後編
「だって、異性を自室に連れ込んでいたのはユーリでしょ」
婚約者同士だからこそ、言いたいことは言い合える関係でなくては。
「はあ!? じゃあ僕が悪いって言うのかい!?」
「ええそうよ」
「……まったく、サイテーな女だね君は」
「申し訳ないけれど、私はもうユーリとやっていく気はないわ。あんな様子を見せられて、それでもなお生涯を共にするなんて、絶対に無理」
するとユーリは突然襲いかかってきた――両手で私の服の襟辺りを強く掴んでくる。
「婚約破棄する、とでも言うつもりかい!?」
「……いずれそうなるでしょうね」
「それは駄目だ! 絶対に! それだけは認めないっ」
唇が触れるほどに顔を近づけて大声を出してくるユーリ。
そこにロマンチックさなんてひとかけらも存在しない。
婚約している二人が顔と顔を近づける、と聞けば、恋や愛といったものの延長線上にある話のようでもあるが、今回に限ってはそういう要素は一切なくて。
「婚約破棄なんてことになったら、僕が悪いみたいになるじゃないか!!」
いや、だから、そっちが悪いのよ……。
女を部屋に連れ込んで。
しかもただ喋るだけとかではなく不自然なほどに近い距離で手足を絡め合うほどの勢いで。
それで『僕が悪いみたいになるじゃないか』なんて言うのはおかしな話だ。
実際彼が悪いのだから。
自分が悪者になってしまっても仕方がないと思うべきではないのか。
「掴みかかるのはやめてくれる?」
「じゃあ婚約破棄だけはしないと言ってよ」
「……何を言っているの?」
「言ってよ! 今すぐ、ここで! それだけ言ってくれるなら、誓ってくれるなら、これ以上のことはしないよ」
どうやらユーリは婚約破棄を恐れているようだ。
「誓えないわ」
「どうして!」
「だって私、もう、近く婚約破棄するつもりだもの」
「意地悪するなよ!」
「あのね、意地悪じゃないから。原因を作ったのはユーリ自身、そうでしょう? 意地悪とは違うわ」
するとユーリは片方の手だけを離して振りかぶり、顔面を殴ろうとしてきた――ので、片足を動かしてユーリの足を横方向へ払ってみる。
「っ、わ!」
さすがに効果はないか、と、諦めていたのだが。
思っていたより上手くいって。
想定外の方向からの抵抗に対応しきれなかったユーリはバランスを崩し、尻餅をつく。そしてその勢いで襟から彼の手が離れた。
「なんてことをするんだ……」
「殴ろうとするからでしょう」
「足を払うとか酷いよ! サイテーだよ! アリサ、君がこんなに最低な女だったなんて……ショックだよ! 騙しやがって!」
ユーリは傍のソファの端を掴むとかなりの重さのそれをゆっくり持ち上げる。
そしてこちらへ視線を向けてきた。
その瞳に浮かんでいるのは明確な敵意。
明らかに婚約相手を見る目ではない、そんな目を、今の彼はしている。
「絶対に許さないから……痛い目に遭わせてやる!!」
ソファを持ち上げたユーリは大きなそれを私に向けて投げつけようとする。が、物体が手から離れる直前に足首を捻りバランスを崩した彼は、その場に倒れ込んでしまった。豪快に転んだユーリ、その頭に、ソファの足部分が命中した。
ユーリは病院に搬送されたが命を落としたのだった。
彼の最期の瞬間に同じ場所にいた私は色々話を聞かれはした。だが、あの女性が家から出ていったところを見た第三者がいたことや、後あの日何が起こっていたのかをあの女性が話してくれたこともあり、私に罪はないということが認められた。
彼の死によって私たちの関係は終わりを迎えたのだった。
事情を知ったユーリの両親は、謝罪してくれ、慰謝料のようなお金を支払ってくれた。
また、あの時の女性とは何度か会って話をしているうちに仲良くなっていて、気づけば友人のような関係になっていた。
お互い己を偽ることなく本当の気持ちを話し合うことができたのが良かったのかな、と、個人的には思っている。
その後私はあの時の女性が招待してくれたパーティーにて知り合った資産家の青年と結婚することとなった。
まさかこんな形で良縁に恵まれるなんて……、といった感じだ。
真実を知らなかったとはいえ婚約者の浮気相手だった女性から縁が繋がり幸せな結婚ができるなんて思わなかった。
だが、幸せは幸せだ。
どんなはじまりでも。
どんな思わぬ展開を経てのものでも。
その幸せが確かなものであるなら、それは間違いなく幸せで、それを愛おしく思うことはおかしなことではないはずだ。
だから私は迷わず進む。
◆終わり◆




