器は欠けていながらも、彼女以上の器はそういない。
【一巻が11月10日発売です】
ファイル漁ってたら、カティマの日記形式の閑話が掘り出されたんですが
これって需要ありますかね……。
「でも、おおよその見当はつきます。先ほどのように改まって宣言なさったということは、アインともっと距離が近くなりたい――そう考えてらっしゃるんですよね?」
「……はい」
「――いずれ、クリスさんがそうしたことを仰るだろうとは思っていました。ですがそれが今日になるなんて……という感じです」
困ったようにクローネが笑う。やはり彼女は可憐で美しく、花も恥じらうという言葉が良く似合った。
すると、彼女もまた気を引き締めたように手をぎゅっと握りしめ、俯いて数呼吸間をおいてくる。
「……ふぅ」
クローネは最後に息をついて紅茶を飲み干し、慈愛、我慢、やるせなさ、嬉しさなど。多くの感情を顔一つに乗せてみせた。
「結論から言えば、私に止める権利はありません。王族の男子が妻を一人だけ娶るなんて、シルヴァード陛下には申し訳ありませんが、愚策の極みといっても過言ではないからです」
「えぇ。そればかりはお父様の悪いところだと思うわ」
「特にイシュタリカは大国です。ハイム、ロックダム、エウロの三国を合わせてもまだ倍以上の大国です。であれば、私一人が妻となるのは。他の国のそれと比べても更に愚策です」
オリビアの言葉につづき、クローネが持論を口にしていく。
「加えて、私はアインの傍に立てるように……と、幼い頃から城での生活をはじめ、宰相のウォーレン様からの個人的な座学のお時間も頂戴しております。故に、私がアインを独占することはイシュタリカに対する不義理に当たる――というのは、常に心構えとして抱いておりました」
「……ですが私は、だからと言って奪うような真似は――ッ」
「クリスさんがお優しいことは良く存じ上げてますよ。ですのでこれから言うのは、私の個人的な我が儘と、どうしても納得しきれなかった小娘の戯言と考えてくださいね」
すぅっと、クローネが大きく息を吸う。
一度天井のシャンデリアを眺め、指先でシルバーブルーの髪の毛を弄ぶ。
「でも私は一人の女として、人並み以上に、アインを独占したいという気持ちを持っています。誰にも譲りたくない、私以外を見てほしくない。これらはイシュタリカに来てから抱いたんです。アウグスト大公家に生まれたときには、自分が異性にこうした考えを抱くなんて思ったことはありませんでしたけど……」
すると、年相応の明るい笑みを浮かべたクローネ。
どこか自嘲するような顔つきながら、俯き気味に毛先をくるんとカールさせた。
左腕にあるスタークリスタルがシャンデリアの明かりを反射させ、クローネがその灯りにアインの温かさを抱く。
「これらすべては、王太子アインの妻になるにあたり不要な感情です。でも、それを排除できなかったのは私の未熟なところです」
「そ、そんなことはないと思います……! 私から口を開いたというのに、こんなことをいうのは違うかもしれませんが……」
「……ふふ。クリスさんは本当に優しいですもんね」
マーサが静かにカップに茶を注いでいく。
食器が擦れる音は大抵が不用な音に過ぎないというのに、この時ばかりは、有名な楽団の演奏のように間を癒した。
「――ですが、私は以前と違い、少しだけ気持ちに変化があります」
クローネがそう言うと同時に、広間の空気が若干上ずった。
「私は祖国を捨て、まさに命がけでアインに恋をしていました。でも、クリスさんも同じだということを、ハイム戦争の際に理解させられています」
「あ、あれはその……ただ必死だっただけで――」
「人は何かの瀬戸際に瀕した際、その本質が見えるといいます。ならクリスさんの本質がそうだったんでしょう」
ですので、とクローネは話しをつづける。
「私は以前、夜も眠れないほど悩みました。同じく命懸けな女性がいる、その女性はアインと仲も良く、私にとって親友といえるほど懇意にしていただけている――なら、私が一人で意固地になるのは、イシュタリカにだけでなく、その女性にも不義理なのかと思ったんです」
すると、それまで髪の毛をもてあそんでいた手を止めて、クローネは優雅に立ち上がる。
「私は先に見初めてもらっただけです。なので、偉そうに言うつもりはありません――ですが、アインが受け入れるのであれば、私もクリスさんを受け入れられるだけの……心の余裕はあるつもりですよ」
そっと歩き出したクローネの背を眺めながら、残された三人の女性たちは察する。彼女の想いは、クリスの件に反対しないが、結局はアインがクリスに惚れるかどうか次第ということだった。
「あ、でも……クリスさん」
ふと、クローネが立ち止まり語りかけた。
「たくさんたくさん悩んだ結果、ようやく整理できた感情なんです。クリスさんを受け入れるのは特別ですからね?」
「ッ……あ、ありがとう……ございます……っ」
「はぁ……これぐらいで、聞き分けの悪い女を晒すのは終わりにします。クローネはこんな女だったんだと、そう思ってくだされば何よりです。これからは、王族に嫁ぐ女として振舞って見せますから」
「そんなっ……ですから、横から来たのは私で――」
クリスは立ち上がりクローネの背に近づこうとする。が、クローネが先に軽やかに振り返ると、ソファに腰かけるクリスの手前にトン、トンと軽い足取りで近寄った。
「クリスさん」
「は……はい……」
なんて素敵な笑みなんだろう。目を合わせているだけでも、同性のクローネに照れてしまいそうになる。
返事が上ずったのはそのせいで、クローネは腰をくの字に折って顔と目線を合わせると、両手を腰に組んで口を開く。
「ふふっ――私、アインの一番でいることだけは……誰が相手でも譲る気はありませんからね?」
クローネは、分かりましたか? と尋ねるように、最後に顔を斜めに傾ける。
さっと髪の毛が流れ、クローネ特有のフェロモンのような香りと仕草。クリスだけではない、オリビアとマーサの二人も合わせて、クローネという存在に釘づけにされたのだ。
やがて、全員を釘付けにしたクローネは広間の扉に向かい、アインを迎えに行くと語り、広間を後にしていく。
見せつけたクローネの表情は、どこまでも凛として気高かった。
筋を通して気持ちを語ったクリスに対しての、感謝の念すら込められていたのだ。
「……驚きました。初めてお目にかかった時から、あの方はなんという大器だと思ったものですが」
少しの間扉を眺めていたマーサが、自然と呼吸するように言葉を漏らす。
「クリス。いいことを教えてあげましょうか」
同じくクローネに意識を奪われていたオリビアが、気を取り直して声に出す。
「クローネさんって、さっきの姿をいつもアインに見せてると思うの。それで、アインも幼い頃からそんなクローネさんに慣れてるのよね」
「はい……ハイムとの会談の際、ウォーレン様がクローネさんのことを、国家予算数十年分と試算した理由が良く分かりました」
「あら、そんなことがあったのね。うーん……今見積ったらもっと高そうだけど……」
無言で頷き返すことしかできず、恋敵――というのはまた違うが、クローネという存在の強さを改めて身に染みさせる。
「クリス様。お茶のお代わりでもいかがですか?」
「……すみません。氷の入ったお水でお願いします」
◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱり屋敷のお風呂がいいよね」
「それはなによりです。城の浴場と似せた甲斐がありますね」
場所は変わり、湯を浴びたアインがディルと共に廊下を歩いている。目指す場所は先ほど、クリスが想いを宣言した広間で、夕食もそこで採ることにしていたからだ。
湯上りで少し動きやすい服装のアインは、温かい湯に影響されてか上機嫌。
「お風呂はどうだった、アイン」
「あれ? クローネ……どうしてここに?」
「アインをお迎えに来たかったの。だめ?」
空気を察し、ディルはいつの間にか距離を空けて歩く。
アインが断るはずもなく、久しぶりのクローネと腕を組んで歩きだした。
「屋敷の中で腕組んでくるのって、珍しいよね」
「えぇ。今日は特別。広間に戻ってからするのは……多分、今はしたらいけないから」
「今はだめ……? 良く分からないけど、まぁ、みんないるからね」
いつもと比べ、クローネの腕には力が入っている。服にも深めの皺ができ、アインはどうしたもんかと思いながらも、何も言わずに彼女を更に引き寄せた。
「後で俺の部屋でゆっくり話す?」
「……うん。本当はそうしたいけど、今日はだめ」
「あ、えっと……こっちもなの?」
「――えぇ。さっきお話したばかりだし、今日ぐらいは私も我慢しておかないと、ひどい女になってしまうから」
(うん、何が何だか良く分からない)
とはいえクローネに語る気はないようで、濁した言い方はつづいていた。
こうした時、彼女が素直に語るほうが珍しいのは言うまでもない。
「今日甘えていいのは今だけなの。その代わり、次の機会からは我慢しないから」
「……分かった。良く分からないけど、分かったよ」
広間に付く直前で、彼女は自然と抱き着いた腕から離れて行った。
何をどう遠慮してるのかわからないアインは、戸惑いながらも彼女の振る舞いに合わせるのだった。
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