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 魔王様(ラグ)の簡単な挨拶から始まった宴は、あっさり無礼講へとシフトした。簡単にいってしまえば呑めや歌えやの大騒ぎ。おかげでわたしの存在が目立たなくなったからいいんだけどね。壁際に退避してほっと一息。

 惜しむらくは、拷問具(コルセット)のせいで思う存分食べられない事。うう、息苦しい。

「はっはっは。師匠、呑んでますかな!」

「…………」

 秘奥義、壁の花はラグにあっさり看破されてしまった。解せぬ。なんでこんな酔っ払いに。

「長年の懸念事項が師匠のおかげで解決されました。誠にありがとうございます。さ、一献(いっこん)!」

 そう言ってお猪口に酒を注いで突き出してくる。

「わたしはまだ未成年」

 お酒と煙草は二十歳からだ。まあ煙草の方は吸う気なんてないけどね。わたしに自傷の趣味はない。

「む? 以前師匠は十七と聞きましたが?」

 首をかしげるラグ。何が不思議なんだろう。だから未成年なんじゃないか。

「うん」

「ならば問題ありますまい。魔の国の成人は十三からでございますれば」

 なんと、この国では十三で成人か。ふうむ、そういうことなら呑んでもいいのか? 十七のわたしはこの国においてはもう成人(大人)。それに、郷に入っては郷に従えっていうしね。差し出されたお猪口を受け取り恐る恐る舐めてみる。

「……苦い」

 初めてのお酒は大人の味(苦いだけ)でした。

 なんだこれは。ちっとも美味しくない。なんで大人はこんなものを好んで呑むのだろう?

「子供舌ですねえ」

 わたしからお猪口を()(さら)ったリリは、一息でそれを飲み干した。いい呑みっぷりだねえ、お嬢さん!

「って、リリ! あなたそれこそまだ未成年(子供)でしょう!?」

「その通りですが?」

 だったら呑んだら駄目でしょう。そう思ったのだが、どうやら魔の国では飲酒に関する年齢制限はないようだ。成長に問題が出ても知らないぞ!

 リリの将来を護るべくお猪口を取り上げようとするも、

「魔王様、もう一献頂いてもよろしいでしょうか?」

「うむ。一献と言わず存分に呑むがよい!」

 手遅れだった。おまけに最高責任者(魔王様)公認。それでいいのか魔の国。行く末が心配だ。

「さて、師匠。ちとこちらへ」

 わたしが国の将来を憂いていると、ラグにちょいちょいと手招きされる。

 促されるままに後を付いて行くと、ラグはそのまま広間を出て行ってしまう。宴はいいのか。そしてどこへ行くんだろう。

「師匠」

 歩きながら、ラグが話しかけてくる。

「なに」

「ありがとうございます」

 振り向き、がばっと頭を下げてくる魔王。

「師匠のおかげで魔の国は救われました。国と民を代表して感謝申し上げます」

 思いの外、真面目な話だった。

「やめて。国を救ったのはラグとこの国の人達。わたしは最後にちょっと出しゃばっただけ」

 それさえも、ともすれば不要な行為だっただろう。

「いいえ。国をお救い下さったのはやはり師匠です。最後の勇者戦、師匠のご助力がなければ、我は殺されていたでしょう」

「…………」

 そんな事は無いと思う。あれは殺さずに取り押さえようとしたからそこの苦戦だ。もし、あの時。ラグが本気で勇者を殺そうとしていれば、勝ったのはラグの方だろう。それができなかったのは、ひとえにラグの甘さ故だ。

 ――ああ、そうか。

「じゃあ、一つだけ」

 老婆心ながら偉そうな事を言わせて貰おう。

「人と人とはどうしたって分かり合えない。それでも我を押し通そうと思うなら――時には殺す覚悟が必要」

 ましてやあなたは、王なのだから。甘いだけではいずれ立ち行かなくなるはずだ。

「……肝に、命じます」

 暫し押し黙った後、ラグは真摯に頷いた。

「ん。……それから、わたしの方こそありがとう」

「むむ? 我の方こそ、師匠に礼を言われるような事などしておりませんぞ」

 はあ。ほんとに鈍いね、この魔王様は。でも、言葉にしなければ伝わらない事だってある。だから今は、言葉にしよう。

「ありがとう、わたしを誘ってくれて。この国はすごく居心地がいい。毎日が楽しい。ありがとう、ラグ。――わたしに居場所をくれて」

 これが、わたしの本心だ。こんな気持ちになったのは、両親が死んで以来初めてだ。だからわたしは、この国を護る為ならなんだってする。それに対してお礼なんて言う必要は無い。だってあなたは、もうそれ以上のものをくれたのだから。

「それは、どう致しましてと言うべきでしょうか。この国が師匠に気に入っていただけたのなら何よりです。……しかし、面と向かって言われるとどうにも面映(おもは)ゆいですな」

「わたしだって恥ずかしい」

 だからこの話はここまでだ。酒の席の余興くらいに思ってくれればいい。

「では行きますかな」

 照れ隠しか、大袈裟な動作で歩き出すラグ。

「? 戻らないの?」

「ええ、少しばかり行く所が。師匠も、是非ご一緒に」


 そうして連れて来られたのは三の丸を囲む城壁。壁の向こうからは大勢の人の気配がして、なにやら楽しげな声が聞こえてくる。

「ささ、どうぞこちらへ」

 促されるまま階段を上りきり眼下を見下ろすと、そこには大勢の人で溢れていた。そしてわたしは喧噪の理由を知った。ここでも宴が繰り広げられていたのだ。皆思い思いに持ち寄った酒や肴で大いに盛り上がっている。

「お! 魔王様だ!」

「魔王様がお見えになったぞ!」

 目端の利く数名がラグの姿を認め、たちまち辺りに魔王降臨の報が伝播していく。それに手を振って応えるラグ。うん、こうして改めて見ると、ラグもちゃんと王様してるんだねえ。さっきの忠告は本当に余計なお世話だったかな。

「皆、今日までよく耐えてくれた。だがそれもこれまでだ! 脅威は去った! 我らは安寧を勝ち取ったのだ!」

『おおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!』

 応えて響く大歓声。ほんとに声だけで地響きって起こるんだね。

「魔王様!」

「魔王様万歳!」

「魔王様!」

「魔王様!」

「魔王様!」

 続いて巻き起こる魔王コール。ラグはそれを手を上げて止めると、何を思ったのかわたしを前に押し出した。

「皆の者、紹介しよう! 勇者討伐の立役者! 我の師匠にして我ら魔王を束ねる魔神、浅井藤花殿だ!!」

「…………っ!!」

 まさかの晒し刑だった。ちょっと待て! なんのつもりだラグ!?

『ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!』

 先ほどに倍する勢いで歓声が上がる。

「藤花様万歳!」

「藤花様万歳!」

「魔神様万歳!」

「魔神様!」

「魔神様!」

「魔神!」

「魔神!」

「魔神様万歳!」

 群衆の魔神コールが始まってしまった。止めてくれ、そんな事されてもわたしはちっとも嬉しくない。

「さあ師匠。民に応えてやってくだされ」

「…………ラグ」

 苦虫を噛み潰したような声が出た。

「はっ」

「お莫迦!」

「何故ですか師匠!?」

 くそう、このお莫迦め。よもやこんな仕打ちにでるなんて!

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

 その間も鳴り止まない魔神コール。

 ああ――そうか。

 わたしは唐突に理解した。

「…………ラグ」

「はっ」

「お酒、ある?」

 これが――これが「呑まずにやってられるか」という心理か。

「こちらに」

 抜かりなく懐から一升瓶を取り出すラグ。わたしはそれを引っ掴むと、栓を抜きそのまま呷った。

 強引に飲み下したお酒は相変わらずの苦さで。

 かぁっと身体が熱くなる。同時になんだかふわふわして現実感がなくなった。

「師匠? 初めてでそのような呑み方は……」

 ラグが何か言っているが知った事か。わたしは怒っているのだ!

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

 眼下に響く魔神コールとその発生源たる民衆を見下ろす。

 わたしは両手を手摺に叩き付けると叫んだ。

「魔神って言うなっ!」

 とたん、せっかく直した城壁は轟音と共に崩壊したのだった。


「痛てて……、力加減間違えた……」

 酒の勢いと怒りのせいか、うっかり馬鹿力を発動してしまったようだ。

「また直さねばなりませんな……」

 巻き込まれておきながらしっかり無傷のラグが呆れたように呟く。

「煩い、お莫迦!」

 全部あんたのせいでしょうが。

 そして――。

「さすが魔神様だ」

「ああ。すさまじいお力だ」

 この騒ぎをパフォーマンスか何かと勘違いした民衆は盛大な拍手とともにやんややんやの喝采をあげる。

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

 おかしい。わたしの職業は高校生で、次は大学生の予定だった。それなのに――。

 突然喚び出された異世界で、勇者様なんて言われてお次は魔女呼ばわり。そして終いにはこれか。

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

「ま・じ・ん!」

 おかしい。

 鳴り止まない魔神コールを前に、わたしは心の底から叫んだ。


「どうしてこうなった!?」

 いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。

 さて、この「勇者様は~」ですが、この41話を以てなんちゃって完結とさせて頂きます。と言いますのも、物語はこの後、バッドエンドへ向けて転がり落ちていくからです。ハッピーエンド以外認めないという方は、以降の話は読まない事をお勧め致します。それでも構わないという方は、次話以降もよろしくお願い致します。

 なお、今後は暫く休載し、不定期更新とさせて頂きます事、ご了承下さい。


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