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嘘じゃ、ないのかな。颯くんは、ほんとに私のこと、好きなのかな。さっき好きっていったけど、ほんとに?
売り言葉に買い言葉、たしなめるようにいわれた「好き」の言葉。そこに、本当に颯くんの気持ちは入っているんだろうか。
うつむくと、押しつけられたままの紙袋が見える。颯くんの大きな男の人らしい骨張った手が、こぎれいな紙袋を握っている。
光沢のある小さな紙袋は、ショップのロゴ入りのシールで綺麗に口を止められている。きらきら輝く金色のシールに印字されたロゴは、確かに本命というにはふさわしいブランドの物だ。
無意識にその紙袋に触れると、押しつけていた手が緩まり、そしてぽとんと私の手の中に落ちてきた。
私の手の中に、私へのプレゼントだという小さな紙袋がある。
顔を上げると、少し困ったような顔をした颯くんが私を見ていた。
「あけて」
颯くんに促されて、私はかじかんだ指でぎこちなく袋を開けてゆく。かわいくラッピングされた長細い箱があった。
それを震えそうな指先でぎこちなく開けてゆく。白いアクセサリーの小箱の中には、花と月のモチーフのペンダントトップがついたネックレスが入っている。
「……かわいい」
「おまえ、こういうの、好きだろ」
優しくて柔らかい颯くんの声に顔を上げれば、淡くほほえんでいる。声と同じぐらいすごく優しい顔をしている。
私は素直にうなずいた。
「つけて?」
ささやくように促されて、震える指先でそれを身につける。
「似合うな」
目を細めて見つめてきた颯くんに、「ありがとう」と口の中でもごもごと言葉を返した。
なんだかいたたまれなくて目をそらす。でもそれ以上颯くんから反応がなくて、しばらくしてから不安になってまたちらっと目を上げてみる。
すると、さっきまでとは打って変わって、意外にも真剣な颯くんの顔があった。
「で、彩、返事は?」
「……へん、じ?」
「おう。俺と付き合うのか、付き合わねーのか。返事」
少しぶっきらぼうな声だったけど、その顔は別に怒ってはいない。
私はどう答えたら良いのかわからなかった。
颯くんが、私と付き合う?
颯くんがどういうつもりかわからなかった。今までそんなそぶりなかったのに、好きだといったり、付き合うといったり。ペンダントだって私好みのこんなかわいいのくれたり、……私があきらめる覚悟をつけたのに、今更。
頭の中は、もういっぱいいっぱいなのか、何も考えることが出来なくて、空っぽみたいになっている。
空になった紙袋を見て、颯くんを見て、また紙袋に目を落とす。視界の端っこに、たった今つけたばかりのペンダントトップがちらりと揺れた。
曇り空の下、私の胸元で小さく光るお月様とその脇で揺れる花。颯くんがくれた、光の欠片が目の端でにじんで、私の気持ちをくすぐる。
「ん?」
答えを促す颯くんを見た。
困った表情になっているけど、いつもの優しい目をしている。手が伸びてきて、私の髪をそっとなでて「彩」と私の名前を呼んで答えを促す。
胸に広がるのは、颯くんのことが好きって気持ちだけだった。悩んでも、どうしても、あふれるぐらい颯くんを好きな気持ちなんて揺るがない。
「つきあう」
口が勝手にそう答えていた。
だって好きなんだもん。
まだ悩んでいる自分に、そう言い訳をする。不安な気持ちを訴えてくる自分自身に、あきらめられないくせに。って言い訳をする。
でも納得いかなくて悔しい自分が颯くんをにらみつける。
なのに、颯くんが笑った。
にらんでいる私にむけて、すごくうれしそうに破顔した。
「そうか」
少しトーンの高い声でそう言うと、さっきまでの様子が嘘みたいに晴れ晴れとした笑顔になって、私の頭をぐりぐりとなでた。
「はぁ……、長かったわ。おまえほんっと、意味のわからんこじらせ方すんなよ」
ほんとにほっとした様子でつぶやかれた言葉。でもその行動は、今までと変わりのない、子供に向けたような動作で、私の胸がずきんと痛む。
「だって、颯くんが……」
颯くんが、私を女の子として扱ってなかったから。
そう言いたかったけど、颯くんの顔を見ているとうまく言葉に出来なくなっって、うつむいて唇をかみしめる。
「あー、わかった、わかった。俺が悪かったから。機嫌直せ。……な?」
嘘だ、全然悪いなんて思ってないくせに。適当にごまかしてるくせに。
でも、颯くんが私のことを気にしてくれているのは本当で、声が優しくて、すごく優しい気持ちでのぞき込んでくれているのも、本当だ。私をのぞき込んでくれている目は、とても私を大切に思ってくれている目だ。
悔しくて、うれしくて、反発したいけど何を言ったら良いのかもわからない。機嫌直せって言われて、意味なくごめんなさいって言って甘えたくなる。そう言ってしがみつけば、全部許してもらえるって、知ってるから。
「彩」
優しい声で名前が呼ばれる。
「好きだぞ」
突然聞こえた優しい声で紡がれた言葉にはっと顔を上げる。
颯くんの両手が私のほほを包み込むみたいに触れてきた。
「俺は、おまえが好きだからな」
ぼやけるぐらい目の前で、颯くんが静かに、私に言い聞かせるようにささやく。
これは、嘘じゃない。
初めて、素直にそう思えた。
涙がこみ上げてきた。手の中にある空っぽになった紙袋をぎゅっと握りしめる。目の前がゆがんで、ぽとぽとと涙があふれた。
しゃくりをあげながら、小さくうなずいた。
コツンと額を合わせて、涙が止まるまでの間、颯くんが何度も頭をなでてくれた。
幸せだと、思った。
ようやく涙が収まった頃、体を離した颯くんが、手を差し出してきた。
「で、だ。……ほら」
手のひらを上にしてさしだされた手がちょいちょいと動く。
何かを渡せとでも言うような動きに、まさか、さっき渡されたプレゼントのこと? と、混乱する。返せって事だろうか。
困ったので、とりあえず「はい」と、空袋をその手の上にのせてみた。
「いらんわ!」
直後颯くんの突っ込みが入る。うん、何となく違うのは分かっていた。困った。私は首をかしげながら颯くんを見上げる。
「なに?」
おそるおそる聞くと、颯くんがきょとんとして私を見る。
「何ってプレゼントに決まってんだろ。今日会うつもりだったんだから持ってんだろ? ほら、さっさとよこせ」
私は一瞬言葉に詰まった。
やばい。
ちょっと目が泳いだ。でも手が目の前にあってプレゼントを要求する。覚悟を決めてつぶやいた。
「……捨てた」
「は?」
「だから、捨てた」
「はぁ? 何考えてんの? 馬鹿なの、おまえ!」
颯くんが全力で非難するように叫ぶ。私は唇をとがらせた。
「馬鹿だもん」
まさか、こんなことだなんて思ってなかったし、こんなことになるとも思ってなかった。
ゴミ箱にたたきつけた颯くんへのプレゼントを思い出して唇をかみしめる。颯くんのために一生懸命探した財布を思い出す。勢いで捨てるんじゃなかった。
今度は情けなくて涙がにじんだ。一回泣くと、どうも涙腺が緩くなるようだ。いつもなら泣かないようなことで涙がにじむ。
苦笑する吐息が聞こえて、また頭をぽんぽんとなでる手の温かさが私を包む。
「馬鹿なところもかわいいから心配すんな」
慰めてないよ、それ。
でも、そんな慰め以下の言葉にほっとする私がいる。「うん」とうなずいて見上げると、颯くんが笑った。
「颯くん?」
「なんだ?」
「ありがとう」
お礼を言った私の言葉に、颯くんが首をかしげた後うなずく。
「なんの礼かはわからんけど、貰っとくわ。俺はおまえには限りなく尽くしてるからな」
尽くしてるかどうかはともかくとして、すっごく譲歩してくれているのは確かだと思う。だから、否定はせずにうなずいておいた。
そしたら、颯くんが笑った。
「わかってりゃ、良いんだよ」
ぐりぐりと頭をなでる。これ、絶対好きな女の子にする態度じゃない。髪、もう、絶対ぼさぼさだ。
でもそれも別に嫌なわけでもないし、颯くんに頭ぐりぐりされるの結構好きだからやられるまま黙っておとなしくしていた。それでうつむいたまま、あのときゴミ箱に叩きつけたプレゼントのことを思い出す。うち捨てられた財布が、振られたと思い込んでいた自分と重なって思えた。私の気持ちがそのままになってる気がして、もう大丈夫だよって拾い上げたい気持ちがこみ上げる。
「ねぇ、颯くん。……ゴミ箱、あさりに行く……?」
どこに捨てたかは覚えているから聞いてみた。言われた颯くんがぽかんとして私を見る。
「ゴミ箱あさるって……おまえ、何でそんな嫌な言い方すんの? ひどくね?」
「あさらない?」
私の気持ちどうこうより、あの財布分のお金をもう一回貯めるのは、ちょっと大変だ、とかいう気持ちなんて、もちろん欠片ほどもない。たぶん。もう一回買って渡すよとは言えない裏事情なんてきっとない。ごめんね、我慢してね。それで私の気持ち、拾い上げてね。だからゴミ箱あさろう?
颯くんをのぞき込むと、ややあってため息をつかれた。
「……あさるよ。あさります」
がっくりとうなだれてつぶやかれた。ちょっと罪悪感で胸が痛む。
笑ってごまかそうとすると、ため息をもう一つついて颯くんがコツンと私の額を小突いた。
「おら、おまえが捨てたところ教えろ。探しに行くぞ!」
颯くんが苦笑して体を前に向けるとエンジンをかけた。
やっぱり颯くんは私のお願いに弱い。私も笑って前を向く。ゴミ箱に財布が誰にも拾われずに残っていることを祈りながら。
だって、拾い上げてくれるのは、いつだって颯くんがいい。
颯くんが一緒に拾いに行ってくれると言うことがうれしい。それは別にもう一回買わなくていいのが理由では決してない。
なんだかとても不思議な気分だ。
ワイパーがきゅっと視界を綺麗にした。ふわふわ、ちらちらと空を彩る白い水玉模様の向こうに、イルミネーションが見える。
「颯くん、ホワイトクリスマスだね」
不意に思い出して、念願のホワイトクリスマスを颯くんと過ごせる感動を訴える。
「おう。うっとうしいな。さっさとやめば良いのに。動きにくいことこの上ない」
「ロマンチックじゃない!!」
「誰かさんのせいで、すっげぇ疲れたからな。しかもプレゼントはゴミ箱の中だしな!」
わめく私に、颯くんがクックと笑いながら車を走らせはじめた。ゴミ箱の場所を伝えてから、私はむくれて窓の外に目をやる。
窓の外を落ちてゆく白い影がふわふわしていて、いかにもクリスマスって感じでかわいい。
むくれていた顔が勝手に笑ってしまう。
恋人になって初めて過ごすクリスマスイブは、ホワイトクリスマスでとてもかわいいのに、全然ロマンチックじゃなかった。でも、とても幸せだと思った。
おまけ。
「……おまえなんかって、言ったくせに」
「は? そんなの言った覚えないけど」
「言ったもん! おまえなんかと付き合えるかって」
「……。あ、それは言った覚えある」
「やっぱり、私なんか対象じゃなかったって事じゃない!」
「そういう意味じゃないって」
「言い訳なんかしなくていい!!」
「……ほんとに? 俺がおまえをすっげー好きって言う言い訳、聞きたくない?」
「好きな子に「なんか」なんて、普通使わないもん」
「おまえなんかといたら、甘えてしまうだろーが」
「え?」
「俺は、おまえが好きすぎて、おまえなんかといると俺は駄目になっちゃうの。わかる? それに受験生なんかと付き合ったら、勉強のこと考えてやらなくちゃいけないのに別の事したくなって困る羽目になるだろ? 俺はおまえがかわいいわけ。でもって、気を許してるから甘えちゃうわけ。おまえならわかってくれるだろって気持ちは、どうしてもあるわけ。社会出たばっかりだし気を遣う余裕なんかなかったんだわ。たぶん去年は自分のことで手がいっぱいだったから付き合っても何にもしてやれなかったしな。それ責められたり不満とか不安もたれても対処するよゆーなかっただろうし。おまえががんばってても我慢してても、俺は甘えさせたり手をさしのべたり出来なかった。そんなときに、大事なおまえなんかとつきあえるかよ。傷つけるって分かってるのに。……そういう「なんか」の使い方。駄目だったか?」
「だ、駄目じゃないけど、そんなの、わかんないよー!!」
「はいはい、ごめんごめん。俺が悪かった」
「馬鹿にしてるー!」
「してないっつーの(笑)」
「あ、それから彩。おまえ、俺の気持ちを嘘っていうのやめろ。さすがにそれは傷つくから」
「……はい……(しょぼん)」
「分かりゃぁ良いんだよ、落ち込むな。アイシテルゼ、俺のかわいい子猫ちゃん」
「……!! 絶対、嘘だ!!」
「ひゃはは!」
「なぁ……、ゴミ箱のプレゼントなくなってたらどうする?」
「え……ま、待っててくれたらもう一回買うから…!!」
「ははっ、いいよ、買わなくても。もし、そうだとしても気にすんなってこと言いたかっただけ」
「じゃ、じゃあ、プレゼントは……えーと、そうだ、アレだ!! プレゼントは、わ・た・し(棒読み)」
「……」
「じょ、冗談だ……」
「……二言はないな。よし、それを貰った。もうゴミ箱はいったプレゼントはいいや。貰うのはそっちがいい」
「え!や!颯くん、冗談!!冗談ーーーー!!!(焦)」
「残念ながらその申し出は承れません。大変申し訳ありませんが、本日の受け付けは終了しました(真顔)」
ps.ゴミ箱に叩きつけたプレゼントは無事見つかりました。