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「では、この薬を飲んで安静にしているように」
リリのつれて来た医者は、そんな毒にも薬にもならないようなことを言い残し去って行った。
魔族の医者に人間が診られるのか、と思っていたが、基本的に魔族も人間も身体のつくりは同じらしい。じゃあ違いはなんだ、と聞いたら魔力の多寡と寿命だと言われた。魔力の多い一族だから魔族。寿命が長いのは魔力が多いから。こういう時のお約束として、代わりに生殖能力では劣るらしい。この辺の話は前にちらっと聞いた覚えがある。
反対に人間は、魔力や寿命こそ劣るけどそれを補ってあまりある繁殖能力がある。一匹見かけたら百匹いると思えってやつだ。逆を返せば、人間と魔族の違いなんてその程度らしい。
余談だけど、そんなわけだからやる事をやれば当然出来る。なにが、とは言わないけど。――わかるでしょ。
まあつまり。人間も魔族も根っこは一緒ってことだ。だから魔族の医者が人間を診てもなんら問題ない、安心して任せなさいと胸を張る医者。
ところが、そこまで言っておきながら結局病名は不明のまま。まあ風邪でしょう、って感じでお茶を濁された。置き土産の、異世界でも変わらず苦い薬を飲み下し、わたしは布団に横たわる。
相変わらず頭痛が酷い。目眩は起き上がらなければそんなに問題ないし、怠さもこうして横になっていればまあ耐えられる。でも、頭痛だけは如何ともしがたい。
「そういえばリリ、いつまでもここにいていいの?」
気を紛らわす為に話しかける。
リリは医者を見送ったあと、何故かここに戻ってきていた。その際、大量の布を抱えて。一瞬掛け布団の追加かと思ったがそんなこともなく、ちゃぶ台を用意してその上に広げている。
「はい、問題ありません」
「仕事は?」
「していますよ」
これ見よがしに針を振ってみせるリリ。
「その針、いつの間にどっから出した」
さっきまで布しか持ってなかっただろう、リリよ。
「メイドの嗜みです」
わたしの突っ込みをしれっと流し、縫い物を開始する。持ち込んだ布はその為のものだったようだ。……あの針、ひょっとして昨日わたしを刺したものだろうか? 怖くて聞けない。
そんなリリの運針に淀みはなく、手慣れている様が窺える。人を刺すだけでなく、きちんと正規の使い方も出来るようだ。……というかあれ、絶対にわたしより上手いぞ。つい最近ボタン付けが出来るようになり喜んでいたわたしとは雲泥の差だ。まさか針仕事で幼女に後れを取る日が来ようとは。
「どうしてここでやってるの?」
針仕事なら専用の部屋があってもよさそうなものだ。少なくとも病人のいる部屋でやるようなことではない。
問われたリリは溜め息を一つ。呆れた眼差しを隠そうともせずにわたしに向ける。
「今日はここで藤花様のお世話をするよう言い付かりました。待機している間、手持ち無沙汰なので縫い物をしています」
御用があれば何なりとどうぞ、と続けるリリ。
「……ぅ」
つまりわたしのせいか。風邪引きの世話に来て、空いてる時間がもったいないから縫い物をしている、と。
「お加減はいかがですか、藤花様?」
つん、と澄まして取って付けたように尋ねてくるリリ。ちょっとからかってやろうか。
「……怠い。あと頭が頭痛で痛い」
「重複表現ですよ、それ」
睨まれた。莫迦なこと言うなってことか。
「冗談だってば」
慌てて取り繕うも、
「そう願いたいものですね」
全く信じてもらえなかったようだ。なぜに?
「そういえば――」
リリは手元に目を戻し、思い出したように口にする。
「魔神様でも風邪を引くんですね」
「っ! どうしてそれをっ!?」
思わず身を起こす。とたん、目眩に襲われ身もだえるわたしに、リリは冷ややかな目を向けた。
「間が抜けていらっしゃいますね」
目だけでなく言葉まで冷たかった。もっとわたしを労って。病人ですよ!
いや、それよりも――!
なぜわたしが魔神だと知っている!? 黒歴史は封印されたはずだ。余計なことを吹き込んだのはどこのどいつだ。さてはラグか? ラグだな! ラグに違いない! よし、今度会ったらお仕置きだ!
わたしが内心でお仕置きの内容を吟味していると、リリはあっさりとネタばらしする。
「昨日メイド頭から聞きました」
犯人はメイド頭だった。ラグ、勝手に犯人扱いしてごめんよ!
「――あ、あと藤花様は魔神と呼ばれるのがお嫌いなそうなので、本人の前では決して口にしないように、とも」
してる! してるから! 「うっかりしてました」なんて言ってるけど絶対わざとでしょ! さてはあれか? 意趣返しか!? 下らないこと言ってないでさっさと寝ろってことか!?
怒れる幼女になんとかあれは押しつけられたのだということを説明し、納得させようと試みる。
「なるほど」
頷くリリ。うん、その顔はわかってないね。もしくはわかる気がないよね。眉間に皺が寄ってて、いつもの三割増しで怖いもん。
まあそんな莫迦な話は置いといて。
「リリ、いてくれるのは嬉しいけど、移しちゃ悪いから別の部屋でやったほうがいいよ」
幼女に看病させて風邪を移したなんてことになったら恥にも程がある。わたしにだって矜持くらいあるのだ。
「お気遣いありがとうございます。ですが、仕事ですので」
いやいや、風邪引いたらその仕事も出来なくなっちゃうよ?
「いや、でも――」
「問題ありません。頑健さには自信がありますので」
わたしの言葉をぴしゃりと遮る。こう見えてリリは、なかなか頑固なようだ。
「じゃあせめて隣の部屋で。何かあれば呼ぶから」
「大きな声を出すのはお辛いのでしょう? 私のことは心配なさらなくて結構です」
むう、頑固娘め。こうなったら強権発動だ。
「ならあなたの雇い主として命令。隣の部屋で待機してて」
これで完璧。そう思ったら、
「私の雇い主は魔王様です」
あっさり論破された。
迂闊! そういえばそうだったよ。
「でもわたしはその魔王の師匠であって……」
魔王より偉いんだよ? と言おうとしたら。
「では魔王様を通して下さい。系統を飛び超えた横槍的な指示は、現場を無用に混乱させるだけす」
「…………」
ぐうの音も出なかった。わたしのバイト先にもいたよ、そういうやつ。そんなやつに限って出す指示はめちゃくちゃで、リリの言うようにいたずらに場を掻き乱すだけだった。
「ご納得いただけたようですね。――さて、いつまでも話し込んでいてはお身体に障ります、そろそろお休みになって下さい」
わたしを気遣ってくれているはずの言葉なのに、おかしいな? 「もう黙れ、さっさと寝ろ」って副音声が聞こえる。きっと風邪のせいだ。そうに違いない。誰かそうだと言って。
すっかり言い負かされたわたしは、おとなしく眠ることにした。
幼女に諭され眠りにつく昼下がり。




