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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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鱖魚群(さけのうおむらがる)

 チカはサケの遡上を見ていた。激しい水しぶきがときおり上がるので、川からは少し離れた場所でぼんやりとホットミルクを飲む。水辺特有のひんやりとした空気が漂ってくるものの、ホットミルクのお陰でそう寒くはない。


 この川は数日前に“城”の内部に突如として現れたものだ。しかし目を丸くしていたのはチカくらいで、他の六人からするとこれは風物詩であるらしい。つまり、六人にとってはそう珍しいものでもないのだ。


 チカはサケが繁殖のために遡上するという知識はあっても、“城”の中で川が流れてそこをサケが泳いでくる――などということは知らないので、それは結構おどろいた。


 当然の疑問として、この川はどこに繋がっているのかとか、サケはどこからくるのかということは考えた。もちろん川の両端を探しに行ったりもした。


 川は“城”の石壁に繋がっていた。壁にできたブラックホールのような、光を反射しない黒い穴から川が流れていたのだ。


 サケは、どこからきているのかはわからなかった。同じように黒い穴に繋がってる下流から、流れに逆らってサケが泳いできている、ということしかわからなかった。


 謎である。しかし、考えるのは時間の無駄というやつなのだろう。“城”では不可思議なことは枚挙に暇がない。きっと、チカが想像できる範囲であれば、どんなことでも起こるに違いなかった。そしてチカの想像の範疇を超えた出来事も。


 必死に川を上って行くサケたち。どこを目指しているのかはわからないが、目的は繁殖ひとつだろう。しかしこの“城”に流れる川を上った先に、サケたちが想像するような場所はあるのだろうか。チカはそんなことに思いを馳せてしまう。


 ホットミルクが入ったマグカップに口をつけて傾ける。ほのかな甘みが舌に広がり、食道と胃を中心に体がぽかぽかとしてくる。


 そうしているあいだにも、またサケが一匹、川面から飛び上がった。


「……なにやってんだ」

「あ、アマネ」


 声をかけられて、チカは初めてアマネの存在に気づいた。思ったよりも、サケの遡上に気を取られていたらしい。川が流れる音と、サケがときおり川面から飛び上がる音で、アマネの足音はかき消されたかもしれなかった。


「もう時間ヤバイ?」


 冬も一二月の半ばとなれば、日が暮れるのは一段と早い。既に夕食を終えて数時間。ひとによっては既にベッドへ入っている時間だろう。チカはまったく眠れる気配がなかったので、ホットミルクを飲みに台所へと下りたのだ。


「まだ余裕はある」


 アマネがいつもの、決して上機嫌とは受け取れないような目をチカに向けて、答える。


 もちろんチカだって午前(レイ)時より前に、余裕を持って帰るつもりであった。けれどもサケの遡上は意外と見ごたえがあったので、足を止めていたわけである。


 アマネは、なかなか戻ってこないチカを心配して捜しにきてくれたのだろう。チカにもそれくらいはわかった。アマネは恐らくそんなことはおくびにも出さないだろうが。


 まったく、あまり素直になれないところは思春期まっただ中の弟のようだとチカは思った。


 それでも、そういうアマネの何気ない気遣いをチカはうれしく思う。


「眠れないのか」

「あー……うるさかった? ベッドでごそごそしちゃって」

「いや……」


 最近のチカは眠りが浅いのか、夜中に何度も覚醒してしまうことを繰り返していた。加えて、一度起きてしまうとなかなか寝つけないので、何度も寝返りを打つこともしばしば。同じベッドで眠るアマネには悪いことをしたなとチカは思った。


「最近たまーに頭痛もあってさ。なんか、寒くなってきたからなのかな? 寝つきが悪いのも」

「頭痛……。……どんな感じだ?」

「アマネが気にするほどじゃないと思う……すぐに治まるし」


 話題の選択を間違ったかなとチカは思った。


 近頃、頭痛に悩まされているのは本当だったが、アマネを心配させるのは本意ではない。ただでさえ、いつまで経っても記憶が戻る気配がないというのに、さらに続く体調不良で迷惑をかけたくはなかった。


 と、そこまで考えて、チカはなぜ頭痛が続いているのか疑問に思った。


 “城”の内部にいる限り、チカたちは怪我を負っても病気にかかっても、午前(レイ)時をまたげば、それらは魔法のように治ってしまう。けれども、チカは頭痛に悩まされている。


 チカはそんな違和にぼんやりと気づいたが、そんなことをアマネに言っても心配させるだけなので、結局口にはしなかった。


 しかしアマネは険しい顔をしてチカを見ている。


 川面からサケが飛び上がり、着水する盛大な音が廊下に反響した。


「……なにかあったら、おれに言えよ」

「うん。でも、今は大丈夫だから……」

「……じゃあ、もう帰るぞ」

「うん」


 チカはマグカップの中の、残り少ないホットミルクを飲み干した。ズキリ。側頭部の奥が痛む。


 その痛みを無視してチカはアマネを見た。相変わらず、眉間にしわが寄っている。


 もうアマネはチカを連れて帰る気たっぷりだったので、マグカップは部屋の洗面台で洗って、明日の朝返すことに決めた。


 アマネがきびすを返したので、チカはその背を追う。


 チカの背後でサケが飛び上がる音が、また響いた。

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