海の男と、賑やかな一日と、眠い二人。
先週はお休みをいただいておりました。
そうした情報はツイッターで発信しておりますので、もしよければチェックしていただけますと幸いです。
おかげ様で9巻の初稿が出来上がっております。
200ページぐらいは新規書下ろしとなっておりますので、併せてお楽しみいただけますと幸いです!
時折、誰かの口に出ていたラジードの王都支店。
開店にこぎ着けたきっかけはやはり、アインとの出会いか。出会いから半年も経っていないとあって彼の行動力には驚かされる。
「母ちゃんはまだシュゼイドだぜ」
「漁師たちのためですか?」
「おうとも! 母ちゃんはあれでも、ミウが生まれるまで何隻か率いる漁団の団長を務めてたしな。俺がいなくても心配いらねえってわけよ」
あの豪快さの理由が分かった気がした。
道理で漁師からの信頼も厚かったようだ。
「そういえば、開店までだいぶ早かったですね」
「未来の妃殿下に口添えをいただいてたからなッ! 天下のオーガスト商会が手取り足取り最期まで世話してくれたんだぜ。あの町に居ても使う金はなかったしな。復興にも金を出してるが、いい機会だったから奮発しちまった」
「私、クローネさんから聞いています。全部一括。オーガスト商会の人が足を運んだその日に支払いを終えたって」
「いつだって豪快に生きなきゃな」
「…………ムートンさんのときみたいだ」
挨拶と多少の言葉を交わしたところで。
店主のラジードはエプロンをつけ、また白い歯を見せて親指を立てる。陽気な足取りで店の奥の方へ。
店内の造りはシュゼイドのそれと瓜二つだった。
というか、店構えだってそうだった。
ミウがせっせと働き世話をしてくれることもそうだったし、違う事と言えば、ラジードの妻がいないことぐらいだ。
――――十分としないうちに料理が運ばれた。
相も変わらず食指をそそられる香りに喉が鳴ってしまう。
アインが口に運んだ後でクリスが。
彼女もまた、隣に座ったアインと同じく幸せそうに目を細めていた。
少しして、先に食事を終えたのはアインである。
「さすがに一年中は居られねえけどな。いられるうちはいつでも来てくれよ。忙しかったら、騎士か誰かが来てくれたら預けるぜ」
「――――まじですか」
「連絡もいらねえから、ふらっと来てくれや」
これは良いことを聞いたとアインがほくそ笑む。
なんだったら毎日通っても――――というのは難しいが、仕事で来れない日は誰かに頼んでいいかもしれない。
喜ぶアインを見て、ミウも背中で手を組んでトン、トンと軽やかに店内を歩いていた。
すると、そこへ。
店の外からノックの音が。
窓から見たら別行動をしていたディルの姿だ。
「俺が行ってくるよ」
「わ、私が行きますよっ!?」
「いいって。中に来ないってことは緊急ってほどじゃないだろうし。クリスはまだ途中なんだからゆっくりしててよ」
しかし彼女の立場から頷けるわけもなく。
立ち上がり自分が行こうとしたが、アインの目とミウの目が交錯した。
「ミウちゃん。久しぶりにクリスと話したいことはない?」
「ッ――――あります!」
「良かった。じゃあそういうことで」
「…………小さい子に言わせるのってズルくないですか」
「俺としてはミウちゃんの気持ちを優先したいけどね」
「ははっ! 俺からも頼むぜ、姉ちゃん!」
ラジードの後押しは二つの意味で。
無論、娘が望んでいることなら叶えたい。
勿論、アインの希望だって。
恩人で過去の振る舞いへの贖罪もあり、ラジードはどちらかというとアインの味方だった。
「というわけで、行ってくる」
あまりディルを待たせてもどうかと思い、最後は半ば強引に。
背中にため息を吐くクリスの「ほんと前より強引なんですから」という声を受け、笑って「俺も大人になったんだよ」と返して歩き出した。
扉を開けて外に出るとディルがすぐに膝を折った。すぐにアインから大丈夫と言われて立ち上がると、もう一歩近づいて口を開く。
「どうかした?」
「ここでは。あちらに資材置き場がありますので、移動していただければと」
珍しい要求に対してアインは疑問符は抱かず、逆になるほど、と頷いた。
足を運んだ先の資材置き場では、予想していた書類を手渡される。
「うげぇ…………」
書いてあるのは予定表である。
中には近衛騎士をはじめ、ロイドやクリスを含む多くの者たちの予定――――いわゆる、勤務表的な内容が書き綴られている。当然、ディルの予定も。
これはこれで実のところ機密的な側面があるため、扱いは慎重に。
呻いたアインを見て、ディルは笑っていた。
置かれていた古びた木箱の上に座ったアインは胡坐をかいて頬杖を突く。彼は何度かため息を吐いてからディルを見た。
「思ってたよりも予定が詰まってるな」
「はっ。近くに迫るアイン様の即位もあり、クリス様もまたお忙しいようです」
「……………その前にちゃんと話をしたかったんだけどなぁ」
「失礼ながら、どれほど予定が詰まっておいででしたか?」
「二日連続の休みが半年過ぎないとないぐらい」
「なるほど。私はアイン様の計画を存じ上げませんが、その後様子ですと、二日連続の休暇が必要なようですね」
「こだわりすぎるのも――――とか、待たせすぎたんだから何とかしろ、って気持ちも分かるんだけどね」
「こればかりはお難しい話かと」
肩をすくめたディルがアインの隣。資材置き場の壁に背を預け、若干消沈した面持ちのアインを優しい笑みを浮かべて見下ろした。
「クリスが護衛任務?」
ふと、見付けた珍しい文言に気が付いた。
「ディル。これって?」
「はい? ああ、これでしたら、献上品がシュトロムを経由して、城に届く件ですね」
「へぇー…………献上品ね」
「春先のことですが、ただでさえ強力なクラーケンにネームドが生じまして、それを冒険者たちが討伐したそうです。魔石を買い取ったギルドが、先日のシュゼイドの一件を受けて王家への礼を兼ねて献上なさるとか。言ってしまえば、アイン様へのお礼ですね」
「食べていいのかな?」
「陛下にご確認くださいませ」
駄目だと言われそうだ。
別に魔石を食べて強くなろう! と今でも思っているわけではないし、そもそも今ではたかがクラーケンの魔石程度では強くなれないはずだ。となれば完全におやつ代わりなわけで、許しが出るとは到底思えない。
(俺へのお礼っていう側面があってもなー)
アインだって本気なわけじゃない。
逆に、シルヴァードはアインが本気で食べたいと言えば許可するだろう。稀有な働きをしたのはアインだからだ。
「とりあえず、話を戻そう」
この件についてはいずれ、機会があったらということで。
「個人的には、いざとなれば王族令を用いることどうかと愚行致しました」
「色恋に使うなって糾弾されるのが落ちだ。いっそのこと、クリスを連れて強引に王都を離れた方がまだいいよ」
「確かに。ですがクリス様のことです。そうなると――――」
「素直に喜んでくれないと思う」
「私もそう思います。畏れながら、これまで愛でてきた時に対する一つの区切りとして、称賛できる選択であるとは言えませんね」
「うがぁー…………! ゆっくりしすぎた自分が悪いけど、なんて歯がゆい…………ッ!」
「…………我々からしてみれば、クリス様もごゆっくりなさっていたと思いますが。それこそ、常人離れして」
「ん、何か言った?」
「いいえ、何も」
「また笑ってるし。笑われても仕方ないけどさ」
「微笑ましい限りでございますし、同じぐらい喜ばしく感じております。さて、あまり悩まれ過ぎてもよろしくないでしょう。悩まれるのは、アイン様がクリス様を想っていらっしゃるからこそですので」
そうはいってもだ。
色々とゆっくりしすぎたことはどうにも歯がゆい。
ここ最近、特に強く意識しだしたのが根付いてからと思うと仕方ない節があるとはいえ、待たせすぎていることへの自覚はどうにも拭いきれず…………。
「それに、筋を通すばかりが良いとも限りませんよ」
「――――どういうこと?」
「私は幾度も情熱的なアイン様を拝見して参りました。遠足からはじまり、海龍。叡智ノ塔においてもそうですし、氷龍が現れた際もです」
「全部戦いじゃない?」
「その際の行動原理でございますよ。民を救うため、あるいは大切な誰かを救うため。それがクリス様のためになる、というだけでございましょう。その情熱に従うのも、悪くないと思います」
ディルが珍しく言い聞かせるような口調で言い、アインが黙りこくる。決して不満であるとか、苛立っているわけじゃなくて、今の言葉をかみしめていた。
すると、今度は勢いよく木箱から立ち上がり。
「肝に銘じておくよ。何にせよ、もう待たせたくないんだ」
「ええ。アイン様がいつも懐に入れていらっしゃる黄金のバラが、クリス様を飾る日を心よりお待ちしております」
「…………え?」
「はて、どうして驚かれているのですか」
「なんで俺がいつも持ってることを知ってるのさ」
「勘です。まさか的中するとは思いませんでした」
「……………本当に勘?」
「何年のお付き合いだと思っていらっしゃるのですか。私にはアイン様でしたらこうする、と容易に予想できますよ」
それがディルなら特に。
共に死線を潜り抜けた回数は数知れず。隠し事をするのは互いに難しいと再度理解したいアインが肩をすくめた。
「一日でも早くヴィゼルを捕まえましょう」
と、ディルが言う。
捕まえる前に行動に移すことが不正解とは言わないが、水を差される。
それはアインもクリスも望んでいないはずだ。
「ああ。遅くとも冬までに捕まえる」
「それはいい。その頃にはアイン様の誕生日もございますし、都合が良いでしょう」
「あのさ、しみじみと言われるとさすがに照れくさくなるんだけど」
「待っていたのは当事者のお二人だけではない、とご理解くださいませ」
歩き出した二人。
その先では、通りの奥で巨大な輸送船が今も尚忙しなく。
「バハムートは近いうちに飛行試験などをするそうですよ」
「物凄く早いね」
「骨組み部分さえくみ上げてしまえばいいらしいです。詳しいことは私にも理解できませんでしたが、あのロラン殿が言うのなら間違いないかと」
「だね。ってか動くことぐらいは簡単にできるんだ」
「動くどころか、骨組み周りと直結する必要がある炉や装備は同時に備え付けるらしく、この段階でリヴァイアサンを超えた戦艦になるそうで…………」
「――――余計に意味が分からない」
「皆、理解することは諦めておりますよ」
つまりは「そういうこと」で終えるべきことで。
(すごいってことは良く分かった)
間違いなく歴史に名を遺すであろうロランの笑みを浮かべ、その笑顔が、タラップから海に落ちることで失われないことを祈るばかりであった。
◇ ◇ ◇ ◇
真夜中のことである。
就寝していたアインの下に襲撃の知らせが届いたのは、深夜の二時を過ぎて、王都に灯された光も僅かになり真っ暗闇に包まれだした時間帯だった。
「すぐにでも出発可能です!」
城門付近に居て、革靴の紐を結んでいたアイン。
彼の下を訪ねたのはクリスだった。
「俺ももうすぐだよ」
「分かりました! …………すみません、ここで状況を確認しても構いませんか?」
「ごめん。遅れてるのは俺だし気にしないで」
クリスは慌ててそうじゃないというが、このやり取りを交わす時間を惜しんですぐに居住まいを正す。
「王都から直線距離で半刻ほどの町が襲撃されています。時間は水列車の全速力で計算しております。ですが、飛空船でその半分の時間で到着できますので、既に大通りの上に待たせている状況です!」
王都が誇る大通りを見上げると、確かに数隻の飛空船が浮遊していた。
あまりの緊急事態であることは誰しも理解できていて、いつもは静かな深夜の城下町がにわかに騒々しくなりだした。
「数は千を超えていますが、幸いにも王都近くとあって装備は潤沢です。町の周囲は壁に覆われているため、魔導兵器を用いて交戦中です」
「――――ヴィゼルの姿は?」
「確認できておりません。でも、間違いなく関係あるはずです」
「俺もそう思うよ――――よし」
支度を終えたアインが石畳から立ち上がる。
城でも多くの騎士たちが大急ぎで戦闘準備をしており、物資を運ぶ者の姿も散見された。アインとクリスの二人の横を何人もの騎士たちが通り過ぎる。
二人はその中に混じるようにして歩き出して、城門を抜けて大通りへ。
しばらく歩いて宙に浮いた飛空船の前にたどり着くと。
「お待ちしておりましたよ」
と、そこに居たウォーレンが言った。
「ディル殿やマルコ殿はもう船の中に。私はアイン様を待っておりました」
「もしかして、お爺様から何か?」
「いえ。陛下はアイン様に出陣の許可をなさった後、クローネ殿たちと協力して情報収集、並びに王都の防衛についてお話を。私が来たのは別件でございます」
眉をひそめ、いつもと違い警戒した様子のウォーレンが。
神妙な面持ちでヒゲをさすりながら。
「此度の戦いにより、奴らの目的が分かるかもしれません」
「ただの殺戮が目的じゃない、ってこと?」
「そうではありません。詳細は後程、アイン様がお戻りになられて…………いえ、私も後で参りますので、現地で話しましょう」
「気になる言い方をしてお預けってのもひどいな」
「ご安心召されませ。違うならそれでよいのです。仮に間違っていなかったとき、少々面倒に思えるだけでございますからな」
しかし、長話をしている余裕がないことも事実である。
アインはウォーレンと目配せを交わしてから、クリスを伴い臨時の足場へ。
二人が乗り込んだ飛空船は瞬く間に王都を離れて行って、襲撃された街の上空へ向かっていったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
魔物たちは全滅した――――と、一言でまとめるのは些か単純。
そうはいっても、戦力が戦力。
飛空船が向かったことに加えてアインが居る。多くの騎士が居る。千を超える魔物であれ、苦戦することすら論外なのだ。
「お待たせいたしました」
遅れてやってきたウォーレンとは、町を取り囲む壁の上で合流した。
町の周囲には一対たりとも逃さず討伐された魔物の骸が転がっており、騎士たちがその処理に追われている。
遠くの空、王都の方角。
地平線の彼方から、眩い朝日が頭を覗かせていた。
「道中、気になることを確かめながら参ったせいか、少々遅れてしまいました」
「さっきの言葉が気になっちゃって、俺も戦いに集中しきれなかったよ」
「それは失礼を。ところで、アイン様が仰ったことは本当ですかな? クリス殿」
「大丈夫です。アイン様なら来て早々、いつも通り剣を振って魔物を殲滅に掛かってましたから」
「…………クリスとは王都に帰るまで話さないことにする」
「はぇっ!? お、怒らないでくださいよっ!」
さすがに冗談だ。すぐに「嘘だよ」と言って彼女を安心させる。
するとクリスはほっと胸を撫で下ろしてから。
「ちょっと外の様子を確認してきます。何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「ありがと。クリスも何かあったらちゃんと俺を呼ぶように」
「ふふっ、はーい。りょうかいですっ!」
と言い残し、町を取り囲む壁から飛びおりてしまう。
襲撃に備えるための壁だから高さは相応なのに、まったく気にする様子を見せず。さも当然と言わんばかりにだ。
「それで、ウォーレンさんが気になってるって言うのは?」
「魔物の進行経路です。飛空船にて辺りを確認したところ、王都から反対側から出現した一軍にもかかわらず、わざわざ迂回してこの町を攻めておりました」
「…………確かに変だけど、それがどうして?」
「というのも、王都側を迂回していたのです」
ウォーレンは珍しく、不敵な笑みを零して朝日を見上げる。
「人寄らずの幽谷の一件から間もない襲撃ですから、何かあると考えておりました」
分かりますか? 彼の顔がその言葉を物語る。
一方でアインは少しの間考え込んだ。
わざわざ王都側を経由して攻める理由と、人寄らずの幽谷の一件から間もない理由。これらから繋がるナニカを探って。
「こんなの、討伐されて当然だ」
多くの戦力が削られることは必至。
時間稼ぎにしては芸がないし、国家に牙を剥くとしても中途半端。どうせ攻めるなら戦力が少ない地方を狙えばいいからだ。
では、犠牲を必要としてでも探りたいナニカがある。アインはこう考えた。
ここでなければいけない。この町を標的に選んだナニカがあるはずだ。――――アインは空で待機する飛空船を見て、ハッとする。
「俺たちの対応速度を確かめていたのか」
「さすがの慧眼。お見事です」
隣のウォーレンが頷く。
「我らがどれほどの時間で駆け付けられるかを確認していたと思われます。アイン様が出発なさる前にもその線を疑っておりましたが、残念なことに、こういった策へは後手に回った時点で対応する方法がございません」
仮に出発を後らせたり小細工でもしてしまえば、民が危険な目にあわされてしまう。
「俺が来なければ大丈夫とでも思っていそうだな」
「舐めているととるか、現実と取るか。はたまた別の戦力があるということやもしれませんが、用心致します」
「お願いするよ。俺よりウォーレンさんの方が間違いないだろうしね」
「ほっほっほ――――お任せあれ」
ひとまず、今日の襲撃による犠牲者はゼロ。
怪我人は多いが、こればかりはどうしようもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、もろもろの片づけや仕事があったアインは結局休まず、寝る前にラジードの料理が食べたいと考えて城を出た。
食休みが済んだらすぐに帰って寝る予定である。
「忙しかったんだってな」
食後の休憩がてら海風を浴びていたのは店の二階だ。
今日もクリスが一緒にいたが、彼女は下でミウと話している。
客はまだ他には居ない。二人が来たのが開店前だったからだ。しかし、無理に開けるよう頼んだわけではない。店先で葉巻を吸っていたラジードが二人を見かけ、朝食を一緒にと誘ったことが発端だ。
「物凄く眠いです」
「晩飯、騎士に運ばせとくぜ」
「楽しみで寝られなくなりそうです」
「なら止めるか」
「嘘です。ぐっすり寝るんで止めないでください」
「くははっ! おうおう。本当に見たことないぐらいに疲れてるじゃねえか!」
海風に混じって葉巻の香りがした。
何となく、ラジードらしさがあって嫌いじゃない。
『王太子殿下様はすごいんですね!』
『はい。すごいんです。アイン様は誰よりもすごいんですよ』
下から声がした。
自分が知らないところで褒め称えられているのが妙にこそばゆい。それが近しい者であればなおさらだ。
「客が来たときの音が聞こえやすいように設計してある。代わりに魔道具を使って、上の音は下に届きにくいんだ」
ニヤニヤして言ったラジード。
『お船が飛んでるのを見ました』
『急にうるさくなっちゃったかもしれませんが、怖くなかったですか?』
『大丈夫です。お父さんと一緒に海に出たとき、船が魔物に叩かれて飛んだことがあったので』
『す、すごい経験をしてますね…………ミウちゃん…………』
本当か? と目配せをして尋ねるとラジードは「おうよ」と言った。
『あのお船で助けに行って、帰って来たんですか?』
『そうですよ。帰りは眠たくって大変でした。私もアイン様も、気が付いたらちょっとうとうとしちゃって、呼びに来てくれた人の声で起きたんですよ』
アインもそのときのことは覚えている。
互いの肩か頭に顔を乗せ、大人しく寝息を立てていた。起きてすぐに互いを見ると、思わず笑ってしまったのだ。
「ま、外野がとやかくいうもんでもねえか」
「ッ――――なんですか急に!」
「シュゼイドに居たときゃまだまだって感じだったけどよ。今の殿下たちを見てたらこう、割とすぐって感じがしてな」
それ以上ラジードは何も言わずに笑っていた。
男らしく豪快な笑みに心が助けらえたような気がした。
「おっと。殿下に頼みたいことがあったんだ。来週とか時間あったらでいいんだが、姉ちゃんにミウを任せられねえかな」
「ラジードさん、店でも空けるんですか?」
「俺んとこは無休でやってんぜ。俺の気分が乗らなかったら休むけどな」
なら無休ではないというツッコミは入れなかった。
「ミウが姉ちゃんと買い物に行きたいって駄々をこねてな。…………簡単に頼んでいい立場じゃないってのは分かってんだが、ミウが駄々をこねたのがはじめてでよ」
確かにクリスは立場が相応だが、アインは無下にしたいと思わなかった。それはクリスもそうだろうし、遠くから来たミウのためなら時間を用意するぐらいなんのその。
「大丈夫ですが、一応クリスに聞いておきますね。そうだ、時間があったら俺も一緒に行ってもいいですかね?」
「大歓迎だ。ミウもさすがに殿下には頼めなかったみたいでよ。実は殿下も居てくれたらって思ってるみたいだから、俺っちとしては有難いことこの上ない。引き受けてくれんなら、城に行って料理でも振舞わせてくれや。…………ああいや、さすがにまずいな。すまねえ、どうにも田舎の価値観が抜けなくて、つい」
「そっちも大丈夫です。お爺様が暖かいうちに食べてみたいと言ってたんで」
「――――殿下のお爺様と言えば陛下だぜ?」
「ですね。その陛下が言ってたんで大丈夫ですって」
ラジードの疑問とアインの答えはかみ合っていなかった。
しかしラジードは、これが礼になるのならと思い、半ば冗談で言った言葉が本当のことになりそうな事実に驚いたが、すぐに気を取り直して屈強な腕を胸の前で組んだ。
「とっておきの飯を用意させてもらうぜ」
潮風が二人の間を吹き抜けた。
さて、そろそろ。
食休みも済んだし、城に帰ろうと考えたアイン。
「あ、でも来週は難しいかもしれないです」
申し訳なさそうに言うのは、魔物の討伐から帰る途中で聞いた話ゆえだ。
「来週はシュトロムに行くそうなんで、その後でもいいですか?」
「こっちはいつでも構わねぇぜ! 仕事でもあるのか?」
「ですね。献上品が届くらしくて、その輸送のためにクリスもシュトロムに行くって聞いてます」
アインも詳しい話を聞いたのはほんの数時間前だ。
なんでも魔石の輸送にはマジョリカ魔石店がかかわっているそうで、手伝いとして、休暇だったクリスが依頼されたと聞く。
「良さそうな日が分かったら教えてくれや! 城に行って料理をするのもいつだっていいから、頼んだぜ!」
「りょーかいです。それじゃ、今日はこの辺で――――」
「おう! また来てくれよな!」
こうして、アインは心地良い満腹感のままに店を出た。共に足を運んだクリスの表情も嬉しそうだが、アインと同じで眠気は拭いきれていない。
二人は店を出て、大通りに差し掛かる直前で立ち止ると。
「帰ったら一瞬で寝れる自信があるよ」
「あははっ…………私もです」
いつもより眩く感じる朝日を見てから、同時に欠伸を漏らしたのだった。
今日もアクセスありがとうございました。




