第三十七話:作戦会議
都市の機能の多くを集める中枢機関。その敷地の門の前へ、ターナたちはルーカスに連れられてやってきていた。元の世界での建物にも引けを取らないような建物は、この都市を収める人物が貴族では無いことも関係あるのか、実用性を第一に作られているように感じられる。
「何と言うか、この世界らしく無いって印象か? 日本にあっても違和感無さそうだな」
そう感じたのはターナだけで無かったのか、隣に立つクリスも興味深そうに眺める。何度も見せつけられているが、この世界、科学が発展していない代わりに魔術が発展しているため案外技術レベルに差は無かったりする。
唯一大きな違いがあるのは生活の格差だろう。都市に来れば上下水道などを完備しているが、その周辺では井戸まで水を汲みに行く光景だって当たり前のものだ。大都市から馬で一日足らずの場所ですらそうであり、貴族も勘定に含めればなるほど、格差社会と言われても何一つ間違いはない。
「だけど、警備の人間は鎧に槍だぜ。違和感ねぇか?」
アリシアの言葉も一理あった。だが、それは日本を知っているターナたちだけの感覚なのか、ルーカスは不思議そうな顔をするだけだ。
「確かに変わった建物でやすが、違和感とかは無いっすよ?」
「こっちの世界出身なら、そう感じてもおかしくないのかしら。……ゲームの時にはこんなマップ無かったはずなんだけどね」
「ゲームとこの世界って似ているようで全くの別物ですから。実際、ゲームとの共通点なんて地理と自分たちの身体ぐらいですし」
ゲーム上では小さな村など一々配置されていなかったのだから、その地理すら当てにならないかもしれない。
そう考えてみると、この世界は本当に謎だ。そもそも地球以外に別の世界が存在すること自体、不可思議なのだが。
地球がどうして存在するのか、と尋ねられても答えられないと同じで、そのような理由を探しだすことは不可能なのだろうか。しかし、元の世界でのゲームと酷似しているという点に着目すれば何かが見えてくるような気がする。
世界が先なのか、ゲームが先なのか。仮にゲームが先に生まれてのだとすれば、この召喚騒ぎも元の世界が関わってくる可能性が──。
「ターナさん、もう入るみたいだよ?」
「あ、すみません!」
リオンの声で我に返ると、いつの間にか前進していた仲間たちを慌てて追いかける。急ぎ足に駆け寄ると、どうやら門番の兵士にルーカスが話を通している最中のようだった。
しかし、いくら事務的な会話とはいえ兵士の態度は若干刺々しい。聞いた話によれば都市長の誘拐はそれこそ一瞬で、ほとんど察知できずに行われたそうだ。できたことなど、辛うじて逃走目前の犯行グループのうち何人かの顔を確認した程度しかない。
自らの仕事も満足にこなせずに敵の良いようにされたとなれば、士気の低下は仕方の無いことだろう。だが、それが素人のターナの眼にも見え見えなのはいただけないはずだ。情報規制をしているのに、これでは何かあったと宣伝しているようなものである。
「ルーカス殿を含めて全部で六人と……精霊様がお一人ですね。確かに確認しました。開門します」
そのようなことを考えているうちに話は終わったようで、兵士が大声で叫ぶと門が開かれていく。やはりどこか表情の硬い兵士が目立つ中、ルーカスを先頭にターナたちは中央の建物に歩いていった。
☆ ☆ ☆ ☆
「実はほんの少し観光気分ってのもあったんだけど、そんなことできそうにないわね」
げんなりと小声で話しかけられた言葉にターナとアリシアは揃って頷いた。一行は現在、作戦会議室へと向かって建物内を歩いているのだが、通りすがる兵士の目線が非常に痛い。ターナたち六人の顔を全て観察し、その中にルーカスの姿があるのを見て取ってようやく目線を外すのだ。
仕事熱心なのは素晴らしいことだと思うが、そこまで遠慮なく視線を送られるとかなり気まずい。何もやましいことなど無く緊張する必要は無いのにも関わらず、そう思わせてくるほど。
今のジェシカの声にさえ、一番近くにいた兵士が即座に振り返ったのだから驚きしかない。
「到着っすね……。分かってると思いやすが、今は少しピリピリしてるからあまり下手な発言は控えて欲しいっす」
「そんなバカなことはしねぇよ」
「あんたが一番やりそうなんだけど?」
何故か自信満々なアリシアにすかさずジェシカの突っ込みが入る。何を言われているのか理解して無さそうな黒髪少女。無自覚とは怖いものである。
その様子にルーカスは苦笑すると、木製の大きな両開きの扉に手をかけ開け放った。そして視界に会議室の様子が映し出される。
部屋の大きさはちょっとしたパーティーが開けそうなほどには大きく、その中央には見るからに高級な赤いテーブルクロスをかけた石製の机が鎮座している。正面には魔道具の一種なのか、青みがかった透明な横長の板が壁と並行に設置されていた。
その表面には黄色い光で文字が書かれており、魔道具版のホワイトボードのようなものなのだろうか。
そしてテーブルに並べられたイスに座る年齢から性別までバラバラな集団が、激しく言葉を交わらせていた。その中の一人、恐らく三十代前後の鋭い目つきの男性が入室したばかりのターナたちを一瞥している。
「ルーカス殿とそちらの方々が例の転移者か。わざわざ足を運んでいただき感謝する」
「ちょっと送迎しただけっすから。それより話に進展はありやしたか?」
「恥ずかしい限りだが一切無しだ。意見がまとまらずに行動できないとは本当に情けない」
自分を責めるような男性の口調を聞いて、その理由となっている会議へ耳を傾けてみる。机を挟み右に六人、左に五人の計十二人の参加者たちは、その佇まいからしてどうやら文官と軍人に分かれているようだった。
「だから! 何かしらの要求が来るべきまで下手な行動は慎むべきでしょう!! 中途半端に刺激をして都市長の命を失うことがあったらどうするのですか?」
「確かに相手が普通の犯罪集団であれば、身代金などの要求を待つのは一つの選択肢だ。しかし、今回の集団はルーカス殿の情報通りなら、気分次第で都市長の命を奪ってもおかしくないだろう。理性無き獣と見なして早急に攻め込むべきだ」
まだ年若さそうな文官の青年が熱く意見を語り、老練な騎士らしき男性があくまで冷静に真っ向からそれを叩きつぶす。下手をせずとも親と子の年齢差で大人げないとも言えるが、それは騎士の方が青年を対等な相手と見なしている証拠だ。
事実として騎士の意見を覆せず、歯噛みしている青年へ向ける騎士の目線に侮るような負の色は一切見られない。
文官側が様子見、軍人側が早期救出を主張して意見が対立しているというのが現在の構図なのだろう。中立的な立場を取っているように見える人物も、それぞれ一人二人見られるが基本的にはそれで間違えていない。
「どちらも正しいのが難しいところっすね……クリスたちの言葉で一気に傾く可能性もありやすから頼みやすよ」
横着した会議の様子に一言零して、それからクリスたちに小声でささやくとルーカスはイスに、軍人側の六つ目の席に一礼してから座る。それに対して文句を言う人物はおらず、つまりルーカスを一介の冒険者では無く、対等に扱っているということだ。
そのことに驚きを感じつつも、取り残されたターナたちはルーカスの視線に従い彼の背後に立って並ぶ。さすがにターナたちの分の席までは用意されていないようで、仕方が無いことだろう。
ルーカスが特別なのだ。考えてみれば無理やりな交渉で近衛騎士団に協力関係を築かせるなど中々無茶苦茶なことをしでかしていた。冒険者クランサブマスターの称号がそこまでの影響力を持つのか──否、正確にはクラン“晴天の掃き溜め”の影響力か。
時間があったらこの世界での冒険者の扱いについて調べてみようと、ターナは心の中のメモに留める。そのようなことに思考を取られていると、ふと視線を感じてその先に顔を向けた。
視界にそれの持ち主が移り、最初にルーカスへ声を掛けた男性と眼が合う。僅かに声を聞き、姿を見ただけだが、明らかに厳粛そうな人物だ。嫌いではないが苦手意識をどうしても持ってしまい、若干の気まずさを感じる。
「せっかく来ていただいた者に立たせ続けるのも悪い。あまり質の良いものは無理だが腰かけ程度なら持ってこさせよう」
思わぬ提案に反応できない合間に、男性に呼び出された兵士が慌てて廊下へ向かった。
「平気なのですか? 俺たちがここにいるだけで、あまり良い顔をしない方もいると思うのですが」
「要らぬプライドで協力者に迷惑を掛けるほうが恥ずべきことだ。なに、文句を垂れるのなら全て俺が引き受けてやる」
獰猛な笑みと共にクリスへ言葉を返す男性。そこから放たれる迫力は只物では無い。このような重要な会議に出席できるということは、かなり高い位の軍人なのだろう。一個人の戦力が非常に大きな世界であるし、彼も一騎当千の強者であることに疑いは無い。
その雰囲気に圧倒されているうちに気が付くと、再び入室してきた数人の兵士によってイスが運ばれてきた。言葉通りルーカスたちが使用しているものと比べれば質は数段落ちそうだが、元の世界でもこの世界でも庶民側に属しているターナたちには十分すぎる代物だ。
「失礼します……」
恐縮しながら軍人側の壁近くに並べられたイスに着席する。男性も再び会議へ意識を向け直し、勝手な発言も難しいターナもそちらへ耳を傾けた。
「言っているだろう。奴らは何も考えていない、ただの愉快犯だ。それはルーカス殿の証言も然り、これまでの奴らの行動が証明している。事実、奴らは未だに潜伏している洞窟から動く様子を見せていない」
「そもそも、そちらの主張の理由となっているのは全てルーカス殿の証言です。こういっては何ですが、信憑性は本当にあるのですか? 現在見張りについている兵士たちでは内部への潜入はできていないのでしょう」
「……あっしが嘘の証言をしていると?」
「そうとは言い切りません。ですが証拠が無い以上、それを確定した情報として扱うのは認めかねます」
このルーカスの証言とは恐らく洞窟内で見た光景のことだろう。組織として機能している様子はまるで無く、個々人が好き勝手に飲み騒いでいただけの光景。
都市に居残りだったターナとジェシカは元より、同行していたクリスたちも直接確認していないことだが、ルーカスが嘘を付くようにも思えない。
何より同じ転移者としてその光景は容易の想像できる。プレイしていたMMORPGそっくりの世界にゲームキャラとして異世界転移。ラノベの展開そのものだ。
そこに集団による自制の効かなさが加われば、何をしでかすか分かったものでは無い。そしてその軽率な行動が大きな影響を及ぼしてしまう力さえも手にしているのだから、ひたすらに性質が悪い。
今回のような事件が起きても何も不思議ではないだろう。だが、それは日本出身であるターナたちにしか分からない感覚だ。この世界の住民である彼らからしてみれば、正体のよく分からない異邦人と言う認識でしかない。
本来はルーカスの証言が真実味を持たせてくれるはずであり、軍人側の人間たちは同じ戦士として一種の敬意と信頼を持っている節がある。だが、文官は別だ。
所詮は外部の人間でしか無いルーカスを信用し切れずにいた。
「あっしたち冒険者は信用が第一の仕事っす。無駄なことに嘘を付いてそれを無くす……それも都市の人間相手にそんなことをするメリットは何もありはしやせん。それであっしが嘘を付いていない証拠にはならないっすか?」
「そのリスクを払う価値のある目的があるとすれば? 何かしらの理由で兵士を動かしたいなど、例えば都市から戦力を減らすことで良からぬことを」
「貴様、それは妄想でしかないだろう?」
さすがのルーカスも僅かに眉を上げる。議論が熱くなり、言ってはならない侮辱の言葉を放とうとした文官の青年を、見兼ねた軍人の男性が止めにかかった。その静止でようやく我に返ったのか、赤から青ざめた表情に切り替わった青年は謝罪する。
「今のは言いすぎました。申し訳ありません」
「都市を思ってのことでやすから。理由も無しに何でも信じるよりはよっぽど好印象だと思うっすよ」
その罵声の矛先となっていたルーカスは先ほどの僅かな表情の変化もすぐに収めると、あくまでにこやかに人生の先輩として返した。怒りを表しても仕方のない、侮辱であったが誰も関係を悪化させたくはないのだ。
「せっかく来ていただいたのだ、転移者の方々にも……そちらのお嬢さん名前は?」
「……ターナと申します」
「では、ターナさん。そちらの意見も尋ねてみたいのだが、どう思う?」
何を根拠にしたのか分からないが、先ほどの騎士にターナは名指しで指名される。途端、会議室の中の注目が集まり、直後に感じるのは激しい緊張だ。
それが武の道なのか、政治の道なのか、違いはあれど全員が歴戦の戦士たち。その眼力を受け止めるのはターナ一人では荷が重い。
「ターナ、大丈夫だ。落ち着け」
そのターナの内面にクリスは気づいたのか、安心させるように小声を掛けてくれる。その言葉に背を押されながらターナは重々しい口を開いた。
「ぼ……自分は早期に、それこそ今すぐにでも行動に移すべきかと考えています」
「ふむ、その理由は」
「大体は先ほどの話と同じで相手が何をやらかすのか、全く予想が付かないからです。それに加えて“天使狩り”が関わっている可能性が……いや確実に関わっています。予想不可能な策を“天使狩り”に打たれる前にどうにかすべきかと」
ひとまず言葉に仕切れた安堵感を顔に出さないよう努めながら、ターナは会議室の面々の反応を窺う。だが、それは意外にも真摯に受け止められているようで、皆真面目に思考を巡らせている様子であった。
正直、自身の見た目が小娘でしかないと自覚しているターナは、まともに取り合ってもらえないと思っていたため予想外としか言えない。
「確かに目の前のことばかりを考えていたのは確かだ。十分に考慮すべき意見だと思うが、どうだろうか?」
ターナの意見を軍人の男性が後押しし、会議は再び踊り出す。この発言がどう影響するか、分かるのはもう少し時間がかかりそうだった。




