カッコ良さは見た目から、なのです? 3
四肢と腹、背中に顔周り……三十分後、俺の体はいたる箇所が蹂躙し尽くされていた。
生ける屍となり横たわる俺の隣で、澪琴はどこからか持って来た湯飲みで茶を啜っている。水涼さんはだらしない顔をした俺をつんつんして「生きてますかー?」と問い掛けてくる。どちらかと言えば、生きてはいるが生気はほぼない。
口から出かけた魂を吸い戻し、俺はよろよろと起き上がり、テーブルから降りた。
「こ、これで……終わりか?」
「うむ、洗練された汝が体。なかなかの出来映えだぞ」
澪琴は湯飲みを片手に、反対側の手を前にかざす。すると俺と澪琴の間に渦を巻いた水が集り、四角形を象って水の鏡となる。そこに映った俺の姿はぱっと見ではそこまでの変化は見られなかった。だが、顔は顕著に変化が見て取れた。
顎周りはすっきりとラインが強調され、頬骨が上がり、目も少し上がった感じがする。全体的に彫りが増し、立体的になっていた。ちょっとイケメンに見える、自分で言うのもなんなのだが。
「おう、なんか……すげーな」
「貴様の喚く声だけがひたすらに邪魔であった」
「それは耐えろと言うほうが無理あるだろ!」
澪琴はこちらを見ずにもう一度茶を啜る。テーブルの上に湯飲みを置き、刀を手に取り鞘から刀身を晒した。
「な、なんだよ。今度はマジで殺す気か?」
「貴様に最後の仕上げと『加護』を与えてやる。黙って受け取れ」
刀を構え、俺の目の前で空を切る。速すぎる太刀さばきに目が追い付かなかったが、そのすぐ後、時間差で俺の髪の毛がパラパラと次々に落ちていく。そしてその軌跡を辿るようにして、ほかの清水でも見た魔方陣が現れ光り始める。俺の体も呼応して光り、魔方陣から水が俺に向かって一気に噴き出す。全身がびしょ濡れになり、やがて光は止んだ。
「おめー、わざとか?」
髪の先から水が滴る。あまりの扱いに俺は口を尖らせた。
「む、極めつけは湯浴みと決まっておろう」
「誰が今すぐここでそう思うかよ、しかも水じゃねーか!」
「わー、一途さん、髪型変わりましたね~」
水涼さんはキャッキャして俺の髪をいじって遊ぶ。ホントこの人、じゃないこの神、自由だな、なんかようやく分かってきた気がする。
「いずれにせよ、貴様は我が『加護』を受けたのだ。今後醜くあることは許さんからな」
「へいへい、分かってるって。肝に銘じとくよ」
「これで『加護』の恩恵を三つも身に付けたんですね~、一途さんすごいです~」
流道、レイクソルト・太郎、そしてこの澪琴、三人の神様から『加護』を与えてもらった。これだけでも十分、俺は変わった気がする。俺、もしかして今かなりスペック高くね?
俺は今までコンプレックスだったもの、苦手だったものが取り除かれ、むしろそれが自信に繋がっていっていることに気がついた。今なら、何だってやれる気がする。
「まあ、なんであれありがとな、澪琴」
「礼には及ばん」
澪琴はこちらを見ず、むしろ目を瞑り、腕を組んだまま答える。
「ホントあんたって無愛想だな。澪琴って名前は女くさいのに――」
ザクッ、と澪琴の刀が凄まじい速さで、俺の顔のすぐ横の柱に突き刺さった。横にかかった前髪が少しだけ、はらりと落ちた。
俺は笑みを浮かべたままの顔を引き攣らせながら硬直する。
「……次、口にしたら、本当に黄泉の底に沈めるぞ」
「澪琴さんにそれは禁句なんです、一途さん」
水涼さんが慌てて俺にボソボソと耳元で囁く。だからなぜ大事なことを早く言わない。
「は……はい」
うむ、と澪琴は柱から刀を抜くと、俺は胸を撫で下ろした。
「我は久し振りに力を使った。時は夕刻、身体を休めるとしよう」
「おう、分かった」
「じゃあ澪琴さん、ありがとうございました」
水涼さんが一礼すると澪琴は水に包まれ、細い水流へと変わって姿を消した。
「さてと、俺たちも帰るとするか」
「はーい」
公園の出口へと足を運ぶ俺たち。途中「あっ」と水涼さんが声をあげ、清水へと走って行った。そして何やら懐から出した白い紙を清水の脇へと置いて、こちらへ戻ってきた。
「水涼さん、どうしたの?」
「ちょっと、澪琴さんへお手紙です」
「ふーん、そっか。さっき渡せばよかったのに」
「忘れてました」
ふふっ、と水涼さんが可愛らしく笑う。そういうところが、神様なのに人間くさくて女の子らしい。
空を完全にオレンジ色が占める。東の空には山の稜線に月が顔を出していた。
体はすっきりしたものの、まだ痛みが引かない。しかし明後日の夜には真愛との夜市デートが控えている。気持ちだけはもう、絶好調だ。
俺は明後日に備え、それまでは清水巡りを休むことにした。
家に戻り、飯を食って風呂に入ったあと、俺は自分の部屋の布団でゴロゴロしていた。
今日、モールで悠斗に言われた玻雀のことを考えていた。
『人の形相とは思えないほどの顔してたぜ』
確かに、このところの玻雀の蛮行は目に余るところがあるらしく、町でも噂になっているようだ。以前はべた褒めしていた母さんも「どうしちゃったんかねぇ」なんて言うほどだ。
俺と対峙したときの様子も、明朗で爽やか、誠実という前評判とは随分かけ離れたものだった。半年以内と思われるこの短期間で、あいつに一体何があったのだろうか。
「それに……」
流道とのトレーニングの際に現れた玻雀に、一瞬見えた黒いもや。あれは車のマフラーからなどではなく、玻雀自身の体から出ていたような……そんな気がした。
いずれにせよ、そんな危ないやつが真愛を狙ってるなんてとんでもない。俺は何が何でも真愛を守ってやらなきゃいけない。今、あいつのピンチを救えるのはきっと俺だけだ。そして、今の俺にならきっとその力がある。
俺は天井に向けて自分の手の平を掲げる。それをゆっくりと握りしめる。手首下に張った腱の筋、肘にまでかけた筋肉の山なり。俺は自分の変わりようを確かめるように眺めた。
「絶対、守ってやる」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。




