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こうしてわたしのダンジョン造りは新たな段階へとシフトした。既に十階層まで造ってしまっていたが――いや、ここは前向きにまだ十階層だと考えよう――ここからが本当の勝負の始まりだ。そう、先の十階層は準備運動に過ぎないのだ。わたしのダンジョン改造計画はここからが真の始まりだ! 勇者よ、覚悟するがいいっ!!
……そんな感じで盛り上がっていたら、リリにもすごく冷たい目で睨まれた。あれは莫迦なこと考えてないでさっさと働けって目だ。この子はわたしの心でも読めるのだろうか。恐ろしい。
「いいからさっさと仕事をして下さい」
ほらね、やっぱり。
「……はい。済みませんでした」
下から睨め付けるように見上げてくる目力の圧力にあっさりと屈し、意図せず謝罪の言葉が飛び出した。わたしはもう、リリには勝てないのかもしれない。……どうしてこうなった。
ともあれ、気を取り直してダンジョンだ。ここまではずっと砂漠だったけど、切りもいいしここからは目先を変えていこう。
因みに、だが。マスターであるわたしは、ダンジョンの中で改装を行っても吸収されることはないそうだ。事前にわたしが許可した人物も同様。だったら中で改装した方が良いよね。なんとなくイメージもしやすいような気がするし。あと、ダンジョンの中ならどこでも自在に一瞬で移動することが出来るらしい。これはダンジョン管理運営上の必須能力だね。いちいち目的の場所まで歩いて行くとか冗談じゃない。同行可能人数は三人まで。なかなか気の利いた便利な仕様だった。
「コア、いくよ」
「はい。いつでもどうぞ、マスター」
目を瞑りイメージを送る。瞼越しにもコアが光を放つのを感じ、それが収まった後、わたしはゆっくりを目を開けた。さあて、出来映えはどうかな……?
「…………あれ?」
なにも見えなかった。目を開けても、どこまでも続く暗闇が広がるだけだった。瞬きをする――変化無し。両手を目の前に持ってくる――見えない。ほっぺを抓ってみる――痛かった。じゃあ夢じゃないらしい。
って、当たり前か。リリのいちゃもんに従って灯り無しの真っ暗な空間をイメージしたのだ。灯りがあったら逆に不備があったことになる。
「リリ、そこにいる?」
改装前にリリがいた辺りに声をかける。
「いますよ」
抑揚のないリリの声。顔が見えなくても分かる、これは絶対怒っている。
「えっと……灯り、作れたりしないかな?」
「はあ。藤花様って本当に間が抜けていらっしゃいますよね」
あまり期待しないで下さいね、得意ではないので、と続けてリリはなにやら呪文を唱え、
「月花」
辺りがほんのりと明るくなる。LEDじゃなくて、豆電球式のランタン一つ分くらいの灯り。一寸先程度なら十分見えるけど、五メートル先はとなると厳しい。というか全く見えない。
「……だから言ったじゃないですか、得意じゃないって」
言い分けするようにリリは口を尖らせるが、わたしが黙っていたのはそんな理由からじゃない。
「いいね、リリは。魔法使えて」
魔力を肉体強化に全振りしているわたしは、こんなささやかな魔法さえ使えない。
「あ。……えっと、ごめんなさい」
うん、しおらしく謝るリリの姿が見られたから良しとしよう。
「マスター! マスター!」
と、ここでコアが割り込んでくる。
「なに?」
「私、灯りを作れます。憚りながらリリ様よりは明るいものを。ですから任せて下さい! その代わり、魔力を少々……」
「分かった。任せる。――いいよ、吸って」
「! ありがとうございます! お任せあれ!」
とたんペかペか光って喜ぶコア。暗闇の中だけに無駄に眩しい。
「リリ。ごめんね、せっかく作ってもらったのに」
リリへのフォローも忘れない。なんせわたしが頼んで作ってもらったんだからね。
「いえ、お気になさらないで下さい。わたしの灯りが明るくないのは事実ですから」
リリは気丈に答えるも、その声はどこか力ない。うう、ごめんよリリ。
さて、コアの作った灯りだが、自分で言うだけあって結構明るい。八畳用のシーリングライトくらいの光量は十分にある。色も白色なので、ダンジョン内部がはっきりと見て取れた。
でもね、あんた。明らかに必要分以上に魔力持ってったよね。使えなくたってそれくらい分かるんだからな! まあ今回は不問に処してやろう。というより明日以降は今持ってった魔力で灯りを作らせればいいや。所謂先行投資というやつだ。
こうして照らし出された構内はというと――一面の沼地だった。所々で気泡が浮き出る様が実に底なしっぽい。
「砂漠の次は沼地ですか」
リリは物珍しげに照らし出された周囲を見回している。
「うん。――あ、沼の水は毒だから入っちゃダメだからね」
入ると痺れちゃうよ。わたしが自分の創ったダンジョン内で不利益を被ることはないんだけど、リリにもその仕様が適用されるのかは未知数なので注意しておく。平気だ、と嘯く玉っころはいまいち信用出来ないしね。
ここからは見えないけど、もう少し奥に行くと霧が発生していて不快指数がアップしている。勿論これもただの霧じゃなくて毒混じりだ。こっちはじわじわと体力を削っていくタイプ。
足元が泥濘んでいるせいで体力消費が激しいんだと思わせておいて、その実毒に冒されているんだということに気付かせにくくするのが狙いだ。
本当はどっちも致死性の猛毒にしたかったのだけど、それは無理らしい。
そもそもダンジョン造りにはある程度のルールがあるらしく、その最たるものが「絶対に攻略出来ないつくりにしてはならない」というものだ。
ダンジョンたるもの何かしらの攻略手段を残しておかないといけないらしい。今回の例で例えるなら、微毒はよくても即死級の猛毒を全体にまき散らすのは不可。他にも入った瞬間溶岩の中とか、上空一千メートルくらいから問答無用で叩き落とすとか、そういった侵入=即死みたいなつくりには出来ないようだ。
じゃあどこまでならいいのかというと、コアのやつはいけしゃあしゃあとケースバイケースですね、と宣った。要するにコアの独断と偏見ってことだ。不便なことこの上ないが、そういうものだと思って諦めるしかない。
さ、また怖いお目付役にどやされないうちに、モンスター造りでも始めましょうか。




