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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
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第一二四話 顕現

前回までのあらすじ

ベルベットvsエリーゼの試合は佳境を迎えつつあった。その仕合ぶりを見たヨハンは、エリーゼの動きが精彩を欠いている事を指摘、問題視する。一方でベルベットの主であるベネックス所長は、ベルベットの秘密を開示しつつ、この秘密を知る事の無いレオンでは勝てないと断じ、マルセルの計画に参加させる様、要求するのだった。

 敵を討て、眼前に迫る敵を撃て。

 俺達の山を、俺達の森を、俺達の河を、俺達の土地を守らねばならぬ。

 その為に敵を討て、その為に刃を振るえ、俺達の恐怖を奴らの魂に刻み込め。

 夜の闇に紛れて奴らの喉を裂け、奴らの宿営地に火を着けろ。

 『ゴブリン』の群れならば『ゴブリン』の大軍ならばそうする筈だ。

 『ゴブリンズ・バタリオン』は、恐怖と嫌悪の対象だろう。

 この世の残虐を、非道を、悲惨を背負ってやって来るのだ。

 そう伝えよ、そう伝えられて来た。

 これは伝説だ、俺達の伝説だ。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 青く透き通る晴天の下で、山の稜線が白く輝いていた。

 大草原を吹き抜ける風は、穏やかで暖かで、私の髪を軽く揺らした。

 タンポポの花が連なる草原で私は寝そべり、ゆったりと本を読んでいる。

 ワンピース・ドレスに多少、皺が出来ても気にならない。

 楽しい本も、切ない本も、怖い本も、勇ましい本も、どんな本も大好きで。

 私の知らない世界、私の知らない誰か、私の知らない事、私の知らない色々な出来事。

 どんな事でも教えてくれるから大好きで。

 

 今、私が読んでいる本は、勇ましくも哀しい絵本だ。

 辛い事がたくさん書かれていて、怖い事もたくさん書かれていて。

 こんなにも世の中には、恐ろしい事があったのかって思う。

 楽しい事がたくさんある影では、酷い事がたくさんあって。

 嬉しい事がたくさんある裏では、哀しい事がたくさんあって。

 そんな事を教えてくれるこの絵本は、とても良い絵本だ。

 ページをめくる、またページをめくる。

 どんな結末になるのか解らないけれど。

 どんな結末になるのか解らないからこそ、物語は面白いのだと思う。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 『待機スペース』と闘技場を隔てる鉄柵に手を掛け、レオンは立っている。

 仕合を行うエリーゼの姿を見守ったまま、じっと動かない。

 ――いや、そうでは無かった。

 ラウンジ・スーツを纏った肩が、震えている。

 鉄柵に掛かる指先にも、怖いほど力が籠り、白く変色している。

 理由は解っている、身体を蝕む苦痛に、不快感に耐えているのだ。


 カトリーヌはベンチに座り、懸命にキータイプを続けている。

 レオンの右腕に内蔵された『知覚共鳴処理回路』のサポートを行っている。

 眼前の『小型差分解析機』からは、次々とレオンの身体情報がタイプアウトされる。

 専用用紙に打ち出される数値データから読み取れるのは、明確な状態の悪さだ。

 レオンは今、腕に、胸部に、腹部に、首筋に、頬に、焼ける様な痛みを抱えている。

 それはエリーゼも同時に、恐らくはレオンに倍する痛みを体感しているという事だ。

 闘技場で何が起こっているのか。

 こんな異常な数値が検出されるとは、想像もしていなかった。

 

 でも闘技場は見ない、エリーゼとの約束がある。

 凄惨な仕合を行う自分の姿を、見て欲しく無いのだろう。

 そして指摘された通り、見れば心が揺らぐだろう。


 それ以上に私が闘技場を見ても、意味が無い。

 レオン先生とエリーゼのプラスにならない。

 今はただレオン先生の為に、エリーゼの為に、集中して作業を行うべきだ。

 この異常な数値を軽減し、許容範囲内に留め置かねばならない。

 それだけに集中して、この状況を乗り切らねばならない。

 カトリーヌはそう心に決めていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 貴族達の歓声が響き渡る円形闘技場で、エリーゼは窮地に追い込まれていた。

 その身を包むタイトなドレスは、無残な紅の色に染まっている。

 『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出される特殊ワイヤーを用いて、なお防戦一方。

 連続で跳躍を繰り返しては牽引にて距離を取る、ひたすらに後退を繰り返していた。


 対するベルベットは逃げるエリーゼを全力で追い、疾駆する。

 低い姿勢のまま頭から突っ込み、エリーゼを間合いに捉えるや否や刃を振るう。

 両手に携えた二振りのグラディウスを煌めかせ、エリーゼに手傷を増やしてゆく。


 とはいえ、突撃を繰り返すベルベット自身も血塗れだ。

 攻撃偏重の無謀とも思えるアタックが、強引過ぎる為だ。

 防御の甘くなったベルベットを、エリーゼはスローイング・ダガーにて迎撃する。

 太腿に巻かれたレザー・ホルダーからダガーを抜き出しては、フック付きワイヤーにて正面から打ち込む、或いは闘技場に散乱する複数のダガーをワイヤーで回収しては、死角を突く様に叩き込んで行く。


 だが、いずれの攻撃も、ベルベットの脚を止めるには至らない。

 先刻エリーゼが指摘した通り、ベルベットが内部骨格にて駆動する『ゴーレム』であるなら、心臓や肺、筋肉、腱、その他臓器、血管等へのダメージは、まず望めない。

 それはもはや、ダガーによる刺突では突撃を止められぬという事では無いのか。

 事実、ベルベットは自身の負傷を全く考慮せず、頭から突っ込んで来る。

 被弾によるダメージを恐れているとは思えない。


 更にベルベットを一度でも刺突したダガーは、急激に劣化する。

 同じダガーを二度使用した場合、ダメージが通らず痛打とならないのだ。

 これは『エーテル』と『錬成ガリウム合金』による相乗効果だ。


 しかも『エーテル』と『錬成ガリウム合金』の効果は、エリーゼにも及んでいる。

 ベルベットの返り血――『濃縮エーテル』だ。

 エリーゼの両腕、胸元、頬に、赤い火傷の様な爛れが広がりつつあるのだ。


 そのダメージだろうか、エリーゼの攻撃精度は徐々に落ちている。

 ワイヤーで操作されたダガーの軌道が的を外し逸れる、或いはあっさりと弾かれる。

 次第に攻撃の頻度も、散発的なものとなっている。

 腕に広がる火傷の様な傷が、武器の操作を困難にしているのか。

 いずれにせよベルベットの特攻を前に、エリーゼは後退を余儀なくされていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 血に塗れた人造乙女同士の死闘に、観覧席の貴族達は狂喜していた。

 管弦楽団の勇壮な演奏に合わせ、すり鉢状に連なっては波打ちゆらぎ、声を上げる。

 その有様をバルコニー席から見下ろしつつ、マルセルは言った。 


「ひとつ良いかな? キミが錬成した『コッペリア・ベルベット』、急所への攻撃を恐れていない様子から考えると、アレは『ゴーレム』だね? いわゆる『人造乙女』――オートマータでは無いような気がするんだが。どうだろう、イザベラ」


「それは見解の相違だよ、マルセル君。構造的に『ゴーレム』だとしても、オートマータの定義は『魂の憑代』たる『エメロード・タブレット』が内蔵されており、そこに『妖魔精霊の魂』が宿っている――その一点だと思うがね。機構や構造に因るものじゃ無い筈だ」


 揶揄する様な言葉に、ベネックス所長は異を唱えてみせる。

 マルセルは煌めくモノクルの下で片目を閉じると、悪戯っぽく尋ねた。


「アレが構造的に『ゴーレム』なら、感覚の鈍麻に加えて臓器感覚も存在しない。そんな身体には大した妖魔精霊の『魂』は宿せない筈だ。イザベラ、キミは『コッペリア・ベルベット』に、どんな魂を刻み込んだ? 『レギオン』ってのは何を意味する呼称なんだね?」


「まだ仕合は終わって無いんだろう? マルセル君。そう言ったのはキミだ、種明かしの催促は困るよ――が、マルセル君の好奇心を擽れたのなら、悪い気はしないな。私の『ベルベット』に内蔵された『成果』が気になるかね?」


 ベネックス所長は艶やかな唇の端を吊り上げる。

 マルセルは黄金色に輝く左の義肢を、タキシードの胸元へ添えつつ頷く。


「もちろん気になるさ、是非ともヒントだけでも、ご教示願いたい」


 ベネックス所長はソファの上に片膝を立て、しどけなく座り、満足げに微笑んだ。

 銀縁の眼鏡越しにマルセルを見つめ、穏やかな口調で答える。


「そうだな……『ベルベット』の基礎を司る魂は『フェアリー』だ。安定感が高く、癖も無い。何より数式概念が簡素だ。『錬成機関院付属学習院』の学生達も好んで利用しているだろう? 戦闘には向かないが、とにかく素直で従順だよ、顕現後に破綻も起こらない。その上で――私はハードな戦闘を可能とすべく『ゴブリン』の魂を複数、並列に組み込んだ。それら『ゴブリン』の魂に、基礎となる『フェアリー』の『意思』をサポートさせているのさ」


「……どういう事かな?」


 片眉を上げつつ質問するマルセル。

 ベネックス所長は、改めて闘技場へ視線を落すと続けた。


「『ゴブリン』の魂、その根幹を成すモノは激しい『悪意』だ。悪意を以て人に害を成す、それだけに特化した妖精だからね。フェアリーと同じく簡素な数式概念で顕現出来る――が、安定性を欠く為『オートマータ』に用いられる事は、今じゃ殆ど無い。過去に事故が多発したからね。しかしね『ゴブリン』には他にも見るべき可能性が、多々あるのさ――」


「ほう」


「そうだな……まず『ゴブリン』は、己が命を惜しまない、そういう存在だと広く認識されているだろう? 故に概念として顕現する『ゴブリン』もまた、命を惜しまない。特にこの国――『ガラリア』に根づいた『ゴブリン伝承』は強烈だ」


「……」


「死を恐れぬ愚かな化け物。潰せど潰せど幾らでも湧いて来る小鬼。残忍で卑劣な大軍――解るかね? 『ゴブリン』とは集団として認識されている、そして集団としての『ゴブリン』は半ば『アンデッド』に等しい存在だ。途切れる事無く押し寄せて来る悪意の集団だ。とはいえ『アンデッド』は『オートマータ』じゃ再現不可能だよ、そんなモノは錬成出来ない。しかし私の『ベルベット』はそれを可能とした」


 ベネックス所長の瞳は、闘技場で双剣を振るう血みどろのベルベットを映している。

 血飛沫を撒き散らしながらエリーゼを追い、踊る様に刃を振るう姿を見つめている。


「私の『ベルベット』は『フェアリー』の魂を宿した『ゴーレム』だ。しかし生物としての身体感覚、臓器感覚は維持されている。『ゴブリン』の魂を以て偽装の肉体部位に生命を与え、再生している。筋肉、腱にも生命が宿り、稼働する『内部骨格』をサポートし、連動している。故に『フェアリー』は正常に顕現する」


「……」


 愉しげに語るベネックス所長の横顔を見遣り、マルセルは眼を細める。

 自身の顎を黄金の指先で撫でながら、耳を傾けている。


「そして戦闘時、『ゴブリン』の魂が最大限に顕現する。死を恐れず、潰せど殺せど幾らでも湧いて来る『ゴブリン』の魂、その特性が発揮されるんだ」

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。レオンのサポートを行う。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人であり有能な練成技師。

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