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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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鷹乃学習(たかすなわちわざをなす)

 鉤状のクチバシ、鋭い目つき、長い爪、茶色い羽根。一般に大型のものをワシ、小型のものをタカと呼ぶらしい――もちろん例外はあるようだが――ので、マシロが世話をしているそれはタカと呼ぶものなのかもしれない。


 そのタカはある日“城”の中で見つかった。まだ小さいためか、飛ぶことができないらしいタカを保護したのは、お人好しのマシロである。


 同室者のアオは露骨にイヤそうな顔をしたし、コーイチも珍しくそれに同調しているようだった。


 “城”の内部で見つかったのだから、きっとロクでもないものに違いない。ふたりはそう信じて疑っていないようだった。


 一方のマシロはと言うと、ふたりから反発があればやめるようなしおらしさは持ち合わせていないので、せっせとタカの世話を焼く。マシロは人懐こいお人好しの面もあるが、同時に妙に頑固な側面もあったから、その結果はまあ想像の範囲内ではあった。


 しかしさすがにアオとコーイチから遠回しな反発を受けてしまっては自室で飼育するのは難しい。マシロはわざわざ空き部屋を掃除して、そこに止まり木やらなんやらを用意してやってタカの部屋にしてしまった。


 完全に情が移ってしまっているなとチカは他人事のように――実際他人事だが――思った。


 けれどもチカも、タカと接してみると情が移るのもわかる気がした。そのタカは大人しく、イヌネコほど世話を必要とする動物ではなかった。一日のほとんどを同じ止まり木にいてすごす。排泄物の始末もそう苦労しない。


 タカの知能がどれほどなのかチカは知らないが、そのタカは賢かった。今目の前にいる人間の判別がついているらしく、特にマシロには懐いているように見えた。


 チカは他人事として、「タカって賢いんだな~」などとのん気に考えていた。


 だが、そんなタカに興味があるのはマシロとチカくらいで、他の五人は距離を置いている様子だった。単純に興味がないのだろうとチカは考える。マシロ以外の五人は、いい悪いとかではなく、そういうところがあるのは事実だ。


 そうこうしているうちにタカが大きくなった。この辺りでチカは「なんかおかしいな」と思い始めた。


 身体が大きくなるスピードがおかしいのだ。爪もクチバシもタカの身体が大きくなるにつれて鋭くなった。それらがマシロやチカを傷つけることはなかったが、チカは薄っすらと恐怖を感じるようになっていた。


 そしてその恐怖が、決定的になる出来事が起こった。


「あのさ……タカってしゃべらないよね?」


 タカの世話へと向かってしまったマシロを除く五人が揃っている場で、チカはおずおずとそんな問いかけをする。


 五人とも、「なにを言っているんだこいつ」と言わんばかりの目を向けてくる。けれどもすぐに男性陣は合点がいったらしい。ササは、相変わらずぼんやりとした顔で興味なさげに聞いている。一応、聞いてくれているだけマシなのだろう。チカはそう思いつつ、言葉を続ける。


「しゃべらないよね?」

「キュウカンチョウやインコじゃないんだから、人間に似たようにしゃべらない……というか、しゃべれないだろう」

「だよね?」


 ユースケの言葉を聞いたチカは、思わず深いため息を漏らしてしまった。


 そんなチカの様子を見て、コーイチとアオはなにやら顔を見合わせている。それを視界の端で捉えたチカは、当初から懸念を示していたこのふたりには、きちんと説明しておくべきだろうと考える。マシロが絡んでいることだし、と。


「マシロが飼っているタカがさ、しゃべったんだよね」

「なんて?」

「そんなに滑舌がよくなかったんだけど……たぶん『おやつちょーだい』って言った」

「気のせいとかじゃなくて?」

「タカの声ってヒトの発声とはぜんぜん違うと思うんだけど……」


 チカにはたしかにそう聞こえたのだ。ヒトの声にしては舌足らずすぎではあったが、そのつたなさが逆に怖かった。タカが人語を解すはずがない。その常識を一瞬でひっくり返されたのでは、不気味な感情を抱かざるを得ないだろう。


 たしかにこれまで人語を解する謎の存在はこの“城”で見てきた。が、それらは最初からそういうものとしてチカの前に現れていた。だが、今回は違う。そこにチカは得体の知れない悪意のようなものを感じ取っていた。


「あー、やっぱ厄ネタじゃん」


 アオが「それみたことか」とばかりに言う。タカを保護することを一番イヤがっていたのが彼だ。それがこの結果では、チカはアオに対して申し訳ない気持ちになる。


「単に人語を解しかけているだけという可能性もあるが……」

「可能性の話したらキリなくない?」

「そう食い気味に言うなよ。俺としてはタカを排除するのは賛成だ」


 冷静な意見を口にするユースケであったが、彼も気持ちはアオと同じらしい。


 チカはと言うと、若干のためらいがあった。これまでマシロと一緒に世話をしてきたということもある。また、そんな風に世話を焼いてきたひとつの生命の行き先を、簡単に左右できてしまう怖さもあった。


 だが、胸中には不安が渦巻いている。なぜこれほどまでに胸をかき乱されるのか、チカ本人にすらわからないほどの動揺。


 もしかしたら、それが答えなのかもしれない。


「コーイチは?」

「……マシロに万が一のことがあったら困るからな。おれも排除には賛成だ。かわいそうだと思わなくもないが、仕方ない」

「アマネは?」

「……今の段階じゃ正直判断できねえが、こいつがこんなにも怯えてるんだったら、あの鳥はロクでもないもんなんだろうよ」

「ふーん……アマネも賛成ってこと」


 アマネの言う「こいつ」とはチカのことである。そのことに気づいたチカは、思わずアマネの顔を見た。いつもの仏頂面の眉間には、しわが寄っている。


 そこでチカは、だれもが己の言い分に疑いを持っていないことに気づいた。そのことにちょっとだけ胸がじんわりと温かくなる。


 もっとも、アオなどはチカの言い分に嘘があったとしても、タカを排除するために利用しかねない雰囲気はあったが。それはそれ、これはこれというやつである。


「チカは?」


 アオの問いに、チカは戸惑いをそのまま口にする。


「害があるのかわからないから、正直に言ってどうすればいいかわからない……でも、なんだか怖いんだよね。なんでこんなにも怖いのかよくわからないんだけど……」

「別にいいじゃん。タカ一羽くらい。マシロたちの安全には代えられないし。なんだったら俺がやるし」


 アオは、タカの命の行く末を決めることに対して、特に良心の呵責などは感じていないらしい。というか、そんなものを気にかけているのはどうもこの場ではチカくらいらしいのであった。そのことには若干複雑な感情を抱いてしまうが、なんにせよその場ではタカを排除する方向へと決まった。


「あれ? みんな?」


 六人でタカの部屋へと踏み込めば、止まり木にいるタカがすぐ目に入る。そしてタカの前にはマシロがいて、生肉の入ったバケツを手にしていた。


 はじめにマシロの異変に気付いたのは、やはりアオとコーイチだった。


「マシロお前、目……」

「充血してんぞ」


 アオとコーイチの指摘を聞き、チカもマシロの目を見た。血管が透き通って見えるアルビノの赤い瞳はいつも通りだが、白目の部分が妙に赤くなっている。そしてランタンの光に照らされたまろい頬も、よくよく見るとかすかに紅潮していた。


「マシロ」


 一瞬落ちた沈黙を破るように、舌足らずな声が響く。


 タカがしゃべった。


 その事実をチカを除く五人も認識する。


 マシロは――うれしそうな顔をしてタカを見た。その横顔はどこか恍惚としていて、いつも無邪気な彼女にはあまり似つかわしくない、どこか性の雰囲気を纏っている。その異変を察したコーイチが、いち早くマシロの肩をつかんだ。


「――マシロ!」

「っ! コーイチ! 前!」

「は?! 前?! ――いってえ!」


 タカが羽ばたいた。その翼の全長は軽く一メートルは超えているように見えた。


 するどい鉤爪が、コーイチの顔に向かう。だがアオの声に反応して、反射的に腕で顔をガードしたお陰で、顔面への直撃は避けられた。それでもするどい爪の先が、コーイチの腕に食い込む。白い服の袖を切り裂き、皮膚に突き刺さる。その証拠とでも言うように、コーイチの着ている白い服の袖がじわじわと赤く染まる。


「くそっ、離れねえ!」


 コーイチが腕を振るうが、タカは彼から爪を離さない。このままでは肉ごと持って行かれそうだ。


「おい! 腕を振るな! そのまま押さえろ!」


 アマネがコーイチにそう言いはしたものの、タカがバタバタと翼を激しく羽ばたかせて、それどころではない。


 チカはその場の空気に呑まれて、すっかり顔を青くしていた。


 ふとマシロを見ると、マシロは充血した目でぼんやりと虚空を見つめている。そしてケタケタと不気味な笑い声を上げていた。間違っても、マシロはそんな笑い方をしない。そのことに気づいたチカは、ゾッと肝を冷やす。


「押さえろつったって、こいつが暴れて!」

「俺も押さえる! コーイチは動くな!」


 アオが加勢に入る。果敢にもタカの翼を羽交い絞めにでもするように押さえ込んだ。それでもタカの爪はコーイチから離れない。


 アマネがチカたちの前に飛び出し、もみくちゃになっているコーイチとアオとタカの攻防へと加わる。そのうしろではマシロが変わらずケタケタと奇妙な笑い声をあげていた。


 場は、アマネが入ったことですぐに決した。アマネが手にしていたナイフがタカの首を搔き切ったのだ。


 アマネはほとばしる血しぶきを浴びながら、タカの首の骨を折った。にぶい音が響き渡り、間違いなくタカは絶命した。


 アマネの体にさえぎられてそれらをチカは直接見なかったものの、腰が抜けそうになる。そんなチカの体にササが寄り添う。ササは、チカとは対照的にひどく冷静だった。


 だれからともなく、深いため息がこぼれる。


「……あれ?」


 そう言ってきょろきょろと周囲を見回すのは、マシロだ。どうやら、正気に返ったらしい。


 マシロは半分くらいことの元凶と言えども、タカを可愛がっていたことを知っている面々は、このあとどう説明するべきかに頭を悩ませ始めた。




 平身低頭。その言葉がぴったりな通り、マシロはひどく恐縮して謝罪する。特にコーイチが結構な怪我を負ったことには半泣きであった。とは言え、不可思議な“城”の内部で起きたこと。コーイチの怪我も、明日にはきれいさっぱり治るだろう。


 タカの騒動を経て、七人の内で「ペットは絶対に飼わない」という取り決めができたことは、言うまでもない。


「タカって怖いな」

「いや、あれはタカじゃあないだろ……」


 ササの言葉に、ユースケが顔を引きつらせて突っ込む。


 いずれにせよタカ騒動で七人ともずいぶんと懲りたので、今後ペットを飼う可能性はゼロになったのであった。

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