第十五話 赤霄原の誓い
戦いが一段落し、赤霄原の荒野には静寂が戻った。微かな夜風が砂塵を揺らす。民衆も遠くで身を潜め、月光が砂丘を白く照らし、二人の影が長く伸びた。
白黎は剣を鞘に収め、深く息をつく。硝子のように冷たい瞳が、わずかに潤んでいる。傍らの燕秋は肩を回し、軽く笑った。
「……お前、もうただの影じゃないな」
燕秋の声は軽いが、含みのある称賛だった。
白黎は砂を見つめ、わずかに口を開く。
「……お前も、ちゃんと助けてくれたな」
二人は短く頷き合い、互いの立ち位置と信頼を確認する。燕秋は影としての補助役、白黎は意思を持った戦士――どちらも欠けては成り立たない。
荒野を歩く足音だけが響く。月光に照らされる砂丘の影が、二人の歩幅に合わせて揺れるかのようだった。
「次はどうする?」燕秋が訊く。
「動くしかない」白黎の答えは短く、決意に満ちていた。
「なら、俺は先に布石を打つ。お前はその後ろで、影として、意思として動け」
燕秋が微笑む。
白黎は軽く頷き、同意する。言葉は少なくとも、理解は成立している。
荒野の向こう、赤霄原の闇にちらちらと灯が見える。戦いで失われたものもある。しかし、二人が影を重ね、意思を通した場所には秩序が残っていた。
「……この道、選んだ以上、戻れないぞ。覚悟はあるか?」
燕秋が小さく囁く。
白黎は微動せず前を見据える。
「……ある」
月光を受けた瞳が冷たく光る。影としての歩みは終わった。意思を持つ戦士として、二人は江湖の夜を進む。互いの背中を感じながら、影と意思は一つになり、荒野を渡る。
砂丘を越えると、遠くで玄影破軍の影が薄く揺れた。完全な対峙はまだ先。しかし、布石は打たれた。江湖全域の力の流れに、影走の意思が刻まれたのだ。
燕秋が影を踏むように小声で言う。
「……さて、白黎。次の夜は、もっと面白くなるぜ」
白黎はわずかに肩を動かし、応える。
「……なら、行く」
夜風が二人を押す。月光に照らされた砂丘を踏み、江湖の闇に影を落としながら、二人の歩みは未来へ続く。
二章 影醒 完




