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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十二章 死闘遊戯
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第一四〇話 戦場

・前回までのあらすじ

『シスター・マグノリア』vs『コッペリア・アドニス』による仕合が開始される。双方共に持てる力を存分に振るい、勝機を伺うものの拮抗状態が続く。この状況を打破しようとアドニスは、新たな『柔』の戦術にて勝負に出るのだった。

 観覧席最上段に設けられた、関係者用のバルコニー席。

 椅子に腰を下ろしたシャルルは、オペラグラスを構えて闘技場を凝視していた。

 熟練のコッペリア同士が仕合う高速の攻防を、完全に目視する事など出来ない。

 ただ、夢幻の出来事かと想わせる様な、現実離れした二人の動きに見入ってしまう。

 死と生の狭間で行われる舞踊舞踏――そんな有様を垣間見る様で。

 シャルルは嫌悪していた筈の決闘遊戯から、目が離せなくなっていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 石床の上を滑る様にアドニスが踏み込めば、空間に鎧の青が淡く滲んで帯を引く。

 身を翻しつつ回避するマグノリアの修道服もまた、黒く揺らめき軌跡を描く。

 二人の残像を彩る様に、ロングソードによる白銀の斬撃が波打ち閃く。

 長大な刃は途切れる事無く弧を描き、風を引き裂き、床を掠めて火花を散らす。

 アドニスが繰り出す華麗な剣捌きと、マグノリアの舞うが如き体捌き。

 観覧席の貴族達は固唾を飲んで見守る。


 命を断ち切るべく振るわれる剣、その煌めきが何故心に響くのか。

 生と死の狭間で刃を交える立ち合いに、何故心が動くのか。

 凄惨な仕合に何故、『美』を見出してしまうのか。

 恐らくそれは、限界の領域に対する、畏怖と憧憬に根差しているものでは無いか。

 極限の挙動と意識、人の姿を有する存在がその領域に在る。

 その事に人は、ある種の夢見てしまうなのかも知れない。


 アドニスの刃が、右から左から、或いは上下自在に閃き続ける。

 マグノリアは風を受ける柳の様に、巧みに回避を続ける。

 隙を伺い、手にした針にてカウンターを取ろうとするが、絶妙に躱される。

 次の瞬間には差し伸べた腕を断つべく刃が疾走る――が、それも躱される。

 共にダメージを上げるには至らず、ダメージも負わず。

 二人はギリギリの境界線上にて舞い続ける。

 いずれかのバランスが崩れる時は来るのか。

 それまでは延々と、決死の舞踊が続くのでは無いか。


「はッ……!!」


 その時、アドニスがこれまで以上に深く、そして低く踏み込んだ。

 ロングソードを右肩へ担ぐ様、大きく振り被っている。

 変形の八双にも似た構えだ、袈裟に斬り下ろすと宣言しているに等しい。

 敢えて自ら、釣り合っていた攻防のバランスを崩しに掛かったのだ。

 それは長期戦を選択したと見せ掛けてからの急激な仕掛けだった。

 むしろこの展開こそが、アドニスの狙いという事か。


「ふっ……」


 だが、相対するマグノリアも、アドニスの踏み込みに併せて、前に出る。

 ロングソードという武器の性質上、近距離で振るうは難しと判断したか。

 しかも剣を担ぎ上げたアドニスの上体は開き、胴体が曝け出されている。

 大き過ぎる隙だ――故に誘いか、罠である可能性が高い。


 それでも前へ出る。

 罠があろうと突破可能と踏んだか、或いはこちらも均衡を破る為の賭けに出たか。

 マグノリアは右手に携えた長針にて、アドニスの首筋を狙う。

 同時にアドニスが、右肩に担いだ長剣を放った。

 右腕一本、渾身の力で振り下ろしたのだ。


「はァああああッ……!」


 その挙動にマグノリアはいち早く反応し、上体を捻る事で回避しようと――しかし。

 渾身の一撃である筈の一閃は、マグノリアに対する袈裟斬りでは無かった。

 完全に、在らぬ方向へと振り下ろされていた。


 剣先はアドニスの右側面――石床を打ち据えていた。

 否、単に石床を打ったのでは無い。

 長剣を振り切ると同時に、アドニスは右手を解放したのだ。


「――!」


 甲高い炸裂音に、マグノリアの視線が動く。

 放たれた長剣は石床の上で大きく撓み、跳ね返ろうとしている。

 剣の切っ先が、床に敷き詰められた石板――その僅かな隙間を捉え、弾けた。

 長剣は恐ろしい勢いで半回転する。

 手放した柄の部分では無く、鋭く光る切っ先がアドニスへ向かう。

 その切っ先を、アドニスは伸ばした右手の親指と人差し指にて挟み、捉えた。


 マグノリアの針は、真っ直ぐアドニスの喉へ向かっている。

 アドニスは撃ち込まれる針を、左腕のガントレットにて防ごうと喉元へ翳す。

 翳しながら、右手の指先に保持した天地逆の長剣を、逆手のまま強烈に振るった。


「しゃああああっ!!」


 長剣はその構造上、刃の付け根辺りに重心がある。

 更に床で弾けた長剣は、鋼の弾力を以て十二分に加速している。

 故に切っ先を指先で捉え、極限の剛力にて振るうならば。

 逆さの刃による一閃は限界を超えた、想像すら超えた、高速の斬撃となる。

 アドニスはマグノリアと交錯した。


「しィッ……!」


 アドニスの左前腕――ガントレットの隙間に、針が突き刺さっていた。

 マグノリアの左腕――折り畳んだ前腕と肩口に長剣の刃が食い込んでいた。

 

「……っ!?」


 アドニスは驚愕する。

 それは二重の意味での驚愕だった。


 ひとつはマグノリアの左腕を断ち斬るに至らず、止められた事。

 渾身にして最速の、そして想定を超えた斬撃だった筈だ。

 腕はおろか胴体すら斬り飛ばせる筈だった。

 それがまさか受け止められようとは。

 更にひとつ、マグノリアの左腕に食い込んだ刃が、一切動かぬ事。

 引く事も押す事も出来ない、腕に食い込んだまま僅かほども動かせない。


 そして気づく。

 マグノリアの左腕――上腕部と前腕部それぞれに打ち込まれた、小さな金属の光沢を。

 それは二本の針だった。

 針の効果でマグノリアは、己が腕の筋肉を極限まで収縮させ、刃を食い止めたのだ。


 果たしてそんな事が可能なのか。

 いや、可能だとしても何時の間に。 

 アドニスは、その瞬間を把握していない。

 マグノリアが自身の腕に針を打ち込んだ瞬間を見ていない。

 

「っ……!!」


 ――次の刹那、アドニスは全力で身を翻した。

 眼前のマグノリアが、唇を尖らせたのだ。


 剣から手を離し、身を翻したアドニスは、背後で弾ける微かな金属音を聞く。

 それはマグノリアの口から吐き出された、含み針の弾ける音だった。

 つまりマグノリアは、含み針を自身の腕に打ち込んだという事か。


 マグノリアの手首には、リストバンドが巻かれていた。

 恐らく、そこに短い針が仕込まれているのだろう。

 二歩、三歩と、アドニスはバックステップを踏み、マグノリアから距離を取る。


「ちっ……」


 自身の左腕が、だらんと力無く、重く垂れ下がっている事に気づく。

 喉をガードするべく翳した左腕だが、ガントレットの隙間から突き込まれたか。

 まるで動かない、感覚も無い、肩から重りをぶら下げられた様だ。


 とはいえこの異変も、マグノリアの左腕と引き換えだ。

 マグノリアの左腕は折り畳まれた状態で、前腕と肩に刃が食い込んでいる。

 ――が、しかし。

 マグノリアは右手でリストバンドから新たな針を抜き出すと、自分の左腕に差し込む。

 そして左腕に食い込む長剣を、無造作に抜き去った。


「……!」


 渾身の斬撃だった筈だ、浅い傷で済む筈は無い。

 しかし濃縮エーテルが激しく吹き出す様子も無い。

 これも針の効果だろうか、筋肉の収縮を促し、そして血流すらも制御するのか。

 長剣を投げ捨てたマグノリアは、上腕と前腕の硬化を促していた二本の針を抜き去る。

 そのまま傷を負った左腕の状態を確認すべく、軽く曲げ伸ばしを繰り返した。

 つまり、ダメージが通らなかったという事か。


 確認を終えたマグノリアは、修道服の内側より改めて長針を取り出すと両手に構える。

 アドニスは腰の後ろに取り付けたホルダーより、ダガーを抜き出す。

 改めて対峙するか――そう見えた矢先。

 アドニスは手にしたダガーを、マグノリアの足元へ投げ捨てた。


「……私の、負けだ」


 地に落ちたダガーを見つめたまま、アドニスは言った。


「貴様に、付け焼刃は、通じぬ。先の一手を、見誤った時点で……」


 アドニスは何も持たぬ右手を、軽く掲げる。

 それが合図だったのか、アドニス側の待機スペースから介添え人達が姿を見せた。


「我々の敗北を宣言する!」


 男達の宣言に観覧席からどよめきが起こる。

 マグノリアは手にした針を懐へ納めながら、口を開いた。


「その左腕、二〇分もすれば感覚が戻る。技師にそう伝えろ」


「このルールで、無ければ、私は死んで、いたか……が、機会あれば、再戦、願いたい……」


 アドニスは俯いたまま、低く呟いた。

 或いは行き着く所まで行く事を、選択出来たのかも知れない。

 しかし片腕、更に習熟に至らぬ得物では届かぬ相手と判断したのだろう。

 また、このトーナメントが序列を決める為の物である事は、誰もが承知している。

 何よりマグノリアが『枢機機関院』所属の序列上位である事を踏まえたならば。

 ここで敗北を宣言しても、主であるギャンヌ子爵の名に傷は着かぬと判断したのだ。


「いずれ、機会があれば」


 錆びた声でそう告げたマグノリアは、アドニスに背を向けて歩き出す。

 そのまま自身が入場してきたゲートを潜り、退場した。


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

「戻ったぞ、ランベール」


「手間取ったな」


 待機スペースのドアを開けたマグノリアを、ランベール司祭は鋭い眼差しで見遣る。

 黒い僧衣を揺らしてベンチから立ち上がると、戸口の方へ歩きながら尋ねた。


「その傷、浅くは無いだろう。行けるのか?」


「骨まで達するほどでは無い、一週間あれば概ね大丈夫だ」


「あの『アドニス』というのは使える方だったのか?」


「ああ――『グランギニョール』のレベルは低くない」

 

 ランベール司祭はマグノリアと共に、待機スペースを後にする。

 廊下を歩きながら、マグノリアは低く告げた。


「次戦が本番だ……『エリーゼ』の頭蓋から『エメロード・タブレット』を回収する」


「――出来るのか?」


 険しい表情で前方を見据えたまま、ランベール司祭はそう言った。

 エリーゼの関係者には、マグノリアの知己たる『シスター・カトリーヌ』が存在する。

 その意味を踏まえての発言だ。

 情で揺らぐのでは無いか――その様に問い掛けているのだ。


「ここは『戦場』だ。カタリナは私が『戦場』でどの様に振る舞うか、既に知っている。私のすべき事も、既に伝えた。『教皇マリー聖下』の足元を脅かす者が其処に在るなら、我々は此れを速やかに断罪する。一切の迷いは無い」


 マグノリアは鈍く光る黒曜石の瞳で、同じく前方を見据えたまま答えた。

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の戦闘用オートマータ。

・アドニス=ギャンヌ子爵所有のコッペリア。暫定序列五位であり強力。


・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

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