想いの強さは大いなる力、なのです♪ 4
あれから二週間経ち、俺は真愛とのデートのために待ち合わせ場所の御台所清水に向かっていた。デートとは言っても、別に正式に交際しているわけではない。真愛にも少し時間ができたので、久し振りに一緒に出掛けようということになったのだ。
『湧くや』全焼の一件は落雷による火災事故として処理された。本来であれば手遅れにもなろう火災であったが、近年都市部などで頻発しているゲリラ豪雨が偶然にも六郷上空に現れ、燃えさかる火災を鎮火した、という奇跡で締めくくられた。そして俺が二人を連れて外に出ると同時に、被害が大きかった二階部分が崩れ落ちた。完全にタイミングが良かっただけなのだが、俺は二人を救った英雄として盛大に持ち上げられた。
『湧くや』そのものは復旧が完全に終わるまで、しばらくの間は営業停止。再開目処は今のところ年末ごろとされ、これを機にリニューアルを図る予定だそうだ。建物と中の施設などはすべて火災保険で保証されるそうだが、玻雀が以前言っていたとおり売上がここのところ芳しくなかった『湧くや』、再建には勇気の要るところだった。しかし、それを館長と玻雀の父が町長に直談判をして、町村合併後の新しいシンボルとして再建することが決まったのだ。
そんな俺もあの日、英雄扱いされて館長からも盛大に礼を言われたが、先日俺の事情を知った館長がぜひ、リニューアルした『湧くや』で働いてほしいとアプローチをかけてくれて、俺は数ヶ月後には真愛と一緒に働く予定となった。こればっかりは想定外で俺も母さんも、ただただ驚くしかなかった。
玻雀はあれからすっかり元に戻って、今までどおりの評判の良い薬剤師さんとして日々懸命に勤めている。なんでも父親の跡を継いで、三十代になったら町議会議員に出馬するとかどうとか……そんな噂もあるようだ。真愛のことはというと、いわゆる一目惚れだったらしい。今は『湧くや』がない以上、真愛とは疎遠になっているが、今後も油断はできない強力なライバルだろう。
九月を迎える水の郷は、近年の温暖化によりまだまだ暑い。ジリジリと熱線が肌を刺激するが、それでも吹く風には八月にはない冷たさを少し含んでいた。それがまた季節も時間も穏やかに変わっていくことを教えてくれている気がした。
御台所清水にはまだ真愛は来ていなかった。俺は石段を降りて清水のほとりへと足を進める。周囲を囲む石垣にはまだぽっかりと空いた穴がそのままで残っていた。
思えば、ここからすべてが始まった。何の気なしにここへ来て、沈んだ石を動かして、変な女の子に絡まれたと思ったら神様がどうたらこうたらって言って――。
「あれ?」
そういえば何か変だ。
俺は何でそのことを知っているんだ。あの二週間の出来事を、俺は何で……。
清水の水面がゆらりと波紋を描いて揺れる。頭の中に同じように水が一滴落ちて、波紋が拡がっていく感覚。流れてくるあの二週間の映像。俺は確かに、ここにいた。ここから始まった。
「お元気でしたか? 一途さん」
後ろから俺を呼ぶ声がする。聞き慣れた、おっとりとした優しい声。振り向くと、水色に紫陽花と菖蒲の刺繍が施された着物姿で、おかっぱの可愛い女の子がそこにはいた。
「水涼さん! あれ、俺、どうして水涼さんって――」
あのとき、俺の記憶はすべて書き換えられたはず。でも俺は今確かに目の前にいる人が水涼さんだって分かる。そして今までの記憶も、鮮明に甦る。
「神様のいたずら、でしょうか?」
水涼さんが、それこそいたずらっぽく笑って答える。いたずらって答えになってなくないか、これは。
「お主の記憶の書き換えは完全ではないのじゃ」
幼い女の子に不似合いな言葉使いが聞こえた。いつの間にか石段に腰掛けてこちらを見ている長い黒髪の少女、一心だ。
「一心! どういうことだよ、これは」
「よくよく考えてみたらのう、お主はそもそも儂ら神と波長の合う人間じゃから記憶を消したところで儂らが見えてしまう。だから結局、記憶に縁のある神の気配を感じれば、記憶が戻ってしまうんじゃ」
「なんだって!」
「よかったですね~一途さん、また皆さんと仲良くできて~」
くるっと回って俺の両手を握ってぶんぶんと振る水涼さん。もう何がなんだか……
「イチ、おまたせ!……ってあれ?」
御台所清水の入り口に姿を現したのは、待ち合わせしていた真愛だった。しかし、真愛の表情は屈託ない笑顔から、少しずつ怒りを浮かべた表情に変化していく。
「おう、真愛。どうした、そんな顔して――」
「人との待ち合わせだっていうのに、どこぞの可愛い女の子と随分楽しくしていらっしゃるようで~……」
真愛の背後には目には見えない怒りの炎が沸々と上がっているのが分かる。あれは……ヤバい。俺には分かる。堕神なんかよりも、ずっとずっと――ヤバい。
俺は握られたままの水涼さんの手を離す。
「え、いや、あのこれは、違うんだ……って真愛、水涼さんの姿見えるのか!」
「なに、わけの分からないこと言ってるのかなぁ」
いや、そんな馬鹿な。真愛には神様の姿は見えていないはず――。
「この女子はお主といることで少しずつ神の見える波長に近づいていったんじゃろう。もっともお主と同調する心があったからそれをよりいっそう早めた、ということじゃ。もともと儂らが見えてなかったから記憶は戻らんがの」
「え、それって、つまり……」
同調する心ってことは、俺が真愛を想うことと同じように、真愛も俺を……?
「いや~ん、私ったら、一途さんの淡く儚い恋物語に、赤くざわめく血の一滴を落としてしまったのですね。修羅場は避けられず、ああ! この儚くも深いの恋物語はよりいっそう見応え抜群に……」
「そういう問題じゃないだろ! どうすんだよこれ!」
「水涼殿おぉぉ! ああああ、遊びにききき来ましたぞおおおぉぉぉ!」
どでかい図体を揺らしながら、もうすでに顔面紅潮待ったなしで登場する流道。
「あら、流道さんいらっしゃい~」
「相も変わらず騒がしい筋肉馬鹿だな。滑稽でならん」
いつの間にか一心の隣で茶を啜る澪琴。
「今日は全員集合でエンジョイタイムかい! 何ならかますぜ、カモンミュージック!」
どこからともなくやってきたレイクソルト・太郎の掛け声とともに流れるハイテンションな音楽。水涼さんは一緒にいえーいと言いながら踊ってる。
「なんなのよ、この変な人たちは!」
「いや、真愛落ち着け! これには深いジジョーがあってだな……」
「一途さんも早く~! みんなで一緒に踊りましょー」
「だから、余計場を荒らすなってば!」
「ほれ、煎餅でも食うて落ち着け」
「この状況でいるかよ!」
「イチ! どうなってんのよもう!」
「水涼殿おおおぉぉぉっっ!」
「ふむ、今日も水面に映る我は美しい……」
「レッツエンジョイ、感動ファンタスティック!」
「お前ら……俺の感動の涙を返せええぇぇぇっ!」
まだ残暑の御台所清水、静かで優しい水流のせせらぎが聞こえるこの場所に、俺の叫び声がこだました。
秋田県美郷町六郷。この町には遥か昔より自然の山水から湧き出る湧水郡、清水がある。
その清水には、長い年月を経て人々からその存在を忘れられた神様たちがいる。
それでもきっと、俺たちの知らないずっとずっと……昔から。今も変わらずに俺たちのそばにいるんだ。
~完~
これにて完結となります。
ここまでお読みいただいた方、お付き合い頂きまして誠にありがとうございます。
どうか、彼らの行く末を温かく見守って頂ければ幸いです。
本当にありがとうございました。




