第二話 人類史
当直明けの従卒室には機関の重低音だけが満ちている。カエサルは寝台に腰かけ、借りものの一冊を膝の上で開いた。
『人類通史』縮刷版・第11改訂。ノイマンの私物である。見返しには除籍された旧い蔵書印が滲み、頁の角は歴代の読み手の指で丸くなっている。扉には編者の序文が一行だけ刷られていた。
──歴史を学ぶ者は三度絶望する。一度目は人間に。二度目も人間に。三度目もやはり人間に。それでも頁を閉じなかった者だけが四度目にようやく希望を見出す。
序文の裏には凡例の頁がある。曰く──本書の初版は統一暦358年、緩衝戦争の和約から4年目に非武装中立リール星系のリール自由大学出版局より刊行された。三国いずれの検定も受けず、いずれの政府の助成も受けないことを刊行の条件とし、以後50余年、改訂の度に三国全てで発禁と必読書目の指定とを交互に経験している。中立星系の出版局が刊行する通史だけが三つの人類全てに読まれている──このこと自体が本書の成り立ちを何よりよく物語っている。第11改訂は統一暦411年の組版。編者の名は創刊以来の慣例により記さない。歴史に名を残すべきは書いた者ではなく、書かれた者だからである。
以下はその本文である。
(西暦2032―2044)
人類が2つ目の住所を手に入れたのは西暦2032年3月のことである。
第2次国際宇宙開発計画──スペースファイブという私企業により火星恒久植民都市はアルカディア平原の赤い砂の上に最初の与圧ドームを膨らませた。入植第1陣は12カ国混成の186名。国籍も言語も信仰もばらばらの彼らが共有していたのは楽観だけだった。
第1陣の水耕技師メンドサは入植40日目の日誌にこう書いている。
「トマトができた。地球から2億キロ離れた場所で人類は今日から農民になった。」
日誌の原本は現在も火星開拓博物館(アルカディア平原)が所蔵している。引用箇所の頁には押し葉が1枚、挟まれたまま保存されている。トマトの葉である。鑑定によれば、第1世代の株のものだという。
後世のあらゆる教科書に引用されるこの一行を当時の地球で気に留めた者は殆どいない。地球には地球の問題があった。それも山ほど。
楽園には値段がある。火星の楽園の値段はヘリウム3と精錬希土類だった。核融合炉の燃料とあらゆる精密機械の骨格。文明の血液と骨を人類はこの時初めて、地球の外に持った。採掘権と配分式を定めたのは国際火星資源機構──出資比に応じて分け前を決める、植民初期には誠に公平に見えた数式である。数式の不幸は現実の方が数式より速く変わることだ。
数字を挙げておく。当初の配分比はアメリカ連合国3割1分、中華連邦2割4分、欧州諸国1割9分、日本1割1分、その他諸国あわせて1割1分。そしてロシア連邦は4分であった。
そして西暦2039年、日本。
後に相模・南海連動と呼ばれる海溝型巨大地震が3月の未明、二つの震源域を90秒差で連鎖させた。首都圏から太平洋岸にかけての都市帯は震動と火災と最大38メートルの津波によって、一つづきの瓦礫になった。直接死、災害関連死、国外流出。日本という国家が最終的に失った人口は約2000万人と算定されている。
九十九里浜の小学校教師・矢代の日記が残っている。
「あれから3日目。水が来ない。学級名簿に丸を付けるのをやめた。付けられない名前の方が多くなったからだ。」
各国は競うように国際協力部隊を派遣した。善意であり、外交であり、隠さずに言えば演習でもあった。後に七陣営と呼ばれることになる大国の全てが同じ被災地で並んで瓦礫を運ぶという光景は前統一時代を通じて他に例がない。
──この駐留が10年後に持つことになる意味をこの時はまだ、誰ひとり知らない。
同年、アメリカ連合国議会は日米相互安全保障協定第14条18号──同盟国の国家機能が3割を超えて喪失した場合、相互防衛義務は3年間凍結される、と定めた、いわゆる機能喪失条項の発動を可決した。保護の停止は合理であり、屈辱であり、そして日本政府は安堵した。
凍結期限の迫った2042年の総選挙は事実上この一点を争点として戦われた。同盟への復帰か、凍結の延長か。勝ったのは延長派である。凍結はさらに4年間延長された。銚子の仮設投票所である老婆が記者にこう答えている。
「傘っていうのはね、降りだしてからは貸してもらえないものだとよおく分かったよ」
この4年間延長が後の中立宣言の種子となった。
(西暦2045―2048)
2045年、火星の人口が30万を超えた。
もはや前哨基地ではない。都市となった。そして都市は奪い合うに値する。
国際火星資源機構の配分式の改定を中華連邦が要求し、アメリカ連合国が拒否した。配分戦争と呼ばれるこの抗争は関税に始まり、禁輸を経て、軌道上の「事故」の応酬に至る。前統一時代の経済学者たちはこれを戦争と呼ぶことをためらった。後世の我々はためらわない。戦争は宣戦布告からではなく、最初の死者から数えるべきだからである。
そして雪崩の最初の石は火星にすら手の届かなかった国が落とした。
ロシア連邦。
宇宙開発競争からの決定的な脱落。閉じていく資源の蛇口。前統一時代の全ての戦争に通じる法則がここにある。持たざる者の焦燥は持てる者の傲慢よりも常に早く引き金を引く。
2045年10月、ロシア軍はバルト三国へ侵攻した。
リガ郊外の天文台に勤める老観測員オゾルスはその夜、流星群の観測記録の末尾にこう書き残している。
「4時12分、南東に明るい光、多数。流星にあらず。」
原本は4年後、リガの街もろとも失われた。今日我々が読めるのは天文台が国際流星機構へ毎月送っていた定期複写──いわゆるリガ天文台複写の一葉であり、月面ツィオルコフスキー市の天文資料館に保存されている。観測者の几帳面さが観測者の死後に観測者の街の最初と最後を証言したわけである。
第三次世界大戦の、これが最初の観測記録である。
──と書いたが実はこの一文自体が一つの学説の表明である。第三次世界大戦の起点をどこに置くかについて、史家は今日なお3派に分かれている。リガ派は2045年10月のバルト侵攻を採る。軌道派は配分戦争における軌道上の最初の死者──同年6月、精錬施設の減圧「事故」による14名から数える。長期派にいたっては2039年の機能喪失条項まで遡り、大国間の相互防衛網が書類の上で死んだ日をこそ、戦争の受胎日とする。本書の本文はリガ派の立場で書かれている。だが編者自身は戦争は最初の死者から数えるべきだと先に書いた。矛盾を指摘する読者は正しい。歴史叙述とはこの種の矛盾を版を重ねながら抱えて歩く仕事なのである。
以後の3年間を本章は駆け足で記す。駆け足でしか記せない。雪崩を一粒ずつ数える方法を歴史学はまだ持たない。
ロシアはバルト三国を併呑し、返す刀でポーランド北岸へ強襲上陸した。北大西洋条約機構は全面参戦に踏み切り、上海条約機構がロシアの側に立ったことで二つの軍事同盟は二つの「陣営」へと変質した。
中華連邦は「内政の最終的解決」と称して台湾へ侵攻した。
カシミールで印パの砲撃戦が再燃し、インドは中華連邦のパキスタン支援を理由に中華連邦へ宣戦を布告し、パキスタンはインドへ宣戦を布告した。核保有国同士の宣戦布告が1週間に2件。世界はまだ、これを「局地化は可能」と論評していた。
アルゼンチンがフォークランド諸島へ侵攻した。世界が燃えはじめると人は古い領収書を探しに行くものらしい。
2046年、日本は凍結中の安保協定を正式に返上し、中立を宣言した。震災国家に選べる生存戦略はそれしかなかった。そして日本を非難する資格のある国はもう一つも残っていなかった。
インドネシアはパプアニューギニアへ侵攻した。
アフリカではコンゴ民主共和国とルワンダ・ブルンジ・タンザニア連合軍が大湖地域の覇権を賭けて激突し、エチオピアはジブチを「編入」して紅海への出口を確保し、スーダンと南スーダンは三度目の、そして最後の戦争を始めた。
シリア・ヨルダン・エジプト連合軍はイスラエルへの爆撃と海上封鎖を開始し、イランは混乱に乗じてイラクを空爆した。
スペインではカタルーニャ解放同盟が武装蜂起し、欧州は外側からだけでなく、内側からも出血しはじめた。
そして2048年、韓国軍が朝鮮民主主義人民共和国との軍事境界線を越えた。
後世の史家はこの時期の人類が七つの陣営に分かれていたと整理する。北大西洋条約機構。上海条約機構。デリー協商。イスラマバード盟約。汎アラブ統一戦線。南大西洋同盟。そして第七にどの陣営の地図にも収まらないアフリカ諸戦線。──だが正直に言えば、この「七」という数字は教科書の整理癖が生んだものだ。実態は七色に塗り分けられた地球儀ではない。塗料が互いに滲み、混ざり、焦げていく地球儀である。
同じ2048年、ニュージーランド北島でタウポ火山が1800年ぶりの巨大噴火を起こした。北島の半分が降灰に沈み、南半球の空が二度の夏の間濁った。そして特筆すべきことが起きる。戦争のさなかにもかかわらず、各陣営は申し合わせたように救援部隊を派遣したのである。日本の時と同じように。
人類は戦争の真っ最中にも救援を送った。このことは記憶されてよい。
派遣された兵士たちがその1年後、結果として人類最後の正規軍になったことは──もっと記憶されてよい。
灰の九月(西暦2049)
2049年9月10日、北大西洋条約機構軍はバルト海南岸ポメラニアへの大規模強襲上陸を敢行した。三正面で消耗しきったロシア軍の戦線は4日で崩れた。
9月14日05時20分、上陸に耐えかね劣勢に追い込まれたロシアは上陸船団と橋頭堡に対し、戦術核を3発使用した。
「戦術」核、という言葉を本書はここで一度だけ使い、以後は使わない。戦術と戦略の区別はキノコ雲の高さでは付かないからである。
以後の72時間について、確実に言えることは少ない。報復が報復を呼び、警報システムが警報システムに応答し、決裁権者が死亡する度に決裁はより下位の、より時間のない人間へ落ちていった。発射の何割が人間の意思で何割が機械の論理だったのか、今も分からない。分かっているのは結果だけである。
その「結果」すら、実は推計である。72時間に発射された弾頭の総数を人類は知らない。各国の発射記録は発射を命じた司令部もろとも蒸発した。最小推計の4200発は統一暦9年の憲章調査委員会報告に最大推計の1万1千発は火星スペースファイブの民間観測員による閃光計数に基づく。6800発の開きは史料の欠落がそのまま数字になったものであり、この幅こそがあの72時間についての最も正確な記述だと言えなくもない。
9月14日から17日までの72時間で人類はそれまでの全戦争の戦死者の合計を超える人間を失った。
そして本当の死はそのあとに来た。成層圏の灰。3年続いた冬。飢餓と疫病。開戦前に97億を数えた人類は統一暦元年の調査で約2億人になっていた。
ここで用語を厳密にしておかねばならない。灰の九月という呼称が指す範囲について、史学は今日まで一致を見ていない。狭義派はこれを9月14日から17日までの72時間に限り、広義派は成層圏の灰が落ち切るまでの3年の冬を含める。狭義を採れば死者は推計19億から31億の間(幅の生じる理由は先に述べた)、広義を採れば95億である。本書は広義を採る。72時間で死んだ者と3年かけて死んだ者とを別々の帳簿に載せる理由を編者はついに見つけられなかったからである。
火星スペースファイブの観測ドームに14歳の望遠鏡係、エリンがいた。彼女の観測日誌は今評議会公文書館の恒温室に保存されている。
「地球の夜の側に小さな光がいくつも灯った。星みたいだ、と思ってしまった。地球が星になっていくみたいだと。先生が望遠鏡をしまって、今日はもう寝なさい、と言った。」
さて──日本とニュージーランドである。
この2国の上に核は1発も落ちなかった。
軍事的価値が乏しかったからではない。説明はもっと散文的でもっと滑稽でもっと恐ろしい。両国には震災と噴火の救援のために七つの陣営全ての軍隊が駐留していた。どの陣営の攻撃立案者も標的リストのその欄に──自国の兵士の頭上に核を落とすという決裁書に最後まで署名できなかった。
人類は善意によって生き延びたのではない。書類仕事によって生き延びたのである。
(西暦2050―2052)
灰の降る3年間の記録を本書は多く持たない。記録する者が記録される者と同じ速度で死んでいったからである。
2052年4月、ニュージーランド・ウェリントンに連絡のつく全ての政府・自治体・艦隊・避難共同体の代表が集まった。197人。
議長にはニュージーランド復興評議会のミリアマが選ばれた。開会演説は90秒に満たない。
「我々は勝者ではありません。敗者ですらありません。我々は遺された者です。そして遺された者にはただ一つの義務しかない。すなわち。残った我々は未来の人類の始祖である、ということです。」
会議は41日間続き、西暦2052年5月22日、人類憲章が採択された。
第1条 人類は一にして全である。人類の内部に敵は存在しない。
第2条 人類統一社会は地球と火星の協力をその礎とする。
第9条 地表における核兵器の使用、配備、及び持込は理由の如何を問わず、永久にこれを禁ずる。
この年をもって、統一暦元年とする。
統一暦元年、新政府最初の事業として実施された第1回国勢調査の数字を掲げておく。総数1億9700万。内訳は南半球諸地域1億900万、北半球残存地域5368万、日本列島3400万、そして火星スペースファイブ、32万。ウェリントンに集った全権が197人、残された人類が1億9700万──この符合に意味はない。だが改訂の度に意味を見出した読者からの手紙が編集部に届く。人間は偶然を放っておけない生き物なのである。なお「約2億」という丸めの蔭で火星の32万は誤差ですらなかった。後の320億、160億、330億がこの帳簿のどの行から芽吹いたかを思う時、編者は誤差という言葉を使うのをやめる。
憲章は法であると同時にただちに法以上のものになった。97億の死者の上に立つ2億人にとって、「残った我々は始祖である」という言葉は政治綱領ではなく、救済だったからである。憲章を聖典とし、ミリアマの90秒を福音とする信仰共同体──始祖教が教団の形を取るまでに10年とかからなかった。人類最初の、そして唯一の統一宗教である。
始祖教が定めた習わしのうち、最も美しいものを先に記しておく。継承名である。滅びた文明圏の偉人や家名を子に与え、名が呼ばれる度に死者が一度ずつ生き返るようにする、という制度だ。
統一暦2年、クライストチャーチ復興登記所に最初の「死者の名簿」が置かれた。滅びた諸文明の人名を文明別・職分別に編んだ、電話帳ほどの厚さの台帳である。初日に登記された継承名は3つ。ガリレイ。カエサル。ホクサイ。3番目を選んだ若い母親は係官に理由を訊かれて、こう答えたと記録されている。
「この子に波の描き方を忘れさせたくないので」
名簿は現在、11万頁に達している。
(統一暦22―96)
2億人で文明を維持する。これが復興期の人類に課された算術だった。97億人で回していた知識の網を2億人で支えなければならない。足りないのは資源ではない。脳だった。
統一暦22年、脳神経工学者チューリング博士が実用化したIB──インターフェース・ブレインはその答えだった。米粒大の有機演算体を生後1カ月の乳児の後頭部に埋め込む。IBは脳の情報処理を補助し、記憶を索引化し、計算を肩代わりし、そして──通信する。口を開かずに会話ができる。感情の輪郭をそのまま相手に手渡せる。誤解というものが原理的に減っていく。戦争の原因は誤解である、と当時の人類は心から信じていたからこれは平和の装置でもあった。
統一暦26年、始祖教はIB埋込を新しい割礼とした。旧い時代の割礼が神との契約の徴であったようにIBは人類との契約である、と。
効果は本物だった。識字は3年で微積分は10年で2億人の共有財産に戻った。崩壊した科学は一世代で再建された。これは公平に記録されねばならない。IBがなければ、人類の復興は300年遅れていた。
普及の速度も記録しておく。義務化された統一暦26年の新生児装着率は9割1分。30年後には9割9分6厘に達し、以後200年あまり、この数字は殆ど動かない。残る4厘──体質により埋込に耐えなかった者たちは無垢者と呼ばれ、憐れまれ、羨まれ、後の動乱期には思考を覗かれない伝令として諸陣営全てに重用されることになる。歴史の皮肉はいつも端数に宿る。
そして、これも公平に記録されねばならない。
通信できるものは傍受できる。
始祖教監査局。教団の一部局として発足したこの組織はIB網を流れる思考と記憶を「人類の健康のために」定期監査する権限を持った。監査に引っかかった者がどうなるかについての公式用語は剪定という。庭師の言葉である。庭師は枝を憎まない。ただ樹形のために切る。
この語法について評議会最初期の史家タキトゥスが『監査局年代記』に残した一行ほど簡潔な要約を編者は知らない。
「彼らは庭を作り、それを健康と呼んだ。」
統一暦38年、火星シドニア州の中等教師ヴェガは授業で生徒にこう問うた。「憲章にも誤りはあり得るだろうか?」
翌朝、彼の官舎は空だった。
隣人たちは互いに尋ね合わなかった。「尋ねたい」という思考そのものが次の監査の対象であることを全員がIB越しに知っていたからである。
さて、ここで本書はこの暗い時代のただなかに咲いた一輪の珍妙な花について記す義務を負っている。
統一暦44年ごろ、月面都市の中学校から一つの俗信が流行りだした。曰く、アルミ箔を頭に巻けば、監査局はIBを覗けない。
言いだしたのはツィオルコフスキー市第3中等学校のコペルニクス、13歳。彼が家庭科実習室から持ち出したアルミ箔で銀色の帽子を折り、「これで今日から俺の頭の中は俺だけのものだ」と宣言した日から流行は監査局の通達より速く広がった。教室が銀色になった。工場の昼休みが銀色になった。製錬所のアルミ箔出荷量は半年で3倍になり、始祖教の祭日には銀の帽子をかぶった若者たちが行進までしてみせた。
監査局はこれを禁止しなかった。否定声明の1本すら出さなかった。
大人たちは首をかしげた。あの監査局がなぜ。
答えは約200年後、動乱期に流出した内部文書で明らかになる。文面は簡潔である。
「俗信を否定する必要を認めず。被帽行為は隠蔽欲求の存在を自己申告するものであり、監査対象の選別効率を著しく向上させる。」
アルミ箔は電波を遮らなかった。人間を選別した。
コペルニクス少年のその後について、公文書は何も語らない。学籍簿は統一暦45年度で途切れている。転校、と記されている。彼の学校ではその年、11人が「転校」した。
(統一暦97―230)
統一暦97年、物理学者メルカトルが後に彼女の継承名で呼ばれることになる機関を完成させる。
名は運命である。16世紀、世界の縮尺を歪めてでも1枚の地図に納めようとした地図学者の名を継いだ物理学者がその600年後に宇宙の縮尺そのものを書き換える機関を作ったのだから。
原理を一行で記す(これ以上は本書の手に余る)。空間の環境変数──前統一時代の物理学が「定数」と呼びならわした宇宙の目盛りは十分なエネルギーと重力波制御によって、局所的に書き換えられる。畳まれた空間のなかでは秒速数百キロの船が数日で数光年を渡る。船は一度も光より速く動かない。宇宙の方が縮む。
実験艦〈最初の鍬〉がプロキシマ恒星系から送り返した帰還電文はたった4文字だった。
「畑は広い」
メンドサのトマトから120年。人類はまだ、自分たちを農民だと思っていたのである。編者はこの電文を人類史上最も美しい軍用通信として、ここに記録する。
かくして種蒔きの世紀が始まる。アスガルド、ミズガルド、ヴァナヘイム、アヴァロン、ティルナノーグ、ブリガドーン、ヘルヘイム、そしてヴァルハラ。第1次植民船団は北欧神話から第2次はケルトの伝承から新しい故郷の名を採った。死後の楽園の名ばかり選んだのは灰の九月を生き延びた者たちの子孫なりの冗談だったのだろう。
銀河に散った人類を二つの網が束ねた。一つはIB網。もう一つは8196ビット超光速通信である。情報は質量を持つ貨物ではない。ゆえに信号は通常空間を這う必要もワープのように宇宙を畳んでもらう必要もなかった。縮尺場の裏側へ直接書き込まれた符号は通常空間を迂回し、光速という通常空間の掟の外側を抜けて、宛先へ届いた。人類の身体が何百光年に散らばっても人類の言葉は同じ朝を生きた。8196ビットの暗号鍵は「人類のあらゆる計算力をもってしても人類が滅ぶまでに解読できない」ことを売り文句にしていた。この売り文句の前半が誇張で後半が予言になりかけたことは後の章で語る。
だが網は束ねるためだけに使われるとは限らない。
辺境植民星系の監査は中核星域より粗く、そして暴力的だった。距離は権力を腐らせる。第五章で見た通り、中核星域の監査は沈黙のうちに完成していた。隣人の失踪を尋ねない訓練を人々は3世代かけて済ませていた。だが辺境にはその訓練の時間がなかった。植民1世たちは監査局より古い記憶──監査のない人生の記憶──を持ったまま、新しい空の下に立っていたのである。
統一暦190年代から辺境では着任する監査官を実力で拒む「監査拒否」が相次ぐようになる。記録に残る最初の1件はアヴァロン辺境の入植村でのことだ。村境で監査官の前に立ちはだかった3代目の村長は火刑にされた異端者の継承名を持っていた──ブルーノ。彼がそして以後の全ての辺境が繰り返した言い分は一行で済む。
「我々は始祖の子だ。だが監査官の子ではない。」
分離派の誕生である。
(統一暦231―268)
統一暦231年、農業惑星ティルナノーグ。
監査拒否を宣言した自治政府に対し、中央はピサロ提督を派遣した。ピサロは軍を上陸させなかった。彼が選んだのはもっと清潔な方法である。反乱地区の住民11万人のIBへ行政権限による鎮静プロトコルの一斉送信。
群制御のフィードバックが暴走したのは設計の欠陥だったのか、それとも仕様だったのか──軍事法廷もその後180年の歴史学もついに結論を出していない。動かないものは数字しかない。
11万416人が同じ1秒に呼吸を止めた。
人類史上、これほど完全な「相互理解」が達成された瞬間は他にない。
事件は隠蔽されるはずだった。だが監査局の若い技官ケプラーが死亡記録の生データを8196ビット超光速通信で全植民網へ一斉送信する。後にケプラー文書と呼ばれる、人類史上最も「重い」通信である。ケプラー自身は送信の9日後に剪定されたがデータは9日の間に400回複製されていた。
銀河が燃えた。
油を注いだのは戦争ではなく、裁判だった。統一暦233年、教団法廷はピサロを無罪として放免する。判決理由は一文で足りた。「提督は定められた手順に従い、認可された権限を行使した。」──おそらく、その通りなのである。手順は守られていた。権限は認可されていた。11万416人は完全に合法的に死んだのだ。
人々が耐えられなかったのは虐殺よりもむしろこの判決だったと編者は考えている。虐殺は1人の人間の悪意として憎むことができる。だが無罪判決は制度そのものが顔を上げ「これでよい」と言った瞬間だった。
この日から人類は三つに割れはじめる。判決を受け入れた者──手順は正しく、犠牲は秩序の代価であるとした人々は後に帝国の母体となる。受け入れなかった者は汎人類憲章へ向かう。そして法廷というものを信じなかった辺境はどちらにも与せず、黙って武装した。
以後の37年間──動乱の時代の戦史を本書は前章までと同じ筆致で書く気力を持たない。アスガルド戦役。アヴァロン包囲。ミズガルド焼土作戦。固有名詞を入れ替えれば、前統一時代の章とそっくり同じ文章が書けてしまうからである。読者はこの章に既視感を覚えるだろう。編者も同じ既視感とともに書いている。
動乱の戦史そのものを求める読者にはシバの『動乱戦史』全12巻を薦める。戦って死んだ者たちへの敬意と戦わせた者たちへの不敬とをあれほど正確に書き分けた軍記を人類は他に持っていない。シバは序文にこう書いた。「英雄たちの物語として書くこともできた。愚行の記録として書くこともできた。私はどちらもしない。これは命令された人々の歴史である。」
人類は二度目をより広い舞台でより上等な道具を持って演じきった。
統一社会は崩壊した。
崩壊そのものの分析についてはギボン──動乱の時代を青年として生き、評議会成立後に筆を執った史家──の『統一社会衰亡史』全6巻が古典であり、本書が付け加えるべきことは少ない。彼の結論だけを引いておく。「我々は統一社会がなぜ滅びたかを問い続けてきた。問いを誤っていたのである。あれほどの重さの建築が230年も立ち続けたことを驚くべきだったのだ。」
統一暦268年、中核星域の戦後諸勢力は汎人類憲章を採択し、汎人類評議会を設立する。憲章の冒頭近く、第3条は動乱の時代の全てを僅かな文字数に蒸留している。
第3条 人間の思考は人間にのみ属する。
IBの製造・埋込・運用の永久禁止。思考への機械接続の強制の禁止。地表核禁止の継承。そして第11条には反粒子兵器の対人使用の禁止が刻まれた。144年後にこの条文を読み返すことになるとは起草者の誰ひとり思っていなかったはずである。
ただし、誤解してはならない。汎人類憲章に署名したのは中核星域の諸勢力のみであり、汎人類評議会は人類統一社会の再来ではなかった。その統治が及んだのは人類圏の約4割。残りの6割は判を捺していない。第3条にも──第11条にもである。
(統一暦268―354)
統一暦283年、始祖教の正統を奉じる外縁星域が銀河帝国を宣言する。聖座帝政──皇帝は始祖の代理人であり、司祭階級「神経聖職」のみが今もIB網を保持する。彼らにとってIB禁止は法ではなく背教だった。「思考を人間だけのものにせよ、と言うのか。思考こそ、人類が互いに差し出し合うべき供物であるのに」と建国の詔書は評議会を難じている。
初代聖帝アウグスティンは戴冠の朝、ティルナノーグの方角へ3度頭を垂れたと伝えられる。11万の死者への追悼として──あるいはあの無罪判決の正しさを確認する祈りとして。どちらであったのかは今も帝国神学の論争事項である。
一方、動乱期に血で独立を勝ち取った辺境星系の連合は分離惑星同盟を名乗った。首都は惑星ヴァルハラ。徹底した世俗主義と技術立国。独立議会が採択した国是は農民の言葉でできている。
「自らの星は自らで耕す」
その採択演説を結んだ一句の方がよほど有名になった。「我らに牧者は要らない。」評議会の善導も帝国の司牧も彼らにはどちらも同じに見えたのである。一度、頭の中まで柵で囲われた羊たちの子孫として。
かくして、人類は三勢力に分かれた。
国力比は教科書的には4対2対4と要約される。評議会が4、同盟が2、帝国が4。人口でいえば、評議会約320億、同盟160億、帝国330億。常備艦隊数で12、4、11。──数字の上で同盟だけが明らかに劣る。
そして弱者は均衡を信じない。均衡とは強者の語彙だからである。
三つの人類が互いを放っておけた歳月は通算しても10年に満たない。
最初の戦争は墓参りから始まった。
帝国にとって、最も聖なる土地は敵地の奥にあった。ウェリントン。キョウト。タウポ。そして火星のスペースファイブ──始祖教のあらゆる聖地は評議会領の深部に眠っている。
統一暦291年、聖地巡礼船団〈ミリアマの杖〉がルナ検問で抑留された時、船内には3000人の巡礼者と申告されていない護衛火器があった。帝国は「巡礼の保護」と言い、評議会は「武装侵入」と言った。交渉は5年かかり、その5年は戦争と呼ばれた。──巡礼戦争(291―296)。会戦らしい会戦は2度しかなく、死者は両軍合わせて60万に満たなかったがこの戦争は以後の三国時代の全ての戦争の雛形となった。すなわち、誰も相手の本土までは踏み込めず、燃えるのは国境恒星系の内側──重力が強すぎて宇宙を畳めず、ワープで出入りできなくなる、重力の檻の中──だけであり、最後は疲労が条約の文面を代筆する。
296年の巡礼議定書は年間10万人の非武装巡礼を認めた。以後100年、地球へ向かう白衣の列は絶えなかった。検問官と巡礼者は互いを憎み、やがて互いの顔を覚え、しまいには子の誕生を祝い合うようになった。憎悪の供給に人間の側が追いつかないのだ。
2番目の戦争は1通の返書から始まった。
統一暦318年、帝国領の助祭が信徒200人を連れて同盟領へ亡命した。神経聖職による「魂の検認」を拒んだ──罪状はそれだけである。帝国は身柄の引き渡しを要求し、ヴァルハラの返書は2行だった。
「受け取りを拒否する。人間は書留ではない。」
──背教者戦争(318―322)。国力は4対2。誰もが帝国の勝利を疑わなかったが同盟は勝たなかった代わりに負けもしなかった。スレイプニル会戦で同盟艦隊は史上初めて縮尺機雷──回廊の「折り癖」そのものに仕掛ける、計量の罠──を実戦投入し、帝国の第3次侵攻船団を恒星系の入り口で40時間立ち往生させた。重力の檻へ引きずり込めない艦隊は戦えない。戦えない艦隊はただの予算である。322年、帝国は「背教者問題の解決を後世に委ねる」という、敗北をどうにか言い換えた和約に署名した。
この戦争が同盟に教えた教訓は一つだけだった。数の4対2を覆すものは物理学しかない。
3番目の戦争には開戦の物語すらない。
三国のいずれにも属さない中立星系群──ダヌ、リール、マナナンの、いわゆる三角宙域──を評議会と同盟が3年がかりで切り分けた。緩衝戦争(352―354)である。分割の帳尻はこうである。ダヌは評議会領に。マナナンは同盟領に。そしてリールだけが双方の主張がちょうど打ち消し合う一点にあったがために非武装中立として残された。
リール星系政府の首班オケイシーは分割条約に署名した夜、記者団にこう答えている。
「我々は中立を選んだのではない。大きさを選べなかっただけだ」
彼の執務机の抽斗には最後の日まで2種類の旗が入っていたという。どちらを掲げる朝が来ても市民を待たせないように。
冷たい平和(統一暦355―408)
教科書は続く半世紀をそう呼ぶ。編者はこの語をなるべく使わない。その冷たさが死体の温度だからである。
50年あまり、三つの人類は戦争をしなかった。その代わり、戦争の準備だけをした。評議会の暗号学校は歳入の馬鹿にならない割合を費やして同盟の通信を齧り続け、同盟の情報部は評議会の艦隊符牒を盗み、帝国の神経聖職は両方の夢を覗こうと試みた──IBを持たない異教徒の夢はついに覗けなかったが。
第六章の売り文句を読者は覚えておられるだろうか。「人類のあらゆる計算力をもってしても人類が滅ぶまでに解読できない」。前半はこの半世紀のうちに誇張であったことが知れた。8196ビットの鍵そのものは確かに破られなかった。だが鍵を扱うのは人間であり、人間は買収され、疲労し、手順を省く。城壁は無傷のまま、城門は内側から幾度も開いた。──後半がどうなったかは次章で語らねばならない。
統一暦389年、ブリガドーンで開かれた三国軍縮会議は11日目に評議会代表団の宿舎から正体不明の盗聴素子が発見されて散会した。素子はどの国の規格とも一致しなかった。三国の代表団がそれぞれ「残る二国のどちらかだ」と確信して帰国したことだけがこの会議の唯一の成果である。
393年──ヴァナヘイム封鎖。
前年に発覚した同盟諜報網への報復として、評議会はヴァナヘイム関門の回廊を「保守点検」に入れた。13ヶ月の間、である。同盟の対外交易の6割がこの関門を通っていた。
封鎖そのものよりも1冊の航海日誌がこの事件を歴史に残した。関門の手前で待たされ続けた、同盟貨物船の船長の日誌である。積荷は辺境の開拓星系へ届けるはずの種子だった。
「112日目。本日も通峡許可下りず。種子の発芽限界まであと40日。」
「150日目。冷蔵区画の電力を切った。守るものがもうないからだ。」
「151日目。娘に手紙を書いた。すまない、今年は花の話ができない。」
13ヶ月後、関門は何事もなかったかのように開いた。船長は発芽限界を100日以上過ぎた種子を関門の見える宙域に撒いてから帰投した。撒かれない種は貨物ですらない──退役後の彼の、唯一の公の発言である。メンドサのトマトから410年。人類はまだ農民だった。
──この日誌の持ち主に当時13歳の娘がいたことをここに記しておく。娘の名は次章に現れる。
封鎖が同盟に教えたこともやはり一つだけだった。回廊を握る者が我々の呼吸を握る。数では追いつけない。軍艦でも追いつけない。ならば。
統一暦397年、ヴァルハラ工科アカデミーの敷地の隅に予算の出所を公表しない小さな研究機構が設立される。名称はただ──黎明計画。評議会も帝国も同盟が国家予算の不釣り合いな割合を基礎物理学に注ぎ込み続ける理由を最後まで「小国の学術趣味」と侮っていた。
その「学術趣味」が何を孵していたかは次章で詳述する。ここでは1つの数字だけを置いておく。統一暦397年から409年までの12年間に同盟の基礎物理学予算は6倍になった。同じ12年間の艦隊予算の伸びは1割6分である。軍拡の帳簿しか読まなかった2つの大国の情報部はこの比率の意味をついに問わなかった。歴史は帳簿の正しい頁を開いた者の側に付く。
401年、ヘルヘイム哨戒戦。帝国と同盟の哨戒部隊が宣戦布告のないまま11ヶ月撃ち合った、戦争と呼ばれない戦争である。係争地ヘルヘイム辺境の入植者はこの年までにあらかた引き揚げ、残ったのは背教者戦争の戦死者の墓を守る帝国の修道士たちだけになった。彼らは両軍の艦が頭上で交差する度、敵味方の区別なく鎮魂の祈りを送信した。どちらの艦隊もその通信だけは妨害しなかったという。
404年、汎人類評議会の総会は「人類の再統一を究極の目標として確認する」決議を賛成多数で採択した。法的拘束力のない、紙の上の理想である。起草したのは当時最年少の評議員だった。名をロンゴという。
決議はどの艦隊も動かさなかった。ただ、2つの隣国の予算委員会を動かした。
かくて三つの人類は軍拡の帳簿を積み上げながら、それぞれの正義を子供たちに教えた。評議会の教室では「人類は再び一つになるべきである」と。帝国の聖堂では「思考を分かち合わぬ人類は野蛮である」と。同盟の学校では「自らの空は自らで耕す」と。
三つとも本気だった。それが問題だった。
(統一暦409―413)
統一暦409年、黎明計画の研究室でひとりの若い物理学者が一篇の論文を機構内に回覧する。表題は穏当そのもの──「縮尺場の負方向遷移に関する試論」。
著者の名はクラウゼル。──ヴァナヘイム関門で13ヶ月待たされた、あの貨物船船長の娘である。13歳の彼女は発芽限界を数える父の定時通信をヴァルハラの港で受信し続けていた。後年、研究の動機を問われて、彼女はこう答えている。
「誰にも二度と関門を持たせないために」
その論文の中核にあった等式を世界はやがてクラウゼル方程式と呼ぶことになる。
E = mcℛ³ − Λ
mは媒質量。cは──カエサル候補生が後にノイマンに教わることになる、あの光速ではない。クラウゼルはこれを因果境界伝播率と呼んだ。ℛ(アール)は虚数縮尺場の折畳み率、空間をどれだけ、どちらの向きへ折るかを表す。そして末尾のΛ(ラムダ)は彼女が宇宙初期負債項と名づけたもので論文にはただ Λ = log1000 とまるで脚注のように小さく置かれていた。
そして左辺のEは放たれる熱量ではない。実在する空間を存在しなかった側へ移すための仕事量──後に虚構化エネルギーと呼ばれる量である。
この式を正確に理解できた人間は発表当時、銀河に十数人しかいなかったと言われる。そして、その十数人の誰ひとりとして、式が何をもたらすかを正確には予測していなかった。
素人向けの解説は当時も今もこうである。──空間の縮尺は正の方向にだけ畳めるのではない。負に折ることもできる。末尾の負の項Λこそ、宇宙の帳簿に最初から記されていた負債であり、反粒子をℛの虚数方向へ折り畳んで媒介すれば、その負債は一括で取り立てられる。
取り立ての現場に現れるもの。それがボイドである。
誤解してはならない。ボイドは爆発ではない。そして、真空でもない。真空とは物質が殆ど存在しない空間のことだがボイドは──空間そのものの実在性が失効した領域である。物質の不在ではなく、空間の不成立。「何もない」のではなく、「あるとは言えない」。
だからそこでは奇妙なことが起こる。光は通過しない。正確には光が「そこを通った」という事実の方が消える。重力波は端で反射するか、消え失せる。迷い込んだ粒子は存在ごとではなく、観測履歴ごと欠落する。内側では時間の経過を定義できず、距離を測ることもできない。内と外の因果は断絶している。
後年、ある帝国の従軍記者がヘルヘイムの記録映像に添えた一文が最も的確だとされている。「これは暗黒ではない。物理法則の空白である。破壊された領域ではない。──記述されなかった領域である。」
統一暦412年4月9日、同盟政府は首都惑星ヴァルハラ近傍の実験宙域で反粒子虚数爆弾の起爆実験に成功した、と公表した。兵器の呼称は首都の名を冠して──ヴァルハラボイド。戦死者の館の名を頂いた、虚無の兵器である。公表された理論出力は「10^854^320^5ジュール超」。この数字を宇宙に放たれる熱量だと読めば、人は正気を失う。通常宇宙の全エネルギーを桁が何重にも踏み越えてしまうからだ。
だがそれは熱量ではない。クラウゼルの式が告げていたのはこうだ。それは宇宙がこの領域を「存在する」と保証するためにひそかに支払い続けていた実在担保の総額である。虚構化エネルギーがその額を上回った瞬間、空間は爆発しない。ただ、保証を失効させる。爆発するより、よほど静かでよほど恐ろしい。
この数字は物理学ではなく神学に属する。だが抑止とはそもそも神学なのである。
さて。カエサル候補生がノイマンの私物棚から借り受けた第11改訂版はほぼこの報せへの論評で終わっている。旧版の結びの一文はこうだった。
「人類は一度目を地球で二度目を星々の間で演じた。三度目はない。我々がこの書物を読み継ぐかぎりは。」
歴史は版の都合を待ってくれない。
以下は後の版のために編者が書き加えなければならなかった頁である。
──その報せが超光速通信で銀河を駆けた日、汎人類評議会第3艦隊の旗艦では15歳の従卒がコーヒーの盆を抱えたまま士官室の壁際に立って、それを聞いていた。盆の上のコーヒーは配られる前に冷めた──と後年、編者は当人から聞いた。だがそれは本書の領分ではない。
統一暦412年11月2日、同盟は帝国との係争宙域である国境のヘルヘイム恒星系でヴァルハラボイドの実証実験を強行した。実験地によりにもよって帝国国境を選んだ理由を同盟政府は説明しなかった。説明の要らない種類の選択だった。抑止とは見せることであり、見せたい相手は決まっていた。
無人系である。立会観測艦は12隻。手順書は完璧だった。
起爆4秒後、ボイドは設計上限を超えて成長を始めた。
原因は今日まで特定されていない。分かっているのはボイドが何の上を走ったか、である。ワープ回廊──300年にわたって人類の艦が往来し、空間に「折り癖」のついた、縮尺の畳み目。文明の血管そのものを虚無は伝った。
ボイドは恒星系から恒星系へ回廊網に沿って跳躍的に拡大し、19時間後、原因不明のまま停止した。
残された地図はこうである。銀河帝国、領域の42パーセントを消失。回廊網の最も密だった帝国中核星域が最も深く抉られた。分離惑星同盟、領域の14パーセントを消失。汎人類評議会の消失はゼロ。地理は時に思想より雄弁である。
恒星系の数で言えば、こうなる。帝国の有人恒星系531のうち、224。同盟の有人恒星系287のうち、41。無人の中継系と回廊結節点を含めれば、消えた恒星系は1000を超える──と推計するしかない。「推計するしかない」のは正確な星図そのものが星図を保管していた星系ごと消えたからである。人類は自分が何を失ったかの目録を失ったものの中に置いていた。
消えた人間の数を今も誰も知らない。推計はおおむね100億から140億の間を揺れているが確定する方法がない。戸籍簿が戸籍簿の保管星系ごと消えたからである。
ヘルヘイム辺境で背教者戦争の死者の墓を90年守り続けた、あの修道士たちの最後の超光速通信が保存されている。
「光が減っている。星が端から仕舞われていく。我らは祈りを早口にしている。届きますように。」
通信はそこで終わっている。
第六章の売り文句の、後半である。「人類が滅ぶまでに解読できない」。大消失の19時間、この一句は誇張であることをやめ、予言になりかけた。鍵は最後まで破られなかった。先に尽きかけたのは解読の側ではなく、人類の側だったのである。
灰の九月は3年をかけて95億を奪い、人類に憲章を書かせた。大消失はそれを上回る数を19時間で奪った。では人類はこんどはより上等な憲章を書いたか。
書かなかった。
統一暦413年2月、汎人類評議会・最高戦略会議。議事録は短い。ロンゴ議長の発言が全てを要約している。
「あの兵器を持つ人類が2つ以上に分かれて存在すること。それ自体が絶滅の設計図です。ゆえに──一つに戻します。始祖たちが望んだように。」
同月11日、評議会は統合艦隊に出動を命じた。発令名称、第32次統合艦隊大演習。
第31次までの大演習は演習であった。
旧版の編者は「三度目はない」と書いた。新版の編者はその頁を破り捨てる義務を負った。歴史は三度目を数えはじめたのである。
そして三度目の歴史の甲板にはまだ名前を歴史に知られていない少年少女が無数に乗り合わせている。
87度のコーヒーの淹れ方を覚えたばかりの、15歳の従卒も──そのひとりである。




