様子を、マルセルは灰色の醒めた瞳でじっと凝視していた。
・マルセル=達士、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。
・大使館員・クルーゾー=エルザンヌ共和国の大使館員でシュネス伯の配下。
・大使館員・フルニエ=クルーゾーの部下でありシュネス伯の配下。
・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。
・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。




