熱帯地域の遺跡[1]
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数日が経ち、予定通り彼らは港町ラウンドハートへとやってきた。
この任務というのが、事実、二人にとっての初めての、海を渡った瞬間だ。
「なぁ、レオナード」
「……なんだ?」
不機嫌そうにしているレオナード。
口数は少なく、船を下りるしばらく前から変わらない。
二人以外のイシュタリカ人たちは思った。
なるほど、未来の宰相閣下は、殿下への愛と忠誠心が強いのだなと。
どうしてこの考えに至ったのかというと、目的地がハイムだったからという事になる。
眉を顰め瞳の奥が揺らぎ、忌々し気な面持ちで、つねに窓の外に目を向けていた。
時折、急に立ち上がって席を外していたことが、ここまでの旅路で明らかになっている。
おそらくこの仕草は、アインに対しての過去の振る舞い……それをしていたハイムに対しての憎悪ゆえなのだろう。
――しかしながら、友人バッツの考えは違った。
いや、こいつはそんなことで不機嫌になってるわけじゃないぞ、と。
「吐き気止め、もう一回飲んどくか? 果実水と混じってるから飲みやすいぞ?」
「……すまない。もらえると助かる」
船酔いだ。
レオナードは長旅で船酔いをもよおしていた。
しかし、イシュタリカの船は揺れにも強く、長旅でも快適に過ごすことができる。
偏にこれは、レオナードが船旅に弱すぎたということに他ならない。
素直に受け取った彼を見て、バッツも極まりが悪そうに、明後日の方向を向いたのだ。
「しっかしまぁ、思ってたより綺麗な町になってんだな」
「んっ……ぷはぁ。あぁ、確かにな」
すると、バッツは気が付いた。
旧ハイム王都にそびえたつ、暴食の世界樹の亡骸に。
「あれがアインだったものってやつか? また随分とでかいな」
「アイン様の器通りだ。何も問題ないだろうに」
「あー、分かった分かった。ったく、吐き気止め飲んだ途端に強気になるんだからよ……」
◇ ◇ ◇ ◇
計画は過密な日程で、それでいて、繊細で神経質になって組み込まれた。
さて、ティグルと合流してからの二人は、調査団としてイシュタリカの騎士を連れて、港町ラウンドハートを出た。
馬を走らせ、エレナが指定した例の場所を目指し、丸一日かけて馬を走らせる。
「……少しずつ暑くなってきたな」
バッツが額の汗を拭った。
目的地は大陸唯一の熱帯地域とあって、じめじめとした湿気が苛立ちを募らせる。
文官な性質のレオナードに、元王子のティグル。
肉体派なバッツや騎士たちと比べて、二人は体力が劣ってしまう。
体調を崩さぬようにと、少しばかり気を使いながら馬を走らせたのだが、
「それにしても、ティグルも意外と体力あるんだな」
ケロッとしてる……とまではいかないが、表情に薄っすらと疲れをみせるだけだった。
元王子の彼が、ここまで精力的についてこられることに驚く。
「私は元からこんなものだ。以前、私がエウロでアインと会った事は知っているだろう?」
当時の彼は、クローネの情報を得るためにエウロへと向かった。
何の約束もなしに、唐突に現れた彼に、エウロも、そしてイシュタリカも慌てたことを覚えている。
「あー、それか。そんなこともあったらしいな」
「それに、ハイム公としての職務で、毎月のようにイシュタリカとの往復をしている。体力がなくば、務まらんだろうに」
仏頂面ながらも、どことなく楽しそうにしてる彼をみて、そうだったな、とバッツも笑った。
思えば、レオナードも根性のある男なのだ。
学園時代は魔物現地実習の、アインのための特別な日程を彼もこなす。
ロランもそうだったが、一組は、根性もなくば生き残れないのだろう。
「おい、なんだその目は。私だって、別にどうとでもなるぞ」
「分かってるって。ただまぁ、お前も根性あったなって思っただけだよ」
目ざとく気が付いたレオナードへと、つくろうように苦笑いを返す。
すると、バッツはこの暑い道のりに注目した。
普段目にするような、森の木々とは姿かたちが違う。
葉は大きく、そして尖っている。木そのものも背が高く、幹は楕円に太くて丈夫だ。
耳に届く音は、あまり耳にすることのない獣や、縄張りを主張する鳥の声で賑わっている。
すぅっと鼻で息を吸えば、じめっとした温い空気と、湿った土とどこか甘い香りが漂う。
たまに飛び交う羽虫の音がうるさく、早いところ下見を済ませたいという気持ちが高まった。
「なぁ、ティグル。例の遺跡ってまだなのかー?」
馬を走らせながらも、辟易とした声色で尋ねる。
「もうすぐのはずだが……ん?」
ティグルが何かに気が付いた。
目を細めてそれを確認し、大きく手を上げる。
すると、徐々に一団が勢いを緩め、数秒も経てば停止に至る。
「見えたぞ。あれが例の遺跡だ」
古ぼけた、ところどころが崩れた石の遺跡があった。
多くの箇所が苔に覆われ、太いツタが、柱にまとわりつくように伸びている。
人っ子一人いないというのに、なぜだろう?
不思議と感じたのは、誰かが住んでいるかのような錯覚だ。
「無事に到着してなによりだ。さってと、それじゃあ……」
「レオナード様。我々は、周囲の警戒、そして遺跡内部の魔物の確認に参ります」
「あぁ、頼んだ」
そう言って、イシュタリカの騎士が馬を下りて配置に向かう。
ハイムの冒険者でもなんとかなる地域だ。
きっと、彼らならば何も問題なく制圧に至るだろう。
「そういえば、魔物っているのか?」
「お前、ティグルの話を聞いてなかったのか?」
去っていく騎士を眺めながら、レオナードが頭を抱えた。
遺跡近くは暑さが顕著で、彼の額には汗が浮かび、首筋には彼の金髪がへばりついている。
心なしか、普段よりも呼吸にも落ち着きがない。
「魔物は居るさ、ただまぁ……遺跡内部にはいないらしいけどな」
「レオナードが言うように、遺跡内部にはいないんだ。なぜか、授けと降臨の祭壇には近づかないってことらしいが」
「ほぉー……そりゃ安心だな」
他人事のように口笛を吹き、バッツがゆっくりと歩き出す。
彼もまた、この暑さに参っているようで、額の汗をぐいっと拭った。
しかし、拭っても拭っても浮き出る汗に呆れ、大きなため息をふぅっと吐いた。
「んじゃま、俺たちも中に行こうぜ。ウォーレン様から、遺跡内部をしっかり確認してこいって言われてんだ」
「あぁ。策に穴をつくるのは許されない。細かなところも確認して帰るぞ」
二人が歩きだしたのを見て、ティグルも進んだ。
バッツ同様に、汗を拭っても拭っても湧き出てきたが、意外と、こうして二人と進むのは気分が悪くない。
◇ ◇ ◇ ◇
騎士とすれ違い、彼らに内部の状況を尋ねる。
曰く、本当に魔物らしい姿が見当たらないという。
それどころか、危険な獣の姿すらないとのこと。
三人は安心して歩き、最深部にあるであろう祭壇を目指す。
「……中は意外と涼しいんだな」
レオナードが、興味津々に辺りを見渡しながら言った。
言われてみると、確かに内部は涼し気だ。
なぜか、不快な湿気も鳴りを潜めたのだから。
「日陰にもなっている。岩で空気も冷めるのではないか?」
文官寄りの二人が、頷き合って意見を交わす。
一方で、バッツは二人の後ろをあるいて辺りを窺う。
遺跡内部は薄暗いが、崩れた天上から、外の灯りが入ってくる。
そのため、歩く道は良く分かった。
湿った土と苔の香りが漂い、ここが普段、人が寄り付かない空間なことを教えた。
壁になった石材に触れてみると、ざらっとした感触に、うっすらと露が垂れている。
地面も壁も、ひび割れた箇所はいくつもあるが、崩壊しそうにないところに、この遺跡の造りが重厚なことが分かるのだ。
三人が進むのは、屋敷で言えば玄関ホール。
それぐらい広く大きな空間が、かなり奥までつづいているのだ。
太く高い柱が何十本も伸びており、天井までは30m程度だろう。
――すると、バッツが壁に描かれた絵に気が付いた。
「おい、二人とも」
立ち止って二人を呼ぶと、前を歩く二人が振り返る。
「どうしたんだ、バッツ」
先にレオナードが声をあげ、二人は数歩歩いて彼の元に戻る。
「こんな文字と絵、みたことあるか?」
「文字と、絵?」
親指で指示し、レオナードとティグルの目線を向けさせる。
そこに描かれていたのは、三人が目にしたことのない文字と、
「な、なんだこれは……? 一人の女と子供……か……?」
「……ティグル、これは女というよりは、女神……ではないか?」
跪いた一人の子供と、子供の前に立つ背の低い女性。
背の低い女性の服がまた、どことなく見慣れないものだったのだ。
「あ、あぁ。確かに女神かもしれないが……与えているものはなんだ?」
「――剣じゃねえか?」
横から顔を乗り出してバッツが言う。
彼が言うように、背の低い女性は跪いた子供に、剣のようなものを差し出している。
何が何なのかさっぱりだ。
やがて三人は横に逸れていき、別の壁画に目を向ける。
「これはさっきの子供だな。何かと戦ってるみたいだけどよ」
「……この子は男みたいだな。ふむ……後ろには、多くの人々を引き連れている」
バッツが見て、レオナードが見た。
何かの戦争なのだろうか?
しかし、似たような絵が何枚もつづき、ふと、場面が変わったのだ。
「おい。その男が死んだみたいだが、どうなってるんだ?」
ティグルが気が付いた新たな場面では、棺の周りに四人の人が立っていたのだ。
そして、壁画はここで終わりを迎えている。
「誰か来てくれないか?」
すると、レオナードが声をあげ、すぐさま騎士が一人近寄る。
「はっ! 何かございましたか?」
「ここの壁画を写しておいてほしい。ついでに、文字も頼めるだろうか?」
「お任せください」
もしかしたら大切な情報なのかもしれない。
レオナードは写しを用意するように指示すると、
「先を急ごう。今の情報は本国へと持っていく。あとで検証するのがいいだろうからな」
バッツとティグルは頷いて、歩き出したレオナードの後ろを追った。




