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そんなわけで、翌日以降わたしはなるべく魔王城に詰めていようとしたのだが、三日目くらいにリリに怒られダンジョン通いを再開した。リリには色々言われたが、突き詰めれば「働け、この穀潰し!」ということだった。
や、わたし働いてるよ? それはもうがっつりと。待機だって立派なお仕事です。それにさ、リリ。働き蟻だって実際働いてるのは八割くらいで、残りの二割はサボってるっていうじゃん? だったらわたしがその二割の側にいたって残りの八割が……はいっ、ごめんなさい! 行ってまいりますっ!
魔王城は今日も平和だった。あれから勇者に関する続報もない。どうやらミロの街は襲われずに済んだようだ。
リリは相変わらずわたしに付いてきたり外出したりを繰り返していた。どうやら数人のメイド仲間と共に城下町に出て何かやっているらしい。何をやっているのかは教えてもらえなかった。
「仕事です。――籐花様と違って」
向けられた目は、いつになく冷ややかだった。……まだ怒ってるのかな? あとで料理長からもらった甘味を貢いでみよう。
わたしはすっかり油断していた。よしんば勇者がまた来ても、簡単に追い返せると。
その日もわたしはいつものようにダンジョンへ向かい、何事もなく拡張を終えて戻ってきた。リリは外出の日で、わたしが戻ったときにもまだ不在だった。おっかないお目付役もいないことだし、一眠りしてからお風呂にしよう。そう考えたわたしはごろりと横になる。
ばたばたと慌ただしい音を立て誰かが飛び込んできたのはそんな時だった。
「大変です、籐花様!」
リリが戻ってきたのかな、と慌てて身を起こしたわたしの目に入ったのは、見慣れない顔をしたメイドさんだった。えっと、この人の名前は何だっけ……?
そんな寝ぼけたわたしの思考は、続く言葉で一掃された。
「リリが勇者に捕らわれました!」
「…………は?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
捕らわれた? リリが?
「どうしてっ!?」
理解した瞬間、掴み掛からんばかりの勢いでメイドに問いただす。彼女の話によると、共に買い出しに出た際運悪く勇者に遭遇してしまったのだという。
驚き慌てる彼女と違い、なんとリリは、どこからともなくナイフを取り出し「ここは俺に任せて先に行け」を素でやったらしい。しかし、いかなリリとて相手は勇者。あっという間にナイフを弾かれ捕まってしまったという。
リリを捕らえた勇者は、呆然と固まるメイドに向け「魔王を呼べ!」と一喝。
勇者と出くわし恐怖し混乱していた彼女は、つい言われるままに城に向かって駆け出してしまったそうだ。
「それで……すぐさま魔王様にご報告申し上げたのですが、お一人で救出に向かってしまわれたです」
「……あの莫迦」
歯ぎしりが漏れた。あれほど単独行動はするなと言ったのに、どうしてわたしに言いに来ない。
「籐花様……?」
突然唸り声を上げたわたしに怯えたのか、メイドがおそるおそると言った風情で声をかけてくる。
「場所は?」
「……え?」
「場所はどこっ!?」
悪いけど、そんなことにかまっている余裕はなかった。怯えるメイドから場所を聞き出し、すぐさま向かう算段を立てる。ここからはやや離れた場所だ。足がいる。ほんとならレグナートに頼りたいところだが、ラグがいないと呼ぶ手段がない。
ならば――。
わたしはすぐさま獣舎へと向かった。以前一度だけ立ち寄ったことがあるそこには、騎乗可能な魔物達が飼育されている。彼らは馬より早く、強く、なにより大きいので背中に座ることが出来る。あとは落ちないようしがみついていればいい。わたしの馬鹿力を持ってすれば、そうそう振り落とされることはないだろう。
「おや、これは籐花様。こんなことろにまでお出でになるとはお珍しい」
「この中で一番足の速いのはどれ?」
のんびり挨拶してくる厩番に問いただす。挨拶はいい、早くしろ!
案内された先にいたのは、獅子の身体に人の顔、蠍の尾を持つ獣だった。マンティコアだ。尾を打ち振り見慣れぬ侵入者
わたし
を威嚇してくる。
時間がないので拳を振るう。
すっかり従順になったマンティコアにまたがり、わたしは全力の疾走を命令した。
嫌な予感がする。
捕らわれたリリ。単独で救出に向かったラグ。待ち構える勇者。――どう考えてもろくな結果になるとは思えない。
気ばかり急く。
「もっと急いで!」
マンティコアを怒鳴りつける。景色は飛ぶように背後へと流れていったが、わたしにはそれが、亀の歩みに思えて仕方がなかった。




