隠し扉の奥で。
6巻の電子版予約も開始となりました。
amazonさんやbookwalkerさんで既にはじまっておりますので、紙の本と併せて、どうぞよろしくお願い致します。
今回も多くの書下ろしに加え、改稿を重ねた自信作です。
web版でお付き合いいただけている方にも楽しんでいただけるように仕上げましたので、是非、お手に取っていただけますと幸いです!
カドカワBOOKS公式サイトや各通販サイト様ではあらすじも読むことが出来ますので、どうぞよろしくお願い致します!
マダムの屋敷からの帰りの道中で、ごくありふれた馬車とすれ違った。
それは本当にありふれたもので、何か付け足せるとしたら商人の持ち物であろうと予想が付く外観ぐらいなものだった。
「…………」
けれど馬車の外観に反比例して怪訝に眉をひそめたアイン。
思わず馬を止めて振り返り馬車を見た。
「マルコ」
「間違いないかと」
僅かながらに気配を感じた。これは常人であれば気が付けないほんの微かなもので、アインとマルコでもなんとか気が付けた程度の気配だ。
「お二方、急に止まってどうなさったのですかな」
「すみません、確かめたいことが出来ました」
「む、むむ……確かめたいことですと?」
アインは簡潔に答えると、これまでの進行方向に顔を向ける。
距離は……もうそう遠くない。今までのように馬を歩かせるのではなく走らせたなら、十分も経たずに町中に足を踏み入れられるだろう。
遠くにそびえ立つ琥珀宮の灯りを見て、ひとり頷いてからマルコへと。
「馬車を任せる。すぐに戻るよ」
「そのまま町でお待ちください。お一人で街道を進むことになりましょう」
別にそれでも良いのだが、今日はなんとなく頷けなかった。
マルコとの間の信頼関係は疑いようがない。
ただ単に、虫の知らせのような感覚であったように思う。
「マルコは先に行って。見失わないうちにね」
町で待ってるとは答えずむしろ急かした。
彼の頑なな意思が折れないことをマルコは良く知っているし、説得するにも容易でないことだって忘れてはならない。
結局彼は馬を走らせ、すれ違った馬車を追った。
「マルコ殿が殿下をお一人に……なるほど、どうやらお急ぎのようで」
グラーフはそう言ってすぐにアインと示し合わせたように馬を走らせる。
「すみません。とりあえず、馬を走らせてバードランドに入ります。グラーフさんを宿に送ってから、俺はマルコに合流するので――――」
「なに、構いませんぞ。町の傍まで行けば儂の商会の者がおりますゆえ」
「いいえ、宿まで送らせてください。クローネの家族に万が一があったらいけませんから」
「はっはっはっはっはっ! それを言うのでしたら殿下、儂は殿下がお一人で街道に戻るのをお止めせねばなりませんぞ!」
向かい風に靡くフードの隅で。
微かにのぞかせたアインの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
この辺りまで来ると路肩には等間隔に街灯が並ぶ。バードランドが望む空を仄かに彩る橙色の光。真っ暗闇に包まれた街道を進むにつれて、徐々に近づく人々の営み。
――――町外れから中心部へと。
馬の速度を落とし、されど遅すぎないように進んだ。
グラーフが泊まる宿はアインが泊ってる宿より町外れに近く、そこまではマルコと別れてから十数分ほどで到着した。
そうは言っても勢いに乗る町、バードランド。
この辺りは言うなればベッドタウンのような立地であろう。立ち並ぶ家々の水準は高く、行き交う者たちも身なりが良く品が良い。
「儂はこの辺りで」
宿へは馬に乗ったままでも行けるが、今日は身を隠しての行程だ。それもあり、グラーフは馬を商会の者に預けてから宿に戻るという。
路肩を見ると、それらしき馬車が留まっている。
「ですが」
「ご心配なく。ここまで来てしまえば危険な目にあう方が難しいですぞ」
と、グラーフが苦笑する。
「殿下が何をお確かめに参るのかは分かりませんが、お気を付けくだされ」
アインは最後に言葉少なく別れのあいさつを交わしてから、再度、町の外に向けて馬を走らせた。
辺りに蹄の音が響き渡った。人目を引いたことに反省して手綱を緩め、冷静さを欠かぬよう心がけて街道へ駆けた。
◇ ◇ ◇ ◇
暗い街道に向かうアインの視界はいつもと違った景色で高揚感が高まる。
こうしていると、視界の端に見えてきた一台の馬車。
直ぐ近くに感じるマルコの気配と、戦闘状態に陥っていないことを確認した。
反対にマルコもアインの接近に気が付いて顔を向けた。
彼は馬車の傍に居た商人らしき男に対し、アインを見るよう促して何かを言っているように見える。
――――上手くやってくれてるみたいだ。
後は自分が合わせるだけだ。
馬上でいくつかの状況を想定し、どの場合でも対応できるよう心掛け。
すれ違いざまに馬車の中から感じた気配に意識を向けた。
「旦那様、こちらの方がお売りくださるとのことです」
生きてきて一度も使われたことのない呼び方で。
それでもアインは動じず、旦那様と呼んだマルコの傍で馬から降りた。
停車していた馬車は横の扉が大きく開かれ、わざわざ灯りまで用意して中にある品々が照らされていた。
行商というのか相応しい表現は分からなかったが、この馬車は横の扉を大きく開くことで、すぐに露店として商売が出来る造りになっている。
マルコと商人から少し離れ、屈強な戦士が数人ほど控えている。
彼らは恐らく商人の護衛だろう。
「どうぞごゆっくりご覧ください。私は大通りの一等地にも店を構えておりますので、品ぞろえはご期待ください。ロックダムからお越しの旦那様にも、きっとご満足いただけますよ」
今の自分はロックダムからお忍びで来た資産家といったところか。
ではそのつもりで、と。
「悪くないな」
「光栄です」
「ただ、少し気になったのだが、バードランドの大通りに店を構えているという店主がどうして、町の外で行商のようなことをしているのだ?」
「離れた町のお客様にお声がけを頂いたものでして……」
重要な顧客のためというわけか、納得したアインは商品を見て頷いた。道理で行商をするには良すぎる品ばかりで、馬車の傍には屈強な戦士が控えていたのだ。
「では私が買うのは――――」
「いえいえいえ! ご遠慮は不要でございます! お買い上げいただいたとしても、私はこのまま町に戻って商品を補充すればよいだけのこと! どうかお気になさらず、ごゆるりとお楽しみくださいませ!」
「それはよかった、ではそのように。…………ああそうだ、爺やは馬の方で見ていろ」
「……ええ、お言葉のままに致します」
下がったマルコは二頭の馬の手綱を握り、世話をする様にしながらもフードの隙間から商人を見た。アインが馬の方で控えて居ろと言わなかった理由は商人を見張ることと理解して、この芝居が進むのを待つ。
「ん?」
並ぶ品々の中から目当てのものを見つけたアイン。
それは見目麗しく豪奢な金の首飾りだ。
「これはいい。中々悪くない彫金だ」
「お褒めに預かり光栄です。そちらはドワーフが作った逸品でして、イシュタリカより取り寄せたお品を魔道具として加工したものでございます」
「ほう、どのような効果があるのだ」
「ご婦人の美を湛えるための、肌と髪に良い効果がございます。こちらの魔道具には海結晶を用いております。ご存じかと思いますが、それがなくば魔道具は人体に影響を与えることがございますので」
「…………なるほどな」
首飾りを手にしたアインは確かに、商人が口にした効果の発言を確認した。と言ってもすぐに変化が訪れるわけではなくて、そうした作用をしていることを悟れただけだ。
そして――――。
(やっぱり、仕込んである)
あの、魔石を目指して勝手に動き出す魔力の影だ。
重要なのは商人がそれを意図的に隠したのか、あるいは知らないのか。
「私の屋敷にも黄金航路の者が来る。似たような品を見たことがあるな」
だからカマをかけたのだ。
「さすがお目が高い! ええ、我が商会は黄金航路の傘下にありますので、全く同じ商品を取り扱うことが可能でございます!」
商人がこう返すことは容易に想像がついた。
特段隠すようなことではないし、それどころか、今話題の黄金航路の名を出すことはむしろ客を信用させるのにぴったりな一言である。
「道理で」
はっきりとした事実として黄金航路の関与が把握出来たのは悪くない。
さて、ここからどうしようか。
いっそのこと正体を露にして詰問してもいいぐらいなのだが、今ここで、派手な行動を起こすことの意義には疑問が残る。
では逆に何もしない……というのもさらに疑問だ。
中にいる彼女の力を借りることも考えたが、その前にもう一つ仕掛けることにした。
「君たちの魔道具はどこで作られているんだ?」
「偶に同じ質問をされるのですが、我らは我らが抱えている職人が作成しておりますよ」
「そうではない。黄金航路が主として作っている魔道具のことだ」
「これは失礼致しました。そちらに関しては――――」
あれ、まさか素直に教えてくれるのか?
逆に戸惑ったアインは一瞬だけ身をこわばらせた。
「厳重な情報管理により秘匿されておりまして、傘下の商会――――いえ、黄金航路本部のものであろうと、ほんの一握りの者しかどこで作られているかは知らないのです」
商人は心の底から申し訳なさそうに口にした。
黄金航路の本体が製造のための工房、あるいは工場を隠している理由は容易に察しが付く。
(仕込んでることを隠してるからか)
明らかにこれだ。
そもそも、気づかれることを想定していなかったはずだが、そこはアインが偶然手にしてしまったことのせい。いずれにせよ、万が一さらに多くをばら撒いていたら、いずれは事態が大きくなりアインの下にたどり着いたかもしれない。
目の前の商人は嘘を言っているようには見えないし、振り向いてマルコを見ると彼も頷いて同意した。
これ以上の情報は望めないとため息をついたアインの心の中で。
私の力は使わないのね、と。
不満そうに、むすっとした声が聞こえてきた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
アインは宿に戻ってすぐ、一人部屋にこもって鞄を開けた。
部屋の外でクリスが双眸に警戒心を宿して見張っているのに気が付きながらも、アインは鞄に入れていた手のひら大の宝玉を取り出してベッドに置く。
手をかざすと光り、王家の紋章が浮かんだ。
「お爺様、ウォーレンさんを交えて相談したいことがあります」
声を発すれば遠く離れたイシュタリカへ届くことになっている。
これは以前と違う最新のメッセージバードだ。今もまだ会話は難しいが、互いに声を何度か届けることが出来て、以前に比べてタイムラグが少なくて、会話らしいやり取りができるようになってきた代物だ。
十数秒後、メッセージバードからシルヴァードの声が届く。
『つづけよ』
手短に返したのはメッセージバードの魔力を節約するため。
同じく長くならないようにと気を遣い、アインは問題のさわりを語っていく。
今日、何を見つけたのか。
そしてついさっき、どのような情報を得たのかも。
「――――というわけで報告した次第です」
タイムラグが気を揉んでくる中で冷静に返事を待つ。
数分後に帰って来た返事はある程度想像がついていたものだ。
『アイン様、ウォーレンでございます。この後すぐにリリと影を派遣致しますので、バードランドにてお会いください。明日の朝には到着しますから、以後、すべてお任せいただければと』
さすが、仕事が早い。
つづけて。
『私としても現状では黄金航路の目的は分かりませんが、人工魔力を異人種の魔石へ流すというのはいただけない。その作用を隠していることは明確ですから、真意を探る必要はございましょう』
『うむ。アインが言うように、患者を増やすためならば遠回りである。別の目的があるのは必至だからな』
『私はこれより、黄金航路製の魔道具がイシュタリカに入って来てないか調査を致します。個人間での移動により持ち込まれていたら難しいですが、なんとかしましょう』
「俺はどうしましょう」
『大人しくしておれ』
まぁ、当たり前だ。
アインの生き様を思えば釘を刺さずにはいられない。
だからアインは特に文句を言わずに了承する。
「分かりました」
『聞けば明日は闘技大会の決勝だとか。それを見たら帰ってこい。それなりに楽しめたであろう?』
「おかげさまで、だいぶ楽しめました」
ロックダムへの挨拶も済んだし、技術供与の話もある程度は進んでいる。後のことはウォーレンたちがすることで、アインは商談をするような立場にはないのだ。
今回の遠出も、帰宅するまであと少しである。
「明日の夜にはハイムからイシュタリカに発ちます。それでは」
最後にこう告げてメッセージバードを停止させる。
んー! 声に出して背筋を伸ばして立ち上がり、扉に向かって開くと、外に居たクリスがアインを見て一言述べる。
「何か企んでますか?」
彼女はアインを見上げ、腕を背で組んだ姿勢で瞳をじっと見てきた。
シャツを豊かな胸元が押し上げる。
あと一歩、軽く進んだだけでその膨らみがアインに押し付けられそうなほど近くで、彼女は逃すまいという想いを込めていた。
「今回に限っては何も企んでないよ。俺は明日、闘技大会の決勝を見たらハイムからイシュタリカに帰ることにしたからさ」
「ほ、ほんとですか!? あのアイン様がそんな素直に……」
「ほんっと信用されてない……ま、まぁいいや。ってなわけだから、みんなにも今のことを教えてきてくれる?」
「わかりました! ふふっ、クローネさんも驚きますね」
トトトッと小走りで去って行く彼女の背を見送って。
微笑ましさと歯がゆさを共存させていたアインは明日のことを考える。ウォーレンの言葉通りならば、頃合いを見計らってリリが接触してくるはず。
その時に話をしたらするべきことは終わり。
すぐに黄金航路の目的が分かるようにと考えて、一日の疲れをとるために浴室へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、大闘技場の周辺は多くの人混みで賑わっていた。
大陸中から押し寄せた観客の多くに呼ばれていたのは、黄金航路所属のセイという戦士のこと。ダークエルフの彼は端正な見た目と実力から人気が高く、彼が戦う際には女性客が多くなるそう。
貴賓席に座るアインの耳に届く声の多くは、前評判通り女性の声が多かった。
「――――グレイシャー殿! どうか私と一度だけでも剣を交わしてはくれまいか!」
腰を下ろしたアインの背後、貴賓席の入り口付近では、そのセイがディルを口説き落とそうと試みていた。
どうして彼がここにいるのかというと、理由は簡単。
彼がディルの腕前に惹かれているのは本当のことらしく、この機会を逃すまいと、名高きディルと立ち会うことを懇願しているのだ。
「だ、だから私は殿下の騎士で! むやみに振るうべき剣は持ち合わせておりません……ッ!」
「ああそうだろう、グレイシャー殿のお心は百も承知! 先日、ベイオルフ殿の言葉で気を悪くしていたのがその証拠だ! しかし私も譲れない。一合だけでもいいんだ。どうか私と立ち会ってほしい!」
「セイ殿の想いは痛いほどわかる……「よいのか!?」で、ですがッ!」
ディルが咳払いをして居住まいを正した。
「私は受け入れられないのです! イシュタリカの将軍として、そう簡単に立ち合いを受け入れてしまっては祖国にも迷惑をかけてしまいます!」
「くっ……くぅぅぅ……ッ!」
様子を見ていたアインは少し、可哀想に思えてきた。
やがて諦めてしまい、セイは肩を落とし、見るも切ない足取りで立ち去って行く。
「うわぁ……」
そうまでして戦いたかったのかと、思わずアインも苦笑い。
すると、真向いの方の席に見えたリリの姿。
「ちょっと行ってくるよ。マルコとディルはここに居て貰うから大丈夫」
「アイン、どうかしたの?」
「リリさんが来たみたいだから、近衛騎士を連れて行ってくる。ほら、あっちの席にいる」
「あんなに遠くなのに良く分かったのね。でも分かったわ、気を付けて行って来てね」
「ん、じゃあまたあとで」
クローネに見送られ、貴賓席を立って近衛騎士を連れて連絡通路へ向かう。
この辺りは貴賓席とあって人の通りは極僅かで、居るのは貴賓とその護衛や家族ぐらいなもの。護衛は要らないと言えば要らないのだが、こうして騎士を連れるのもたしなみの一つ。
会場は広く、真向いの席の近くまで数百メートルは歩いただろうか。
一つ階を下って見張りの横を通り過ぎ、リリが居た席の方へと歩いた。
(居た)
手持ち無沙汰そうに壁に背を預けていた彼女を見つけ、アインは足を止めずに歩いていく。人の通りが少ない方へ向かいながら、すぐ後ろにリリが付いてきていることを感じながら。
やがてたどり着いたのは人気の少ない階段だ。
大理石調の床と、石レンガで敷き詰められた空間からは大闘技場の格式の高さを感じさせて止まない。
アインはリリと踊り場で足を止め、一見すれば雑談をしているように見えた。
「早速、情報共有をしとこうか」
「お願いしますー! 任せてください! リリちゃんがそれはもういい感じに調べて来ちゃいますよー!」
「頼もしいよ。じゃあとりあえず――――」
順を追って、ついでにマジョリカが黄金航路との取引で得た情報も共有してしまう。
なるべくかいつまんで話したつもりだが、思っていた以上に話すべきことが多い。昨晩の事まで進めたのは十数分後のことで、少し喉が渇いてきた。
「歩きながら話そう。店で飲み物でも買ってさ」
「りょーかいしました。じゃあ騎士たちは、うーん……」
「大所帯で歩いてても注目を集めそうだから、遠目に居てもらうってことにしよう」
今更だが、これから歩くなら気を遣い過ぎということもない。
近衛騎士に距離を開けるように言い、再度歩き出した二人は目的もなく、なるべく人の通りが少ない場所を探すようにして足を進めた。
階段を下り連絡通路を歩き、何となく闘技場を出て外周に行くと、いくつも立ち並ぶ出店の中から適当な店を選んで飲み物を買い、喉を潤わせてまた歩く。
もうこれぐらいだろう。
共有すべき情報は言い終えたと思ったアイン。
そろそろ席に戻ってもいいところだったが。
「なんだこれ」
大闘技場の裏手にて、全く人気のないところで気が付いたモノ。
壁が、大闘技場の壁に残された扉のような形の跡だ。
「工事をして扉を取り壊したんじゃないですか?」
「あー、そういうことか」
「枠だけ残して扉の部分を埋めてる雑さはうわぁーって思いますけど、大体そんな感じだと思います。こういうのって、見てると手を突っ込みたくなりません?」
「気持ちは分からなくもないけど、手を突っ込んでも何もない石にぶつかるだけだよ。――――こんな風に……って、あれ」
扉の枠に手を伸ばすと、あるはずの感触がいつになっても届かない。
アインの手は石の壁に触れるどころか、何もない空を突き差した。そして、石の壁は水の波紋のように揺れて、手を押し出すと更に奥へ奥へと進んでしまう。
なんだこれ、アインがつい身体を乗り出すと中には通路が広がっていて、奥にはもう一つ扉がある。
すると、遅れて身を乗り出したリリが眉をひそめて言う。
(大闘技場の持ち主って、今は黄金航路なんだっけ)
人目に隠していたい秘密の出入り口を前にして、どうしたもんかと苦笑いを浮かべた二人。取りあえず外に戻ってから考えよう、としたところで奥の扉が開かれて。
現れたのは、胸に子を抱いた獣型の異人種だ。
「はぁっ……はぁっ……!」
声を荒げて進む異人種は女性で、しきりの背後を気にしながら駆けてくる。
彼女はアインとリリを見つけると目を輝かせて大きな声で。
「助けてくださいッ! 私とこの子をどうか……ッ!」
何がどうなっているのか、理由を考える必要はなかった。アインとリリは示し合わせたように前に進み、駆け寄ってくる女性と距離を詰める。
それと同時に、扉の奥から現れた純粋な人の戦士が二人だ。
「おい待てッ!」
「逃げられんぞ! どうせ扉は貴様には開けられ――――なっ、奴らは一体……ッ!?」
「リリさん、後ろの扉って本来は開けられないみたい」
「もしかしたらアイン様の魔力が強すぎて壊しちゃったのかもしれませんね。設置型の魔道具って、想定以上の魔力を流し込むと壊れることがままありますし」
「なるほど、道理で俺たちが入れたわけだよ」
やがて、女性がリリの胸に抱かれる。
「もう大丈夫ですよー、良く分かってませんけど安心してください」
「あ……ありがとう……ございま……す…………」
「ありゃ、気絶しちゃいました」
二人はこの状況下でも落ち着いていた。
「貴様ら一体どうやって中にッ!」
「捕獲してから聞けばいい!」
迫り来る戦士を前に、アインがリリの面前に身体を出し。
状況について言葉を発する。
「理由はどうあれ、彼女が必死に逃げなければいけなかったってことだ」
「ですね。それは確実です」
だったらどうするか。
戦士たちは不敵に、距離を詰めながら剣を抜く。
相手が誰であるかを悟ることはなく、侵入者の捕縛に全力と言わんばかりに。ただ、相対するアインは剣を抜くことなく真っすぐと、磨き上げられた双眸を向けるだけ。
「俺は偶然来てしまっただけなんだけど」
「詳しくは地下で聞いてやる、その女と一緒にな」
「……やっぱりそうなるかー」
相手の台詞を聞いてアインは心に決める。彼らが表には出せない仕事をしている連中であるのなら、そして自分に剣を振るつもりならば話は早い。
――――暴食の世界樹、あるいは魔王アイン。
呼び名はどれでも構わない。
正しく認識すべきは、彼を敵にすべきではないということだから。
「とりあえず」
声の後で戦士が見たのはアインの瞳。
何か、瞳孔の奥で蠢いたようなものを見た気がした。
次の瞬間に足が震え、全身から汗が噴き出る。
足は止まり、口がガタガタと揺れていた。
「君たちがそれ以上進むことはできないんだ」
トンッ――――。
一歩、アインが近づいた際に生じた足音より。
戦士たちは意識を失い、力なく横たわった。
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