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「人に迷惑をかけない人間になりなさい」
と、父は言った。
「正しく生きなさい」
と、母は言った。
幼かったわたしは、素直に頷き、そうあるべく努力した。
結果――わたしは周囲から浮きまくり、変人の烙印を押された。
そもそも話が合わない。基本にしている常識が違う。同じ言語を使っていながらなぜだと叫びたくなるほど話が通じない。
迷惑をかけないよう為した行為は「いい子ちゃん」と揶揄され、正しくあるべく為した行為は「これだから優等生は」と嘲笑された。
それでもわたしは、両親の言葉を信じ、人に迷惑をかけぬよう、正しくあろうと努力し続けた。
ただ、言葉の通じない周りの連中が、どんどん嫌いになっていった。
そんな折、両親が死んだ。
わたしが中学に上がった頃のことだ。
引ったくりを捕まえようとして、逆に刺されたらしい。正しい行いを為そうとした故に、両親は死んだ。反対に、人に迷惑をかけた引ったくりは生き残った。その上逃げ延びていた。そいつは今も、ぬけぬけとどこかで何かをやっているのだろう。
両親の残してくれた遺産は、大学を出るまで位なら十分な額があったが、ここぞとばかりに群がってきた親戚連中にあっという間に食い荒らされた。彼等は決まって「あなたの為だから」と口にする。
ああ、気持ち悪い。薄汚い。そんな顔でわたしを見るな。
「人に迷惑をかけない人間になりなさい」
と、父は言った。
「正しく生きなさい」
と、母は言った。
でも。
迷惑ってなに?
正しいってなに?
わたしには、わからない。
「…………」
嫌な夢を見た。風邪を引いている時は夢見も悪いらしい。
夜になってもわたしの症状はあまり改善せず、朝と比べてちょっと良くなった程度だった。
「お加減はいかがですか?」
せっかくリリが持ってきてくれた夕飯も、ほとんど喉を通らない。
「おかしいですねえ。相変わらず熱は全然ないのに……」
わたしの額に手をあて首をかしげるリリ。ひんやりして気持ちいい。
「そんなこと言われても……」
わたしは医者じゃない。症状を訴えることは出来ても病名を判断することなんて出来ない。昼間来た医者も、たぶん風邪だろうって言ってたし。素人はそれを信用するしかないのだ。
しかし、それに異を唱える幼女がいた。
「頭痛に目眩に怠さですか。……ひょっとしてこの症状って、魔力の枯渇じゃないですか?」
「む……?」
閃いた、とばかりにリリはそう言うが、わたしは魔法が使えないのだ。当然普段の生活における魔力の消費量もゼロ。だから魔力の枯渇なんてあり得……な、い? ……ちょっと待て。なんか引っかかるな。
そうだ、思い当たる節が一点だけあった。
「コア……?」
ダンジョンに一人残されるのは嫌だというので持ってきた玉っころに目を向ける。朝からずっと静かだったのですっかり忘れていたが、あれだけのかまってちゃんが今日は一言も言葉を発していない。
「……はい、マスター」
返ってきたコアの返事はワンテンポ遅い。さては後ろめたいことがあるな。
予感が確信に変わる。
「あなた、ひょっとしてわたしの魔力黙って吸った?」
「…………」
目を逸らす(雰囲気的に)コア。
再度呼びかける。
「コア?」
「…………」
答えはない。
「どうやら図星みたいですね」
黙秘を計ろうとするコアに変わってリリが容赦なく断定する。そう、沈黙は肯定と同義だ。
「済みません、長い間魔力枯渇状態が続いたのでつい……」
追い詰められ、罪を認めて白状するコア。
「それにしたって、藤花様がこれほど衰弱してるんですよ。一体どれだけ吸ったんですか?」
リリの追求は終わらない。
「えっと……ほんの九分九厘ほど」
「おい」
九分九厘は「ほんの」とは言わない。ほぼ全てだ。つまりこいつは、わたしが倒れるまで魔力を吸い上げたのだ。
決定。この症状は風邪じゃなくて魔力の枯渇のせい。しかも原因はコアが魔力を吸い過ぎたから。
「それにしたって吸い過ぎです。下手をしたら死んでいましたよ」
そんなにやばい状況だったのか。確かに頭痛は酷いし身体は怠いし立ち上がれないほど目眩はするけど。
「いや、でも……おかげでダンジョンの中のモンスターもだいぶ増やせましたよ?」
その代わりわたしは魔力枯渇で干からびたけどな!
無言で枕元においてあるコアを睨み付ける。
「………………てへっ」
「…………!」
わたしは身体にむち打ち起き上がると、躊躇うことなくコアをゴミ箱へ向かって投擲した。一直線にゴミ箱へと吸い込まれていくコア。
「マスター!? マスター!? いくら何でもこの仕打ちは酷すぎやしませんか!?」
結果、しゃべるゴミ箱が誕生した。
「マスター!? 反省しています。以後気をつけます。今後は九分八厘までしか吸いません。しっかりと自重します。ですから許して下さい!」
「やかましいっ!」
自重する気ゼロじゃないか。
反射的に怒鳴り返して襲ってきた頭痛に悶絶する。
「藤花様って、本当に間が抜けていらっしゃいますね」
リリに酷評されるも言い返すゆとりがない。
「マスター! お願い、出して!! もう狭くて暗いところは嫌です!! マスター!!」
「……リリ、堀に捨ててきて」
あまりに煩いのでリリに廃棄をお願いする。
「ダンジョンコアがなくなったら困るのは藤花様でしょう。どうしてもと仰るのならご自分でなさって下さい」
それが出来ないから頼んでるのに、リリは冷徹にそう告げると、処置なしと言わんばかりため息を吐き部屋を出て行った。
風邪じゃないとわかったとたんの豹変ぶり。メイドの半分は優しさで出来てるんじゃないのか。……違うか。それは某薬の話か。
「マスター! 出してー!!」
恥も外聞もなく泣き叫ぶコア。
わたしはそれを無視して布団をかぶり。
結局、コアはゴミ箱の中で一晩過ごしたのであった。
反省しろ!
こうして夜は、更けていく。




