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第十四話 スキンヘッドの請負人 その1

 大通りを北へ暫く進んだ先、明らかに危険な空気を醸し出している男達がたむろしているギルドが瑛太達の前に現れた。物騒な刀剣類を携え、ぴりぴりとした空気を放っている屈強な男達は、皆瑛太の身体よりも二回り程大きい体つきで、触れれば直ぐに襲いかからんと周囲に睨みを利かせている。


「なんかめっちゃ物騒な感じがするけど、間違ってないよね?」

「請負人ギルドは血気盛んな者たちが集まる場所じゃからの。特に地方の請負人ギルドでは珍しくない光景じゃ」


 駈け出しの時期の請負人は犯罪者に片足を突っ込んでいるような者達が多いとルゥは言う。長い請負人生活を続ける内に彼らのとんがった部分が削れ、紳士的な立ち振舞になっていくらしい。だが、目の前にたむろしている恐ろしげな方達を見れば見るほど、瑛太には彼らが紳士的になっていく姿は全く想像出来なかった。


「どけ」

「は、はいっ!」


 教会から発行された魔獣討伐の依頼を受けたのか、目をぎらつかせた幾人かの請負人がドスの聞いた声を残し瑛太の側を横切って行った。数日前、大通りで聖職者と一緒に現れた請負人と同じように、睨みつける瞳にはうっすらと敵意が見え隠れしている。


「気をつけるのじゃ。彼らに難癖をつけられては余計な時間を食ってしまう……って、瑛太?」


 ふと見上げたルゥの目に映ったのは、まるで小動物のように怯えている情けない瑛太の姿だった。


「何をびくついておるか。情けない」

「い、いやさ、こういう空気凄く苦手なんだよね」


 屈強な請負人達の姿と彼らが放つ空気に、瑛太の脳裏には高校時代のイジメられていた記憶が蘇っていた。頭では大丈夫だと判っているが身体は無意識に彼らを拒絶してしまう。


「なんじゃ、儂の肉を後回しにしてまで請負人ギルドに行きたいと言ったのはお主ではないか。行きたくなくなったのであれば、肉に戻るか?」

「ンなわけないだろ!」


 馬鹿にするな、と瑛太が鼻息を荒らげる。

 そしてそのまま意を決した様に瑛太は最初の一歩を踏み出すと、睨みつける請負人達の側を通り抜け、扉のドアノブに手をかけた。

 軋み音ひとつ立てる事なく、瑛太達を招き入れるようにゆっくりと開いていく扉。そして、その向こうに広がっていた光景に瑛太はさらに度肝を抜く事になった。


「な、なんだこりゃ……」


 むわりと瑛太を撫でていくのは熱気のこもった汗臭い空気と、鼓膜を揺さぶる豪快な笑い声。

 瑛太の目の前に広がっていたのは、ギルド内に所狭しとひしめいている請負人たちの姿だった。ギルドに訪れる請負人達に開放している幾つかのテーブルにはひとつとして空席は無く、誰もが己の腕を自慢する武勇伝談義に花を咲かせている。


「ほう、これほどの請負人が居るとは驚きじゃの」


 涼しい表情を浮かべていたルゥも、この光景には流石に驚きを隠せないようだった。


「請負人ってこんなに居るのか。凄いな」

「いや、ここまで賑わっておる請負人ギルドは珍しいぞ」

「こんなにいるのにホワイトムーンにもバーバラ商会にも来ないって事は、やっぱシルバーアクセサリーを買い渋ってるのかね」


 ちらりとギルドを埋め尽くしている請負人達に視線を送る瑛太。やはり彼らの指や首元、耳にシルバーアクセサリーの類は無い。さらに、魔獣の討伐に出るわけでもなく、こうしてここにたむろしてるということは教会からの依頼も少なくなっているという事だろう。


「瑛太、あそこ」


 瑛太の耳にギルドの一角を指さすルゥの声が届いた。その指の先に見えるは受付らしき大きなカウンターとそこに立つふたつ人影。そのうちの一人は清潔感からは程遠い身なりの請負人と違い、小奇麗な服装に身を包んでいる事から請負人ギルドの店員だと想定できるが、もう一人は明らかにこの場に似つかわしくない華奢なブロンドヘアーの少年だった。


「マルクス君だ」

「ということは、話しているのは、ヘンリエッタが言っておったラドマンという男か」

「なんかいかにも、って感じの人だな」


 カウンター越しにマルクスと話している男の姿に瑛太はごくりと息を呑んでしまった。

 スキンヘッドの頭に左目を縦に切り裂いている大きな傷が特徴的な中年の男。ギルド職員の制服らしきシャツがパンパンに膨れ上がる程の筋骨たくましいその男は、そこらでたむろしている請負人よりもより危険な空気を放っているように瑛太の目には映ってしまう。 


「はよ行かぬか。聞きたいことがあるんじゃろ?」

「そ、そうだけどさ……」


 ラドマンの厳つい雰囲気にどんな言葉をかけるべきか悩んでしまい、ギルドの真ん中で二の足を踏んでしまう瑛太。スキル「コミュ障」を発動してしまった瑛太に活を入れようと、ルゥが瑛太のお尻めがけて右手を振りかぶった、その時だ。


「……あれ?」


 先ほどまでラドマンと言葉を交わしていたマルクスが突如くるりと振り返った。この雑然とした状況で僕達に気づくなんてマルクス君の後頭部には目でも付いているのだろうか。


「こ、こんにちは」

「……なんでここに」


 とりあえず挨拶から入る瑛太に、バツが悪そうに頭をぽりぽりと掻きむしりながら、マルクスが怪訝な表情を覗かせる。 


「マルクス、そいつらは?」

「あ~、え~と……姉ちゃんが信仰してるルーヴィク神殿の……」

「ルーヴィク神殿? ルーヴィク神殿って……商業神が祀られるあれか?」


 ラドマンが驚いたような声を放つ。ラドマンもルゥが祀られているルーヴィク神殿の事はよく知っているようだ。瑛太とルゥの姿を交互に見やるラドマンの姿が危険なオジサンが威嚇しているようにしか見えず、瑛太は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「ンで、このひょろっとした奴がそのルーヴィク神殿に祀られてる商業神の化身だって」

「……は? 何言ってンだお前」


 しばしの沈黙が流れた後、ラドマンが眉を潜める。


「いや、僕も信じられないんだけど、姉ちゃんがルーヴィク神殿に向かってる時に空から落っこちて来たんだって」


 いや、確かにそれは本当だけど、そんな話でラドマンさんは信じてくれるんだろうか。

 一抹の不安が過る瑛太。だが、そんな不安を吹き飛ばす程の声がラドマンから放たれた。


「嘘だろ!? 昔、神様が人の姿で天から降臨したって噂は聞いたことあるが……マジモンで商業神の化身なのか?」


 岩にナイフで斬りつけたような鋭く尖った瞳を大きく見開きながら唖然とするラドマン。その厳つい成りから想像出来ないほどに単純な男だったらしく、直ぐにマルクスの話を信じてしまったようだ。


「こりゃたまげたな。俺も引退するまで長らく請負人をやってきたが……神様に会うのは始めてだ」

「え、えーと……」


 あまりにも単純だったラドマンの性格に驚きつつも、この場で自分が商業神であることを名乗って良いものかと瑛太はちらりとルゥに視線を送った。


「名乗った瞬間、この場の請負人たちが襲いかかってくる、なんてこと無いよね?」

「解らぬが、請負人は依頼がなければ動かぬ筈じゃ」


 大丈夫であろう、と結論付けるルゥ。


「大丈夫。ラドマンさんは教会嫌いだからあんたを教会に突き出すなんて事しないよ」


 心配げな瑛太たちの空気を読んでか、マルクスがぽつりと語る。今回は空気読めたのか。


「あ、そうなんだ。てか、嫌ってるって教会は請負人に仕事を依頼する依頼主だよね?」


 大事なクライアントを嫌って良いものなのか。そう続ける瑛太にラドマンは小さく肩をすくめて見せる。


「ンまぁ、教会は大事な依頼主だけどな、裏で売春斡旋なんて汚ねぇ事やってる奴らは好きになれねぇだろ?」

「き、教会が売春……っスか」


 よくわからないけど今の言葉は聞かなかった事にしておいたほうがいいのかもしれない。


「ンな事よりも、自己紹介がまだだったな。俺はこの請負人ギルドを取り仕切っているラドマンだ」

「は、初めまして。商業神をやらせてもらってる……瑛……ルゥです」


 握手を求めるラドマンの厳つい手を握りながら、瑛太はどうも、と頭を垂れる。

 その馬鹿に腰が低い姿にルゥはつい眉をひそめてしまった。


「もっと神様らしく振る舞わんか」


 威厳が無い男じゃ、と小さく囁きかけるルゥ。神様らしさって何さ。


「んで、ルゥ様はホワイトムーンに?」

「はい、その~……成り行き上」


 半ば強制的に。


「そりゃ良かった。ヘンリエッタもホワイトムーンの経営で大分参ってるからな。ルゥ様が来てくれたんなら、もう大丈夫だろ」

「ラドマンさん、こいつ見た目通りすっげぇ弱いんだぜ? 姉ちゃんの退魔魔術であの世に吹っ飛びそうだったんだから」


 悪びれる様子もなく、そう言い放つマルクスに瑛太は自分の頬が引きつるのがはっきりと判った。

 あれだ、きっとこの子は思ったことをつい口にだしてしまう可哀想な病にかかっているのだろう。意図せずとも相手を苛立たせる事ができるのは一種の才能だと思うよ、僕。


「どんな経緯でヘンリエッタの魔術を喰らったのか、まぁ、想像出来なくもないが、死ななくてよかったな」

「え、ええ、それはもう」


 驚いたら思わず魔術をぶっぱなしてしまうヘンリエッタの殺人的な癖を知っているのか、ラドマンが慈しみに満ちた視線を送る。察するに魔術ぶっ放しを喰らったのは一人や二人では済まないんじゃないだろうか。


「んで、ルゥ様はこんなむさっ苦しい所に何か用事が? ひょっとしてヘンリエッタにマルクスを探すよう頼まれたとか?」

「いや、そういうわけじゃないんス。実は請負人ギルドを経営していらっしゃるラドマンさんに少しお伺いしたいことがありまして」

「あ? 俺に?」


 まさか商業神が自分に用事があるなどとは考えても居なかったラドマンは目を丸くした。


「な、なんだよ。ルゥ様に何かを教えるほど俺は商売が上手いわけじゃないぞ?」


 といいつつも、照れた様に鼻を掻くラドマン。


「あ、お聞きしたいのは商売についてじゃなくて、請負人の方達について、なんス」

「請負人について?」

「請負人の仕組みとか、どうやって始めるのか、とかそこら辺を聞きたくて」


 瑛太が知っているのは、請負人は教会から発注される魔獣の駆除、犯罪人の捕縛などの依頼をこなす、という事だけで、そもそもどうやれば請負人になれるのか、請負人になるには何が必要かなど、瑛太は請負人の根本的な部分を何も知らなかった。


「んまぁ、そんな事なら正に今説明してた所だからお安い御用だけどよ」


 少し気まずそうにラドマンが頬をゆるめながら目の前に居るマルクスに視線を移した。 


「今説明していた、ってどういう事スか?」

「いや、その~……」


 にやけるラドマンと対照的にマルクスの顔が真っ青になっていくのがはっきりと判った。


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