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さてさて。ここにはどんなモンスターを配置しようかな。あれやこれやと悩んでいるうちに、ふと閃いた。
「リリ」
「………………はい」
なんだか返事が来るまでに結構な間があったけど、気にしないことにしよう。きっとリリは、また厄介事が始まったなんて思ってない。ないったらない。
「リリなら、ここにどんなモンスターを置く?」
そう、わたしは純粋にリリの知恵を借りたいだけだ。
「私だったら、ですか……?」
指名されたリリは、声に戸惑いを滲ませながら呟き、思案するように天井を見上げた。
「……そう、ですね。せっかくの沼地ですし、やはりここはオーソドックスにスライムでしょうか」
「スライム?」
リリらしくない答えだ。わたしの感じた第一印象はこれ。毎回毎回わたしには及びもつかない悪逆非道な提案(褒め言葉だからね)をするリリにしてはやけにおとなしい。もっと度肝をぬくような発想が飛び出すものだとばかり思ったてたのに。
「ご不満のようですね」
わたしの顔に滲む不満を読み取ったのか、リリはこちらに窺うような視線を向けてくる。
「むう。まあね……」
だって、スライムったらあれでしょ。某国民的RPGに代表される水色の楕円錐型(こんな言い方あるのかな?)した雑魚モンスター。なんでそんなのわざわざ置きたがるんだろう。あのぷるぷるで癒やされたいのだろうか?
「ひょっとしてマスターは、スライムをご存じないのですか?」
考え込むわたしを余所に、コアが見当違いの意見を述べる。
「や、知ってる」
むしろ知ってるからこそ不満があるわけで。ざっとわたしの持つスライム感を二人に説明してみた所、
「なんですか、それ」
「そのようなスライムは始めて聞きますね。新種ですか?」
まさかの返答が帰ってきた。
え? なに? スライムってああいうものじゃないの!?
「いいですか、藤花様。スライムというのは――」
こうして始まったリリ先生のスライム講座によると、そもそもの前提としてスライムは雑魚ではないらしい。というよりもむしろ強敵。駆け出しの兵士や冒険者程度ではまず勝てず、中堅を通り越して熟練でも危ういレベル。色も水色ではなく無色透明。陸地においては水たまりに擬態したり保護色で周囲に違和感なく溶け込んでみせたりし、水中に到っては完全に同化してしまうので発見はほぼ不可能ときたもんだ。おまけにそのステルス性を活かした奇襲にかけては他の追随を許さないとか。
半液状のため真っ二つにされても平気の平左、むしろそれぞれが独立して二つの個体になる始末。別れた個体や別の個体同士の融合も思いのまま。唯一の弱点である火にしても、自身の一部を水と化して噴出することで大抵は消し止めてしまう。
そしてスライム最大の特徴は。
「スライムはどんなものでも食べます。……食べる、と言うと語弊があるかもしれませんが、有機物でも無機物でも関係なしに取り込み、自身の力としてしまうのです。別名ダンジョンの掃除屋、悉く食らう者なんて呼ばれたりもしますね」
ご理解いただけましたか? と、すっかり先生の顔をしたリリが問う。
「…………うん」
しましたとも。それはわたしの持つスライム感が一新された瞬間だった。なにそれ!? 怖っ! もうそんなのわたしの知ってるスライムじゃない。ドラゴンのお使いによる刷り込みの弊害がこんなところで発露するなんて!!
ようし、決めた。この階層はスライムで埋め尽くそう。沼地に一歩でも足を踏み入れればスライムを踏むくらいの勢いで生み出しまくってやる!
……頑張りすぎた結果、魔力欠乏で倒れてしまった。加減間違えたよ。コアも止めてくれればいいのに。
リリが冷たい目でわたしを見下ろす。
「藤花様って、本当に間が抜けてますよね」
「…………」
お説ごもっとも。返す言葉もございません。
「でも、おかげでスライム盛りだくさん」
なんとか気力をふりしぼって弁明を試みる。
「多すぎです。足の踏み場もないじゃないですか」
リリが言うように、沼地には見える範囲だけでもスラムであふれかえっていた。うごめくスライム達のせいで、風もないのに波が立っているように見えるくらいだ。
「狙い通り。これで踏破不能」
うん、倒れるまで頑張った甲斐があった。わたしはこの結果に大満足だったのに、リリは容赦なく駄目出しをしてくれた。
「これじゃあせっかくのステルス性が台無しです。誰がこんな見え見えの罠に引っかかるんですか」
「ぐっ」
「それに、これじゃあ餌がなくて共食いしてしまいますよ」
「ぎゃふんっ」
共食いするのか、スライム。せっかく生み出したのに。さすがはオールイーターといった所か。名にし負う暴食っぷりだ。このままでは朝になったら三分の一、なんてことになりかねない。
「……あ」
名案を思いついた。もう一階層造って半分そっちに移ってもらえばいいのだ。名付けてスライム移住大計画。これで問題解決だ!
勢い込んで発表したら、
「その魔力はどこから出すんですか?」
リリの冷静な一言によって水を差された。
ぐっ。そうだった。今のわたしは魔力ほぼゼロの抜け殻だ。残高ゼロのキャッシュカードだ。
……いや、待て。諦めるにはまだ早い。わたしにはもう一枚キャッシュカードがあるではないか。
「……コア?」
期待を込めてコアを呼ぶ。
「これ以上の消費は基本性能維持に問題を生じます」
「…………」
コアよ、お前もか。
頼みの綱はあっさりと切れてしまった。
「……どうしよう?」
今度こそ八方ふさがりだ。
「どうしようもありません」
リリの返事は冷たい。せめて一緒に悩む振りくらいはしてくれたって罰は当たらないのに。
「うう、わたしの一日の努力が……」
魔力切れで生じる頭痛が激しさを増す。諦観による脱力感がわたしから気力を奪っていった。もう動く元気もない。今日はここで夜明かししようか。
そんなわたしを救ったのは、頼れる幼女、リリだった。
「ではこう考えましょう。これは巫蠱だ、と」
「ふこ?」
聞いたことのない言葉だ。なんだそれ?
「そうですね……蠱毒、と言ったほうが分かりやすいでしょうか」
「なるほど」
うん、それなら分かる。そうか、蠱毒か。確かにこれだけの数がひしめき合っているのだから数的条件は十分満たしているだろう。むしろ満たしすぎてるくらいだ。……まあ毒持ちじゃないとかスライムはそもそも蟲じゃないとか細かいことは置いといて。
こいつ等は一晩かけて食らい合い、明日には生存競争を勝ち抜いた強力な個体のみが残っているという寸法だ。これはもうただのスライムではない。言うなればエリートスライム! キングだとかメタルだとかよりも遙かに強いに違いない。
「さすがリリ。頼りになるね。もうわたしはリリに足を向けて寝られないよ」
「なんですか、急に。今現在まさに私に足を向けて寝ているじゃないですか」
わたしの渾身の褒め言葉に不審の目を向けるリリ。それ、正解です。なぜなら――
「うん。魔力切れで動けないから誰か人呼んできて」
「はあ。藤花様って本当に――」
呆れの溜め息を漏らしていつものフレーズを口にするリリ。罵倒はいいからお願い、助けて!
優しいリリはちゃんと城に戻ってラグを連れてきてくれた。ありがとう、リリよ!
でも、その歳で蠱毒なんてものを知ってるのはどうかと思うよ。




