選定と下見の支度。
先日からお伝えしていることとなりますが、
タイトル変更をする予定がございます。
旧題で魔石グルメと後部に付けると思いますが、よろしくお願いいたします。
ティグルは馬に乗り、数人の護衛とエレナを連れて屋敷を出た。
はやる気持ちを抑えながらも、馬をいつもより急かして港町に足を運んだ。
ここには矛盾があるが、彼なりに表情には気を付けている。
やがて、町の入り口で馬を下りると、以前とは違う町並みに目を向ける。
さて、アインにまでは、届いていないであろう、ある情報がある。
それは、港町ラウンドハートの町並みに関することで、
「……相変わらず、妙に開いた道だな」
以前の港町ラウンドハートは、大通りの奥に大きな屋敷があったのだ。
アインが生まれた家である。
ではそこに何があるのかというと、ティグルの言葉が関係している。
長い大通りは、以前は吹き抜けた空間ではなかった。
ではなぜ、今はスッキリと一本道になってしまったかというと、クリスが発端だ。
以前、ティグルは語っていた。
港町ラウンドハートの復興作業がはじまる際、クリスがやってきて、鬼のような形相で破壊していったという。
プリンセス・オリビアの主砲を食らい、すでに半分以上が崩壊していた屋敷が、刻一刻と崩壊したとのこと。
そこに新たな建物は建てないのか? と、考えた民も多くいた。
だが、彼らは一様に口を閉ざし、何かを語ることは無かったという。
なぜならば、イシュタリカの者たちが、屋敷があった敷地を強く毛嫌いしていたから。
こればかりは当然なことで、民は空気を読み、不平不満は口にしない。
当然だが、ティグルたちや位の高い人物も同じことだった。
結局今では、ただの平地としか体を成さない。
「相も変わらず、旧王都がちゃちに思えてくるところだ」
ため息を漏らす。
例えば石畳、例えば清潔感、例えば街路に建つ灯りを放つ魔道具など。
小さなとこ一つとっても、以前の港町ラウンドハートからかけ離れている。
すでに全体に、イシュタリカの技術力が加わったことで、人々の生活はとても豊かだ。
変わらないものといえば、潮風ぐらいなものかもしれない。
「殿下、お越しでしたか」
彼に声を掛けたのは、元ハイム王国騎士。
この騎士は、昔からティグルと近い場所に居ることが多かった。
例えばエウロへの遠征、アインとはじめて会った時には、護衛としても同行した。
また、元ハイム王国騎士と言うのは、すでにハイム王国という名は存在せず、自治領としてなんとか生きながらえているからだ。
「殿下ではない。敬称を用いるならば、ハイム公と呼べ」
「……し、失礼致しました」
「まったく……殿下と呼んでいい相手を間違えるんじゃないぞ」
つまり、王族に使うべきなのだ。
「ですが! ティグル様だってハイム王家の――ッ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな、私はそんなに気にしていないのだ」
語るティグルの顔は晴れやかで、王族時代によくみせた、眉間の皺は鳴りを潜める。
「国を捨て逃げ出した時点で、王族を名乗る資格は消えている」
「そ、それは……あの時の状況が……!」
「……まぁ、責任を放棄したことに対し、私は数えきれない後悔を経験し、存在意義を見失った。だけどな」
すると、彼は騎士の肩に手を置いた。
今までのティグルならばしないような仕草に、騎士が驚く。
「――私は今が嫌いではない。というわけだ、だから気にしないでくれていい」
「ティ、ティグル様……」
「恐怖から逃げた人間が、新たなきっかけで新たな事を見出す。昔話に良くありそうな話だが、そんな陳腐さが私に似合っていたということだ」
「……」
彼は昔、こうして吐露することがあっただろうか、騎士は内心で考える。
何を考えてみても記憶になく、これも、ティグルの変わった一面ということなのだろう。
「だがな、陳腐だろうが、悪くないものは悪くないのだ。なぜだろうな?」
今日のティグルは饒舌だった。
いや、相手によってはいつもこうなのだが、今の相手は騎士。
であれば、こうした態度はみたことがない。
「穿った誇りは必要なく、対等に軽口を言えて、小突き合える。相手の目を気にすることなくステーキを口に運び、濃厚なソースが口元に付着し、それを笑われても怒る気になれない。さて、この感情はなんと言えばいいのか? ……そういうことだ」
今まで何度も謝罪した、後悔した。そして、何かに吹っ切れたのだ。
また、その後に待っていた現状は、不思議と居心地が良かった。
きっと、それだけの話なのかもしれない。
「とはいえ、安心してくれ。私はハイム公として、この地の繁栄に命を注いでいるからな」
以前のような重圧はなくなり、自分らしさを表に出して統治をしている。
意外と、ウォーレンたちからも、ティグルの能力に関しては評価が高かったのだ。
「……はっ。これからも、これまで同様にお仕えいたします」
「頼もしい限りだ」
ふっ、と笑って労った。
それから騎士とは別れて、船が停泊している桟橋に向かう。
近くには、イシュタリカ人とハイム人が共に仕事をする、ちょっとした屋敷が建っているのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
外壁は白く、屋根の赤が映える。
港町マグナによくある、建築方式や意匠で、ここも以前と違った光景といえよう。
「エレナ。大工や美術家を何人か呼ぶ必要がある」
「でしたら、バードランドに声をかけましょう」
「そうするべきだろう。この策の発案はウォーレン殿だ、値切り過ぎる必要はないぞ? 満足のいく職人を選定してくれ」
そう言って馬を止め、屋敷の中に足を運んだ。
広い玄関は天井が高く、床にはふかふかの絨毯が敷き詰められる。
ところどころに建てられた柱は、外壁同様に白く美しい。
――今日も賑やかにやりとりが行われているようで、新たな都についての話が進んでいた。
さて、彼らがやってくるまでに、仕事を済ませることにしよう……。
ティグルは頬を軽く叩いて気合を入れると、さっと窓をみれば、ここからも暴食の世界樹が目に入った。
なんとも大きな樹だな、と、苦笑いを浮かべた。
彼はそのまま足を進めて、階段を上って奥の部屋に向かう。
「誰か来ても、すぐには入れるな。私に伺いを立てろ」
「はっ!」
連れてきた護衛にそうつげて、彼らに部屋の扉の番をさせる。
そこは、ティグルやエレナの執務室で、限られた人物しか入室を許可されていないのだ。
急な来客はあるかもしれないが、事が機密性を貴ぶための措置だった。
扉を開けると、ハイム製のものではない家具ばかりだ。
快適さに大きな違いがあり、すでに慣れたティグルでも感動を覚える。
「なにか資料が必要だな」
「選びます。どういったものでしょうか?」
エレナがそう答えて、本棚に向かう。
「龍の卵――というのだから、各都市が近いのはよろしくない」
大陸イシュタルではなく、こっちで見つかったという体を成す必要があるのだ。
ウォーレンが考えた策に対し、その地域を選定して伝える必要がある。
「冒険者が稼げる地域のほうがいいのだが、残念なことに、イシュタリカと比べれば規模が小さい」
「えぇ……ですから、古い伝承か何かを利用しては?」
提案を聞き、ティグルが彼女を見る。
「古い遺跡がございます。冒険者の間では、なにか逸話があるそうでして」
「ふむ? というと?」
おもむろに椅子にこしかけ、つづきを促した。
すると、エレナも思い出すように、口に手を当てて語る。
「虫や小動物程度の魔物しか現れないそうです。ただ、その最深部には、魔物が寄り付かない祭壇があるそうで……」
本棚から一冊の本を取り出すと、それをティグルの前の机に持っていく。
どうやら地図のようで、あるページを開いて差し出した。
「ロックダムの南、我々の北西か? この辺りはじめじめとした、熱帯地域だったと思うが」
「その通りです。その遺跡はこの地にありまして……祭壇にも、異名があるそうです」
エレナは説明をつづける。
地図を興味津々にみるティグルに対し、何の気もなしに教えるのだ。
「降臨と授けの祭壇と呼ばれるそうですよ」
「……で、何が降臨して、何を授けてくれるのだ?」
ティグルが頬杖をついて聞くと、
「実は、その辺りは分からないんです」
エレナは困ったように笑うばかりだ。
「はぁ……なるほど。冒険者たちが呼びはじめた、特に意味のない異名だろうな」
それでも悪くない。ティグルはそう感じた。
利用できる逸話か条件があればなんでもいいのだ。
今重要なのは、逸話が本当かということじゃない。
「では、差し当たって……その、降臨と授けの祭壇だったか?」
「仰る通りです」
「そこの近隣を一つの候補地としよう。神が降臨し、龍の卵を授けられたとでもすればいい」
こじつけにすぎるだろうか? しかし、そもそも、龍信仰すら似たような節があるのだ。
古い遺跡で、たまたま卵が見つかった――としても、頭ごなしには否定されないような気がしている。
「ところで、神が存在するならば、ハイムの運命はどうなっていたと思う?」
ニヤっと笑い、いたずらするように尋ねたティグル。
「……私はこう思います。もしも神が存在していたのなら、もっと早くに、ハイムは無くなったのではないかと」
過去の行いを踏まえ、天罰があるならもっとはやかったはずだと論ずる。
すると、ティグルは大口を開けて笑った。
「はっはっはっはっはっは! そうだ、エレナの言う通りだな! ならば、きっとその祭壇だって、何の意味もない」
やがて、満足いくまで笑った彼は、これまた楽しげな表情で語る。
「現地視察ぐらいは必要だな。エレナ、日程調整を頼む」
「ティ、ティグル様が行くのですか?」
「当然だ。私が責任者なのだからな」
こんなとこで行動力を発揮しないでほしい。
エレナが内心でため息をつき、同時に気が付かされた。
娘の良い人と、こういう面ではそっくりなのだなと。
「一応場所の下見をする、とウォーレン殿の手紙にあった。つまり、レオナードとバッツが向かうことになろう。わざわざ足を運ばせたのに、私だけ胡坐をかいて待つのも悪いからな」
「ティグル様? 今は自治区の長とはいえ、立場は相応のものですからね?」
だから遠慮してほしいと、彼女はそう告げたのだが、
「あぁ、そうだな。エレナがその言葉を、アインにも言えるのならば私もやめることにするが」
どうだ? と、ずるい一言を口にしたのだ。
当然のことだが、エレナに止められるはずもない。
それは精神的にも、力の問題……権力的な話でもそうだ。
むしろ、あの娘が止められない相手を、自分が止められるはずもなく、
「……イシュタリカの騎士にも、護衛の応援を依頼しておきます」
最後は諦め、せめてもの安全確保に奮闘するのだった。
今日もアクセスありがとうございました。




