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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十二章 死闘遊戯
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第一四一話 怨敵

・前回までのあらすじ

コッペリア・アドニスvsシスター・マグノリアの仕合は、アドニス渾身の攻撃を受け切ったマグノリアの勝利で終わる。次戦へと駒を進めたマグノリアは、エリーゼに内蔵された『エメロード・タブレット』の奪取を行うべく、意思を固めるのだった。

 スチーム・オルガンと管弦楽団の演奏に併せた貴族達の合唱が、円蓋天井に木霊する。

 シャルルは揺れて波打つタキシードの群れを見下ろしながら、小さく息を吐く。

 観覧席最上段に設けられたバルコニー席の個室。

 オペラグラスを傍らのテーブルに置いたシャルルは、目頭を指先で揉む。

 マグノリアとアドニスの仕合に見入っていたのだ。

 『グランギニョール』とは、血で血を洗う凄惨かつ無残で無益な興行だ。

 そう理解した上でなお、先の仕合からは何か、それだけでは無い物を感じた。

 心が動いたというべきか。


「――エリーゼの次戦は『コッペリア・マグノリア』が相手か」


 不意に背後から声を掛けられ、シャルルは驚いて振り返る――ヨハンだった。

 ヨハンの隣りには、ダークグレーのワンピースドレスを纏ったドロテアもいる。


「入室の際に声を掛けさせて貰ったが……驚かせてしまい申し訳ない、ダミアン卿」


「いや、気にする事は無いよ、モルティエさん。気づかなかった俺が悪い」


 謝意を口にするヨハンに、シャルルは軽く首を振る。

 闘技場に気を取られ、全く気づけなかったのだ。


「ところで……エリーゼの様子はどうだった? 次の仕合にも参加出来そうか?」


「次戦も参加可能だ――とはいえ万全という訳にはいかない。インターバルが一週間しか無い、負傷箇所の完全な再錬成には時間が足りない……」


 ヨハンはシャルルの質問に答えると、ドロテアにソファを示して座るよう告げた。

 次いでバルコニーから闘技場を見下ろし、改めて口を開く。


「それに『コッペリア・マグノリア』は強敵だ。『マリー直轄部会』の懐刀で最高戦力という噂も信憑性を帯びて来た。言いたくは無いが……苦戦は免れないと思う」


 ヨハンの口調は重く、眼差しも暗い、仕合の行方を憂慮しているのだろう。

 それはシャルルにも理解出来る、今までマグノリアの仕合を観戦していたのだ。

 畏敬の念を抱かざるを得ない戦闘だった、それでも敢えて異を唱える。


「しかしマグノリアは今の仕合で左腕を負傷した。エリーゼと同じく、万全の状態では次戦に臨めない、だったら互角だ、そうだろう?」


「ああ、そうだな……互角だと考えたい」


 ヨハンは相槌を打つ――が、その表情は冴えないままだ。

 何か思う所があるのだろうか。

 その時、眼下の観覧席から盛大な歓声が湧き上がった。

 第三仕合が開始していた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 特別トーナメント本戦、第三仕合を執り行います――

 司会者の高らかな宣言に対し、居並ぶ貴族達は狂喜乱舞で応える。

 円形闘技場に満ちる熱気は高まり続ける一方だ。


「まずはっ……!!」


 演壇の前に立つ司会の男が、伝声管に向かって叫ぶ。

 増幅された大音声は、闘技場内を駆け巡り木霊する。


「西方門より出でし戦乙女っ! 血風巻き起こす破壊の戦斧! 死と暴虐を司る悪意の精霊! グランギニョール戦績十三戦一敗! ゲヌキス領守護兵団所属! ナァヴゥウウウウルゥッ!」


 闘技場の中央に立つのは、漆黒のレザースーツを纏うナヴゥルだった。

 一九〇センチに届く長身、短くカットされた黒い頭髪、赤光を放つ瞳。

 両手に携えた得物は巨大な鋼鉄製の戦斧――ハルバード。

 全長二・五メートル、重さは三〇キロ超、これを扱える人間など地上に存在しまい。

 しかしナヴゥルは造作も無く悠々と打ち振るう。

 鋼のワイヤーを束ねた様な全身の筋肉が、可能足らしめているのか。

 レザースーツの上からでも確認可能な、腹筋と背筋のシルエットが凶悪だ。

 にも関わらずナヴゥルの描く身体のラインは、艶めかしくも優美なS字を描いている。

 暴力的で官能的な、危険な匂いのする戦乙女。

 それがナヴゥルだった。


「そしてっ! 東方門より出でし戦乙女! ガラリアの治安を維持する鉄壁の守護者! 驚天動地の槍術にて護国を司る! その魂は天空を舞う翼・ハルピュイア! 『錬成機関院』所属! ルミエェエエエルゥッ!!」


 引き締まった肢体に白金の軽鎧を装備した戦乙女――ルミエール。

 グランマリーを讃える聖句が彫金されたバック・アンド・ブレストが輝いている。

 前腕部には蛇腹構造の白いガントレット、足元を覆うのも同じく白金のグリーブだ。

 その手に握られた得物は長大な鉄槍、長さにして二メートルといったところか。

 ショートにカットされたブロンド、白く整った美しい相貌。

 対峙するナヴゥルを、真っ直ぐ見据えて物怖じする様子も無い。

 『グランギニョール』に於ける序列は第二位。

 先に行われたエキシビジョン・マッチでは、『マリー直轄部会』に所属する序列三位・ジゼルを損壊寸前まで追い込み、その実力が伊達では無い事を示した。


 ナヴゥルは戦斧を右手で保持し、そのまま肩に担ぎ上げる。

 軽く顎を上げ、半眼にてルミエールを見遣ると唇を歪めた。


「ふーっ……作法を踏まえよう。我が名はナヴゥル。前世は暴虐と死を司る悪意の精霊『ナクラヴィ』。敵対者全てを蹂躙する、ゲヌキス氏族の守護者なり――貴様も名乗れ」


「――私はルミエール。救国の白き精霊『ハルピュイア』は、神聖帝国ガラリアに仇成す破戒者を断罪する雷なり」


 澄んだ声音で応答すると、ルミエールは手にした鉄槍を旋回させる。

 右手で柄を握り直すと、そのまま背中に沿わせる形で静止させた。


 トーナメント決着のルールはみっつ、損壊沈黙即敗北、コッペリアによる敗北宣言、介添人らによる敗北宣言。このみっつを以って、決着とします――司会の男が観覧席に向けて声を上げる中、ナヴゥルとルミエールは対峙したまま睨み合う。

 その距離およそ六メートル。


「それでは、お互いに構えて!」


 司会の男が告げると、ルミエールは左半身を前に鉄槍を構えた。

 対するナヴゥルも、ルミエールと同じく左半身を前に戦斧を構える。

 両者共に腰を落し、膝に溜めを作り、必殺の瞬間に備える。

 そして観客達の熱い視線が降り注ぐ中。

 演壇に立つ司会の男が、高らかに宣言した。


「始めぇっ……!」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 絶叫が響く中、先に動いたのはルミエールだった。

 穂先を前へ、低い姿勢のまま石床の上を滑る様、真っ直ぐに距離を詰めた。

 ナヴゥルを鉄槍の射程に捉えんとする、一気呵成の突進だった。


 対してナヴゥルは腰を落したまま待ち構える、出方を伺おうという事か。

 否。

 ナヴゥルが手にした戦斧は、鉄槍より射程が五〇センチほど長い――故に。


「はァッ……!」


 ナヴゥルは大きく一歩踏み込むと、全力にて戦斧を突き出した。

 二・五メートルという長さを極限まで活かした、激しい突きだ。

 放たれた右手の中で鋼鉄の柄が滑り、瞬く間に射程が伸びる。

 ナヴゥルの戦斧にはスピアヘッドが設けられており、槍の様に使用する事も可能だ。

 

 鋭利極まる戦斧のスピアヘッドが、鉄槍を構えたルミエールに吸い込まれて行く。

 高速の突撃も相まって、距離感を見誤らせる見事なカウンターだ。

 ――が、その刺突をルミエールは、手にした鉄槍の穂先にて弾き飛ばし、横へ逸らす。

 流れに任せてそのまま前へ、留まる事無く深く踏み込む。

 カウンターに対し、カウンターを被せたのだ。


「……っ!」


 一切躊躇の伴わぬ、死の一突きがナヴゥルの顔面へと迫る。

 回避は間に合うのか。

 いや、戦斧を弾かれた衝撃で、ナヴゥルの姿勢は僅かに崩れている。

 僅かな崩れだが、瞬きほどの刹那にあっては重大なタイムラグだ。


 決死決着かと思われた次の刹那。

 ナヴゥルの左手――ガントレットの装甲部から、鋭い鉤爪が勢い良く撃ち出された。

 対エリーゼ戦でも使用された、仕込みの武装だ。

 耳を劈く甲高い音が響き、火花が飛び散る。

 槍の穂先を、ガントレットから撃ち出された鉤爪が、強烈に弾き飛ばしたのだ。


 更にナヴゥルは、右腕一本で支える戦斧の柄を捻ると半回転させる。

 次いで一気に手元へと引いて戻した。


「ふんっ……!」


 横に張り出した巨大な斧刃。

 重厚かつ冷徹な輝きが、鉄槍を握るルミエールの後頭部を襲う。

 ルミエールは致死性の高い背後からの一撃を察し、左腕を跳ね上げた。


 とはいえ、ガントレットを装備した左腕のみで防げる威力とは思えない。

 殺意の籠ったナヴゥルによる反撃だ。

 しかし次の瞬間。

 跳ね上がったルミエールの左腕――その左肘から、仕込み刃が力強く飛び出し、戦斧の柄を弾いた。

 これは先のエキシビジョンで、シスター・ジゼルにも使用した武装だ。


「ふっ……」


 火花が尾を引きながら、身を屈めたルミエールの頭上を超えて行く。

 ナヴゥルは引き寄せた斧刃が回避されたと見るや、背面に旋回しつつ身を翻すと、戦斧の柄で逃れたルミエールに追撃を仕掛ける。


「はっ……!」


 この追撃に対しルミエールは、跳ね上がったままの鉄槍を縦に大きく旋回させた。

 更に石突にて床面を打つと、棒高跳びの要領で、後方へ飛び退いたのだ。

 改めて互いに得物を構え、対峙する。距離にして四メートル。


「――さすがは序列二位と言ったところか」


「……」


 ナヴゥルは低く囁く、呼吸に僅かほどの乱れも無い。

 ルミエールは応じず、ナヴゥルを見据える。


「しかし我は、我が怨敵と再び相まみえんが為、此処に在る……貴様には散って貰うほか無い」


 突き出した戦斧を、徐々に側面へ振り被りながら。

 ナヴゥルは口許に、酷薄な笑みを浮かべた。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ルミエール=『錬成機関院』所属コッペリア。グランギニョール序列二位。

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