乖離。
先日からお伝えしていましたが、原作4巻とコミックス1巻が
【11月9日】に同時発売となります!
原作4巻はそれはもう新規で書き下ろしまして、
web版で物足りなかった箇所は徹底的に改稿を加えました。
範囲としては冒険者の町バルト編となり、マルコとの戦いも描かれます。
成瀬先生の挿絵付きですし、
web版でお付き合いいただけている方にも楽しんでいただけるように
頑張って仕上げた一冊となっておりますので、
ご予約の方、どうぞよろしくお願いいたします。
アインが竜人のすぐ傍に腰を下ろすと、彼女はぽつりと語りだす。
「――――しかし、変な子よの」
「俺がですか?」
「そうじゃ。前に見た時とは別人のように見えるし、一目見て分かる自信を漂わせておる。何がお主のことを変えたんじゃ? たかが数日、たかが数か月。仮に数十年経とうとそれが穏やかなだけの日々であったのなら、お主のようにはなれん」
すると彼女は小さく笑って。
「ま、勘じゃけどな!」
「ええー…………勘だったんですか」
「うむ! じゃが儂の勘もそう馬鹿にはできんぞ。幾度となく上位者にちょっかいを出されたときだって、勘頼りに命を拾ったこともある!」
「はい? 上位者?」
「読んで字のごとく、儂よりも強い奴らのことじゃ」
ふぅ、と息をつく竜人。
古い記憶を探るように目を伏せて、それでいて頬を少し引きつらせて。
彼女はどこまでも自然体にアインを驚かせつづけた。
「儂はこの大陸よりも大きな龍を殺したこともあるし、古い神族を屠ったこともある。じゃが上位者どもは別格じゃったのう……。強さを過信してちょっかいを出したことは、今でも夢に見るほど後悔しとる」
「あれ、ちょっかいは出されたんじゃ? その言い方だと、先に手を出したのは貴女みたいですけど」
「こ、細かいことを気にしてはならんのじゃ!」
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、不貞腐れた様子で唇を尖らせた。
アインはそれを見て笑い、話を変える。
「でも信じられません。神様が負けるような相手なんて」
この時はあくまでも、神という絶対的な存在が負ける相手を疑うように言った。しかし実際は、アインは竜人の強さをよく知っている。彼女が勘を頼りにやっとのことで命拾いしたと言われても、まったく信じられなかったのだ。
「――――世界は広いということじゃ」
「俺にはこの大陸と……隣にある大陸だけが世界です」
「ほう? 海を渡ったところに島があるなんて、よう知っておったのう」
「は、母上から聞いていたんで!」
「シルビアが? いつの間にそこまで調べて……まぁ、あ奴なら不思議ではないか」
思わず口走ってしまったが、シルビアのおかげで難を逃れた。
『お主は遠くの世界を見たいと思うか?』
『興味がないと言ったら嘘になりますけど、すぐに行きたいとは思わないです』
『む?』
『俺にはこの国に家族がいますし、するべきことがありますから』
『それは悪くない考えじゃ。お主は儂と違って家族がおるんじゃし、それを大事にするのは素晴らしいことよ』
ふと、マルクはきょとんとした顔を浮かべて彼女を見る。
『貴女の家族はどこにいるんですか?』
『さてな。家族と離れてから数千幾年、どこで何をしておるのかも分からん。生きておるのかすら知らぬ』
家族仲が悪かったのかとマルクが思う。
しかし、実際はそうではなくて。
『別に仲が悪かったわけではないのだぞ。単に儂が故郷を嫌っていただけじゃ』
『聞いてばっかりなんですけど……どういう場所だったんですか』
『おかしな場所じゃよ。常に覇を競い合う同胞が居て、それを当然と思う友たちが居た。あの地を楽園と謳う馬鹿者ばかりで、儂は生まれながらにして価値観が合わんかったのう』
『な、なかなか珍しい場所だったんですね』
『じゃろぉー? じゃから儂は見限ったんじゃが、それを許さぬ掟があった』
『ならどうやって故郷を離れたんですか?』
『なんじゃ気になるのか。そんなの決まっておるじゃろうに』
高笑いをした彼女からは、マルクが感じたことのない覇気が漂っていた。細胞そのものが敗北を悟るような力強さと、世界そのものが彼女を祝福しているような強さに満ち溢れている。
『奴らが言う楽園を、この儂が滅ぼしたからじゃ』
『ッ――――!?』
『ち、違うぞ! 別に快楽主義のように戦ったわけではない! あくまでも、儂が去ることを認めぬ奴らが襲い掛かってきたから……それから逃げるためにじゃからなッ!?』
しかしマルクは頬が引きつるのを止められなかった。
『まったく、どうして儂が引かれなければならんのじゃ!』
『え、えぇっと……何と言いますか』
反応に困っていたが、何とか「どうしてそんなに強くなれたんですか?」とアインが言葉を紡いだ。
不意にじんとした頭痛が一瞬、アインの脳裏を駆け巡る。
(今のは)
頭痛の理由を探るも、そんなのはお構いなしに竜人が言う。
「もともと強いからに決まっておろう」
「え」
「儂は生まれながらにして強かったからの」
あとは時の流れに任せて生き、その強さは磨かれてきたのだと。
アインからしてみれば少し理不尽に思えてならない。
「故郷を離れるまで努力をした記憶もない。ただ心の向うままに生き、躍れるものだけを欲していた。自分から強くなろうと思ったのは、故郷を離れてからじゃったな」
彼女はそう言って立ち上がった。
それまで静かにしていた木霊たちが名残惜しそうに、されど、いつものように朗らかな笑みを浮かべたまま宙を舞う。
「さて、儂は儂の仕事に戻ろうか」
「ママー! 今度はいつ会えるの!」
「いつ!? いつ会えるの!?」
「次はちょっと時間がかかるかもしれん。よくて百年、あるいは数百年じゃ」
長い時間会えなくなることに、木霊たちが悲しむかと思いきや。
「じゃあすぐだね!」
「うん! 待ってるから!」
と言って、あっという間に飛び去ってしまった。
百年がすぐ? アインは思わず目を見開いたものの、エルフよりも更に気長な時間感覚と思えば、決して違和感はなかった。
「あるいは――――」
竜人が神隠しのダンジョンに向かいながら。
「お主との約束のためになら、外に出てくるのもやぶさかではないが」
「あっ! ま、待ってください!」
「はっはっは! じゃあのー!」
最後はあっという間に駆けていき、彼女は神隠しのダンジョンに足を踏み入れてしまった。
一方、残されたアインはゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。
不意に訪れる耳鳴りにさいなまれたときのような、不可思議な空気に目を閉じる。五感が研ぎ澄まされすぎて目もくらむような、自分が自分ではないような、四肢が自分のものでないような感覚が身体を支配していた。
「さっきまで話してたのは……」
思い当たる節は一つだけある。
初代国王マルクだ。
でも確かにさっきは自分だったという想いがアインにはあったし、自分の口ではっきりと言葉を発していた記憶がある。でも、何か違うように思えるのだ。
自分の口から言葉がでてきていたが、その言葉が別人のものだった。
こう思うと、違和感がない。
「意味が分からない」
唐突な現象に対して考えが追い付かない。
「俺はさっきまで何をしてたんだ……それに、どうしてここにいるんだ?」
すると、頭痛が頭を襲った。
――――『良い子じゃ。ではそうさな、お主がまた大人になったころにでもまた会うとしよう。約束を守っておったならば、儂が何か一つ願い事を聞いてやろう』
聞いたこともない竜人の言葉が、なぜか明確に思い返せた。
思い返せたという表現が正しいかは分からないが、確かに頭の中に聞こえてきたのだ。
やがて頭痛は収まったが、筆舌にし難い乖離感は収まることがなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
どうやってキングスランドまで戻ったのかは定かではなかった。
しかしアインは、戻ってすぐに五感に変化が訪れた。
「……なんかスッキリした」
というのも、竜人と会っていたころの不可思議なものが消え去ったのだ。いつの間にか、そんなものはなかったと言わんばかりに。
つづけて、開墾が進んだキングスランドを眺め、大きく深呼吸をした。
穀物の穂が黄金色に輝いて風に靡く。
天球を覆う茜色の空と相まって、絵画的な美しさだ。
「おかえりなさい」
「あ、あぁ……ただいま」
声をかけてきたシャノンに、少し気の抜けた返事をした。
「なによ。私に何か言いたいことでもあるの?」
「い、いやいや! ちょっとぼーっとしちゃってただけで……別に何もないって」
「ふぅん」
「――――それにしても」
シャノンを見ると、これまで見せていなかった珍しい姿をしている。
ごくありふれた町娘という感じではない。えんじ色のロングスカートをはいて、上には白いシャツを着て袖をまくり白い肌が露出されている。
自慢の赤毛は夕暮れに照らされ、頬には薄く、土の汚れが付着していた。
生まれながらの容姿の良さもあり、ただの農民にも見えなかったのだ。
「土、ついてるよ」
「ッ……ど、どこ? あ、だから私のことを見てボーっとしてたんでしょ!? 人がせっかくお出迎えしたっていうのに、ひどい人なんだから!」
「だからそういうんじゃないってば」
仕方なさそうに苦笑して、アインがシャノンの頬に手を伸ばす。
「ほら、とれた」
軽く拭えば元の滑らかな素肌だ。
シャノンは手をのばされたことに抵抗もせず、どちらかと言うと呆然とした様子で受けれいていた。
「…………ありがと」
「ん、どういたしまして」
「…………あっち。マルコが貴方を待ってたから早く行ったら?」
「マルコが?」
「内容は知らないけど、帰りを待ってたわよ」
すっと顔をそむけたシャノンがぶっきらぼうに言うも、不機嫌そうではない。
さて、アインには帰りを待たれている理由に覚えがあった。
今日まで、イシュタリカと袂を分かち気味に動いてきたことの目的だ。
シャノンに礼を告げてから少し歩く。
するとマルコもアインが帰ってきたことを察知していたようで、マルコの方から近付いてきた。
「おかえりなさいませ。お疲れのところ申し訳ありませんが、ご報告を」
「ああ、頼むよ」
「カイン様によるご助力の甲斐もあり、マルク様の悲願が達成目前でございます。残された地はわずかとなり、大陸はもはや二分されていると言っても過言ではありません」
「予定より数段早くて何よりかな」
「奴もそろそろ動くのではないかと」
その言葉にアインは「だろうね」と短く頷いた。
今日もアクセスありがとうございました。
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