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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十二章 死闘遊戯
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第一三九話 剛柔

・前回までのあらすじ

コッペリア・ベルベットとの仕合を終えたエリーゼは、心身の不調をヨハンに指摘される。しかしエリーゼはその事を認めず、代わりに次の仕合に向けて『強化外殻』の準備を要請する。そんなやり取りを見ていたシスター・カトリーヌは、エリーゼの内面に発生している変化について、レオンに伝えるべきかどうか、思い悩んでいた。

 円形闘技場を満たす熱気は、管弦楽団の壮麗な演奏に彩られ、微かに神聖さを帯びる。

 しかし仮初めの神聖さでは、血の色に猛る貴族達を浄化するには至らない。

 オーケストラピット脇の演壇に立つのは、青いドレスを纏うマスク姿の歌姫だ。

 両の腕を広げ、優雅に躍らせながら、澄み切った声にて玲瓏と聖歌を謳い上げる。

 その歌声に導かれ、汗塗れの貴族達も、思うがままに声を張り上げる。

 溢れ出すのは清と濁が入り乱れる混声大合唱、その只中で神聖さは消えて失せる。

 興奮と狂騒の坩堝と化した闘技場、二人の人造乙女が対峙していた。


 トーナメント二回戦・第二仕合。

 『枢機機関院所有・マグノリア』対『ギャンヌ子爵所有・アドニス』。

 仕合が開始されて既に一五分。

 激しい攻防は繰り広げられども、互いに未だ些かの手傷も負ってはいない。


 美々しく逞しい人造乙女『コッペリア・アドニス』は、青い鎧を纏っていた。

 全身を完全に覆うタイプの鎧では無い、急所となる部分のみをカバーする部分鎧だ。

 胸元にバック・アンド・ブレスト、前腕に甲冑小手、足元にはグリーブ。

 ショートにカットされた銀の頭髪と端整な相貌、青い視線は刺す様に鋭い。

 正眼に構えられた大剣の刀身には、グランマリーを讃える聖句。

 裡に秘めたる魂は、咎人を断罪する激怒の精霊・ボーグルだった。


 相対する人造乙女は『コッペリア・マグノリア』――シスター・マグノリアだった。

 長身を包むのは漆黒の修道服、胸元ではグランマリーのシンボルが揺れている。

 ウェーブ掛かった頭髪もまた、腰まで届く漆黒。

 甘さの削ぎ落された氷の如き美貌、抜き身の刃を思わせる眼差し。

 俯き気味に垂れる前髪の下、鈍く輝く黒い瞳は、対手であるアドニスを捉えている。

 両脚を肩幅に開いた仁王立ち、垂らされた両手には、長い針が握られている。

 針の長さは三〇センチといったところか。

 その針を身体に打ち込まれた者は、瞬く間に身動きが取れなくなると言う。

 その有様はまるで、毒蛇に噛まれた哀れな被害者の様だとも聞く。

 彼女の裡に宿る魂は、蛇の王である精霊・バジリスクであった。


 闘技場のほぼ中央、向かい合う二人の距離はおよそ五メートル。

 序盤より的確に攻撃を仕掛け、先手を取り続けたのはアドニスだった。

 長大な剣を自在に振るい、一気呵成にマグノリアを攻め立てた。

 唐竹に打ち込み、横薙ぎに斬りつけ、電光の如くに突きを放つ。

 刃が描く白銀の残像が立て続けに空間を斬り裂き、薙ぎ払い、強烈な曲線を描き上げる。

 アドニスの連撃は力強く、一切の迷いが無い。

 極限まで研ぎ澄まされた猛攻だった。


 それほどに見事な攻撃を、マグノリアは絶妙な体捌きにて凌ぎ続けた。

 柳の様に上体を仰け反らせ、床に這うほど身をしならせ、致死の斬撃を回避する。

 アドニスの猛攻を受け、追い詰められている様にも見えるが、そうではない。

 唯の一太刀もその身に受けてはおらず、全てを紙一重で回避しているのだ。


 マグノリアの圧倒的な回避を成立せしめている要素は二つ。

 ひとつは『見切り』の能力――いわゆる空間把握能力だ。

 マグノリアは自身と対象物の位置関係を、ミリ単位で正確に認識する事が出来る。

 ふたつめは『先読み』の能力――行動予測能力に他ならない。

 過去の実戦経験に照らし、相手の行動を的確に予測するのだ。


 これら二つの要素は、人間であっても習得可能ではある。

 人の身でありながら神業と呼ぶに相応しい水準に達する者も、確かに存在する。

 しかしマグノリアを超える者は、恐らくこの世に存在しない。


 四五年前に錬成されて以降、マグノリアは絶え間無く戦場で活動し続けて来た。

 四五年間、実弾の飛び交う戦場で生き残り、実戦経験を積み上げて来たのだ。

 人間には不可能な――オートマータであっても不可能な、膨大な経験則を抱えている。

 マグノリアの『見切り』と『先読み』の能力は、もはや神の領域に達していた。


 アドニスは冷たく光る鋭い刀身越しに、呼吸を整えながらマグノリアを見据えている。

 ここまでの猛攻を全て回避されながらも、その眼差しに焦りや憤りの色は無い。

 マグノリアの実力を認めている為だ。

 戦場に生きた四五年の実績を認めている。

 『レジィナ』の座に君臨した過去の実績を認めている。

 或いは現在の『レジィナ・オランジュ』を凌ぐ存在ではないかとも考えている。

 故に、繰り出す剣技が全て回避される、その事実にも納得していた。


「見事だ、マグノリア。しかし、それでも、勝つのは、私だ……」


 アドニスは低く呟くと、構えた刀身を横に倒し、右肩を前へ、身体ごと斜に構えた。

 同時に重心を下げ足幅も広く取る、より攻撃に特化した構えか。


「……」


 対するマグノリアも膝に溜めを作ると、前傾気味に低く身構える。

 アドニスの構えに呼応していた。


 次の瞬間。

 アドニスの剣――その切っ先が、マグノリアの喉元へ一瞬にして吸い込まれた。

 挙動の起こりを悟らせぬ滑らかな足取り、前方へ深く一歩。

 そこからの苛烈極まる突きだった。


 ただの一点にしか見えぬ必殺の突き――で、あるにも関わらずマグノリアは回避する。

 上体と首を僅かに傾け、紙一重で見切る。

 更にそこから前方へ大きく踏み込もうとする、突きに対するカウンターだ。

 針を保持した右の腕が、刀身に沿って真っ直ぐに伸び――

 ――が、鋭く突き込まれたアドニスの剣は、虚空に華麗な弧を描いて流れる。

 踏み込んだ足を軸にアドニスは、後方へ体重を移動しながら、刃を横へ引いていた。

 その意図を察したマグノリアは、身体を捩りつつサイドへ回り込もうとする。

 しかしアドニスは、踏み出した足をスライドさせると、逃れるマグノリアを刃で追う。

 マグノリアは極限まで身を沈め、横薙ぎに迫る白刃を潜り抜けてやり過ごす。

 そこから床の上を低く飛ぶと転がり、距離を取った。

 直後、黒い修道服の一部が、斬り裂かれて散る。


 変幻にして自在なアドニスの連続攻撃は、先ほどまでの太刀筋とは明らかに違う。

 斬撃と斬撃の継ぎ目が無い、流れのままに刃が踊る。

 強烈な一撃にて必殺を狙う攻撃から、出血を目的とした斬撃へと変化したのだ。

 また、放たれた刃は常に弧を描く形で振るわれ、防御面に於いても抜かりは無い。

 つまりアドニスは持久戦、消耗戦を選択したという事だ。


「銃弾飛び交う、一撃必殺が、常の、戦場では、在り得ぬ、太刀筋だ……が、ここは『グランギニョール』。搦め手交えた、この太刀筋、卑怯卑劣と、侮るか?」


 剣を構え、低く告げるアドニス。

 マグノリアは床に片膝を着いた姿勢で見遣る。

 二人の距離は、二メートルほど。

 僅かに踏み込めば、アドニスの射程となる距離だ。


「――戦場に卑怯という言葉は無い」


 錆びた声音でマグノリアは短く応じる。

 敢えて応じたのだ。 


 アドニスの剣は、剛直にして鮮烈だった。

 一撃必殺を目的とした剛の剣――アドニスというコッペリアの本質を示していた。

 しかしアドニスは、それではマグノリアに届かぬと判断したのだ。

 一の矢を見切り、二の矢として放たれた技は、幽玄精妙にして執拗な太刀筋だった。

 確かに搦め手ではある――だが決して下卑た技では無く、付け焼刃でも無かった。

 柔の剣技として見事に完成されていた。

 奥の手として秘めていたのだろう。


 その上でアドニスは、言葉による陽動をも仕掛けて来たのだ。

 それが搦め手を用いる際の常道であると、理解している為だ。

 しかし過去に試した事も無いのだろう。

 研ぎ澄まされた柔の剣技はともかく、言葉による陽動は拙く、不自然だった。

 が、その拙さにマグノリアはアドニスの意気を感じ、応えてみせたのだ。

 勝率を上げるべく全霊を尽くす、どの様な状態からでも必勝を目指す。

 その意気に応じたが故の返答だった。


「ならば、存分に、我が、異端の技、その身で、味わえ、蛇の女王……」


 アドニスは淡く微笑みながら、ゆるりと一歩踏み出した。

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の戦闘用オートマータ。

・アドニス=ギャンヌ子爵所有のコッペリア。暫定序列五位であり強力。

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