黒い王の下へ。
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翌々日の昼下がり。
大食堂に置かれたテーブルには、ラジードが調理して間もない食事が所狭しと並んでいた。すべてを一人で作り上げたというのだから驚きである。
「――――ラジードと言ったな」
「は、はっ! 何か問題でも…………?」
最奥に座るシルヴァードの声を聞き、控えていたラジードが若干怯えた声で言う。ここに来て思い出してしまったのだ。シュゼイド近海で顔を合わせた際、アインに暴力を振るおうとしてしまったことを。
罰せられて当然なことだし、と覚悟をしたのだが。
「美味い」
「――――へ、へい?」
「どうやら妻もそう感じているようだ。そうだろう?」
「ええ。シュゼイドはマグナに劣らぬ海の町。漁師たちの腕もイシュタリカで頂点を争う質の良さと聞いております。それらの資源をこうまで生かすとは、驚きました」
「うむ。ワインを空けられぬのが惜しいぐらいだ。昼間でなければよかったのだがな」
「でしたらッ! よければ夜も作りに参ります…………が…………」
店は休みだ。定休日というわけではなくて、城に来るから念のために丸一日休みにしているということである。
「そう慌てなくともよいのだ。しかし、そう言ってくれるのなら喜ばしい」
「そうですわね。ご迷惑でなければ、是非」
断るなんてとんでもない。
つい数か月前までは王家に怒りを覚えていたというのに、今では光栄とすら思えてしまう。素直に称賛されたことに喜びを覚え、心が歓喜に震えていた。
罰せられるかもという憂いは消えて、同じくテーブルについているアインに目を向ける。
「おかわりしてもいいですか?」
いつも通り過ぎるアインに。
「勿論。いくらでも」
白い歯を見せて言い、すぐにその支度に移った。
アインは特にサンドイッチのような、揚げた魚をパンで挟んだ食べ物を好んでいた。すぐにおかわりを受け取ると頬張って、幸せそうに頬を緩ませる。
和やかな時間がこの後も過ぎ去っていく。
そう、皆が思っていたところへ。
扉がノックされ、一人の騎士が顔を覗かせた。
「俺が」
アインがその騎士の下へ行く。
騎士の顔は硬いそれで、足を運んだアインにとある予想をさせた。
実のところ、先ほどの和やかな空間の中で、アインは他の誰とも違い考えていたことがある。
――――それは。
「どこに現れたんだ」
この言葉を聞いて騎士が驚いた。
「何故分かったのですか」
「俺もウォーレンさんも予想してたよ。お爺様たちも分かってたと思うけど、多分、俺が一番警戒してたと思う」
「感服いたしました。さすがは英雄と謳われるお方だ」
「こそばゆいからいいよ。それで、場所は?」
「王都から北西に向かった町でございます。過去にはセージ家の領地であった、といえばお分かりいただけますでしょうか」
「ああ…………少しだけ遠い感じか」
すると、アインは歩きはじめた。道中、マルコとディルの二人と合流して、いくつかの装備を預かりながら騎士の説明を聞く。
「魔物の数は」
「先日の半数ほどであると報告が届いております」
「町の規模に合わせて数が少なくなってるのか」
「そのようです。アイン様をはじめとした方々に足を運んでいただくほどではございません」
だが。
「行くよ。ガルムたちが現れたら面倒だ」
魔導兵器があっても対処が容易になるとは言えない。
なぜなら、ガルムは機敏だから。
万が一にも後手に回ることは避けたかった。
「マルコは城に居てほしい。クローネには俺が出発することの連絡と、クリスにはマルコと協力して警備をするように頼んでくれ」
「はっ」
「ディルは俺と一緒に飛空船に来てもらうよ」
「承知致しました」
「――――他に誰かいないか!」
声を上げると、すぐに駆け寄ってきたのはマーサだ。
「ウォーレンさんに俺が出発する旨を伝えてきてください。後の詳細はマルコに」
「よろしいのですか? 陛下のご許可がなければ叱責されるかと」
「お爺様なら分かってくれるよ。最近、ちょっとずつこういう時の話もしてるからね」
思えば随分自由に動けるようになったものだ。これが信頼によるものなことは分かっているが、状況を鑑みれば素直に喜んでいいものか。
民のために力を振るえると思えば、決して悪いものではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
――――慌ただしく動いたアインが帰ったのは夕方を過ぎた頃。
近隣の騎士や冒険者にけが人は出ていたが、幸いにも今回も死者はゼロ。安堵したアインは民を励まし、彼自身も何頭かの魔物を討伐してから騎士に声を掛け、王都にとんぼ返りした。
王都の民にとっても、何度目か分からないアインの出陣。
既に王太子の頼もしさは分かり切っていたが、今も尚、こうして自らの足で民を救いに行く姿が絵にならないはずがない。
停泊した飛空船から下りたアインを見て、皆が沸くのも無理はなかった。
…………即位が楽しみだ!
…………お帰りなさいませっ!
歓声の中にも、即位という単語が多く聞こえてくるようになった。
「一段と、凛々しいお姿になられましたね」
「いきなり言われると照れるんだけど」
「これは失礼。こうして大通りを歩いていると、つい。夕暮れの中を共に歩かせていただく度に、学園の帰りを思い出して止みません」
「最初は名前で呼んでくれなかったよね」
「当然です。次期陛下であらせられる王太子殿下のことを、一介の護衛が名前で呼ぶのはおこがましいので」
「その本人が希望してたんだけどね…………」
笑いあい、歩く先。
近づいてきた王城を前に、アインは城を見上げて思い返す。
はじめてこの城にやってきたときと違い、景色が違う。目線が違うだけとも言えない。意識の違いだろうか?
「即位、か」
自分はそのために育ってきたし、そうあろうと考えていた。
幼い頃は初代国王に憧れを抱くに留まらず、英雄王になりたいと考えて努力を重ね、今に至る。
その英雄王が前世だと知ったときは驚いたが、これまでの経験の中で、いくつかしっくりくることがあったことも事実。
まるで魂そのものがイシュタリカのため。寄り添うために生まれたよう。
このことを、アインは何よりも嬉しく思っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「では、ちょっとだけ行って参りますねっ!」
「気を付けてね。後でホワイトローズまで迎えに行くから、その時に色々聞かせてよ」
「ほんとですか!? ――――こほん。ふふっ、迎えに来てもらうのってあんまり経験がないんで、楽しみです」
クリスを見送ったのは朝のことだ。
彼女は予定通り、マジョリカの仕事の手伝いとして臨海都市シュトロムへ向かうことになる。手伝いと言っても献上品の輸送だから、全部が全部、民間の仕事というものでもないが。
金糸の髪を揺らして去っていくクリスを見送ったアイン。彼女の姿が見えなくなったところで城の中へ戻ると、傍にマルコがやってくる。
絨毯の上で立ち止ったアインに顔を近づけて。
「私はこれより、クリス様の護衛に参ろうと考えております」
昨今の情勢を鑑みて口にした。
「マンイーターを隠れて何匹か向かわせるつもりだけど、足りないかな」
「万が一ガルムが現れたところで、マンイーターならば問題はありません。アイン様の魔力を吸えば吸うほど強くなりますので。しかしながら、私の方が器用に立ち回れましょう」
「――――この前から、色々細かい仕事を任せちゃってるね」
「とんでもない。私はアイン様に仕えておりますので、お近くの方々を守る必要がある。それがクリス様でしたら、特に」
「ごめん。本当に心強いよ」
「私はそのお言葉があるだけでよいのです。では、私はすぐに」
品のいい笑みを浮かべたマルコは流麗な振る舞いで頭を下げ、アインの横を歩いて城の外へ。彼のことだ。クリスに見つからぬよう密かに護衛をするはず。
「アイン」
と、そこへオリビアがやってきた。
「これからお父様とお茶をいただくんですが、よかったら一緒にどうですか? 勿論、クローネさんもいらっしゃいますよ」
「お誘いありがとうございます。昼過ぎまで時間があるので、よければ是非」
「ええ。ではこちらへどうぞ」
オリビアの案内に従い、城内の階段をいくつか進む。
向かった先は中層に位置するサロンの一角で、場所としては、城の正門や庭園を見下ろせる広々とした一室だ。
中に入ると、既にクローネとシルヴァードの二人がソファに座っていた。
この部屋のソファは一人用の者しか並んでおらず、上座や下座という概念がないように置かれている。
この部屋を使っていいのは王族のみ。
イシュタリカ王家が家族団らんの時間を過ごすための場所であった。
「最近は物騒でならん。アインもそうは思わぬか?」
「いっそのこと、俺が一軍を率いてイシュタリカ中の悪を討伐した方がいい気もしてました」
「はっはっはっはっ! 目的は違うが、まるで初代陛下のような振る舞いであるな!」
それを聞いて苦笑するアインと、オリビア。
クローネは上品に微笑み、足を運んだ二人を近くに招いた。
「割と冗談ではなかったんですけどね」
「知っておるとも。まぁ、そう悪い案ではない」
「え」
「え、とはなんだ」
驚いたアインは答える前にソファに座った。
彼の席はクローネの隣で、クローネと反対の席にオリビアが腰を下ろした。面前に座るシルヴァードは肘置きから手を放して、驚いたアインに顔を寄せる。
「何を驚いておる」
「馬鹿を言うなって一蹴されるものだと思ってましたよ」
「数年前までならな。しかし余とて、常に頭が固いわけではない。アインがどれほど強いか、そしてその強さがイシュタリカのためになっているかも分かっておるのだ」
「俺も大人になったってことですかね?」
「であろうな。代わりに余は老いたのだろう」
「陛下。何を仰るのですか。我々イシュタリカの民は、陛下の御威光あってこそ、今のように暮らせているのですよ」
「ふふっ、次期王妃にそう言われるのは悪くないな」
話が落ち着いたところでベリアが足を運び、皆に茶を淹れたり菓子を用意していく。
相も変わらず、見事なものだ。
あのマーサがいつになっても追いつけないと口にしている言葉の意味が、給仕の仕事をしたことのないアインにも良く分かる。
「ベリアよ」
「はいはい、どうなさいましたか?」
「余は老いたが、今のアインに王位を任せるのに憂いはない。お主もそうは思わぬか?」
「私はシルヴァード陛下の治世がつづくことも喜ばしく思っておりますが。…………アイン様でしたら、また新たに、輝かしい時代を築いてくださるに違いありません」
「うむ。そうであろう」
「これは私個人の考えですが、アイン様はマルク様――――初代陛下を越えたといってもよろしいお方です。きっと、民の中にも同じことを思っている者がいることでしょう」
普通であれば不敬の言葉にも、現国王は「確かに」と頷いてしまう。
その横で、ベリアはアインを見て微笑んだ。
微笑まれたアインは素直に喜ぶ。アインと言う個人を認め、存在を肯定してくれた言葉に強い感動を覚えたほどだ。
「アインはどうだ。初代陛下を超えられたと思っておるか?」
すると、アインは即答を避けた。
自分で自分を超えるという言葉には思うところがある。かといって、素直に認めることも出来ないのはどうしてだろう。
(俺はまだ、成し遂げていない)
うぬぼれてはならない、と自戒する。
初代国王マルクが前世でも、彼は魔王討伐に加え、大陸イシュタルを統一するという偉業をなしとげた英雄だ。
さて、アインがしたことも英雄的なものであったが、比較すると片手落ち、とまではいかなくとも、個人的には劣ると考えてしまうのがアインだ。
「きっと、それを判断するのは俺じゃないんです」
「――――ほう?」
「決めるのはイシュタリカの民たちです。俺が生涯にわたってイシュタリカに尽くし、民がどう考えてくれるかなんだと思います」
シルヴァードは優し気な面持ちで聞いていた。
両隣のクローネとオリビアも、じっと耳を傾けアインを見る。
控えたベリアは目を伏せ、多くの想いで心を満たしていた。
「ははっ…………自分で自分を英雄王なんて言えませんよ。今までも自分のために皆を守ることで精一杯でしたから、大層なことをしたいって思ったことはないんです」
だからきっと、これからも。
「俺はお爺様のような王にはなれないと思います。まだまだ皆を心配させて、それでも助けに行くような、同じアインのままかもしれませんね」
「…………やれやれ。どうだ、クローネ。お主の夫となる男の言葉を聞いて何を思った?」
「頼もしさと、喜びを。このようなお人の傍に居られることが幸せでたまりません」
「まったく、思えばお主もそうであったな。皆の制止を振り切り、私の恋は命懸けと宣言して海を渡るような女性であったわ」
ここで皆の口から笑い声が。
王が王なら、隣に立つ女性もまた傑物であると。
「私はアインを支えます。すべてを賭して…………それこそ命を懸けてアインを支え、いかなるときも傍に居ます」
「まるでラビオラ妃のようなことを言うではないか」
「そう、なのですか?」
「そうとも。ラビオラ妃は初代陛下が亡き後、しばしの間、お一人でイシュタリカを導かれたお方であるからな」
「…………だとしても、アインがアインであるように、私も私ですよ」
「どうやらそのようだ。おかげで、余は少しの憂いもない」
訪れた静寂は皆の心に有意義な静けさを送り届け。
窓の外から届く小鳥のさえずりには、未来の輝きに希望を抱かせられた。
今日ぐらいは静かに過ごせそう。四人がベリアの淹れた茶を楽しみはじめてから、十数分後のことであった。
扉がノックされ、シルヴァードの返事を聞いてウォーレンがやってきたのだ。
「陛下」
「まさか現れたというわけではなかろうな」
「そのまさかでございます。場所は北東と北北東――――」
「同時に二カ所だと…………?」
「いえ、四カ所です。先日現れた旧セージ子爵領に加え、バルトへの道中にある農村にも魔物たちが近づいている模様でございます」
落ち着いて報告しているが、内容はあまりにも剣呑。
すると、皆の先んじてアインが立ち上がる。
「俺が行きます。一番早い飛空船を俺に。他の飛空船はバラけさせて、俺が来るまでに事態の収拾に図ってもらいます」
立ち上がったアインは有無を言わさぬ覇気を。
表現できないが、彼の背を見ていると言葉を挟むことが憚られた。
けど中でも、ウォーレンだけが息を呑みながらも。
「陛下。よろしいですな?」
「あ、ああ。我らもすぐに会議室へ向かう」
「クローネ、急でごめんね」
「ううん。大丈夫。私もお城で出来る仕事をしているから、何かあったらすぐに連絡するわ」
「いつも助かるよ。――――お母様、お誘いいただいたのにすみません」
「謝らないでください。でも、どうか気を付けて。アインが怪我をしちゃったら、私はどこへでも駆け付けますからね」
言葉を交わしたのちに、アインはウォーレンを連れてサロンを後に。
残された三人と、ベリア。
言葉を挟むことなく見送ったシルヴァードは、緊迫した状況でありながら、自らを落ち着けるために茶を一口。
残されていた冷たい茶で喉を潤し、静かに立ち上がる。
「あの小さかった子が、なんと見違えることだろうか」
◇ ◇ ◇ ◇
飛空船という発明は作戦を変えるほどの存在だった。
過去、イシュタリカにはワイバーン便などの空を進む術は確立されていたが、それらは決して万人向けではなく、特別な技術と買いなさられたワイバーンが必要だった。
一方で、飛空船は運転技術こそいれど、生き物に頼らず多くの物資を運ぶことが可能である。法や安全の面から数は少ないが、いずれ新たな時代の移動手段にもなるだろう。
――――戦力としても、格別だ。
一方的な空からの攻撃にはじまり、空を飛ぶ魔物が来たところで迎撃が可能。すぐに降下、あるいは着陸してから降りた騎士たちによる戦いは、長きに渡り訓練された、芸術的ですらある連携により戦況も一変。
「王太子殿下の前で一匹でも逃す真似は許さんぞッ!」
「追えッ! 二度と民を襲えぬようにッ!」
雄々しく戦う騎士たちの近くで、アインもまた剣を持つ。
討伐の様子は――――順調だ。
瞬く間に討伐されていき、魔導兵器も相まって徐々に落ち着きだす。
要した時間は僅か数分。
すぐさま町を守るための防衛線を築き上げ、息を吐いたアイン。
「誰か。この町の代表を」
「アイン様! こちらに案内しておりますッ!」
こう言ったディルの後ろに、齢六十を過ぎたぐらいの初老の男が立っていた。この辺りは農地も近いとあって、動きやすい服装をした男である。
「お、おおおお王太子殿下! この度はなんとお礼を申し上げてよいか…………ッ」
「気にしないでくれ。それよりも、町の人たちの様子は?」
「――――残念ながら、農地に残っていた者たちが何人か」
遂に犠牲者が現れてしまったと知ったアインが握り拳に力を込め、喰い込んだ爪の先から真っ赤な血を滴らせた。
もう少し早く来れたら話は違ったかもしれない、と心を傷めた。
だが、ここで止まっている時間はない。
「ここはもう大丈夫。騎士たちが魔物を討伐するまで残るから、安心してほしい」
「ほ、ほんとうですか!?」
「ああ。ただ俺は今から別の場所に行かなきゃいけない。騎士たちにはよく言っておくから、何かあったら声を掛けてくれ」
「アイン様。そろそろ」
「分かってる。――――じゃあ、後のことは騎士と話してくれたら大丈夫だから。どうか心配はしないで頼ってくれ」
他の場所にも騎士は向かっているが、急がなければ。
いくら冒険者などを含めた戦力に頼れているとはいえ、ゆっくりしている暇はない。
次に向かったのは更に王都を離れたところにある農村だ。
ここまで来ると、常駐する騎士もあまりおらず、他の地域から呼ぶにも距離があって戦力が少ない。
それでも、村はさっきの町に比べて落ち着いていた。
ありがたくも一流冒険者のパーティがいたとかではないのだが、いったいなぜ。
「アイン君ッ!」
と、降り立ったアインに声を掛けた白衣姿の狼男。
「ロラン!? どうしてここに!?」
「この村のすぐ近くに研究所があるんだッ! 研究所と言ってもバハムートの組み立てとか、機関部の設計に使ってだけで――――ああもう! そんなことはどうでもいいよね! 幸い、研究所には戦力になる魔導兵器があったから、勝手に使わせてもらちゃったよ!」
「助かった…………ッ! おかげでこの村も無事だったのか!」
よくよく見れば、村の至る所で白衣姿の者たちが散見される。
手持ちの魔道具や、農地に置かれた魔導兵器。
それらは本来、バハムートに使われる予定だったのだろう。一目見て、アインもディルもそれらが最新鋭の装備であることを理解した。
「近くでも襲撃があったんだってね。研究所にあった飛空船で応援に行ってもらってるよ」
「…………ありがとう。本当に助かった」
「いいっていいって。こういうときじゃないと、僕たちは役に立てないからね」
あまりにも謙遜した言葉であるが、アインはロランの手を握り感謝した。
気恥ずかしそうにしたロランはディルに助けを求めたが、こちらも同じく感謝していて、止めてくれる様子はない。
いかにして頭を上げてもらおうか考えていると。
遠くの方で、眩い光が天を穿った。
「今のは」
目を凝らしたアインの横で、ロランが懐から取り出した望遠鏡で様子を見た。
「王都――――ううん、シュトロムの方角だ」
アインの胸が不快に高鳴る。
と同時に、強烈な地響き。
ふらついたロランを支えていると、光が生じた場所にナニカが現れる。
(似ている)
驚くほど落ち着いて考えたのは、セレスティーナと戦ったときのことだ。あの時、神隠しのダンジョンが変貌した事件を思い返した。
現れたナニカというのが、まさにクリスタルの柱だったから。
「ディル。ごめん」
そしてシュトロムには今、クリスがいる。
アインの頭の中でそのことだけが気に掛かっていた。マルコが居れば、マンイーターだってクリスの傍にいるというのに、それでも足りないと思ってしまう。
足りない…………というよりも、他の誰でもない自分が守りたいのだと。
「シュトロムへ参りたいのですね」
「ああ。だから、近くの町の様子を――――」
「大丈夫だよ。他の襲撃を受けた地域にも研究所から十分な装備が到着してる。…………それこそ、従来の魔石砲の数倍以上の威力を持った兵器がね」
でもね、とロランが言葉をつづけた。
「アイン君たちは王都を発って、近くの町を経由してここまで来たんだよね?」
「そ、そうだけど」
「それだと、シュトロムまで燃料が持たないと思う。急がなければなんとなかなるけど、あの船の炉だと力不足だよ」
「だったらすぐに補充をしないと――――ッ!」
「研究所まで近いから何とかなるけど、それでも一時間以上はかかると思う。輸送と補充で、どうしてもこのぐらいは見てほしいんだ」
ロランがいつになく真面目な様子で、真摯な面持ちで語る。
聞かされたアインは「それなら走っていく。そのほうが早い」と口にしたのだが、ロランが頭を左右に振る。
「本当はお勧めできないけど、別の船があるよ」
「ッ――――本当に助かる! それで、別の船はどこに?」
詰め寄られたアインに対し、指を差したのは近くの山奥。
「未完成どころか最低限だけど、それでもリヴァイアサンを凌駕する段階まで進んでるから、危険はないって僕が保証する」
「まさかロラン、それって――――ッ」
「うん。アイン君の魔力さえあれば問題ないんだ。だから」
どれほどのポテンシャルを秘めた船なのか。
天才・ロランが生み出した一隻は、自分の想像をどこまで超えるのだろうか、と。
すぐ傍で聞いていたディルは生唾を飲み込み、山の方角を見た。
「まだ赤ん坊の黒龍艦バハムートを、アイン君の手で起こしてあげてほしい」
今日もアクセスありがとうございました。




