秘密を暴くためには。
木曜日は仕事のため更新が出来ませんでした……。
夏場は少し仕事が忙しいため、どうかご容赦頂ければ幸いです。
魔石グルメ3巻が発売中です。
まだの方は是非、試し読みだけでも楽しんでいただけますと幸いです。
夕刻、王妃ララルアもまた、ここ最近は忙しさに参っていた。
茶を飲む時間も満足に用意できていなかったのは、これまた長女の婚儀について、多くの確認事と決め事が重なっていたからである。
アインは偶然、ララルアと城内で邂逅した。
仕事に参っている彼女を見て、執務室で手伝いをしていたときのことだ。
「アイン君のときはもっと忙しいのよね……きっと」
「め、面倒をお掛けします……」
「いいんですよ。こういう忙しさって、幸せの裏返しだもの。裏返し……ええ、もしかしたら言葉の意味が間違えてるかもしれないけど」
「大体わかりますよ。カティマさんの祝い事の忙しさですしね」
同意したアインに微笑みかけ、ララルアはティーポットを手に取って茶を淹れる。
「王妃様なのにすごいお上手で――――っと、すみません。上から目線でした」
「気にしてないわ。でも、それを言ったらクローネさんもお上手だと思いますよ」
「……確かに」
かたや将来の王妃で、意味合いは似たようなものだ。
「お婆様、まだ紙の山が残っているようですが」
アインが目線を向けたのは、机の一角に詰まれた紙の山。
「あっちはいいの。確認する事に間違いはないのだけど、ハイム自治領からの報告とかだから、気にしないで大丈夫ですよ」
「あー……そういうのもあるんですね」
「ええ。何せ王妃ですもの」
「いつもお疲れ様です。他にも、何か手伝えることがあったら教えてくださいね」
「本当にいい子ね。でももう大丈夫ですから、心配しないでね」
彼女はそう言ってくすっと笑いかけ、アインに扉を指し示す。
もういいよ、ありがとう。と礼を述べ、手伝いの終わりを示唆したのだ。
それを見たアインは「わかりました」と短く答え、ソファから立ち上がると扉に向かう。
「お婆様もご無理はなさらないように。では、俺はこれで」
「ええ、ありがとう」
去っていくアインを見送り、ララルアは足音が聞こえなくなったところで息を吐く。
何か面倒くさそうに、難しそうに眉をひそめて呟くのだ。
「気が付かないふりをしてあげるべきかしらね、オリビア」
そう言った彼女は、机から一つの資料を取り出した。
数枚綴りのそれに書かれているのは、すべてがハイム自治領からの報告だ。
リリをはじめとする重要人物からの報告に加え、多くの騎士や文官、当然ながら、ティグルからの報告も併せて届けられている。
どうしてララルアがそんなものに興味を抱いているのかと言うと。
「過去の落丁は治せないのよ。それこそ、過去ごと葬り去ろうとしない限りはね」
ある報告箇所を開く。
一年以上前の、赤龍騒動のあたりをだ。
気が付いたのはつい先日、暇つぶしがてら報告書に目を通していたときだった。
とある単語が騎士や文官からの報告にはあったというのに、それがリリやティグルなど、ただ一人からも届けられていない。
それは通常であれば有り得ない話だ。
何故ならば、重要な情報のすべては確実にリリたちからも届くはずだから。
ではなぜ届いていないのか、答えは簡単だった。
誰かが意図的にその情報を消し去っている、と言うことに尽きる。
情報が届けられた経路を見ていく間にどこでそれが途絶え、影が差したのかララルアならば分かる。
シュトロム領主の館だ。
いずれ、そこは王太子の別荘へと名を変えるが、今は関係のない話。
「ふぅ……」
椅子に深く腰掛け、頬杖をついて片手に資料を持つ。
重要な単語は「絵画」そして「描かれた女性が何かを受け取った」という情報だ。
「焦ったのかしら? あの子らしくもない」
情報の消却について、オリビアならもっと上手くやれたんじゃないか。
何せオリビアはハイムに居た頃、単身で国家規模の取引を締結してきた才女なのだから、細かいところに油断を生じさせるような女性ではないはず。
だからこそ、ララルアからしてみると何か気になってしかたない。
「リリに聞いてもいいのだけれど……」
どうせ王族令が使われてるだろう。
王妃の命令とは言え、簡単に覆せるかという疑問がある。
加えて、手を引いてあげてもいいという思いもあった。
「何を知っていて、何を隠してるのかしらね。あの子が遺跡と何か縁があって、神隠しのダンジョンと繋がりがあったってことかしら。じゃあ何時? 何時、どうやって縁を? ハイムに居た頃に足でも運んで? だとしても隠すようなことって何かしら。それもこれも、絵画がオリビアと仮定するとだけど」
確認するように一人呟き、口元に手を当て考え込む。
ダークエルフである彼女は今だ若々しく、その仕草はオリビア同様に艶っぽい。
「――――いえ、違うわね」
もしかして、と、はっとした。
現実離れした予想が脳裏をかすめ、自身でも笑うような予想に呆気にとられたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
深夜、アインは得も言われぬ寝苦しさに苛まれていた。
身体中を走る痛みは、まるで体の芯まで溶けそうなほど。
脳は頭痛の言葉でくくっていいものか。感じたことのない痛みと吐き気を催し、それでも気を失えない頑丈さに苦笑していた。
ベッドの上、寝ようと思っていたときのことだったのだ。
全身に浮かんだ汗とおさまらない呼吸。
辛さは数時間にも感じたが、時計を見ると数分も経っていない。
唐突に鼻腔をくすぐった草花の香りにより、不意に平静を取り戻した。
同時にアインは窓際から入り込む風に気が付く。
(窓なんか開けては――――)
疑問に答えたのは、竜人だ。
いつの間にか窓枠に座っていた彼女は笑う。
アインを見て、情け深い表情で。
「今のがピークじゃ。勇者の力が魔王の力と喧嘩してたんじゃろうよ」
「…………どうしてここに、貴女が」
「そろそろだと思っただけじゃ。儂の想像以上に辛そうじゃったら、少しぐらい手伝ってやろうと思っての。じゃが大丈夫なようじゃの、お主は既に、神隠しのダンジョンであろうと踏破できる力を持って居るようじゃし」
彼女との会話で確信らしい情報を得られたことはない。
今回もまた、同じようだった。
「一つ、面白いことを教えてやるかの。天騎士という言葉に覚えがあるじゃろうが、あれは勇者の力を人工的に複製した因子に感染した者のことじゃ。数百年前、イシュタル諸島における勇者の力を得たマルクの死後、あ奴の血液から……なんじゃったかの、名をオズと言ったか? あの狐が作り出した人為的な力じゃ」
「人為的?」
「うむ。感染するのは素養を持った存在のみじゃ。故に多くの者がその力に目覚めることはない。仮に覚醒したとしても、所詮は紛い物のコピー品。勇者の素養がない者は魂を払い力を使うしかない」
だからグリントの最期がああだったのだと、彼女は暗にそう言った。
「初代陛下の日記に、貴女と約束をしたと書いてありました」
「……ああ、約束したからの」
「教えてください。いったいどんな約束を」
「さてな、今のお主に教えるつもりはない。――――が、儂は約束を守った。マルクの願いを叶え、力を返した。残りの半分もいずれ帰るであろうよ」
「だから! 貴女はいつも事の核心をッ!」
「儂は約束を守ったのじゃから、それ以上を望むのは筋が通らんぞ。それともなんじゃ? 強引に聞き出してみてもよいが」
瞬間、アインは思わず身体中に力を込めた。
神隠しのダンジョンによる騒動もあり、一度強引に聞き出すべきかと思ったのだ。
問題は勝てるかどうか、聞き出せるかどうか。
何せ相手が相手だし、まだ差があるように感じてならない。
「いっておくが、やめておいた方がよいぞ。ここはいつもの場所ではなく、現実のイシュタリカじゃ」
もしも戦いにでもなれば。
この二人の力がぶつかり合えば、王都なんて簡単に崩壊させられる。
アインは息を吐いて視線を逸らす。
「うむ。諦めたようで何よりじゃよ」
「……せめて、最近の騒動について教えてください」
「おお! それならよいぞ! 儂の千年近く掛けた仕事がようやく終わろうとしておる。単に、あの地の力を儂が得ようとしているだけじゃから、そう迷惑はかけん。心配をかけたのう」
「え、あの……はい? 千年かけて、神隠しのダンジョンの力を得ようとしてたって?」
「うむうむ! あと二か月はかからぬから、心配せんでよいぞ!」
と言われても、これがアインが抱いた感想だ。
――――それから数十分の間、竜人は去ることなく近くで夜風を浴びていた。
アインが何度尋ねようと、彼女は決して口を開かず、ただじっとそこに佇んでいただけだ。
やがて、地平線の彼方に朝日が登りだす。
山々の隙間を縫って差し込む光は徐々に増し、あと一時間も経たぬうちに王都を照らすだろう。
「そろそろよいかの」
竜人がアインを見て、言った。
きっと彼女は最後まで様子を見ていたのだろう。
優しい表情で、目を細めて頷いている。
「あとな、いい加減儂の隙を窺うんじゃない! 少しは落ち着かんか!」
「いや何というか、やれそうだったら一泡吹かせたかったので。ずっと隙を探ってたのに、全く見当たりませんでした。なんでそんなに強いんですか?」
「相変わらずな男じゃのう……やれやれ」
彼女はそういって窓枠に立った。
「セレスティーナに勝った褒美に教えてやろう。あの二人はな、儂と取引をしたんじゃ。魂の一部と引き換えに、儂はあの二人に自由を与えたんじゃよ。そもそも神隠しのダンジョンはの、別に入り込んだ者を何処かに飛ばす力は持っておらん。姿形が変わることから、亡骸が残らんだけなのじゃ。」
「と、取引って!? いや他のところも気になりますけど!」
「うむ、取引じゃ! やはり血縁となれば使い勝手が良くてのう!」
「いやいやいや! 魂の取引って、そんな……えッ!?」
「あとはもう全部秘密じゃ! 全部全部秘密じゃよ! あーっはっはっは!」
彼女はそう言って、窓枠の外にゆっくりと倒れていく。
「ついでにさっきの質問に答えてやろうかの。何故儂が強いのかと言うとじゃな」
ふっと笑い、彼女の身体が光の粒子と化していった。
一際強い風に、アインは思わず目を閉じる。
「――――生まれながらにして強いからじゃ」
最後に「どうしても多くを知りたくば、儂の下まで来い!」なんて、何かボスのような言葉を残して、彼女は最初からいなかったように姿を消した。
残されたアインはベッドの上から立ち上がり、窓の外を見る。
「いない、か」
当然のように彼女の姿はない。
神出鬼没に現れたと思えば、色々と興味深いことを口走って立ち去っていったわけだ。
「二か月ね……もしかしたらその後は、もう居なくなるってことかもしれない」
確かにそれを示唆していったはずだ。
同時に、彼女は確かに言い残していった。
神隠しのダンジョンそのものには、人をどこかへ飛ばす力がないと。
加えてアインの力があれば、踏破できるだろうと。
「誘ってるとしか思えないし」
アインが足を運べない理由のすべてが消えている。
正直言って、前までは「危険を顧みず行く必要はない」という気持ちだったものの、あれほど秘密主義で居られると少し引っ掛かる。
セレスティーナとライルが交わした取引然り。
知るべきだ、という気分にさせられる。
まるで竜人に至るまでの道筋が、最初から準備されていたように思えてならない。
秘密主義であるものの、節々にアインへ気づかせようとしている思惑が見え隠れしていた。
言葉にするのは随分と難しかったが、アインは今、ある感情に苛まれている。
「数本立ての映画が終わる三十分前ぐらい……いや、自分でもなに言ってるのか分からないけど」
もし、もしも試練のような何かがあるとすれば。
アインに残されたのは、あの竜人との縁だけだった。
シュトロムに居た時に言った「王太子最後の仕事」の言葉に対しても、決して遠からぬ縁を感じてならない。
アインは歩き出し、机に向かう。
手帳を開いて予定を確認してみると、ディルとカティマの婚儀まであと一か月と少々だ。
「色々と落ち着いたら、行ってみるべきなのかもしれない」
問題は行く許可が下りるかに尽きるわけだが。
……後で考えるとしよう。
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