地下施設にて。
最新6巻の試し読みがはじまりました。
bookwalkerさんにて確か50ページほど読めたはずなので、もしよければ試し読みだけでも見て頂けますと幸いです。今回のプロローグなどはすべて新規書下ろしの部分となりまして、その後の展開もweb版との違いが分かるかなと思います。
6巻は今回も多くの書下ろしに加え、改稿を重ねた自信作です。
web版でお付き合いいただけている方にも楽しんでいただけるように仕上げましたので、是非、お手に取っていただけますと幸いです!
カドカワBOOKS公式サイトや各通販サイト様ではあらすじも読むことが出来ますので、どうぞよろしくお願い致します!
その様子を見ていたリリは彼の強さにあきれ果て、女性と、女性が抱いていたこの様子を確認する。……二人とも気を失っているだけのようだ。
「リリさん、二人を外に避難させてあげて」
安堵したところで届いた主君の言葉に眉をひそめて。
「アイン様はどうされるんですか?」
「取りあえず足止めしとく。奥から何人か走って来てるみたい」
「外に出てしまえば問題ありませんよ。だってほら、外には騎士も待たせてますし、あの程度の連中なら我々が居なくても――――あ、もしかして」
「…………やー、ほら、ね?」
「何か下の方から感じてらっしゃいますー? たとえばあのー……その、例の魔道具とか魔力の気配なんかですね」
何も答えず。アインはじっと奥の方を見るばかり。
ああ、このお方はそれを察知して、今この瞬間の勢いに乗り奥へ乗り込もうとしているのだろう。
感づいたリリだが。
「しかも一つや二つじゃないってとこです?」
「……正解」
「ちょちょちょ……アイン様ッ!? ぶっちゃけ私じゃアイン様を止められませんので、せめて後のご指示はしてくれますよねッ!? って言うか、追手を止めるだけで終わりませんよねそれぇっ!」
決して自分を擁護するわけではない。
そう、擁護するわけではないのだが……まるっきりアイン任せというのは部下としてどうかと思ったし、彼を止められるなら止めたいという気持ちもあってこその、態度とは裏腹に苦渋の策なのだ。
力づくでも、そして言葉で伝えても揺るがないなら、他にできることがないかと模索した結果だ。
外に出てから、アイン以外の戦力で侵入することだってわけはないが、アインは証拠隠滅を警戒しているのだろう。
当然だが、彼の実力を疑う気持ちは毛頭ない。
立場もあって止めない訳にはいかないのだ。
「マルコとディルには上の席で警備を任せるって伝えてほしい! それと、クローネたちには絶対に言わないように! 後で俺が自分の口で伝えて、そのまま叱られるから!」
「殊勝な心がけですね!」
返事を聞いてリリが駆け出すと。
「その殊勝な心掛けで一緒に撤退していただければよかったんですが……」
とは言え、信頼している。
アインが奥へ進むことを判断したのは自身を脅かす脅威がないと判断したのと同じ意味を持つ。昨今ではあの黒龍騒動を単騎で納めた彼が、このような場で危険な目に合うのは現実的ではないから。
「私たち影と騎士はどうしますかー!?」
「リリさんはその女性から話を聞いて! 騎士には大闘技場の周囲を見張るように指示を!」
「りょーかいですっ!」
リリの足音が遠ざかっていく。
扉を出たところで完全に音が消え、外と隔絶された感覚がアインに伝わった。
どうやら、扉はちゃんとした魔道具のよう。アインという強大な力の持ち主が強引に開けてしまったという話、これが現実味を帯びてきた。
扉の奥から新たな追手がやって来る。
冷静に、睥睨したアインの内心は実のところ筆舌にし難い感情に苛まれている。
憤り、悲しみ、多くの負の感情が心の内に蔓延り。
先ほどの女性がみせた悲痛な面持ちと声が脳裏に焼き付いて離れない。
不意にカティマが口にしていた言葉を思い返してしまう。
一歩間違えれば非人道的な事態に陥る、というものだ。
(すでにそうなっていたんだ)
何も考えずに地下にあるであろう施設を破壊尽くしてしまいたい。
けれど、何事も確かめずにしてしまえば奴らと同じ穴の狢。ただの殺戮者と成り下がるのはごめん被る。
「さっき逃げていた女性の話を聞かせてほしいんだけど」
と、現れた追手に声を掛ける。
しかし追手は何も言わず。
それどころか、アインを見て「尋問官の下へ連れて行くぞ」とのたまう始末。
少なくとも、人道的な組織には思えない言葉だ。
――――さっきの親子はどうする。
――――決まってる、急いで外の者たちに捜索させろ。まずはあの侵入者からだ。
変わらず発せられるアインの情を失わせる言葉には、彼らの行いが人道的か否かの議論をする価値がないことを証明付けられる。
(どうしたもんか)
証拠隠滅を危惧しているが、果たしてこのまま突き進むのはいかがなものかと思ってしまう。
万が一、本当に万が一の話になる。
この地下へと進み道の先に黄金航路の重要施設があったとしても、それは機密情報があるだけで、実は何もしていなかったのかもしれない、という結果の場合だ。
こうなればアインはただの侵入者に成り下がり、イシュタリカにも汚名を着せるだけ。
(いいや、コレは今回に限ってはあり得ない)
アインが既に感じている気配。
例の人工魔力と魔道具の気配に嘘偽りはない。
それもそれが一つや二つではないのだ。
つまり確信だ。
黄金航路が何かを企てていることに違いはなくて、それを見過ごす気になれないのはアインの性格ゆえであろうか。仮にイシュタリカに流れてきたら――――と考えると、殊更だ。
けれどここでアインは逡巡した。
証拠隠滅を危惧しているのに素直に突入してよいものかと。
取れる手段と言えば隠密行動が一番だろうか。
ならばもはや面前に迫りつつある戦士の気を失わせるべきだろう。
抜き身の剣で奪うのは意識だけ。
戦士たちが見た最後の光景は、視界が揺らいだ世界であった。
◇ ◇ ◇ ◇
扉の奥に広がっていたのは巨大な地下施設だった。
地下数百メートルまでつづく巨大な吹き抜け。それを囲むガラス。周囲を取り囲むフロアはらせん状に上から下へと続いていて、壁沿いには数多くの部屋が設けられている。
中に居た者の多くは戦士というよりは、イストでみるような研究者の装いだ。
さて、アインが入り込んだ扉は正門ではなさそうである。
ここは地下空間の片隅、隠すように柱の物陰にあったからだ。しかし正門を探るのは今の目的ではないため、気にしないでおいた。
「すごいな」
地下を縦に横に、そして斜めに。
複雑に張り巡らされたパイプを見つけて飛び乗った。パイプは人が隠れるには十分な太さで、アインが飛び乗ったところで衝撃はなく、見つかることはない。
「…………こんな施設があったなんて」
イシュタリカの外でみられるとは思わなかった規模の光景に感嘆の声を漏らす。
――――ふと。
「なんだ……あれは」
吹き抜けの中で泡が浮かび上がって来た。
まるで、水中に棲む生物が呼吸をしたときのように。
不規則に、吹き抜けの巨大さに見合う多くの泡が。
やがて下層から浮かび上がってきた一体の魔物らしき姿。
巨大な吹き抜けと思っていたのは間違いで、それは巨大な試験管、あるいはカプセルと言うべき代物だった様子。中に居たのは人型をした巨大な生物だ。
六本の腕と馬のような下半身は膨らんだ風船のように筋肉が隆起して、沿うように浮かび上がった血管が規則的に脈動を繰り返す。
金色の体毛はディルのそれによく似ていた。
顔つきもまた、まさに獅子のそれだ。
「ヴァファールは元気なようだね」
と、聞こえてきたのは銀髪の男の声。アインが屋根の上で会った、黄金航路の協力者を自称していた男の声だ。
彼の声を聞き、傍に居た白衣の研究員が口を開く。
「精製魔力の吸収も順調ですので、もう解放してもよいぐらいには成熟しております」
「それはよかった。じゃあ後は頼むよ」
男が去って行こうとした瞬間。
「相談役! お待ちください!」
「お伝えしたいことが……どうかご助力を!」
現れたのは黄金航路の戦士だ。
彼らは切羽詰まった様子で声を発していていたが、研究員に席を外させてから、声のトーンを下げて言う。
「扉が破られていたようです」
「大闘技場側の扉かな?」
「はっ……! 近くに警備員が倒れておりまして、すでに何者かが侵入している可能性がッ!」
「そうなのか」
「そっ、そうなのかではなく……ッ! どうかご助力をッ! このままでは我々は――――ッ!」
「私には関係のないことだよ。それとも……ああ、理解したよ」
銀髪の男が目を細め、戦士を見て広角を上げた。
「これは予想だが、君たちはベイオルフが怖いんだ。何者かの侵入を許し、それを捕縛できなかったとあっては彼からどんな罰を与えられるか分からない。末路は言うまでもないからね。そうだろ?」
「ッ――――そこまでご理解くださったのなら、どうかお願い致しますッ!」
「助力を?」
「はっ!」
「…………くだらないな。君たちには何の輝きも見いだせない」
「くっ……!」
戦士が向けた負の感情の入り混じった瞳へと、男は涼しげな顔のままに。
「そう睨まなくてもいいじゃないか」
意にも介していないと言わんばかりのあっさりとした態度で、戦士の神経を逆なでする如く軽々しさで答えてから、話をつづける。
「人というのはある瞬間にその本質を見せてくれるものなんだ。その瞬間が何なのか、これが分かるなら力を貸してあげても構わないよ」
すると戦士は一瞬で希望に瞳を彩り、銀髪の男にすがるような瞳と媚びいるような態度で一歩、距離を詰めた。
「命を落とす瀬戸際です」
アインはその答えが間違いではないような気がしていた。 彼自身も、その瞬間を目の当たりにしたことがあるかからだ。
でも、答えは違ったようで、銀髪の男がつまらなそうに答えを口にする。
「答えは裁かれるときだ。いけとしいけるもの、皆本質をさらけ出すのは裁かれる刹那、断罪の言葉を投げかけられ、裁きの刃を振り下ろされるその一瞬さ」
「……おおよそ同じ意味でしょう」
「浅はかだね。命を落とすときは第三者によるものではなく、すべからく本人の決断により落とすものさ。私はそれこそが運命だと思っている。そして、その運命を変えることが出来るのが裁きなんだ。裁きとは第三者が他者の運命に干渉できる、唯一の方法だよ」
すると、彼は言い終えたところで戦士に背を向けた。
歩き出したのは近くにある一室の方。
「相談役ッ!」
「どうかお慈悲をッ!」
「慈悲、か。……その言葉は悪くないね。君たちは自身が罪人であると自覚しているから慈悲を求めたんだ。やっと輝きが見られたようで嬉しいよ。――――だから」
扉に手を掛け、彼は最後に振り返り。
「ベイオルフには黙っておこう。彼が大闘技場から帰ってくるまでに終わらせるといい」
間接的な助力だろうか、それでも戦士たちは大きく胸を撫で下ろした。
時間はまだある。
もうそろそろ決勝がはじまる頃ではあるが、警備に努める戦士が総動員で当たれば何とかなるかもしれない、と心に大きな希望を抱いた。
「急げ、一秒でも早く侵入者を捕獲するんだ」
「処理はどうする」
「構わん、即時首を落としてしまえ」
「…………いや、万が一を考えたらそれは勧められん。扉の外で怪しい動きをしていたから捕縛した、として尋問官の下で情報を集めるべきだ。そうでなくては、すべて隠蔽とバレては我らの命がない」
それから戦士たちは散開した。
侵入したアインを捕縛するべく、自らを守るためにも大急ぎで。
一方でアインもまた地下空間を見渡す。
最下層の方に自分が探していた気配あったことでほくそ笑み、どう進むべきかを思案する。やがて銀髪の男に『ヴァファール』と呼ばれていた生物を見てから、パイプを伝っての移動に取り掛かった。
来週の水曜日(6巻発売日)で週2回の更新が元の週1回に戻ります。
短い間でしたがありがとうございました。
その後は毎週日曜日にお付き合いいただけますと幸いです。




