プロローグ
はじめまして。Tyanです。
『妖魔戦譚』を読んでいただきありがとうございます。
この作品は、人間と妖怪が共存する世界を舞台にした、和風ダークファンタジーです。
戦闘だけでなく、
「なぜ争うのか」
「共存とは何か」
というテーマも描いていけたらと思っています。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
空は、冷たい色をしていた。
雲は低く垂れ込み、灰色の大地を押し潰すように覆っている。風は乾き、生命の匂いをほとんど運ばない。整然と並ぶ黒鉄の塔群が、規則正しく空へ突き刺さっていた。
命の活力を感じない、静寂な街。そんな静けさを荒い足音が引き裂いていく。
「......っ!」
少女は無我夢中で走っていた。
黄金色の髪が乱れ、呼吸はすでに限界に近い。靴底が石畳を打つたびに体が軋む。
「姫様!お戻りください!」
後ろからは少女を追いかける複数の足音と、捕えようとする叫び声。暗闇の中、姿ははっきりとは見えないが、すぐそこまで迫ってきていることは明白だった。
しかし、少女は捕まるまいと歯を食いしばり、乱暴に足を前に蹴りだす。
「私は...こんなところで生きたくない...!」
強い拒絶。
その思いが少女の原動力だった。
背後から風を切る音が聞こえる。
瞬間、頬を切る赤い斬撃。わずかに掠った箇所から、つうっと赤い雫が流れ落ちた。
「うっそ...容赦な...」
攻撃をしてくるとまでは予想していなかったのか、少女の口元がわずかにひきつる。
しかし、歩みは止めず、ひたすら走る。
足が重い。呼吸が苦しい。
それでも捕まるわけにはいかないと、ひたすら足を前に出すことだけに集中する。
背後の足音が、さらに近づいた。
「姫様、抵抗は無意味です!どうか――!」
声は焦っている。怒号ではない。懇願に近い響きだった。
少女は振り返らない。
曲がり角に向かって強引に体を押し込む。石壁に肩がぶつかり、鈍い痛みが走ったが、構わず走り抜ける。視界の端で、街灯の灯が明滅した。
――もう少し。
頭の中で、かすかな記憶が道を指し示していた。
この先に、ある。
まだ動くはずだと、信じるしかない。
「姫様、お願いです!我らは貴女を害するつもりなど――!」
「...そんなの、信じられるわけないじゃん」
ぼそっと呟く。
声は震えていた。
恐怖か、失望か、自分でも分からない。
石畳の広場へ飛び出した瞬間、視界が開けた。
崩れかけた建造物が中央に佇んでいる。かつては礼拝堂だったのだろう。尖塔は折れ、壁面には古い紋章が半ば風化して残っていた。
少女の瞳が揺れる。
「……あった」
安堵と焦燥が混ざった呟き。
その瞬間――。
背後から影が降りた。
黒い影が石畳を砕き、少女の進路を塞ぐ。
長い外套のようなものを纏った異形。
吸血鬼。
この国を統べる魔物と呼ばれる種族の1つ。
人の輪郭を保ちながらも、その目だけが鈍く赤く光っていた。
「姫様」
低く、静かな声。
「これ以上の逃走は危険です。あなた様には成すべきことが――」
「知らない!」
少女は叫び、地面を踏み込む。
逃げ場はない。
それでも礼拝堂へ駆け込んだ。
崩れた扉を押し開けると、冷えた空気が肌にまとわりつく。内部は半壊しており、天井から灰色の光が差し込んでいた。
中央の床面。 円形の刻印。 無数の紋様が絡み合う古い魔法陣。
かすかに、まだ光が残っている。
「……お願い、動いて」
少女は震える手で中心へ踏み込んだ。
足元の紋様が、微かに脈打つ。
「姫様、やめてください!」
切迫した声。
「それは未調整の転移装置です!座標が――!」
言葉は最後まで届かなかった。
少女の足元が赤く不安定に明滅する。
同時に、背後から放たれた斬撃が魔法陣の縁を掠めた。
――瞬間。
光が暴発した。
空間が歪む。
音が消える。
視界が白に塗り潰される。
「……っ!」
身体が引き裂かれるような感覚。
重力が消え、上下の感覚が崩壊する。
「姫様――!」
次の瞬間、すべてが途切れた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
まだ、プロローグなので、次回以降本格的にこの物語が始まっていきます。
今後も様々な勢力や妖怪が登場していく予定ですので、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
感想などもとても励みになります。
改めてありがとうございました。




