#God's perspective
その部屋には、退屈と好奇心が飽和していた。
午後の日差しがカーペットに長い影を落とし、マリオカートの軽快な電子音が、誰にも聞かれることなく虚しく響き続けている。
ソファの上、五歳の男の子と女の子は、もう画面を見てはいなかった。
ほんの数分前までコントローラーを握りしめていた小さな手は、今、お互いの「未知」を探り合っている。
それは無邪気な「お医者さんごっこ」の延長線上にある、深淵で広大な世界。
静寂。
いけないことだ。
幼い二人はそれを十分に知っている。
いけないことは、許されないことではない。
二人ぼっちだから。
今、許されるこの空間、時間の中で、その寂しさと、「得体のしれないなにか」で二人の間を埋めずにはいられなかった。
そして驚く。自分たちはどうすればいいか、を考えるまでもなく、二人の体が勝手に動くことを。
まるで自分たちが生まれるずっと前から、それが「約束ごと」であったみたいに。
男の子の戸惑いと、女の子の少しの勇気。
男の子の少しの勇気と、女の子の戸惑い。
交錯しながら、儀式は続く。
そして、子供の語彙力では到底説明できない感覚が、二人を駆け抜ける。
世界から切り離されたような、二人だけの浮遊感。溶け合うような万能感。
この瞬間、ユイとタクヤは、二人だけが知っている「世界の秘密」の共犯者になった。
やがて、自分たちの預かり知らない「事情」が二人を現実に引き戻す。
海を越える距離が二人を物理的に分かつことになったからだ。
それからというもの、二人はそれぞれ、秘密の部屋にある幻の宝を探すように数多く「愛のようなもの」を経験し、同じ数だけそれは失われてきた。
それは無駄な人生経験のようにも見えたが、絶望感と飢餓感が、再び二人が向き合うチャンスを与えることになる。
〇
かつての少年と少女は、大学、大学院へと進み、JAXA、NASAとそれぞれの場所で、空を目指した。
なぜ宇宙を目指す?
それはわからない、でも。
「あのとき」感じた、なにものかが、別々の空の下にいる二人を突き動かしていたからだ。
勉強、訓練、研究。
黙々とそれをこなしていく。
埋まらない心の穴を埋めるかのように、知識と技術を詰め込み、やがて二人は地球上で最も狭き門――NASAの宇宙飛行士候補生として、ヒューストンのオフィスの通路で再会を果たした。
「君は……ユイ?」
「た、タクヤ……なの?」
視線が合った瞬間、止まっていた時計の針が、まるで心臓の鼓動のように、再び動き出した。
〇
そして今。
二人は地上四〇〇キロメートルの彼方にいる。
与えられたミッションコードは「Eden」。
巨大宇宙ステーションの建設や火星への移住を見据えた実験だ。
極秘裏に行われるその実験目的は、「無重力環境下における生殖活動の可能性と、人体および心理状態の反応データの収集」。
人類にとって責任重大なミッションではあるが、NASAから候補生の打診に対し、二人は示し合わせ、快諾した。
宇宙船のハッチがロックされ、完全な密室が出来上がる。
窓の外には、圧倒的な闇と、青く輝く地球。
重力という束縛から解き放たれた二人の身体は、羽毛のように軽く、空間を漂う。
五歳のあの日と同じように。
上下も左右もない世界で、二人は愛し合う。
五歳のあの日と同じように。
そして、気づく。
これまで地球上のどんなベッドで、どんな相手と試しても得られなかった「あの感覚」が、今、蘇ってきていることに。
二人の言葉で言えば、「こらえられない、なにか」「なんだかわからないもの」。
その正体がなんなのかは、依然としてわからない。
二人はそれをこれからも追い求めていくだろう。
でも、なぜその感覚が蘇ったのか?
二人は営みを通してそれを実感する。
それは、ユイとタクヤの二人ぼっちがもたらした必然だ。
窓の外に広がる、頼るもののない絶対的な、「二人の孤独感」。
行き先がわからない。だからこそワクワクでめまいがするほどの「二人の冒険心」。
そして何より。
目の前にいるのが、タクヤだから、ユイだからという「二人だからこその安心感」。
――あのときと同じだ。
ユイの、タクヤの、脳裏にセピア色の光景が蘇る。
あの日、誰もいないリビングで感じた、世界から見放されたような、けれど世界で一番安全な場所。
そこで二人は、一つになった。
まさに、今。
二人の愛は波紋のように広がり、船内に収まらず、やがて宇宙の真空へと溶け出していく。
それは、数十年越しのランデブー。
二人は抱き合ったまま、ゆっくりと回転し、青い星を見下ろした。
「ねえ、ずっとここにいようか?」
「NASAが許してくれるかな?」
「大丈夫。だってここは、二人ぼっちの秘密の園なのだから」
-了-




