40
気がついたら夕方でした。夕陽が大変綺麗です。わたしもあちこち磨かれて、すっかり綺麗な浅井藤花となりました。
おや、あちらに見えるのは烏でしょうか。仲間達と連れだって、巣へと帰るようです。わたしももう家へと帰りたいのですが、そうは問屋が卸さないようです。ほうら、迎えの使者がすぐ後ろに……。
「藤花様、お時間です。行きますよ」
やって来たのはわたし付きのメイドのリリさんでした。
「あら、リリさん。行くってどちらへ?」
わたしは一輪の百合のように嫋やかに首をかしげてみせます。
「なんですかその気持ち悪い話し方は」
相変わらず毒舌ですねえ、リリさんは。
「ほほほ。ちょっと現実逃避して黄昏れているだけですよ?」
「あれしきの事で情けない。それでも勇者を退けた英雄ですか」
おや、わたしが英雄? とんでもございません。
「やりたくてやった訳ではありませんのことでしてよ」
「もういいんでいつも通りにしゃべって下さい」
聞くに堪えません、などと追加で罵倒してくるあたり、リリさんはご自身が元凶だという自覚が皆無のようです。非常に嘆かわしい事ですね。
あれから、ほんとに色々あった。コルセット責めからようやく解放されたと思ったら、今度はさっき選んだドレスを着せられ爪を磨かれ髪を梳かれ結われ……。化粧を施され香油を振りかけられ歩きにくい事この上ないヒールの高い靴を宛がわれ……。
気分はすっかりお人形さんだ。次々と吹き荒れるおめかしの嵐に、けれどわたしの意見は一切反映されることはなかった。何故だ。化粧されてるのはわたしなのに。
藤花様にはこの手の心得がないのはよく分かっていますから、とはリリの言。いやね? わたしだって女の端くれなんだから、最低限の心得くらい有りますよ?
「はいはい、そうですね。仰る通りです」
わたしの反論はあっさり聞き流された。ふん、どうせわたしの技術は必要最低限ですよ!
こうしてリリ主導のもと、わたしは徹底的に化けさせられたのだった。
そしてやって来た大広間。普段は謁見などに使われているらしいそこは、全ての襖が取り払われて一大宴会場と化していた。
上座に二席。そして左右に数えるのも莫迦らしいほどの数のお膳が並んでいる。どうやら宴会は日本形式で行われるようだ。洋式の方が好き勝手料理が取れて好きなんだけどなあ……。
「おお、師匠! どうぞこちらへ!」
入室したわたしを目敏く見つけたラグが声をかけてくる。
や、ラグ。こちらってそこ上座じゃん。普通は奥さんの席じゃないの?
「さあ、お早く」
戸惑っているわたしをリリがせっつき、無理矢理上座に座らせる。うう、居心地悪いよう。わたしは元来端っこ族なのに。
「いやあ、見違えましたぞ、師匠。よくお似合いです」
座ったとたんにラグはわたしを賞賛してきて。まあ色々化けさせられたからね。馬子にも衣装ってやつでしょ。そうでも思わないとやってられない。
「……ありがと」
それでも顔が赤くなるのが分かる。止めて、そんなに見ないで褒めないで! 自慢じゃないけどこの手の耐性はゼロだ!
「えっと……これなんの騒ぎ?」
赤くなった顔を誤魔化す為に背後に控えたリリに問いかける。
「対勇者戦の祝勝会ですが?」
そんな事も知らないんですか? みたいなニュアンスが多分に含まれた返答だった。リリさん、言葉にトゲを含ませるのいい加減止めてくれませんかね。まださっきの事を根に持っているのだろうか。
「や、それは知ってるけど……?」
「では何が疑問なんですか?」
「なんでわたしがこんな所にいるのか、かな」
確かにラグから宴を開くから出てくれとの打診は受けたし、それに「是」と応えた記憶もある。あるけど……何この仕打ち。これじゃあ晒し者じゃないか。周囲から向けられる視線が痛い。
「藤花様は今回の戦の最大功労者なのですよ? その自覚はないんですか?」
そんな事言ったって、わたしがやったのは最後にちょろっと出張って勇者くんを追い返したくらいだ。度重なる人間達の侵攻を食い止めたのは兵士達だし、それを指揮したのはラグや将軍達お偉いさんだ。それに比べればわたしの功績なんて微々たるものだろう。
「はあ……。勇者を退けた。それがどれほどの偉業か、少しは考えて下さい」
懇々と諭され、まあそういうものなのかな…と納得する事にした。理解を放棄したと言ってもいい。どう考えたって大したことはしてないよね、わたし。
「それにしたって、ここ上座でしょ?」
「その通りですがそれが何か?」
「わたしが座っていいの?」
こういう所って普通は最上位の人が座るもんでしょ。魔王とか王妃とか国賓とか。それにわたしは目立ちたくない。
「藤花様?」
「はい」
あ。リリがまたお説教モードになった。
「あなたは救国の英雄でこの国の恩人なんです。それに魔王様が師と仰ぐあなたはそれでなくとも最上位の国賓なんですけれど、その自覚はありますか? いえ、お願いですから自覚して下さい。――いいからしろ!」
「イエスっ・マム!」
拒否権なんて端からありませんでした。




