残酷な君はもう
「ダメだよ、胡桃ちゃん」
朔也は私の思いを受け入れてはくれなかった。
「俺の頼み、聞いてくれるんでしょ?」
そうして紡がれる言葉は全部、私にとっては残酷な言葉でしかなかった。
朔也は一緒にはいてくれない。これから、私の前からまたいなくなってしまう。
それなのに、朔也との思い出を全部燃やせと言ってくる。せめて、どちらかを選ばせてくれたらいいのに。
確かに、頼みを聞くと言った。
でも、それは、そう言わなければならないのだと思ったから。あのときの雰囲気は、断れる雰囲気ではなかった。
(でも、私、あのとき・・・)
同時に、覚悟を決めなきゃって、思ってた。
それなのに、やっぱり私は自分自身の時を動かすのが嫌で、怖くて。朔也の時は止まってしまったのに。私だけ進むなんてできないって、自分自身に駄々をこねていた。
────これ以上、胡桃ちゃんを俺に縛り付けたくないんだ
朔也は、私のためを思って言ってくれているのに。
一番愛していた彼女に会えなくて悲しいはずの朔也が、こんな私のことを気にかけてくれているのに。
私はそれに、応えなくていいの?
変わるのが怖いのは、当たり前だよ。
でも、変わることは、今までの自分を消すことではない。今までの自分から、さらに前に進むことなんだ。
私は、両手で涙を拭った。
駄々をこねたって、朔也は逝ってしまう。なら、ちゃんとお別れをしたい。
事故の時、私はすぐそばにいたのに、朔也に何も伝えられなかった。突然の事故なのだから仕方ないことだろうが、私は本当は、そのことが悔しかったのだ。悲しかったのだ。あんなに近くにいたのに、朔也と言葉を交わせなかったことが心残りだったのだ。
だから、今回はちゃんと言葉を交わさなきゃ。朔也が安心できる私にならなくちゃ。
「・・・朔也くん」
私はようやく、本当の意味で覚悟を決めた。
それが伝わったのだろう。朔也は穏やかな笑みを浮かべて、私のことをまっすぐに見ていた。
「朔也くんの頼みだもん。ちゃんと聞くよ。だからね、私からのお願いを聞いて」
「うん、何?」
「最期に、好きだって言って。嘘でいいから、恋愛的な意味で好きだって言って」
私が一番になれないことはわかっている。
だから、せめて、一度だけでいい。朔也から、嘘でも私が望む「好き」という言葉を聞きたい。
「・・・本当はね、彼女に会えるかどうかはどうでもよかったんだ。俺は、胡桃ちゃんを解放してあげるためにこうして幽霊になった」
「え・・・」
朔也からの突然の告白に、私は困惑した。
「胡桃ちゃんは鋭いから、バレたらどうしようかと思ったけど・・・」なんてことまで言っていたけど、そんなこと、気づくわけがない。だって、朔也がそんなに私のことを考えてくれていたなんて知らない。
朔也は穏やかな表情のまま続けた。
「もう時間が無くなってきて、こんな駆け足になったけど・・・ちゃんと解放してあげられそうでよかった」
そんなふうに言われたら、止まった涙もまたあふれ出してきてしまう。
朔也は、笑ってと私に言った。最期なんだからと。
私は涙を無理やり拭って、笑ってみせた。
ちゃんと、朔也が望む笑顔を見せられているだろうか?
「胡桃ちゃん、大好きだよ。ずっとそばにいてくれてありがとう」
「っ・・・礼を言うのはこっちだよ」
私はライターの火をつけ、朔也との思い出の品々の上に落とした。
パチパチと音をたてながら、少しずつ燃えていく思い出たち。そして、煙の上で今にも消えてしまいそうな朔也。
朔也はもう、何も言わなかった。ただ、穏やかな笑みを浮かべて、満足そうに消えていった。
私はそれを、なんとか涙をこらえて笑顔のまま見送った。
「ありがとう、朔也くん。大好きだったよ」
ちゃんと前を向いて、朔也よりも素敵な人を見つけるから。
だからどうか、天の上から見守っていてね。
これからは、残酷な君じゃなくて、大好きな幼なじみの君として。