第三十八話:暗殺者の願い
「結論がでやした! 三日後の朝から作戦を開始するっす!!」
会議室から廊下を少し歩いた場所にある客室。出されていた紅茶と菓子でお茶を濁していたターナたちの元へ、ルーカスが勢いよく飛び込んできた。
その言葉の意味を聞き取り、飲みこみ、理解したところで思わず表情に浮かぶのは安堵感と緊張感だ。
「三日……ずいぶん早い。それにしても数日も長引いた会議が良く終わりましたね」
「みんなの発言が少しとはいえ影響も与えたってのもありやすが、隣の都市からの援軍がようやく出発したってのが大きいっす」
「今更援軍ってか。もっと早く動けねぇのかよ」
「貸しを作りたくないと、一部が援軍を拒否しようとしてたって背景がありやすからね。それで作戦に失敗したら元も子も無いっていうのに……」
機嫌の悪そうな顔でルーカスは言葉を紡ぐ。色々と事情があり、仕方が無いことなのかもしれないが、素直に援軍を受け入れれば良いのにとは思ってしまう。理解できても納得はできないのだ。
何はともあれ、予定が決まったのならターナたちも準備したほうが良い。早速、行動を始めようと皆が立ち上がっていき、机の上でもごもごと銀色の毛の塊に動いていた。
「ほら、フウ。もう出るだろうから食べるのはやめなよ」
「ちっおまあって」
「あんたの身体のどこにその量のケーキが入ったのよ……」
机の上にちょこんと座り、ケーキを頬張っているフウをジェシカは呆れたように見下ろす。精霊であるフウの身体のサイズは子犬ほどしか無く、散乱している菓子の食べあとは明らかに彼の大きさとは不釣り合いだ。
フウは柔らかな毛に付着したクリームを器用になめ、口の中にいれていた分も咀嚼しきるとふわりと浮き上がる。そのままリオンの頭の上に着地、するギリギリのところでとどまった。
「さすがにそのまま乗っかる訳にはいかないよな」
「危ないところだったよ。もう少しでリオンの髪の毛がクリームまみれになっていたね」
「それは勘弁してほしいかな……」
いくら舐めとったと言ってもそれはフウの舌が届く範囲のみ。それ以外の場所は依然として汚れており、そのまま定位置に戻ればリオンの白髪が大惨事になることは想像に難くない。
「そもそも精霊が食べた物ってどうなるんですか。その……排泄とかはしてませんよね?」
「確かに気になるわね。フウ、あんたの身体どうなってるの?」
ふと湧き出た疑問をターナがぶつけ、ジェシカがそれに乗っかる。それは誰もが気になることだったようで、ルーカスまでもがフウに視線を向けた。全員の注目を集めたフウは困ったように笑みを浮かべると、
「全部魔力に変換して吸収されているよ。別に呼吸だけでも活動する分は確保できるし、魔法をたくさん使って消耗してもリオンから分けてもらえれば問題は無いんだけどね」
「じゃあ、フウは飯抜きでも問題ないってのか?」
「突き詰めればそうだけど一人だけ何も食べないのは寂しいし、ボク自身の魔力が減ったときにリオンの負担が増えちゃうから、可能な限り食事はした方が良いかな。別にケーキである必要は無いけど」
なるほど、一定の理解を全員が示す。この世界の住民であるターナにはよく分かっていないことだが、生き物が持つ魔力の回復とは基本的に食事などで行われているらしい。
呼吸でもある程度は補給できるが、食事と比べれば微々たる量だ。だからと言って魔力の保有量が大きい人が決まって大喰らいと言う訳では無い。あくまで魔力の変換効率とやらが極めて高いだけだそうだ。
つまり、フウの高い魔力量と大喰らいなことは全く関係ない。
ちなみに、ゲームのように座って一分ほどで回復することも、もちろんあり得ない。
「なるほど、フウは基本的に顕現したままでやすから、その分自力で魔力を補給しないといけないと……うちのクランには精霊使いはいないっすから知らなかったっすね」
「ルーカスが知らないってのは意外だな」
手を叩き納得した顔のルーカスへ、クリスが珍しそうに視線を向ける。ターナたちからすればルーカスやミリアは、冒険者がらみのことであれば何でも知っていそうな人物だ。
大抵のことは聞けば答えてくれる彼らまでもが知らないとは驚きである。
「一時的なパーティーで組んだことはありやすが、初対面の相手に自分たちの情報を何から何まで教えるのは、そうそういないっすから。せいぜい一般的な知識……術者か精霊のどちらかを倒せばもう片方も倒れることと、魔力を共有できることぐらい……」
「そういうものなのか……それより凄い大事なことをサラッと言わなかったか?」
主に後半部分である。精霊使いは片方を倒せば──殺せばもう片方も死ぬと。
「知らなかったの? 僕がやられちゃったらフウも、フウがやられちゃったら僕も死んじゃうんだって」
「いや、知らなかったぞ」
クリスが顔を引きつらせ、周りの反応も似たようなものだ。その中でジェシカは思い出したかのように声を上げる。
「ゲームの時にも使役してる精霊のダメージはプレイヤーにも入るって仕様あったわよね? それじゃないかしら」
「確かにありましたね……どうしてあるのか意味が分からないものでしたが」
ジェシカの言うゲームの時のルールをターナも思い出し、一応の納得を現す。『精霊への攻撃は通常のダメージに加え、プレイヤーにも一定割合が反映される』と言うものだ。
しかし、どういうわけか精霊が攻撃するとプレイヤーが狙われたため、範囲攻撃以外では無意味な仕様だった。その範囲攻撃も、精霊特有の回避率と魔法防御力の高さによってあまり気にならないと本当に意味が分からない。
しかし、現実と化しているこの世界で、それが反映されているとなると無視できない問題となる。
「二人も同時に友達が倒れるなんて絶対に嫌だからな。俺たちも気にかけるけど、注意してくれよ」
真剣な顔で釘を刺すクリスにリオンとフウは揃って頷く。そのような仲間同士の思いやりあるやり取りをルーカスは微笑ましげに眺めていた。
☆ ☆ ☆ ☆
場所は変わり、別の建物に移る。都市の中心から外れた冒険者向けの商店街。ターナとジェシカが先日訪れた武器屋をターナたちはルーカスに連れられて訪れていた。
店の中に入ると前回と同じように──短剣の男性はいないこと以外──年配の店長がカウンターに座っており、扉が開く音に気が付いて本から顔を上げる。
「いらっしゃいって……この間の嬢ちゃんたちか。あの時は助かった」
「いえいえ、放っておくわけにはいきませんでしたし……あの男は捕まりましたか?」
「いいや、衛兵に連絡したがそう言った情報を入ってきてないな」
あの後、我に返った男性とターナとジェシカは、ひとまず衛兵に通報しに行ったのだ。最も事件の数が多いため、元の世界ほど一つ一つを調査してもらえないのだが。今回も犯人を捕まえることはできていないようだった。
「ターナさん、知り合いなの?」
「ええ、お休みさせてもらっていたときに一度寄ってまして」
この世界の住民では無いターナたちには身内以外の知り合いが皆無だ。そのため不思議そうに尋ねるリオンの疑問は最もであり、ターナの返事に納得の色を示した。
「話をぶった切って悪いっすが……魔法金属製の武具はどこに売っていやすか?」
「魔法金属製なら数は少ねえけど向こうの棚にあるぞ。どれも自信作だ、性能は保障する」
「向こうっすね。期待させてもらいやすよ」
言われた店の奥側にルーカスが歩いていき、それにターナたちも続く。店長の前を通るときに軽く会釈しつつ、目的の棚の前へたどり着いた。他と比べて頑丈かつ値が張りそうな綺麗な棚だ。
高級感は確かにあるが下品なほどでは無く、そこへ納められる物もそれ相応に美しい。
「これ……本当に金属なのか?」
「魔水晶に見えなくもねぇが……微妙に違うな」
「魔水晶は純粋な魔力の結晶っす。それに対して魔法金属は地下深くで長い時間、高密度の魔力に浸かっていた鉱石が変化して生まれる魔鉱石が原料っすね。人工的に生み出す方法が発見された魔水晶よりも、よっぽど価値は高いでやすよ」
棚に並んでいるのはやや透明色の強い刃を持つ武器の数々だ。アリシアの言葉通り水晶に近いものにも見えるが、反対側が見えるほどに透き通っているわけでは無い。だが、決して曇っているわけでは無いのだ。
色は様々であり、深い蒼色の剣、翠色に輝く槍など。とても鉄などと同じ金属とは思えない。
「綺麗ですし……魔力を感じる?」
「そうだね。属性もそれぞれ違うかな」
「正に魔法金属ってことかしらね」
まだまだ拙いとはいえ仮にも魔法を扱う身。本来、無機物には宿らないはずの魔力をそれらの武器から感じ取っていた。
「魔力ってのは生命力とも言い換えられるっす。それを宿した魔法金属は生きる金属とも呼ばれていやす。魔力を吸収してある程度の損傷なら勝手に修復されやすし、あながち間違いでも無いっすね」
自動修復付きの武器とは男のロマンを刺激される言葉だ。しかし、扱うターナの技量が追い付かないだろうから、手に入れても仕方がない。それでも興味は非常にそそられて値札を探し、驚愕と共に顔を引きつらせた。
「0がいっぱいですよ……!」
「ジェシカが飲んだって言ってたジュースは銅貨二枚だったか? つまりこいつは……まあたくさん飲めるってこった」
思わずアホそうな言葉を口にするターナと、残念な頭を働かせるアリシア。しかし、この世界の金銭感覚が全く無いため仕方がない。とにかく高価なことは分かった。
仮に購入するとしたらどれだけ貯金すればいいのだろうか。そのようなことをターナが考えていると、ふとクリスが顔を上げた。
「俺たちの武具の調達って言ってたけど……まさかこれを買うのか?」
「そうっすよ。金で命を買えるなら安いもんっす」
再び驚愕。確かにここを訪れたのはターナたちの武具を用達するためだったが、まさかこのような物を用意するとは聞いていない。ルーカスの物言いだと全員に購入するようだが、いくら何でも感謝一つで受け取れる価値のものでは無かった。
「さすがにこんなものを貰うわけには……少し質が良い程度の普通の剣で大丈夫ですって」
「そうだ。俺なんて騎士団に借りてた剣と盾、どっかに吹っ飛ばしっちゃったぞ。これもまた無くすかもしれないし……」
「貰えるっていうなら、おれはこの剣を……いてっ!」
「アリシアは黙ってなさいね」
一部欲望に率直な発言もあったが、それは無視しておく。あくまで遠慮するクリスとターナの姿にルーカスは苦笑しながら、しかし真剣な表情で口を開き、
「普通は喜んで受け取る人が多いんっすけど。そっちの世界の国民柄がそうなんでやすかね? まあ、さっき言った通り金で命が買えるなら安いんっすよ。それにあっしは結構稼いでやすから、この程度買うなんて訳も無い」
「でも、いくら何でも……」
「強情っすね……それじゃあ、言い換えやすよ。──知り合いが死ぬのは見たくないっすから、黙って受け取れ」
表情を殺し、冷たい声で言い放つルーカスの姿に、思わずターナたちの身体が強張る。だが、発する言葉が優しすぎるためすぐに霧散した。
ルーカスの表情も元に戻っており、それを見たクリスが大きくため息を付く。
「そこまで言われたらありがたく貰う。だけど、その分働かせてもらうからな」
「張り切りすぎない程度にするっすよ?」
どうしてルーカスがここまで気を掛けてくれるのか、それは分からない。彼のクランの後輩に対しても面倒見の良い姿はよく見かけるし、誰にでもそうなのかもしれない。
だが、今はそれを考えても仕方がないだろう。そう割り切って、ターナは恐る恐る自分に合いそうな武器を探し始めた。
☆ ☆ ☆ ☆
「本当に、誰も死ぬんじゃないっすよ」
割れ物を扱うように、だが眼を輝かせもしながら武器を選ぶクリスたちを後ろから眺め、ルーカスは呟く。本当だったら今回の作戦にクリスたちは都市に置いていきたい。それは戦力外だからという意味も多少はあるが、今回の作戦でクリスたちを護りきれるし自信が無いから。
今までも危険であったが、最悪の場合『世界の裏側』で安全地帯に引きずり込めば、絶対に死なせることは無いだろうと見越してだったからだ。自分以外の生物を連れていくのはかなり大変だが、五人と一匹程度なら何とかなる。
だが、その自信も前回の偵察で無くなってしまった。理由は単純、『世界の裏側』を破ってくる敵がいたからだ。そして、その敵は必ずルーカスの元へやって来ると確信がある。
だって、その敵の正体は恐らく──
「境遇も何もかも違うけど……あっしたちと同じ結末は嫌っすからね」
過去を思い返し覚悟を決めた様子で呟くルーカスの声は、誰にも聞きとられることは無かった。




