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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
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第一二三話 浸食

・前回までのあらすじ

「ベルベット」vs「エリーゼ」の仕合は続く。強烈な突撃を行うベルベットに対し、エリーゼはスローイング・ダガーにてカウンターを取る事に成功、その左胸にダガーを打ち込む。しかしベルベットは致命傷と思しきダメージを受けてなお戦闘を続行、しかも一切のダメージを感じさせない動きを示す。そんなベルベットの戦闘スタイルに対しエリーゼは、彼女はオートマータではなく『ゴーレム』ではないかと推測する。一方、退避スペースにてレオンと共にエリーゼのサポートを行うカトリーヌは、レオンの身体に生じた異変に気付く。その異変とは、レオンの両腕、首筋、胸元に、火傷の様な痛みとして発現しており、つまりそれはレオンと知覚を共有しているエリーゼのダメージである事に外ならず、カトリーヌはその危険な状況に恐怖しつつも、懸命に己が勤めを果たすべく、力を尽くすのだった。

 貴族達で溢れ返る観覧席から、呻き声にも似た、どよめきが漏れた。

 エリーゼが放った、スローイング・ダガーによる一撃。

 空を引き裂き繰り出された鋭い一撃が、ベルベットの左胸を捉えた為だ。

 左胸。

 心臓の位置。

 つまり急所である。


 にも関わらずベルベットは動き続けた。

 あまつさえ追撃を仕掛けたのだ。

 そして左胸に突き立ったダガーをあっさり抜き去り、投げて捨てている。

 何の感慨も、ダメージすらも感じさせない、ごく自然な動作だった。

 その異常性に貴族達は驚き、同時に好奇と期待の視線を注いだ。


 なぜ倒れないのか。なぜ動けるのか。

 心臓を突かれたのでは無いのか。

 またもや大逆転劇を演ずるのか。

 天才錬成技師アデプト・マルセルの息子が錬成した『エリーゼ』を討ち果たすのか。


 どよめきは歓声へ、歓声は絶叫へと切り替わって行く。

 熱狂は留まる事無く、高まり続けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

「エリーゼ君の動きが悪い……」


 観覧席最上段のバルコニー席。

 ヨハンはオペラグラスを手に闘技場を見下ろし、口許に手を当てつつ呟いた。

 隣りに座るシャルルは、訝しげな眼でヨハンを見遣る。

 気に掛けるべき点はそこなのか? という想いが湧く。

 たった今、ベルベットは致命的なダメージを負った様に見えた。

 左胸にダガーを受けても倒れない不死身性、その事実を気にすべきでは無いのか。

 思わず尋ねる。


「動きが悪い?」


「そうだ、明らかに悪い。僕の『グレナディ』と仕合っていた時とは別人だ……」


 レンズを覗き込んだまま、ヨハンは眉根を寄せる。

 シャルルも改めて闘技場を見下ろつつ応じた。


「――私は二度『ベルベット』の仕合を観戦したのですが……何と言うかアレは、不可解な仕合を行うコッペリアです。再起不能としか思えないダメージを受けても動き続ける、相手の武器がいきなり破損する、今の攻撃だって急所を捉えた様に見えた。にも拘らず動き続ける、そうやって勝利を重ねて来たんです。観覧席からでは確認出来ない、何か『特殊な技術』が用いられているのではと思ったのですが……」


 ヨハンはオペラグラスを手に、苦い表情のまま答える。


「ああ、そういう理由も考えられる。錬成科学的な、特殊技術が用いられているのだろう。しかし『コッペリア・ベルベット』に秘められた特殊技術云々を考慮したとしても、エリーゼ君の動きは以前と比べて格段に悪い。『神経網』に掛かる負荷を軽減したにも関わらず、この程度の動きというのは……」


「……」


 ヨハンの返答に、シャルルは『知覚共鳴処理回路』の存在を思い出す。

 そう――レオンが考案したシステムだ。

 戦闘時、エリーゼの『神経網』を保護すべく、レオンが右の義肢に埋め込んだシステムを介し、自身の神経と脳を用いて負荷を処理するという代物だった。

 だが当然、エリーゼと知覚を共有するレオンにも負荷が掛かる。

 実験中、負荷に耐え兼ねたレオンは何度も嘔吐し、苦痛に身を捩らせていた。

 その事実をエリーゼは把握している――或いはこれが原因では無いのか。

 主であるレオンを想い、負荷軽減を考慮した戦い方を選択しているのでは無いか。

 思い悩みつつシャルルは、仕合の行方を見守る。

 見守る事しか出来なかった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「……次は逃しません」


 そう告げるベルベットの声は、無垢な童女の様だ。

 低い姿勢のまま片脚を後ろへ、更に身を沈める。

 全身のバネを撓めている。


 直後。

 五メートルの距離を一気に詰めるべく、弾ける様にベルベットは石床を蹴った。

 低い姿勢で真正面から、逡巡無く飛び込んだのだ。

 この突撃に、空中にて待ち構えるスローイング・ダガーは一本も無い。

 カウンターでの迎撃を行わないつもりか。

 故にベルベットは、回避を考慮しない全力疾走を選択したという事か。


 エリーゼは左後方へ跳躍、そのまま床の上を滑る様に高速で移動する。

 ここまで何度も見せたワイヤーによる牽引だ、改めて距離を取るつもりだ。 

 しかしベルベットの突撃速度は、エリーゼの後方跳躍の速度を凌駕していた。

 防御を捨てたが故の早さだ、ベルベットはエリーゼを射程圏内に捉える。


 ――が。

 この絶好のタイミングを読み切り、機先を制したのはエリーゼだった。

 回避と後退を繰り返す中、背中に装備された『ドライツェン・エイワズ』より、予め特殊ワイヤーを紡ぎ出し、先の攻防にて床の上に放棄したスローイング・ダガーを密かに回収、これを攻撃に用いたのだ。

 カウンター攻撃が成立する。

 甲高い風切り音と共にベルベットの背後から足元へ、フック付きワイヤーにて制御されたスローイング・ダガーが迫る、その数三本。

 繰り返される速攻を止めるべく、脚へのダメージを積み重ねようという思惑か。


 ベルベットは、このダガー三本による攻撃を完全に無視した。

 優先すべきは眼前の敵――そう宣言するかの様に、携えた双剣を振り被ったのだ。 

 同時にエリーゼのダガー三本が、ベルベットの左右大腿部、更に右膝を襲う。

 鈍い音が聞こえた、肉を刃が穿つ音だ。

 だが。


「はぁー……っ!!」


 ベルベットは止まらない。

 左右の太腿に右膝までもダガーで刺突され、何故止まらないのか。

 否。刺さって無い。


 ベルベットの笑みが深まる。

 よだれの絡んだ鋭い牙が剥き出しとなっている。

 肉食獣が悪意を持てば、この様な笑みを浮かべるだろうか。


 エリーゼが放った三本のダガーはベルベットの脚に、刺さってなどいなかった。

 太腿に、膝に、浅く食い込み傷をつけたのみで、すぐに抜け落ちてしまったのだ。

 それはスローイング・ダガーの切っ先が唐突に鈍り、刃が毀れて無くなったかの様だった。


 対するベルベットの斬撃も、エリーゼを捉えていた。

 ワイヤーを繰るべく前方へ差し伸べられていた、その両腕を。

 右から、左から、必殺の意志が籠った刃が斬り裂いていた。


 強烈無比の斬撃だった――にも関わらず。

 エリーゼの腕を斬り落とすには至らない。

 無数の火花と紅色の血潮が、細かに飛び散る。


 差し出されたエリーゼの腕には『ドライツェン・エイワズ』の金属アームより吐き出された特殊ワイヤーが束となって巻きつき、縦横に絡みついていた。

 それらワイヤーの束が即席の鎖帷子と化し、ベルベットの一閃を防いだのだった。


「……っ」


 とはいえ無傷では無い。

 所詮は即席の鎖帷子――それもワイヤーを束ねた物に過ぎない。

 白い腕には幾つもの傷口が開き、そこからじわりと濃縮エーテルが染み出す。


 ダメージを負ったエリーゼの背中では『ドライツェン・エイワズ』が低い駆動音を発している。

 新たなフック付きワイヤーを紡ぎ出しているのだ。

 小型金属アームがスイングし、ワイヤーが宙を舞う。

 エリーゼの指先がワイヤーを捉え、後方へと解き放つ。

 二度、三度、血に塗れた腕が波打ち、更に後方へワイヤーを放つ。

 エリーゼは跳躍と牽引による後退を選択していた。


「……しゃああああっ!!」

 

 その後退を、ベルベットは見逃さない。

 脚を止める事無く、渾身の追撃を仕掛ける。

 左右のグラディウスは斬光の楕円を描き続け、エリーゼを斬り刻まんと猛威を振るう。

 両肩、脇腹、大腿部、そして胸元から、濃縮エーテルが派手に撒き散らされる。

 その身に受けた傷を全く考慮しない動きだ、ダメージを感じていないのか。


 エリーゼはベルベットの猛追に、後退を重ねるばかりだ。

 それでもタイミングを見計らっては両腕を躍らせ、フック付きワイヤーを操作する。

 大腿部に巻かれた革ベルトのホルダーからスローイング・ダガーを抜き出し、迎撃を仕掛けているのだ。


 しかし距離が近過ぎる。

 この距離では投擲用ダガーに、十分な威力を持たせる事が出来ない。

 かといってワイヤーを駆使し、遠心力を用いる余裕も無い。

 威力を無視し、最短距離にて打ち出す事で、ベルベットの追撃を止める狙いか。


 正面から立て続けに、二本、三本、四本。

 繰り出されるスローイング・ダガーは、小さな火花と共に、悉く弾かれる。

 或いは腹部に、首筋に、若干の傷を負わせるものの、ベルベットは止まらない。

 それら直線的な攻撃を、最低限の防御のみで捌き、ひたすら突撃する。

 多少の被弾やダメージは、気にも留めない。


 苦しい接近戦が繰り広げられる中で、エリーゼは搦め手を試すべく、先ほどと同じく、床に放置されたダガーを密かにワイヤーで回収、疾駆する脚を穿とうと不意を突くものの、それがダメージとして通らない。

 使用済みのダガー――つまりベルベットの血が絡むダガーは、その先端が鈍ったか、錆びたかした様に、刃としての機能が明確に衰えているのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「錬成ガリウム合金……?」


「ああ、そうさ。驚くほどの代物じゃあ無いだろう? 一般的なオートマータ――『コッペリア』だって『モリブデン練成合金』を受肉置換し、ボディとしている。その素材を我々『クレオ派』由来の『錬成ガリウム合金』に置き換えたのさ。知識としてはもう『グランマリー派』の『錬成技師』達の間にも広がっている代物だ。水銀に代わる錬成医療用金属として、ガリウムが推奨されているそうじゃないか」


 欄干に肘を乗せたまま、オペラグラスを覗きつつ、ベネックス所長は言った。

 その口許には笑みが浮いている。

 ベルベットの戦いぶりに満足しているのか、或いは勝利を確信している為か。

 ベネックス所長の傍らに立つマルセルもまた、淡く微笑んでいる。

 マルセルは額に掛かる前髪を指先で払い、モノクルのチェーンを揺らしつつ口を開く。


「錬成ガリウムか――軟度が高く液化した際には、他の金属粒子結合を浸食、劣化させる性質を持つ素材だ。なるほど、エーテルの錬成概念である『時』への干渉と組み合わせ、軟度の高さを活かせば自己再生も容易となり……浸食劣化の特性を活かせばオートマータの身体を蝕む事も可能であると」


「その通り」


 ベネックス所長は眼を細めながら応じる。

 輝く美貌で死闘を見下ろしている。


「私の『錬金術』にて合金錬成した『錬成ガリウム合金』だ。温度に因る事無く『ベルベット』の意志で操作可能だ、『エーテル』の固有波動も同じく操作出来る。多少制御は難しいがね。それでも私の『ベルベット』に死角は無いよ。突かれようが、削がれようが、ダメージにならない。そしてベルベットの『返り血』を浴びれば――」


「……毒が回る」


 朗々と紡がれたベネックス所長の言葉を継いで、マルセルは答えた。

 ベネックス所長は髪を掻き上げつつ上体を起こすと視線を送り、言葉を続けた。


「――そう。既に『コッペリア・エリーゼ』は大量の『返り血』を浴びている。受肉置換したとはいえ、その身体の基は『モリブデン練成合金』だ。皮膚も肉も浸食され劣化する、あまつさえ『痛覚抑制処置』が施されて無いとなれば『酸』を垂らされた様な激痛を感じているだろう。身体を蝕む不調と苦痛、更には『ベルベット』の不死性。無策で勝てる筈が無い。ここでレオンが潰れるのは必然さ。そして私は、マルセル君の『悪だくみ』に参加する――」


「……ああ、そういう約束だったね」


 長い睫毛の下で煌めく瞳が、タキシード姿のマルセルを映す。


「マルセル君が私の『母』からどの程度『錬金術』を学んだのかは知らない。でもね、私だって『クレオ派』の『錬金術師』なんだよ? しかも『錬成技師』が学ぶべき『錬成化学』も正式に修め、応用すら可能としている。きっとマルセル君の役に立てる筈だ……」


 ベネックス所長はソファの上に片膝を立て、それを腕で抱えると頬を寄せる。

 艶やかな紅い唇を舌先で舐めると、囁く様に言った。


「……その上で私は『グランマリー』という、似非の神性が幅を利かせる時代を終わらせたい。キミだってそう思っている筈だ、キミはそういう男だ、そうだろう? マルセル君に損はさせない、だから――」


「まだ仕合は終わっちゃいないよ? イザベラ……」


 口許の笑みを絶やす事無く、マルセルはそう言い、軽く首を振った。


・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人であり有能な練成技師。

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