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 こうして魔の国に平和が訪れた。(勇者)正義(魔王)の前に敗れ去り、無様に逃げ出していった。民は歓喜し魔王を讃え、魔王は鷹揚にそれに応える。

 勇者撃退から一夜明け、本日は国を挙げての祭りだった。

「魔王様ー!」

「魔王様万歳!」

「魔の国万歳!」

「魔王様!」

「魔王様!」

「魔王様!」

 そりゃあもうすごい騒ぎだ。三の丸の城壁の上からこっそりと外を窺ったわたしは、そのあまりの熱気に慌てて首を引っ込めた。

 そうそう、三の丸の城壁だけど、なんと半日で直っちゃいましたよ、奥さん。なんでも建築系の魔法が使える術者が総出で工事したとか。さすが異世界、工事の方法までファンタジーだった。余談だけど、愚王のお城もこうやって直したんだろうなあと、あの建築スピードに納得したわたしだった。

「おお、師匠。ここにおられたのですか」

 と、背後からラグの声。振り向けば、なにやらバッチリめかし込んだラグの姿がそこにあった。深紅の裏打ちがされたマントといい角付きの兜といい――

「なに、そんなにおしゃれして。魔王みたい」

「いや、師匠……。我は『みたい』ではなく魔王ですぞ」

 そういやそうだっけ。なんかもうすっかり近所のおじさん感覚で付き合ってたよ。

「まあそんな事よりですな――」

 自分で言ってお行きながら傷付いた顔をするラグ。なら言わなきゃいいのに。

「――早くこちらへ。皆待っております」

「む?」

 待ってるって、今日は誰とも約束してないぞ。それとも忘れてるだけか?

「さあ、師匠。こちらです」

 ラグに促され向かった先は、何の変哲もない城内の一室の前。なんの部屋かは知らない。わたしは基本、興味のない所へは行かないからね。分かるのは自分の部屋とラグの部屋、あとは食堂と(くりや)くらいだ。あ、そういや前に、ペガサスでもいないかと思って獣舎にも行ったな。凶悪な面した魔物しかいなかったけど。

 ……む。そんなことを考えていたらお腹がすいた。今夜は城でも盛大なパーティーが開かれるとかで、勿論ご馳走も大量に出るだろうから今あんまり食べちゃうのはもったいないけど、少しくらいならいいよね。

 自己弁護(言い分け)するまでもなく足は勝手に厨へと向かっており――

「師匠! どちらへ行かれるのです!?」

 ラグに首根っこを引っ掴まれて止められた。こら、師匠をなんだと思ってるんだ。

「では皆、後は任せたぞ。……くれぐれも逃がさぬように」

 そんな不穏な言葉と共に放り込まれた室内には、リリを始め数人のメイドさんが待ち構えていた。

「ああ、ようやくいらっしゃいましたね藤花様。ではこちらへ」

 相変わらず凶悪な目付きで威圧してくるリリに促され部屋の奥へ。もうあれだね、このリリの目付きと比べたら、昨日の勇者くんのガン付けなんて子供の喧嘩レベルだよね。ちっちゃい子が精一杯背伸びしてる感じでむしろ微笑ましい。

「さあ、早く選んで下さい。時間が押しているんです」

 有らぬ事を考えていたわたしを、リリの言葉が現実に引き戻した。うん、でも待って。選べってなにを?

「ドレスに決まっているじゃないですか」

 促されて見てみれば、移動式の洋服掛けが幾つも用意され、そのどれもに色取り取りのドレスがずらっと掛かっていた。どれもこれも原色ばりばりで目に痛い。これを見てそんな感想しか浮かんでこないから、(よわい)十七にして彼氏の一人もいないのかもしれない……。うん、哀しくなってくるから考えるのを止めよう。

「で、これを選んでどうするの?」

 尋ねた瞬間、リリのみならず、その場にいたメイドさん達全員が唖然とした顔を向けてきた。なにさ、なんなのさ?

「……本気で仰ってます?」

 そして底冷えするようなリリの声。

「えっと…………はい」

「はあ」

 返ってきたのは超特大の溜め息。

「もういいです。いいのでさっさと選んで下さい」

 処置無し、と言わんばかりの声音で指示(命令)が飛ぶ。

「イエスっ・マム!」

 リリによってすっかり訓練されきっているたわたしは、従順且つ迅速に指示に従う。どちらが主だとは言うなかれ。怖いものは怖いのだ。

 とは言ったものの、これだけ種類があると迷うよね。それにわたしは原色のどぎつい色はあんまり好きじゃない。もっと落ち着いたしっとりした色はないのかな……。そう思いながら陳列されたドレスの間を抜けていくと、お……あった。ありましたよ。

「じゃあ、これ」

 選んだのは紫を基調としたシンプルなドレス。上から徐々に色が濃くなっていくグラデーションが気に入った。胸元がほとんど開いてないのもいいよね。こういっちゃ失礼だけど、よく偉い人達(貴族の女性)が着ているような大胆に胸元や背中が開いた衣装は、痴女服にしか見えない。わたしは貞淑なのだ。

「分かりました。では次は湯浴みを」

 ん? 湯浴みって……ああ、確かお風呂の事だったよね。まだお昼前なのになんで?

 わたしの疑問もなんのその。リリを筆頭としたメイド軍団に押し流されて、あれよあれよという間に着ていた服を引っぺがされた。

「あーれー。お代官様ー」

「なにを莫迦な事を仰っているのですか」

「……ごめんなさい」

 怒られました。こういう時のお代官様ごっこは鉄板だと思うんだけどなあ……。それとも着物じゃないからいけないのか?

 文化の相違について考えていたら、下から睨め付けてくる幼女とバッチリ視線が交差した。

「なにか?」

 ひぃっ! 今日のリリはいつもの三割増しで怖い。どうしてだろう?


 その後、嫌がるわたしを数の暴力でもって変な臭いのする湯船――薬湯らしい――に放り込み、よってたかって磨き上げられた。それはもう爪の先から頭の先に到るまで徹底的に。羞恥心なんて一切斟酌されなかった。はあ、こんなに疲れる入浴は初めてだよ。

 でもそんなのはまだまだ序の口で、風呂上がりのわたしを待ち構えていたのは、これまた変な臭いのするオイルをふんだんに使ったマッサージ。マッサージ自体は大変よろしかったんだけど、この変な臭いのオイルはなんとかならないもんかね。もう一回お風呂に入って洗い流してしまいたいんだけど。

「最高級のオイルなんですよ」

 そんな愚痴を漏らしたわたしに対する返答がこれ。いや、でもね。日本にいた頃だって香水の匂いが嫌で付けてなかったのに、いきなりこの仕打ちはハードルが高すぎる。それにどんなに高級な物だって、使う本人が嫌なら無価値だと思うんだけどいかが?

「藤花様は本当に変わったお方ですね。それでも妙齢の女性ですか?」

「…………」

 このリリの失礼な言い種に、けれどわたしは一言も返せない。なぜなら、わたしの胴体はコルセットなる拷問器具によって絶賛締め上げ中だったからだ。

 これ、マジで洒落にならない。息が、息ができん! リリったらわたしを殺す気か!?

 ぺしぺしと腕を叩いてギブアップを宣言するも、まったく聞く耳持ってはくれず。

「もっと締めて下さい」

 それどころか容赦なく告げられる死刑宣告。止めて! これ以上締められたら胴体が千切れちゃうから!! 泣き別れちゃうから!!

 そこでわたしは気がついた。これが世に言う下克上か! 最早実質的にはリリの方が立場は上なのに、この念の入れよう。

「やっぱり、リリは、恐ろしい子……」

 そしてわたしは力尽きたのだった。

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