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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六〇話 正道

・前回までのあらすじ

全ての準備を終えたエリーゼは、マグノリアとの仕合に臨む。しかし仕合直前、迷うカトリーヌに対して、エリーゼは決死に拠らぬ決着を目指すと約束する。

 白き姿を朱に染め! 静寂斬り裂く不可視の一閃! 

 可憐なるかな夢幻の乙女! 玄妙極まる至高の一閃!

 我らの誓いを聖女に示せ! 我らの祈りを聖女に捧げよ!

 我らの技術を聖女に示せ! 我らの闘争聖女に捧げよ!


 管弦楽団の演奏に合わせ、すり鉢状の観覧席に群れ集う貴族達が声を張り上げた。

 顔を紅潮させ、シルクのシャツに汗染みを作り、オペラグラスを握り締めては聖歌を叫ぶ。

 熱気渦巻く円形闘技場内に響き渡るのは、戦乙女の入場を彩る怒涛の混声合唱だ。


 演奏と合唱が轟く中、闘技場西側に設けられた巨大な鉄扉が地響きと共に解放される。

 姿を現したのは、純白のコルセットドレスを纏う小さな美姫――エリーゼだった。

 闘技場にて仕合うのは、これで四度目。

 多くの貴族達がエリーゼの実力を認め、華麗かつ凄惨な仕合の観戦を熱望していた。


 エリーゼが静かに入場する、途端に観覧席からどよめく声が湧き上がった。

 これまでとは異なる装備であった為だ。

 肩から腕を覆う白銀の鎧――『強化外殻』の存在に、皆が驚いていた。

 背中に装備された『ドライツェン・エイワズ』に加えて『強化外殻』の腕部。

 共に淡く蒸気を吐き出しては、エリーゼの背後に仄白い軌跡を描いて残す。 

 蛇腹構造を有するガントレットに覆われた両手が携えし得物は、ロングソード。

 大腿部に巻かれたベルトのホルダーには、十六本ものスローイング・ダガー。

 素足のままエリーゼは、闘技場に敷き詰められた石畳の上を静かに歩く。

 やがて闘技場中央、開始位置に辿り着くと足を止めた。

 

 続いて闘技場東側の鉄扉が、低く軋みながら開かれる。

 歩み出て来たのは、黒い修道服を纏った長身のシスター――シスター・マグノリアだ。

 腰まで届くウェーブ掛かった漆黒のロングヘアに、冷たく光る漆黒の瞳。

 観覧席に居並ぶ貴族達のボルテージが上がり、入場の聖歌が高らかに謳い上げられる。


 不義を許さぬ漆黒の兵! 邪悪退け王道楽土築かん! 

 不動に縛りて怨敵断罪! 邪気打ち払いし蛇の女王!

 我らの帝都に正義をもたらせ! 我らが帝都の正義を示せ!

 我らが聖女・グランマリーに示せ! 我らの正義を示し給え!

 

 管弦楽団の壮麗な演奏と、清濁入り混じる大合唱が降り注ぐ中、悠然と歩く。

 端整に整った相貌は美しく、しかし抜き身の刃よりも研ぎ澄まされていた。

 足元は編み上げブーツであり、両手に得物は見当たらない、素手だ。

 しかしシスター・マグノリアの武装が『針』である事は周知の事実だ。

 恐らくは懐に忍ばせてあるのだろう。


 ――が、ここで多くの観客が或る事に気づく。

 マグノリアの腰に、前回使用していなかった見慣れぬ武器が吊るされている事に。

 幅広のショートソードを思わせるがそうでは無い。

 革製の鞘に納まった刃が分厚い、斧か鉈を思わせる。

 しかも内側に湾曲している、刃渡り四五センチほどか。

 この円形闘技場で使用された事の無い刀剣だ。

 しかし観覧席に集う貴族達の何割かは、その刀剣が何であるのかに気づいた。

 いわゆるククリナイフ――遥か東方の異国にて使用されている軍刀の類いだ。

 マグノリアはこの仕合、針に加えてククリナイフを使用するという事か。

 針で脚を止め、ククリナイフでとどめを刺すという事か。

 エリーゼの入場時に続き、再び観覧席がざわめいた。

 漣にも似たざわめきを、気にする事無く歩くマグノリアは、やがて足を止めた。

 闘技場中央、六メートルの距離を置いてエリーゼと対峙する。


「……三〇年前だ、『エリス』。『ウェルバーク公国』で、決闘ゲーム『ジングシュピル』に参加している貴様を見た」


 マグノリアは錆びた声で、おもむろに告げた。

 漆黒の双眸で、真っ直ぐにエリーゼを捉えていた。

 

「仰る意味を掴みかねます」


 エリーゼは静かに応じる。

 どうという感情の変化も読み取れない声音だ。


「貴様の武装は特殊だ。そんな物を使用するオートマータは二人といまい」


「左様でございますか」


 投げ掛けられた言葉を、エリーゼは受け流す様に答える。

 マグノリアは無造作に続ける。


「この仕合は『決死決着』が認められている。この場で貴様を討ち果たそうと、それは仕合の決着として妥当な事柄だ」


「承知致しております」


 逡巡無くエリーゼは同意を口にする。

 ――が、一呼吸の後。

 続く言葉に僅かな憂いが滲んだ。


「ただ――シスター・カトリーヌは『決死決着』を望んではおりませんでした」


 その一言に、マグノリアの瞳が鈍く光る。

 エリーゼを見据えたまま言い放った。


「――言った筈だ、私は道を違えぬと」


 心胆寒からしめる、地を這うが如き声だ。

 小心な者ならこれだけで息が詰まるだろう。

 マグノリアは低く断言する。


「私は己が裡に在る尺度に照らし正道を歩んでいる。貴様を討つ事に一切の迷いは無い」


「私は自身の裡に湧いた迷いを、拭う事が出来ずにいます」


 そう答えながらエリーゼは、軽く眼を伏せた。

 マグノリアの黒い瞳が、凄みを帯びる。


「貴様……」


 その時、二人の会話を断ち切る様に、闘技場内に備わった拡声器から大音声が響いた。

 オーケストラピット脇の演台前、スーツを着込んだ司会進行の男が叫ぶ。


「お待たせ致しました! 只今より、ガラリア皇帝陛下・第二皇子! エリク・ドミティウス・ドラージュ・ガラリア様が主催! 特別トーナメント準決勝! 第一仕合を! 執り行います!」


 その宣言に、貴族達で埋まる観覧席から大歓声が湧き上がった。

 男は演台に両手を着き、卓上に並ぶ伝声管に向かって更に声を張り上げる。 


「西方門より出でし戦乙女っ! 彗星の如くに姿を現し、連勝を重ねる白き妖精! 魔法の如き刃の閃きは縦横無尽! 今宵も魅せるか玄妙なる秘技! グランギニョール戦績三戦三勝! 衆光会代表! エリィイイイイゼェエエッ!!」


 響き渡る歓声が、円形闘技場に籠る熱気を攪拌する。

 演壇に向かう男は右腕を振るうと、次いでマグノリアを示した。


「続いて東方門より出でし戦乙女っ! 時を超えて蘇る蛇の女王! 至高の魔力にて敵を縛る! 伝説的とも言うべき強者! 教皇マリーに仕えし漆黒の信徒! グランギニョール戦績十二戦無敗! 枢機機関院代表! マグノォオオリアァアアッ!!」


 爆音にも似た怒涛の大歓声が、熱気渦巻く闘技場内の隅々にまで轟いた。

 更には激しい足踏みが、地鳴りの如くに反響する。


 ――トーナメント決着のルールは三つ、損壊沈黙即敗北、コッペリアによる敗北宣言、 ならびに介添人による敗北宣言、この三つを以って、決着とします……演壇に立つ男が仕合のルールを告げている。

 口上が響く中、エリーゼは俯いたまま口を開いた。


「――作法を踏まえさせて頂きます」


「無用だ」


 黒衣の裾を揺らして仁王立ちとなったマグノリアは、断ち切る様に言った。

 両手を下方へ垂らし、右手には長さ三〇センチほどの針が握られていた。


「貴様の囀りには毒がある」


「……」


 そう吐き捨てたマグノリアに、エリーゼは応じない。

 マグノリアは凍てつく眼差しで、エリーゼを見遣る。


「――『ウェルバーク公国』の『ジングシュピル』で貴様は『墓場鳥のエリス』と宣言していた。櫟の木の実を啄み、その身に毒を宿していると。その頃から貴様は何も変わらない、貴様が背負う特異な武装、そして詐術を用いる流儀」


「……」


「改めて言う。私は道を違えぬ。正義正道を貫くべく、貴様を必ず討ち果たす」


 漆黒の瞳は、些かの揺らぎも見せなかった。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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