あたため"すぎた"想いを語る時。
魔石グルメ一巻、予約受付中ですのでよろしくお願いいたします。
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夕方――シュトロムについて感じたのは暖かさだ。
アインとクリスの二人は、つい昨日までバルトにいたとあって、シュトロムの外気は温かく感じる。
肌を刺すような冷たさは鳴りを潜め、胸元に吹く風に身をよじることもない。
二人は当然のように待っていた馬車に乗りこみ、旅の疲れに息をつきながら外の景色を眺める。
「そんな長い間暮らしてるわけじゃないのに、帰ってきた……って感じがする」
王都。特に城に帰った際には、その気持ちは更に強いのは想像しやすい。
日が沈むのも早くなり、すでに橙色と瑠璃色の境目は、濃い瑠璃色の方が広くシュトロムの街並みを包んでいる。どこか茶化したくなるような気分を抱きながら、アインは窓枠に肘を置いて、賑わう街並みに笑みを浮かべた。
「色々と騒動はつづいてますけど、シュトロムは相変わらず賑やかですね」
「新興都市だし、商人も集まってくれて有難いことだよ」
加えて、来週中には例のウォーレンの策。赤龍の卵の偽物が王家に献上される。
港町マグナに到着し、そのまま北上していく道中で、このシュトロムを経由して王都へ向かう。ティグルが筆頭となり、国王シルヴァードが待つ王都へ運ぶ流れとなる。
(ウォーレンさんの優しさなんだろうな)
ティグルに対する当たりは、皆がみな好意的ということではない。そもそも、アインとオリビアがハイムを捨てて帰国したという経緯もあるのだから、その裏に仕組まれたものがあったとしても、民草が素直に受け入れることは無かった。
ここに拘わるウォーレンの優しさというのは、ティグルがシルヴァードに宝物を献上し、頭を下げる機会を作ったという点に尽きる。
現在ではハイム公と呼ばれるティグル――彼がこうして忠誠を示すことは、どのような名目があろうとも有益に働くだろうからだ。
友人として付き合いのあるアインからしてみれば、なんと憎い行いだろうか。
「……そういえば」
ふと、アインはこれからのことについて口にする。
「俺……思うんだけど、しばらくの間、俺に出来ることって少ないよね?」
「えぇ、私もそう思います。騎士や文官は派遣されますけど、アイン様はしばらくの間、シュトロムの統治に専念するべきじゃないかなー……って」
「うん。クリスの言うとおりだよねー……」
シルビアから聞いた話はまとめた。それは既に、馬車に乗る前に王都へ届けるように処理してある。
近いうち、いや、もしかるすと今日中にウォーレンは動きだし、次の一手を考えることだろう。彼は後手に回るような男ではない。
やがて調査団も組まれ、アインが知らないうちに、多くの者たちが仕事に取り掛かるはずだ。
「仕事は山ほどありますからね? 直近だと策を兼ねたお祭りに、あとは話しが少し止まっていたアイン様印の果物の件ですとか――あとは……」
「わ……分かってるってば! やるって! さすがにもう、自分がしたいように遠出なんて求めないから!」
「えぇ。私はアイン様のこと、誰よりも信じてますからね?」
なんと心のこもった素敵な笑みだろう。彼女の笑みは宝石すら霞むとアインは良く思うが、近頃は磨きがかかったように思えてならない。
とはいえ、今のクリスの発言には、本当にダメですよ? という釘を打つ意味があったのは言わずもがな――。
「同級生お二人が頑張って下さるんですから、アイン様はアイン様のするべき事をしていましょう」
「なんていうかさ、むしろ、あの二人に任せたままでいいのかな……って思うところもあるんだけど」
「えぇっと……それはいったいどういう意味でしょうか?」
「バッツとレオナードを危険な目に合わせないかなってこと。それを言ったら騎士も文官も同じことだけど、バッツはまだ近衛騎士になってるわけでもないし、レオナードはもっぱら文官だから――」
「アイン様がお優しいのは私も良く知ってますよ。でも、アイン様は更に幼い頃に、海龍を吸い殺すなんて真似をしましたよね?」
それを言われ、アインはクリスから目線をそらし、シュトロムの街並みにそれを向ける。
すると、彼女は不思議と積極的に、アインの腕を引いて自分の顔に向けさせた。
「しましたよね?」
アインは向けられた紺碧の瞳に力なく頷き、反論できないことに苦笑した。
「……したよ、したけど俺はカインさん達の力を持ってたから……」
「あのお二人は、アイン様に仕事を任されて喜んでいましたよ。だったら、アイン様がそうした心配をするのは……もしかすると、失礼かもしれません」
互いにもう大人と言ってもいい年齢。だから、過剰すぎる心配をするのも確かに失礼かもしれない。
そうだね、と声に漏らしてクリスに同意すると、徐々に近づいてきた屋敷に目を向けた。
「色々あった仕事だったけど、クリスも明日明後日は休暇だっけ?」
「はい、そうなんです……けど、少し戦いというか……その……色々と大事な用事がありまして……」
「戦い?」
言葉が随分と穏やかじゃない。アインは眉を顰め、もう一度クリスに目を向ける。
「あっ――その、個人的な感情というかなんというか……自分で処理しないといけない問題ですので、そうご心配いただかなくとも大丈夫ですから……ッ!」
彼女は慌てて両手を振り、長い髪の毛を揺らして首を振る。
触れてほしくないのだろうか? アインは密かにこう察した。
「えっと、仕事か何かってことかな? 大変だったら手伝うから、何かあったら教えてよ」
「……あははは……ありがとうございます……」
戦いの内容を知らないアインに対し、頬を赤く染め、内ももをもじもじさせ、照れくさそうに答えたクリス。
それを伝えるのはしばらく待ってほしい。ようやく一歩を踏み出せたところなのだ。――屋敷までの道中、クリスはクローネに何て語り掛けようかと、このことで心の内が占領されていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
クローネやオリビア、そしてディルら屋敷の面々に出迎えられ、アインとクリスの労がねぎらわれた。すでに時刻は夕食時を過ぎており、皆が腹を空かせていたところだったが、夕食はまだおあずけ。
長旅で疲れていたアインへと、マーサが先に湯につかることを提案し、当然のようにアインが承諾。
彼と別れ、クリスは広間の一室でオリビアらと話をしていた。
「――ということでした」
語ったのは道中何があったのかという話ばかり。
手紙で報告していたが、やはり、クリスの口から語られると一層の緊張感が漂った。ただ、シルビアの助言が功をなしたせいか、そう悲観的な状況でないことに一同はほっと一息ついたのだ。
部屋にいるのは女性陣四名。
ディルはアインが入浴中だというのに、浴室の前で護衛をすると言い張ったからか、この場には同席していない。
クリス、クローネ、オリビア、マーサの四人だけだった。
「……」
話し終えた瞬間に訪れた静寂に対し、クリスは口を不自然にもぞつかせる。
すると、それに気が付いたクローネが小首をかしげ、どうしたのかと尋ねだした。
「クリスさん? 体調でも崩されてしまったんですか?」
「い、いえいえいえいえッ! 身体の調子は良くってですね、どちらかというと心の中というか……なんというか……」
宣言してきなさい。シルビアの助言を実行したいのだが、やはりどう約束をとりつければいいのか迷ってしまう。
自分は近衛騎士団団長だというのに、目の前にいるクローネには小さく見えているはずだ。これまで続けてきた剣の修業が何一つ役立たない。当たり前のことだが、握りしめたこぶしにも手汗が浮かんでいく。
「心の中……ですか?」
きょとんとした顔のクローネは、同じ女性から見てもやはり可愛らしく、ブルーファイアローズよりも美しい。
学園に通っていた当時、多くの男子生徒や貴族を魅了したことは有名であり、その愛情や可憐さのすべてはアインへ向けられている。
――そんな女性を相手にできるのか? 彼の心に滑り込めるのだろうか? いくつもの不安が脳裏を掠めた。
……すると、
「もしかして……アインのことでしょうか?」
「ッ――!?」
先手を打たれたのはクリス。さも当然かのようにクローネが言うと、クリスは目を見開いて彼女を見た。
「バルトから帰ってきてから、いつもより更に距離が近いように見えましたから」
「……ほ、本当ですか……?」
「えぇ。気が付いていなかったのなら、きっと無意識なんだと思います」
勿論無意識だった。
彼はそのことに気が付いているだろうか? 気が付いていたら、迷惑に思っていなければいいな……。
クローネを前にしながら、更に胸が大きく鼓動した。
やがてクリスは、もうこんな状況がつづくのはだめだと気がつき、シルビアの後押しを思い出して口を開く。
「そのことについて、お伝えしたいことがあるんです。その……夕食の前という短い時間ですけど、聞いてもらえないでしょうか」
「――えぇ。聞きましょう」
クリスの纏う雰囲気が変わり、クローネもまた居住まいを正して彼女を見る。
手に持っていた、茶の入ったカップをテーブルに置いて、斜めに流した足の太ももへと両手を置いた。
すると、すぐ傍に座るオリビアと、マーサの間にも緊張が走る。
「……私は」
息を吸う。紅茶の香りが少しばかり気を落ち着かせた。
落ち着いて息を吐き、目の前のクローネへとついに言葉を届ける。
「――私は、アイン様のことが好きです」
やっと口にできた。こうして素直に感情を吐露するのは初めてで、例えアイン本人がいなかろうと、全身に強く緊張感が宿る。
ただ、逃げたくなるような恥ずかしさや、後悔といった感情は少しもなく、対照的に、晴れ晴れとした気分に浸れたのだ。
「……」
ふと、クローネが黙った。
クリスは急にこんなことを言ってしまい、なんて自分は悪い女なのだろうと胸が痛む。それでも止められなかったことに、少しの自己嫌悪をしたのだが、もう言ってしまったことに変わりはなく、自身の気持ちに嘘は付けない。
「……」
つづいて、隣に腰かけたオリビアも黙りこくる。後ろに立つマーサも同じことで、目を白黒させてクリスを見ていた。
こうした時間がどのぐらい続いただろう。クリスにとって数時間にも感じたそれもようやく終わり、マーサが初めに口を開いた。
「クリス様。お茶のお代わりはいかがですか?」
「は、はぇ……ッ!?」
「あら、私もいただけるかしら?」
「かしこまりました。では先にオリビア様へお淹れしますね」
ごく普通に会話が始まったと思えば、オリビアはマーサから茶のお代わりを淹れてもらう。
自分にも尋ねてきたが、どうしてこの時になって、空気も読まないような発言で口を開いたのか――それが不思議だった。
「マーサさん。私にもいただけますか?」
「はい。承知いたしました」
「ま……待ってください! 私いま、すごく大事なことを言ったつもりだったんですけど……! どうしてそんなに軽く……ッ」
軽く流されたように思えてしまい、さすがのクリスも悲しく思う。
だが、どうして三人がそんな対応をしたのか。その理由はすぐにマーサから明かされる。
「どうしてもなにも、知ってたことを深刻な表情で語られましても……てっきり、アイン様の身に何かあったので、お身体を支えるためにお傍にいたのかと思ったぐらいですが」
「……あ、あれ……?」
逆にため息をつかれ、クリスはきょろきょろと三人の顔を見渡す。
オリビアとクローネの二人も同じだったようで、マーサの言葉に大きく頷き返す。
「どうして知ってるの? って顔されても、クリスがアインを好きなことなんて、別に前々から分かってたことだもの」
「わ、分かってたって……!?」
「態度見るだけでもわかるのに、今までの行いも忘れたのかしら?」
「……えぇっとですね、クリスさん」
オリビアの追及はつづいたが、思わずクローネが申し訳なさそうに口を開く。
「アインが初めてバルトに行った時。その帰りにクリスさん言ってましたよね? アインの傍に居たいって……その、こんな話もありましたし、アインのためにアーシェさんを召喚したこともありますから……」
言われてみれば確かに分かりやすい態度だった。
しかし、これらの件に関しては、クリスはバレていない自信があったのだ。というのも、それらはすべて騎士の忠誠心で片付けられる話でもあり、故に、恋心に通じるとは考えてもみなかった。
「頑なに下ろしてなかった髪の毛も、アインの傍に居られるようになってから下したものね?」
「ッ……それはそうですけど……!」
「私、前に調べたことがあるんです。エルフが魔石を捧げるという言葉を使うのは、意中の相手にだけなんですよね?」
それこそアーシェを召喚する際に口走った記憶がある。
そうだ。指摘されて気が付いたが、自分はこんなにも分かりやすい行動をしていたのかと――顔を真っ赤に染めて両手で覆う。
むしろ謁見の間でした儀式が見られていないことだけが、彼女にとっての救いだった。
「シルビア様にも言われましたけど……本当にバレてたなんて……ッ」
「ご……ごめんなさい、クリス。まさか隠そうとしてたなんて、私たち少しも考えた事なかったものだから……。それどころか、もう宣言したつもりなのかなって思ってたぐらいなのよ……?」
「申し訳ないのですが、実は私も同じだったんです。てっきり、クリスさんはそのつもりで口にしてたのかと思って……だからその、今宣言されたことに大きな驚きがなかったもので……」
状況はクリスが考えたものとは全く違う。
だが、クローネは一度息を吐いて気持ちを切り替えた。
「――とはいえ、少し失礼な返事をしてしまって申し訳ありません。――では」
彼女はこほん、とどこか品を感じさせる仕草で咳払いをすると、顔を上げて真っすぐクリスの目を見た。
紫水晶を思わせる宝玉のような瞳に、クリスも自然と引き寄せられた。
「本題は、アインが好きだから、クリスさんはどうしたいか――っていうことですよね?」
「……はい」
自身の気持ちは知られていてもさほど問題ない。
問題なのはこれからで、自分がどうなりたいのかを語らねばならない。
柔らかな笑みが消え凛とした態度を向けるクローネを見て、クリスの顔にも緊張感が戻りだした。
今日もアクセスありがとうございました。




