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 眼前にはこの上なく真剣な表情を見せるラグがいた。

「ぐぬぬぬぬ……」

 額には汗が滲み、極度の集中の為見開かれた目は血走っている。

「さあ、魔王様。どうなさいますか?」

 魔族の王たる魔王をそこまで追い詰めているのは、齢十にも満たない一人の幼女(リリ)

「ぬ、ぬぬ。待て。もう暫し待ってくれ」

 魔王は幼女の力の前に屈し、必死になって猶予を乞う。

「もう五度目ですよ、その台詞」

 リリは魔王相手に平気で呆れた溜め息を漏らしていた。今更ながら大した神経の持ち主だと思う。

「ラグ、早くして。そもそも悩んだからってなにも変わらない」

 むしろどんどんリリの術中に()まり込むだけだ。

「しかしですな、師匠」

「魔王様、藤花様の仰る通りです。どうかお気軽にお選び下さい」

 リリはそう言って朗らかに微笑むも、その実ちっとも笑っているようには見えないのはわたしの気のせいか。いや、ラグも脂汗を垂らしているからきっと気のせいなんかじゃない。あれは悪魔の笑みだ。わたしも何度もあれにやられたことか。

 それにしても――。

 幼女に追い詰められる魔王。顔は青黒く変色し、呼吸は浅く激しい。痙攣するかのようの打ち震える身体は、終いには心臓発作でも起こすんじゃなかろうか。もしそうなると、世界を救ったのは勇者じゃなくて幼女ということになる。……いいのか、そんなんで。

 いや、魔王を斃すからこそ勇者と呼ばれるのであって、勇者だから魔王を斃すわけではない。そう、過程が大事なんていうのは所詮綺麗事。世の中結果が全てなのである。

 つまりその理論でいえば、魔王を斃したらリリは勇者ということになる。勇者幼女。一部の危険な趣味の人達に需要がありそうな臭いがするな。

 私がそんな益体も無いことを何とはなしに考えているうちに、ようやくラグは決心したらしい。

「よしっ! 決めた、決めたぞ。我が引くのはこちらのカードだ!」

 宣言と共に、勢いよくリリの手から一枚のカードを抜き取るラグ。

「ぐふっ!」

 その口から、抑えきれない悲嘆の声が漏れ、魔王は崩れ落ちた。こうして幼女は魔王を斃し、世界に平和が訪れたのだった! ……って、このネタはもういいか。単にラグがばばを引いただけだ。

 さて、もうお分かりだろう。わたし達はトランプをしていた。所謂ばば抜きというやつ。


 事の発端は暇をもてあましたわたしの一言だった。

 ダンジョン作成も順調で、人間との戦いも一段落ついた今。はっきり言ってわたしは気が抜けていた。無意識の内に張り詰めていたものが切れた、といった所か。要するに緩んでいたのだ。

 そうなるととたんに夜が長く感じるようになった。本でも読もうかと思ってもこの世界にはほとんど本がないし、あっても小難しい専門書ばっかりでつまらない。マンガなんて概念すらないし、テレビやゲームは言わずもがなだ。

 何か娯楽はないのかと迫るわたしに、ラグが取り出したのがトランプだったというわけだ。他にも囲碁や将棋、花札、オセロなんかもあった。

 初めは忙しい(らしい)ラグを付き合わせるのも悪いかと、リリと二人でオセロや将棋をしていたのだが、あっという間にルールとコツを掴んだリリに蹂躙されたので、悔し紛れにラグを巻き込んだ、というわけだ。

 けれどラグはとてつもなく弱かった。打ち筋が正直すぎるので先読みしやすく、イノシシのごとく猛進するので簡単に罠に嵌まる。カモ以外の何物でもなかった。あまりにリリが無双するので種目をトランプに切り替えたのだが、しかしここでもリリの快進撃は続いた。わたしとラグは手も足も出ずにされるがままだった。因みに勝率は9:1:0。誰がどの数字かなんて、ここまで語れば分かるよね。

 ……あとでリリには、接待プレイというものを懇々と諭しておこうかと思う。でもこうなったのって、ラグが始める前に「手加減など無用。我が魔王だからとて遠慮も不要。全力で挑んでくるがよい!」なあんて大見得切ったせいなんだけれど。

 その態度自体は支配者として立派だとは思うけど、肝心の実力のほうが全く追いついていなかったのだ。故に悲劇は起こった。

 まあつまり、こと駆け引きや化かし合いにおいて、わたしもラグもリリの足元にも及ばなかったのだ。

「私の勝ちですね」

 これ見よがしにばばを一段高く掲げたわたしの罠をあっさり看破し、リリは手札を揃えて一抜けした。

「お二人とも顔に出すぎです。どれがばばなのか簡単に分かりますよ」

「…………」

 わたしの渾身のポーカーフェイスは、リリの前には全くの無力だったらしい。ラグにおいてはさらに酷い。わたしから見ても丸わかりなくらい顔に出る。ついでに声もよく漏れる。あんまり人のことは言えないけれど、ラグは賭け事には向かないね。性格が真っ直ぐすぎる。

 勇者が搦め手できたらあっさり負けそうだ。……想像したらなんだか心配になってきた。いい機会だからラグにはここでしっかり学んでもらおう。決してわたしの一人負けになるのが嫌だから生け贄にするのではない。あくまでこれはラグの為なのだ。わたしってばなんて優しい師匠だろう! 弟子の為にあえて心を鬼にするのだ。獅子が子供を谷に突き落とすのと同じだね。顔には出ないけど心の中では血の涙が流れてるんだよ、――きっと。

「……ああ、そういえば」

 それにしたってリリがあまりに勝ちすぎるので、いい加減種目を変えようか、なんて考え始めていた時、ラグがふと思い出したように口にした爆弾発言のせいで、わたしは切っていたカードを盛大に取り落とす羽目になった。

「ヘルブの村に勇者が出たそうですな。師匠はなにかご存じですか」

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