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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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大雨時行(たいうときどきにふる)

 信者である“黒子”たちが“捨品”をする理由はひとつではない。


 ひとつ、チカたちを“城”で生かしておくための行為。


 ひとつ、チカたちに“捨品”を押しつけるための行為。


 後者の場合、そうする理由は様々であろうが、厄介な品を手元に置いておきたくないという心理があることは、たしかだろう。


 チカたちがそういった“捨品”を黙って受け入れているのは、単に生きて行くためだ。閉鎖空間である“城”で生きて行くための食料を得る代わりに、そういった厄災を引き受ける――。そういった生き方を強いられるのは理不尽そのものであったが、仕方のないことであった。


 信者である“黒子”たちが、本心でチカたちをどう思っているのかはわからない。邪険にされているわけではなかったが、熱狂的に崇拝されているわけでもない。そこはエスパーでもなければ、永遠にわからないことだろう。


 チカはなぜ“黒子”たちが「信者」であるのかは知らない。なにを崇拝しているのかも知らない。なにかしらの教義が存在しているのかどうかさえも。


 ただ今、わかっているのは、「信者」であるということは信仰心というものがあり、その信仰心が裏切られたと感じられれば、人間は容易く変貌するのだということだろうか。


「どういうことなんだ! “捨品”をしたのにお袋の病気は悪くなるばかりだ!」


 チカは「どういうことなのか」と詰められても、どう返せばいいのやら皆目見当がつかなかった。


 チカたちには特殊な力――たとえば、超能力だとか神通力だとか――なんてものは備わっていない。チカたちは、ただの子供である。そんなただの子供になにかを期待されても困る――というのが、チカの本音であった。


 基本的にチカたちと“黒子”たちの会話は最低限だ。そういう決まりがあるわけではないらしいのだが、“黒子”たちは積極的にチカたちと話したがったりはしない。チカはそれをさみしいと思うこともなく、むしろあれこれと余計な詮索をされないのはちょうどいいとすら感じていた。


「なにか言い訳くらい言えないのか!」


 いきなりいい歳の男に怒鳴りつけられて、すくみあがらない子供がいれば教えて欲しい。チカは現実逃避的にそんなことを考える。が、当のチカが別におびえているわけではない子供なのであった。


 チカは単に戸惑って、そして面倒だと感じていた。チカからすれば、“城”に暮らす子供たちに特殊な力が備わっていないことなど自明の理であった。なので、なおさら目の前ですごんで見せる男が滑稽に見えたわけである。「ただの子供ごときにこの大人はなにを過大な期待をしているんだ」ということである。


 けれどもこうして詰め寄ってくるからには、この男にはチカたちがただの子供である、という事実がわからないのだろう。あるいは、わかっていてあえて知らぬ振りをしているか。いずれにせよロクでもないことに巻き込まれているのはたしかだとチカは心の中でうなる。


 チカがどうやっていきり立つ男を静めようかと考えていると、視界の端にマシロの姿が映った。


「今は――」


「出てこないで」とチカは言おうとしたが、最後まで言わせてはもらえなかった。


 視界が大きくブレる。ぐわんと頭蓋骨に振動が走って、くらくらとめまいを覚えた。


 そうしたことをひと通り認識したあとで、左頬に熱と痛みを覚える。なんだか、骨まで痛い。


 ――あ、殴られたのか。


 マシロから男へと視線を戻せば、“黒子”の名の通りに黒い衣服を身にまとった男の顔が、興奮で真っ赤に染まっていた。


 そばで悲鳴が上がった。マシロのものではない。男とは別の、女の“黒子”が驚愕と恐怖に目を見開いて、男とチカを見ていた。


「ああ、なんてことなの!」


 そんな悲鳴を上げている暇があれば、男をどこかに連れて行って欲しい。チカはそう思った。


 けれども女は恐怖に身がすくんでいる様子だった。突然の暴力におどろいたのだろうか。しかし、それにしたって怯え方が尋常じゃない。チカは「十人十色」という言葉を思い出し、納得しつつも、なんだか不思議な気持ちになった。


 周囲を見回しても、“黒子”たちは悲鳴を上げた女と同じように、まるで恐怖が過ぎ去るのを待つかのように体を硬直させていた。視線は集まっているが、どうにも助けは期待できそうにない。チカはため息をつきたくなった。


「なんだその目は!」

「……糸目なのは生まれつきですけれど」

「どうせおれたちなんて――ぐはっ」


 男の首がちょっとねじれて、体はそのまま横に吹き飛んだ。男が先ほどまで立っていた場所には、アマネが立っている。


 アマネが、だれがどう見ても怒っていた。


「アマネ……」


 チカが控え目に名前を呼ぶと、アマネはちらりとチカのほうを見やった。


 けれどもなにも言わずに、吹き飛んだ男のほうへとつかつかと歩み寄って、足で一撃。胃に重い一撃を食らった男はえづいた。


 チカは――なにか前にもこういうことがあったなと記憶を掘り起こす。


 あれはそう、マシロが“黒子”からセクハラを受けていたことが発覚したときのことだ。あのときもコーイチが怒り狂って加害者の顔面に蹴りを入れていた。


 あのときと同じような展開である。既視感を覚えるのもむべなるかな。


 チカは殴られた恨みがあるので、男をボコボコにボコしているアマネを止めるべきかどうか、悩んだ。


 けれども周囲を見て、アマネを止めることを決心する。他の無辜の“黒子”たちが、すっかり怯えた目でアマネを見ていたからだ。恐怖で声も出ない、といった様子を見れば、若干の哀れみも湧いてくる。


 しかしチカが止めたころには男は息も絶え絶えと言った様子だった。鼻血はあちこちに垂れているし、床には吐瀉物がまき散らされていたので、さすがのチカも「うげえ」となった。


「しっかり掃除してから帰れよ。連帯責任だ」


 アマネの横柄な言い草の言葉にも、“黒子”たちは戦々恐々といった様子でうなずいた。


「たまに出るんだよな、こういうやつ」


 手当をしてくれるマシロの横で、コーイチがわけ知り顔でそんなことを言う。


「まあ、本当にたまにしか出ないけど。運が悪かったな」

「最悪だよ」

「しばらくは“捨品”が豪華になるから、それ譲ってやるよ」

「ご機嫌取り? ……こんな子供相手に?」


 チカが当然の疑問を口にすれば、コーイチはちょっと考えるような顔をしたあと、誤魔化すように笑った。


「怖いんだよ」

「怖い?」

「……“城”に閉じ込めてっからな。なにかの拍子に出てこられて、そのときに復讐でもされたらとか、怖いんだろ」

「ふーん……」


 チカは完全に納得したわけではなかったが、コーイチの説明は一応筋が通っていたので矛を収めた。


 なにかを隠されていることは肌で感じていた。しかしそれは、チカからすると今の関係を崩してでも暴きたいものでもなかった。


 ただ、いつかは話して欲しいなと、そんなことを思うにとどめるのであった。

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