第一六〇話 正道
・前回までのあらすじ
全ての準備を終えたエリーゼは、マグノリアとの仕合に臨む。しかし仕合直前、迷うカトリーヌに対して、エリーゼは決死に拠らぬ決着を目指すと約束する。
白き姿を朱に染め! 静寂斬り裂く不可視の一閃!
可憐なるかな夢幻の乙女! 玄妙極まる至高の一閃!
我らの誓いを聖女に示せ! 我らの祈りを聖女に捧げよ!
我らの技術を聖女に示せ! 我らの闘争聖女に捧げよ!
管弦楽団の演奏に合わせ、すり鉢状の観覧席に群れ集う貴族達が声を張り上げた。
顔を紅潮させ、シルクのシャツに汗染みを作り、オペラグラスを握り締めては聖歌を叫ぶ。
熱気渦巻く円形闘技場内に響き渡るのは、戦乙女の入場を彩る怒涛の混声合唱だ。
演奏と合唱が轟く中、闘技場西側に設けられた巨大な鉄扉が地響きと共に解放される。
姿を現したのは、純白のコルセットドレスを纏う小さな美姫――エリーゼだった。
闘技場にて仕合うのは、これで四度目。
多くの貴族達がエリーゼの実力を認め、華麗かつ凄惨な仕合の観戦を熱望していた。
エリーゼが静かに入場する、途端に観覧席からどよめく声が湧き上がった。
これまでとは異なる装備であった為だ。
肩から腕を覆う白銀の鎧――『強化外殻』の存在に、皆が驚いていた。
背中に装備された『ドライツェン・エイワズ』に加えて『強化外殻』の腕部。
共に淡く蒸気を吐き出しては、エリーゼの背後に仄白い軌跡を描いて残す。
蛇腹構造を有するガントレットに覆われた両手が携えし得物は、ロングソード。
大腿部に巻かれたベルトのホルダーには、十六本ものスローイング・ダガー。
素足のままエリーゼは、闘技場に敷き詰められた石畳の上を静かに歩く。
やがて闘技場中央、開始位置に辿り着くと足を止めた。
続いて闘技場東側の鉄扉が、低く軋みながら開かれる。
歩み出て来たのは、黒い修道服を纏った長身のシスター――シスター・マグノリアだ。
腰まで届くウェーブ掛かった漆黒のロングヘアに、冷たく光る漆黒の瞳。
観覧席に居並ぶ貴族達のボルテージが上がり、入場の聖歌が高らかに謳い上げられる。
不義を許さぬ漆黒の兵! 邪悪退け王道楽土築かん!
不動に縛りて怨敵断罪! 邪気打ち払いし蛇の女王!
我らの帝都に正義をもたらせ! 我らが帝都の正義を示せ!
我らが聖女・グランマリーに示せ! 我らの正義を示し給え!
管弦楽団の壮麗な演奏と、清濁入り混じる大合唱が降り注ぐ中、悠然と歩く。
端整に整った相貌は美しく、しかし抜き身の刃よりも研ぎ澄まされていた。
足元は編み上げブーツであり、両手に得物は見当たらない、素手だ。
しかしシスター・マグノリアの武装が『針』である事は周知の事実だ。
恐らくは懐に忍ばせてあるのだろう。
――が、ここで多くの観客が或る事に気づく。
マグノリアの腰に、前回使用していなかった見慣れぬ武器が吊るされている事に。
幅広のショートソードを思わせるがそうでは無い。
革製の鞘に納まった刃が分厚い、斧か鉈を思わせる。
しかも内側に湾曲している、刃渡り四五センチほどか。
この円形闘技場で使用された事の無い刀剣だ。
しかし観覧席に集う貴族達の何割かは、その刀剣が何であるのかに気づいた。
いわゆるククリナイフ――遥か東方の異国にて使用されている軍刀の類いだ。
マグノリアはこの仕合、針に加えてククリナイフを使用するという事か。
針で脚を止め、ククリナイフでとどめを刺すという事か。
エリーゼの入場時に続き、再び観覧席がざわめいた。
漣にも似たざわめきを、気にする事無く歩くマグノリアは、やがて足を止めた。
闘技場中央、六メートルの距離を置いてエリーゼと対峙する。
「……三〇年前だ、『エリス』。『ウェルバーク公国』で、決闘ゲーム『ジングシュピル』に参加している貴様を見た」
マグノリアは錆びた声で、おもむろに告げた。
漆黒の双眸で、真っ直ぐにエリーゼを捉えていた。
「仰る意味を掴みかねます」
エリーゼは静かに応じる。
どうという感情の変化も読み取れない声音だ。
「貴様の武装は特殊だ。そんな物を使用するオートマータは二人といまい」
「左様でございますか」
投げ掛けられた言葉を、エリーゼは受け流す様に答える。
マグノリアは無造作に続ける。
「この仕合は『決死決着』が認められている。この場で貴様を討ち果たそうと、それは仕合の決着として妥当な事柄だ」
「承知致しております」
逡巡無くエリーゼは同意を口にする。
――が、一呼吸の後。
続く言葉に僅かな憂いが滲んだ。
「ただ――シスター・カトリーヌは『決死決着』を望んではおりませんでした」
その一言に、マグノリアの瞳が鈍く光る。
エリーゼを見据えたまま言い放った。
「――言った筈だ、私は道を違えぬと」
心胆寒からしめる、地を這うが如き声だ。
小心な者ならこれだけで息が詰まるだろう。
マグノリアは低く断言する。
「私は己が裡に在る尺度に照らし正道を歩んでいる。貴様を討つ事に一切の迷いは無い」
「私は自身の裡に湧いた迷いを、拭う事が出来ずにいます」
そう答えながらエリーゼは、軽く眼を伏せた。
マグノリアの黒い瞳が、凄みを帯びる。
「貴様……」
その時、二人の会話を断ち切る様に、闘技場内に備わった拡声器から大音声が響いた。
オーケストラピット脇の演台前、スーツを着込んだ司会進行の男が叫ぶ。
「お待たせ致しました! 只今より、ガラリア皇帝陛下・第二皇子! エリク・ドミティウス・ドラージュ・ガラリア様が主催! 特別トーナメント準決勝! 第一仕合を! 執り行います!」
その宣言に、貴族達で埋まる観覧席から大歓声が湧き上がった。
男は演台に両手を着き、卓上に並ぶ伝声管に向かって更に声を張り上げる。
「西方門より出でし戦乙女っ! 彗星の如くに姿を現し、連勝を重ねる白き妖精! 魔法の如き刃の閃きは縦横無尽! 今宵も魅せるか玄妙なる秘技! グランギニョール戦績三戦三勝! 衆光会代表! エリィイイイイゼェエエッ!!」
響き渡る歓声が、円形闘技場に籠る熱気を攪拌する。
演壇に向かう男は右腕を振るうと、次いでマグノリアを示した。
「続いて東方門より出でし戦乙女っ! 時を超えて蘇る蛇の女王! 至高の魔力にて敵を縛る! 伝説的とも言うべき強者! 教皇マリーに仕えし漆黒の信徒! グランギニョール戦績十二戦無敗! 枢機機関院代表! マグノォオオリアァアアッ!!」
爆音にも似た怒涛の大歓声が、熱気渦巻く闘技場内の隅々にまで轟いた。
更には激しい足踏みが、地鳴りの如くに反響する。
――トーナメント決着のルールは三つ、損壊沈黙即敗北、コッペリアによる敗北宣言、 ならびに介添人による敗北宣言、この三つを以って、決着とします……演壇に立つ男が仕合のルールを告げている。
口上が響く中、エリーゼは俯いたまま口を開いた。
「――作法を踏まえさせて頂きます」
「無用だ」
黒衣の裾を揺らして仁王立ちとなったマグノリアは、断ち切る様に言った。
両手を下方へ垂らし、右手には長さ三〇センチほどの針が握られていた。
「貴様の囀りには毒がある」
「……」
そう吐き捨てたマグノリアに、エリーゼは応じない。
マグノリアは凍てつく眼差しで、エリーゼを見遣る。
「――『ウェルバーク公国』の『ジングシュピル』で貴様は『墓場鳥のエリス』と宣言していた。櫟の木の実を啄み、その身に毒を宿していると。その頃から貴様は何も変わらない、貴様が背負う特異な武装、そして詐術を用いる流儀」
「……」
「改めて言う。私は道を違えぬ。正義正道を貫くべく、貴様を必ず討ち果たす」
漆黒の瞳は、些かの揺らぎも見せなかった。
・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。
・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。




