前編
「おはよう、ユーリ」
目を覚まして身体を起こし、廊下ですれ違う時に声をかければ。
「お。おはよ~」
婚約者である彼ユーリはさらりと挨拶を返してくれる。
これは私たちの当たり前の日常。
半年ほど前、私アリサはユーリと婚約した。そして、彼の希望もあり、婚約を期に同じ家に住むことになった。彼の両親が彼のために用意したと聞いているこの家で二人暮らし始めてからちょうど半年くらい経ったが、ある程度静かな、穏やかな日が繰り返されている。
……だが。
「ねぇユーリ、今ちょっといい?」
ある休日の昼下がり。
小さな用事を思いついて彼の部屋へ行ったことで。
「えっ……」
私は目にしてしまった。
彼が女性を自室へ連れ込んでいるという信じられないような光景を。
「あらぁ、ユーリ、この女だぁれ?」
「あ……ゃ、い、いや……」
ソファの上で髪の長い女性に乗られていたユーリは、その様子を私に見られたことでかなり焦っているようで、青い顔になっている。
「あの、貴女は?」
女性に対して尋ねてみると。
「そっちこそ誰なのよぉ」
そんな風に返される。
「……私はユーリの婚約者です」
落ち着きつつもはっきり言えば。
「は、はぁ!? 本気で言ってるの!?」
「はい」
女性は驚き。
「ちょっとユーリ! どういうことよぉ!?」
「ごめん……」
「婚約者がいるなんて聞いてないわよ!? どうなってるのよぉ!!」
ユーリに文句を言う。
なぜか私が怒られる、という状況だけは避けられて良かった。
もしかしたら女性が私に攻撃してくるかもしれないと思っていたから。女性が攻撃する相手を正しく見極めてくれたことは不幸中の幸い。
「付き合いきれないわ!」
「待って、僕は君だけを愛して……」
「嘘じゃない!! 婚約者がいるなら、そんな言葉完全に嘘じゃないの。よくそんなことが言えるわね!!」
「嘘じゃない! 僕は君を愛してる! 婚約者は、アリサは、ただの形だけの婚約者なんだ! 信じてくれ!」
ユーリは女性に対して愛の言葉を投げるけれど。
「うるさいわ! 嘘つき。ややこしいことに巻き込まれたくないから、帰る!」
女性には響かず。
彼女はそのまま走り去っていった。
「ユーリ……残念だわ、こんなことになるなんて」
「ご、誤解だよ! 僕たち変なことなんてしてないしっ……特別な関係でもない! 本当だよ! 本当に、何もなかったんだ!」
ユーリはまだ己の罪をごまかそうとしている。
「何もなかった? そういう問題じゃないでしょう」
「本当に何もなかったんだ」
「異性を自室に招き入れておいて何もなかったなんて言ったって無意味だわ。そんな雑な言い訳で私が納得すると思う? あり得ないわ」
はっきり思いを告げると。
「なんで僕のせいにするんだよ!!」
ユーリは急に怒りを爆発させた。
「そもそも君がいちゃつかせてくれないことも問題だよね!? っていうか、ほぼほぼそれが原因だよ! 君があっさりしてるから、そのせいで、僕は他の女性といちゃつくしかなかったんだ! それなのに僕が悪いの!? おかしいよ! 今回の件、はっきり言わせてもらうと、君に原因があるんだよ!!」
意味不明すぎる……。
「私が悪いと言いたのね?」
「そうだよ!」
「けど、私はそうは思わないわ」
彼が自分の考えを口にするのは自由だ。しかし私がそれを受け入れなくてはならないという決まりはない。彼の言うことすべてが正しいというわけではないし、私たちの関係がそういう変な主従的な要素をはらんだものであるというわけでもないから。
違うものは違う、そう言い返す権利は私だってある。




