第十三話 ケモミミ少女は塩漬け肉がお好き
エルトンの大通り沿いに立ち並ぶ商人ギルドのひとつ、飲食を提供する食事処にうんうんと頭を抱える一人の男が居た。
この世界では目立って仕方がないスーツ姿から、ウール製のチュニックと紺のブレーズボンに衣替えした瑛太だ。その衣服はヘンリエッタに借りている亡き父のお下がりだった。
「瑛太、これ食べてもいい?」
変わらないフード姿のルゥが皿に乗せられた豚の塩漬けを指さす。
その姿に瑛太は思わずため息をひとつついてしまった。
「それ、僕の大事なスーツを売ったお金で買った肉なんだから、ありがたく食べろよ」
瑛太がヘンリエッタに服を借りている理由のひとつがそれだった。
宿にホワイトムーンの二階を間借りしているとはいえ、食事までヘンリエッタにお世話になるわけには行かないと考えていた瑛太は、苦渋の決断で姉の茜から買ってもらったスーツを質に入れる事にしたのだ。
商人の向こうから悲しげに見つめる茜の姿が視界にちらつく瑛太はそのスーツを商人に渡すのに三十分の時間を要してしまった。
「あぁ、一週間も留守にして、心配してるだろうな。茜姉さん」
瑛太がグランドルーフの地に降り立ち、既に一週間が経とうとしているが、瑛太の頭に浮かぶのは向こうの世界に残してきた茜の事ばかりだった。
ひょっとすると警察沙汰になっているかもしれない。だって畳間の畳がひっくり返って僕の姿が消えたんだから。
「心配するでない。瑛太の世界とこの世界は流れる時間の速さが違う。向こうの世界ではまだそう時間は経っておらんはずじゃ」
皿の上に乗せられた数枚の豚の塩漬けから一番大きな一切れを吟味しているルゥがあっけらかんと答える。
「え、マジで?」
「うむ。時間にして、まだ数時間ほどだろう」
一際大きい豚の塩漬けを選んだルゥは、すぐさまパクリと食い付くと、もくもくと美味しそうに頬張りはじめる。
それほど時間が経っていない事にほっと胸をなでおろす瑛太だったが、数時間という言葉に陰鬱な気分に支配されていった。数時間って事は、僕が受ける予定だった就職面接はもう始まってるって事か。折角面接までこぎつけた会社だったのに面接を受けること無く落ちちゃうなんて。
「はぁ……」
「ため息をつくな。幸が逃げる」
「そりゃため息のひとつくらいつきたくなるよ。就職はダメになるし、ホワイトムーンの件は何も浮かばないし」
就職面接の件はグランドルーフに来た時点でほぼ諦めていた為に何処か区切りをつけていたものの、ホワイトムーンに関してはそうはいかなかった。ヘンリエッタが滞納している貨幣地代の支払い期限が刻一刻と近づいてきているからだ。
「ふむ。もう一度情報を整理してみてはどうじゃ?」
「整理? ホワイトムーンとバーバラ商会の?」
「それだけではなくその他の……そうじゃな、瑛太が言っていた買い渋りの件を含めじゃ」
「ん~……」
何かが見つかるやもしれんぞ、と豚の塩漬けの最後の一切れをぱくりと咥えながら提案するルゥに瑛太は思案するように首をかしげた。
「客層は駆け出しの請負人だよね。この地域に熟練者は居ないから、熟練者を相手に商売をしても意味が無い」
「儂もそう思う。で、あるならば、ホワイトムーンの『武器』はなんじゃ?」
「武器? 優れている所ってこと?」
バーバラ商会に勝ってる部分って事かな。
「武器はヘンリエッタさんの能力じゃないかな。銀細工の技術加工技術と、あとは……そうだなぁ、請負人の為ならどんな労力もいとわないってトコとか」
ヘンリエッタさんの「労力を惜しまず買い手の事を親身になって考える」っていうのは少なくともバーバラ商会には無かった。だってバーバラ商会は色気をつかって一文無しの僕に三個シルバーアクセサリーを売ろうとしたくらいだもんね。
「あとは、シルバーアクセサリーは請負人にとって重要なアイテムで、需要はあるんだろうけど、不景気の煽りを受けて請負人達が買い渋りをしている可能性は高いって事かな」
「ふむ。それから?」
「あとは、買い渋りをしている請負人にどうやってシルバーアクセサリーを売るかって事になるんだけど、請負人ギルドにはもうホワイトムーンの張り紙を貼ってるし、出来ることと言ったら、道端で彼らに直接『買ってけ』って言いまくる事くらいじゃないかな」
それがどの程度効果があるか判らないけど。
「ふむ。幾らかは効果があるかもしれんが、そのやり方はヘンリエッタが好むやり方ではあるまい? どちらかと言うと、バーバラ商会のやり方に近いぞ」
「そうなんだよな。かなり強引なやり方だよなぁ」
必要としていないシルバーアクセサリーを請負人に無理やり売ることは出来ない。ヘンリエッタさんのポリシーに反するからだ。買い渋っている請負人達にシルバーアクセサリーを売る。それも、無理やりじゃなく自然に──
「もっと簡単な方法はないのかなぁ。請負人達が喜んで買ってくれるような」
「そのようなモノがあったら、もうやっておるじゃろ」
お主が考えるまでもなく、と苦言を呈するルゥに瑛太はジト目で返事を返す。
そして、怪訝な表情を浮かべている瑛太は皿に残った豚の塩漬けの最後の一切れを奪い取った。一瞬の出来事にあっけにとられているルゥを横目に、瑛太はこれみよがしに塩気の聞いた豚の肉を口の中に押し込んだ。
「あっ!! それは儂の最後の一切れじゃ!」
「うるっさい! 元々は僕の金で買ったモンだっつの!」
がびーんという擬音が聞こえてきそうな程、口をあんぐりと開け、ショックを受けているルゥに苛立ちを携えながら瑛太が吐き捨てる。
状況を整理してはみたものの、判ったのは「買い渋っている請負人にどうやってシルバーアクセサリーを売るか」という問題がより鮮明に浮き彫りになっただけだ。
「くそっ、こんな時父さんはどうやって考えていたんだろ」
頭を抱える瑛太の脳裏に浮かんだのは、これまで数えきれないほどの企業の問題を解決してきた父、総一朗の背中だった。
「重要なのはマーケティングだ」と常日頃口にしていた総一朗だったが、「組織が抱える問題は簡単に解決できるものではない」とも言っていた。組織には幾人もの利害関係者が絡み合い、さらに組織をとりまく市場動向や買い手の動向も複雑に絡みあうため、机上の知識だけでは簡単には解決することはできないからだという。
「はぁ~、こんなことならしっかり聞いておくべきだった」
ため息をこぼしつつ、肉が肉がと喚くルゥの声をさらりと聞き流しながら、瑛太は何気なく気持ちのよい日差しが舞い込む窓からエルトンの大通りに視線を降ろした。
変わらず大通りを行き来している村人たち。教会から発行されている依頼を受ける為に、剣を携えた請負人の姿も見える。
と、そんな彼らの姿を暫くぼんやりと眺めていた瑛太の目に一人の少年の姿が映った。
「あれ?」
村人や請負人達の中でもひときわ目立つ、ブロンドヘアーととんがった耳を携えた少年。
ヘンリエッタの弟、マルクスだ。
川の流れに従うように、マルクスは請負人たちと同じ方向へ向かっている。
「ねぇ、ルゥ、請負人って、皆同じ方向に向かってるように見えるんだけど、なんで?」
「儂の肉をかっさらっておきながら、お主は儂に何か問うつもりか?」
ふてくされた表情で言い放つルゥ。こうなったらルゥはもう神様じゃなく、見た目通りのふてくされている只のワガママ少女だ。
「……判ったよ。後でもう一枚買ってやるから」
この一週間でだいぶルゥの扱い方が手慣れてきた瑛太は、即座にルゥに餌を与えるが如くそう言い放つ。そして案の定、ルゥの表情はころりと一変した。
塩漬け肉を思い描き、不敵な笑みを浮かべる神の威厳ゼロのケモミミ少女の姿に。
「儂が知る限り、請負人が行く場所はそう多くはない。特にこのエルトンではな」
「んで、どこなわけ?」
「請負人ギルドじゃ」
ルゥのその言葉に納得したような表情を浮かべる瑛太。
請負人ギルドって教会から発行された依頼を取りまとめているギルドの事だったよな。確かエルトンの請負人ギルドは「父と親交があった人が運営しているギルド」とヘンリエッタさんは言っていた。顔見知りであるなら、請負人じゃないマルクス君が行ってもなんらおかしくない、か。
「良し、請負人ギルドに行ってみよう」
「えっ?」
急に思い立ったように席を立つ瑛太。
「ちょっとまつのじゃ瑛太。儂の……肉は……?」
「肉は逃げないから! 後で!」
時々このケモミミ少女はホントは神様じゃなくて、単に僕にたかっているひもじい只の女の子なんじゃないかと思ってしまう。
「絶対に忘れるでないぞ」と何度も確認するルゥに瑛太は深い溜息をひとつつくと、マルクスを追い、大通りを北へ向かった。




