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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六一話 開始

・前回のあらすじ

闘技場にて対峙するエリーゼとマグノリア。マグノリアは決死決着を口にするが、エリーゼはカトリーヌの想いを告げ、死を以ての決着を避けたいと提案する。しかしマグノリアはそれを拒否、死を以ての完全決着に強い決意を滲ませる。

「――トーナメント戦に於ける決着のルールは三つ! 損壊沈黙即敗北! コッペリアによる敗北宣言! ならびに介添人による敗北宣言! この三つを以って決着とします!」


 演壇の伝声管に向かって司会進行の男が叫ぶ。

 観覧席に群れ集う貴族達は、闘技場中央で向かい合う二人のコッペリアに釘付けだ。

 純白のドレスと白銀に煌めく鎧を纏った、新進気鋭の小さな美姫――エリーゼか。

 漆黒の修道服を纏った蛇の女王、伝説に彩られたかつてのレジィナ――マグノリアか。


「可能ならば――」


 再びエリーゼが口を開く。

 六メートル先に立つマグノリアに向けて言った。

 

「――シスター・カトリーヌの望みを叶えたいと思うのです……『決死決着』では無い道を……」


「くどい」


 断絶を示す一言を以て、マグノリアはエリーゼの言葉を遮る。

 両脚を肩幅に開いた仁王立ち。

 右手には長さ三〇センチの針。

 顔は伏せられているが、漆黒の瞳は真っ直ぐにエリーゼを捉えている。

 無造作な立ち姿に見えるが、微塵の隙も無かった。


「それでは、お互いに構えて!」


 司会進行を務める男の声が、闘技場内に反響する。

 同時に、観覧する貴族達が徐々に声を潜め始める。

 仕合開始直前――その緊張感を愉しんでいるのだ。


 エリーゼが、ゆっくりと顔を上げる。

 冷たく光る紅い瞳が、黒衣のマグノリアを改めて捉える。

 そこには憂いの色など、微塵も無かった。

 冷酷なまでに研ぎ澄まされた視線だった。


 その視線をマグノリアは、臆する事無く受け止める。

 鈍く光る黒曜石の如き瞳に、紅色の瞳が映り込む。

 

 エリーゼは背筋を伸ばして足を揃え、真っ直ぐに起立している。

 過去三仕合と同様の無構えだ。

 ――が、この日は違った。

 手にしたロングソードを、おもむろに鞘から抜き始めたのだ。

 白々とした刃の煌めきが、徐々に革製の鞘から解き放たれて行く。

 タイトな純白のドレスが揺れ、腕を覆う白銀の鎧から仄かに蒸気が立ち昇る。


 ゆるりと抜剣するエリーゼの姿に、貴族達は見入る。

 光る長針を右手に立つマグノリアの姿に息を飲む。

 白と黒のコッペリアが二人、皆が固唾を飲んで見守っている。

 ひりつく様な静寂が、観覧席に広がって行く。

 空気が怖いほどに、張り詰めて行く。

 鋼のワイヤーが、ギリギリと音を立てて千切れそうな感覚。

 そして次の瞬間。


「始めぇ……っ!!」


 仕合の開始が高らかに宣言された。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 宣言と同時に動いたのはエリーゼだった。

 後方へ一歩、二歩、三歩。

 素早く、大きく、バックステップを重ねて距離を取る。

 更に四歩め、その四歩めでエリーゼは、地を蹴りざま後方へ身体ごと回転、跳ね上がった。

 同時に幾筋もの光線が、風切り音と共に弧を描き、エリーゼの周囲を走り抜ける。

 『ドライツェン・エイワズ』に備わる金属アームから放たれた、フック付きの特殊ワイヤーだ。

 大腿部のベルトより複数のスローイング・ダガーを抜き出し、辺り一帯を薙ぎ払ったのだ。

 後方旋回しつつ跳躍したエリーゼは、縦横に飛び交う特殊ワイヤーとダガーが閃く向こう側へ、爪先にロングソードの柄頭を捉え、鋭い切っ先の一点にて着地した。


 逆立つロングソードの上に起立するエリーゼは、川面に立つ白い水鳥を思わせる。

 いや――むしろその身に魔を宿した鳥、何か不吉な魔鳥を髣髴とさせる。

 重力を無視した立ち姿を取り囲む様に、チリチリと光を乱反射させる半透明の球体が漂う。

 数にして四つ。

 特殊ワイヤーにて操作され、空中にて高速旋回を続けるスローング・ダガーだ。


 過去の仕合に於いてもエリーゼは、剣の上に立つという独特の構えを見せていた。

 しかし仕合開始と同時に、この構えを取るのは初めてでは無いか。


 観覧席の貴族達はざわめきと共に、その意味を考察する。

 これまでのエリーゼは、仕合が佳境を迎えると剣の上に立ち、反撃に転じていた。

 その経緯を考えるならこれは、初手から全力を尽くさんという事か。

 或いは万全の構えを取りつつ距離を大きく取り、相手の出方を伺おうという構えか。

 それはつまり『見』に回ると同時に、何時でもカウンターが取れる態勢を整えたという事か。


「……」


 対するマグノリアは動かない。

 後方へステップし、更に背面へ跳躍して構えるエリーゼを、不動のまま見送る。

 両手を下方へ垂らしたまま、エリーゼの姿を、動きを、凝視している。


 だが、それも束の間だった。

 何の前触れも無く、マグノリアは歩き始めたのだ。

 黒衣の裾を軽く翻し、歩を進める。

 どうという構えも取らない、右手の針も下方へ垂れたままだ。

 互いの距離は一五メートル。

 その距離故に、攻撃を苦にしていないという事か。

 そう思えるほどに無防備な接近だった。


 ゆっくりと近づくマグノリアを、剣の上に立つエリーゼは、静かな眼差しで見据えている。

 白銀の鎧に包まれた左右の腕は、特殊ワイヤーを繰るべく波打つ様に踊り続けている。

 タイトな白いドレスに包まれた小さな身体の周囲では、四つの光球がゆらりと浮遊している。

 その有様は、古の伝承に登場する小さな妖精――ピクシー達を想起させた。


 ――と、次の瞬間。

 宙を舞うピクシー――光球のうち二つが、残像の帯を引き閃光と化した。

 そのまま歩み寄るマグノリアへ襲い掛かる。

 銀色の軌跡が稲妻の如き苛烈なラインを、空間に描き上げる。

 鋭い切っ先が不規則な挙動を示しつつ、二方向から黒衣に迫る。


 一本は、左斜め上空から肩口へ。

 もう一本は、後方斜め下から腰部へ。

 無造作に歩くマグノリアは、この光速かつ変則な攻撃をいかに凌ぐか。


 対応は、僅か半歩だった。

 足を止めたマグノリアは、僅かに半歩のみ退いた。

 その半歩にて半身となり、肩口への攻撃を紙一重で、しかし余裕を以て回避する。

 同時に後方から腰へと跳ね上がるスローイング・ダガーが、火花と共に弾き飛ばされる。


 いったいどの様に弾いたのか――答えはマグノリアの左手だ。

 腰に装備したククリナイフを、抜刀していた。

 半身のままに刃を振るい、背後から迫るスローイング・ダガーを弾いたのだった。


「……ふんっ」


 抜き放たれたククリナイフは、更に青白い残光を伴って閃く。

 流れる様な身のこなしから放たれた、マグノリアの一閃。

 流麗極まるその一閃が、再び空中に火花を生み出していた。


 打ち据えられたのは、黒衣の脇腹へ密かに滑り込もうとしていた、スローイング・ダガーだ。

 それは最初の攻撃にて使用されたダガーだった。


 最初の攻撃――つまり肩口を狙ったスローイング・ダガーを、紙一重で回避した直後。

 そのダガーが空中にて軌道を変化させ、再度マグノリアに襲い掛かったのだ。

 本来なら有り得ぬ挙動だ、しかしフック付きの特殊ワイヤーで繋がれたダガーは、ワイヤーを操作するエリーゼの思うがまま、空中での強烈な挙動変化が可能だ。

 しかしそんな死角から襲い来る二度目の攻撃も、マグノリアは的確に反応、防いでいた。

 

 彼方へと弾かれた二本のスローイング・ダガーは、床の上に弾けて転がる。

 ――が、いずれのダガーも、意志を有した生き物の様に跳ね上がり、再び宙を舞った。

 長剣の上に起立するエリーゼが、特殊ワイヤーを用いて引き寄せたのだ。


 再びエリーゼの周囲に、四つの光球が浮遊する。

 その状況は、仕合開始直後と全く同じだ。

 ただ、二人の距離のみが僅かに縮んでいる――凡そ一〇メートル。


 観覧席から大歓声が湧き上がった。

 一瞬の交錯に対する賞賛と興奮がもたらす歓声だった。

 そんな歓声の中にあっても、エリーゼとマグノリアの表情は僅かほども変わらない。

 ただ――マグノリアが小さく呟いた。


「……どこからが詐術か、悩ましいものだな」


 再び歩き始めた。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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