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翌週、日が昇って間もない朝から謁見の間は忙しなかった。
玉座に腰を下ろしたシルヴァードの双眸は鋭く、絨毯の上で膝を付いた一人の騎士の言葉を待ちわびている。
隣にはアインも居て、離れたところには何人かの重鎮たちが顔をそろえていた。
「ご報告致します」
膝を付いた騎士が辺りの様子を見計らい、姿勢を変えずに口を開く。
「幾人かの冒険者の報告により、ヴィゼルと呼ばれる男が逃げた方角が分かりました。奴は王都を脱した後、壮年の冒険者の命を奪い、ここより北東へ向かったとのこと」
それを聞いて、控えていたウォーレンが言う。
「我らの言伝を告げることは叶いましたか?」
「依頼した冒険者は危険を察知して撤退したそうですが、投降するよう言葉を投げかけることは叶ったとのことです。しかし、ヴィゼルは高笑いして逃走をつづけたと報告が」
「予想通りですね。――――陛下。依頼した冒険者ですが、私の方でも関係性の洗い出しは済んでおります」
「となれば、報告した冒険者は問題ないのだな」
「その通りです。犯行に及んだ男との利害関係は過去にもありません」
では、疑ってかかるほどでもない。
他にもウォーレンなりの調査を重ねているという。
シルヴァードにはそれで十分だった。
「閣下、気になることがございます」
騎士がそう言ってつづける。
「北東と言えど、水列車を用いて移動した形跡がございません。乗合馬車も、船もです。冒険者の報告によると、街道を離れて森を進んだらしく……」
逃走するならそれが普通である。冒険者であれば当然だ。
普通なら皆がそう予想して「何を言ってる」と一蹴しただろうが、ここに顔をそろえた者たちは、騎士が気にする理由をすぐに理解した。
「それより先は私が」
口を噤んでいたウォーレンがここで騎士に言い、退室させた。
彼は謁見の間に残る皆を前に歩きだし、シルヴァードの面前へ足を進めた。
「潜伏するのに、王都周辺は不向きでしょうな」
「余もそう考えておる。地形を考えても北東では逃げ道が少なかろう」
「ええ……海路を進めばあるいはと思いましたが、その様子もございません。これは私が既に調べておりますし、漁師にもしばらくの間、冒険者を乗せることを禁じましたから」
「では――――」
つづきをシルヴァードが口にするより先に、隣に立っていたアインが口を開いて。
「人寄らずの幽谷」
足を運ぶ予定だった先の名を口にした。
「一時的に潜伏するにはうってつけだ」
「どうやら、アイン様も私と同じことをお考えのようで」
「ああ。ムートンさんを襲った魔物をまだ連れているとしたら、危険が伴う場所に隠れることだって問題ないはず。――――それが、多少なりとも熟練した冒険者なら更に容易だ」
そう言ったウォーレンがシルヴァードに目配せ。
「分かっておる。判断はウォーレンに一任するが、彼奴の相方とやらの行方はどうなっているのだ」
「一昨日、ムートン殿が目を覚ましてからお教えくださったことですな」
「うむ。無論、お主であれば既に動いておるだろうが」
「既にお心のままに。ロイという男は臨海都市シュトロム近くの町に滞在していたようですが、奴ら思いのほか、入念に支度をしていたようです。疾うにリリを派遣しておりましたのに、泊まっていた宿を去った後でございました」
「音沙汰無ければ、すぐに潜伏をとでも打ち合わせていたか」
「恐らくは。こちらも冒険者や各所での調査の末、大陸中央部から北西を目指したようだという報告を受けております。潜伏先で合流する手はずなのでしょう」
「…………余はその報告を聞いておらんぞ」
「実は、この報告が届いたのもつい先ほどでございまして」
茶目っ気を出して報告を遅らせたわけではない。
最初はヴィゼルの件から話が進んでいたし、話す機会を待っていただけだ。
それが今である、ということだった。
「お爺さ――――陛下」
「ん、どうした」
「バルト伯爵の懸念に加え、ムートンさんを襲った虫に似た魔物のことが気になります。まだ他の魔物を隠してるとしか思えません」
二人組の冒険者がネームドを率いているという話があった。
これらは当然、イシュタリカに無断で。
「それと、マルコに聞きたいことがある」
「はっ」
「例のガルムとかいう魔物がどれぐらい強いのか知りたい」
「確か、アイン様の下に資料が届いていたと思いましたが……」
「それ以外の情報が欲しい。マルコの経験を頼りたいんだ」
なるほど、とマルコが頷いた。
アインが知りたいのは資料や図鑑にある情報ではなく、長きにわたり多くの経験をしてきたマルコが持つ情報であった。
「畏れながら、私は出会ったことがない魔物です。古い情報が気になるのでしたら、それこそ――――アーシェ様」
「ん、私?」
「アーシェ様はガルムを見たことがおありだったと思いましたが、如何でしょう」
「あるけど、ぴゅーって逃げられたからよく分かんない」
ここで皆の頬にうっすらと笑みが浮かんだ。
恐れるべき強力な魔物であるが、対するアーシェは魔王である。
それは……逃げてもおかしくない。
「けど、そこそこ強めのは知ってる」
「どのぐらい強いのかなーって気になってるんですが……どうでしょうか?」
アインに尋ねられ、これまで寝惚け眼で居たアーシェが上機嫌に頬を緩めた。その顔は大戦を引き起こした張本人とは思えぬほど可憐で、花畑を駆けまわるのが似合いそうな少女の顔だった。
「ん! よく分かんない!」
「…………なるほど。よく分かんないですか」
「私より弱いのは確かだと思う!」
意図するのは、一つ。
「だから、アインなら片手間に殺せる」
ただ、彼女はマルコでも対処が可能と言い、クリスとロイドでも対処できる――――と思う、と言葉を付け加える。
少なくとも、怪我をすることはあってもそれだけであると。
「――――ガルムを人寄らずの幽谷に隠してるとは思わないけど」
「え、何でです?」
「ある程度自分で抑えられると思うけど、ガルムは熱を纏う魔物だから、木が燃えたら簡単に山火事になるよ」
「逆に目立つってことですね」
「ん。だからどうせ、魔物が居たところでちんけなのしか居ない。飼い主がちんけだからきっとそう。お兄ちゃんの剣を賭けてもいい」
「前半部分は分かりましたが、勝手に賭けたら怒られますよ」
言葉選びに皆が口の端々に笑いを浮かべ、時に我慢できず含み笑いを漏らした。
考え自体は間違えているように思えず、宰相ウォーレンも頷いていた。
「差し当って、調査隊を人寄らずの幽谷に派遣致します。また、周辺から逃げられぬよう包囲するよう計らいます」
「いいや、それだけでは足りぬ」
「人数でしたら、抜かりなきよう派遣致しますが……」
「そうではない」
いつにも増して強い口調で言ったシルヴァードは玉座を立ち、くすみ一つない窓の傍に行き、ガラスに手を当て城下を見下ろす。
やがて、明確な怒りを交えた声で。
「審判せずとも刑戮の他ない。刹那を尊び罪を償わせる」
彼の言葉が差すのは。
「減刑の余地があるか否かなんぞ、議論の種にもならん」
「陛下。私の言葉に誤りがあったようですので、訂正を」
王都に赴きムートンの命を奪いかけたことに加え、脱走してから一人の冒険者の命を奪った。
通常であれば使役できないはずの魔物も使役したことに加え、数多くの人間の命を容易に奪える魔物の影もある。
計画的な逃走を鑑みれば、反省するとも思えず。
イシュタリカにとって、小さくない脅威であることは論ずるまでもなかった。
では、どうするか。
答えはシルヴァードも口にしたように、排除するに決まっている。
「魔導兵器を導入致します。可能な限り尋問を行えるよう計らいますが、それができない場合、確実に処理することを前提とした部隊の編成を行います」
誰しも尋問すべきと思っているが、それが叶うかどうかは別問題。
何より、民に危険が降りかからぬ方が重要である。
「法務局長殿も裁決は意味を成さないと仰っておりました。ムートン殿から聞いた限り、ヴィゼルは自身の欲を満たすために凶行に及んだことは間違いありませんので」
「そうだ。鑑みるべき事情もなき凶行に慈悲は不要である」
シルヴァードはウォーレンの声を聞いて満足げに頷くと、振り向いて皆に向けて。
「さて――――。では、アーシェ様とアイン、そしてウォーレン以外は席を外すのだ」
突然の言葉に面食らう者も居たが、異を唱えることなく皆が謁見の間を後にしていく。残された三人はそれからシルヴァードが立つ窓の傍に行き、つづく言葉を待っていたが、中でもアインだけが一歩前に踏み込んだ。
「俺が」
俺が行きます。
こう、シルヴァードに告げようと試みた。
しかし手を伸ばされ、制される。
「あまり気は進まないが、此度はアインに指揮を頼みたいと考えている」
「ッ――――お、お爺様!?」
「なぜ驚いておる。今さっき自分が行くと口にしようとしていたではないか」
「し、してましたよ!? でも、お爺様からそう言われるのは予想外でしたし……ッ!」
驚くアインと対照的に、隣ではウォーレンが納得していた。
「万が一の場合はアイン様が尋問するのですな」
シャノンの力があればそれができる。
相手が生きている限りなら、例外なく。仮に、魔導兵器で死に瀕していても関係ないのだ。
これを考えたのは、徹底して逃げる二人組の口が簡単に割れるかどうかを懸念していたからで、できうる限り情報を聞き出したいことへの表れでもある。
「騎士の士気も高まろう」
事前にアーシェの言葉もあったからの判断でもあるが、口にしたシルヴァードが若干肩をすくめていた。
「出立は五日後。それまでは先遣隊が調査を進めることとする。その後、到着したアインへ指揮権を移譲し、二人組の捜索に当たってほしい」
「俺が行けるのはどうして五日後なんですか?」
「五日でどうなるかは知らんが、妖精蟲の子供としばらく離れるのだ。さすれば、その小さくなった身体も治るだろう」
「あ、ああ……シルビアさんも言ってましたしね……」
小さな身体でも戦えるとはいえ、どうだろう。
あまり、調査隊の面々からすれば締まらないはず。
「私も一緒に行ってあげる」
ここでアーシェが言った。最初からそのつもりで魔王城を離れたこともあって、迷いなく口にしたのだ。
「余からも感謝を。どうかよろしく頼む」
礼を述べたシルヴァードはアインを真っすぐと見やる。
「アイン。此度の二人組はただの犯罪者ではない」
「――――はい」
「分かっていようが、余ら王族は最悪の場合を考え、それを避けるべく全力を尽くさねばならないのだ。此度は最悪の場合どうなるか、分かっておるな?」
現状はまだそうじゃない。
でも、野放しにしたら近いうちに。
「数多の人命を奪うことが容易になります」
町単位で、もしかしたら都市単位で。
ネームドを手名付けているというのはこういうことで、それを秘密裏にしている事実はそれだけで極刑ものである。
「すぐにクローネたちと調整をしてきたいんですが、構いませんか?」
「急ですまぬな」
「構いません。実は俺も、お爺様たちに見せている以上に腹が煮えくり返りそうになってますから。――――では」
硬い笑みを浮かべたアインが何とか苦笑した。
声色も微かに粗暴なのは、心の揺らぎが限界に近い証拠。
アインは去り際に頭を下げて謁見の間を後にしたが、その様子をシルヴァードとマルコは静かに見送った。
アインは廊下に出てから「ふぅ……」と息を吐く。
「お見舞い、行っても大丈夫かな」
と、呟くと。
「大丈夫だと思う。朝はご飯を六回おかわりしてたらしいもの」
「クローネ、待っててくれたんだ」
「ええ。私が居た方が都合がいいと思って」
「相変わらずだなー……言わなくても分かってくれてるというか、偶に言いたくないこともバレてるけど」
アインが歩き出すと、彼女は隣に来て同じように歩き出す。
肩を並べ、向かう先は下へ向かう階段。
でも、誰にも見られていないことを確認したクローネはアインの手を握って立ち止らせ、両手をアインの頬に添えた。
「どうしてこういうお顔をしちゃってるのか、ちゃんと分かってる。でも、お見舞いに行くんだから、もう少しほぐしておかないと。ね?」
確かにその通りとばつの悪そうな顔を浮かべたアイン。
「…………お世話になります」
「ふふっ、これからもお世話させてね」
これまで強張っていた顔にゆとりが生まれ、心もすっと落ち着いた。
それから、アインは見舞いの品を見繕い、重症ながら元気そうにしているというムートンの下へ向かったのである。
今日もアクセスありがとうございました。
4日後に発売の8巻に加え、試し読み中の1巻もどうぞよろしくお願いいたします。




