第39話 パーティというもの
「一時間だけでいいです」
久保田がそう言ったのは、施設でその話をしたときだった。
「苦手なんですよ」と悟は答えた。「ああいう場所が」
「知ってます。でも俺が話しやすいんです、悟さんがいると」
「なんでですか」
「隣に普通にしてる人がいると落ち着くんですよ。悟さんって、どんな場所でも普通にしてるじゃないですか」
悟はお茶を一口飲んだ。
「普通かどうかはわからないですが」
「普通ですよ。一時間だけお願いします」
悟は少し間を置いた。
「わかりました」
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居酒屋は駅から歩いて五分の場所にあった。個室ではなく、奥のテーブルをいくつかくっつけた席で、探索者が十人ほど集まっていた。
悟は入り口で少し立ち止まった。声の大きさと、酒のにおいが先に来た。
久保田が「来てくれました」と迎えに来た。
「端の席でいいですか」
「好きなところどうぞ」
悟は一番端の席に座った。お茶を頼んだ。
松田がすぐ隣に来て座った。
「悟さんも来たんですか」
「一時間だけ」
「俺も人多いの苦手で。でも悟さんがいるから来ました」
悟は松田を見た。
「そういうことを俺に言ってどうするんですか」
「なんとなく」と松田が言った。「悟さんがいると怖くないんですよ、こういう場所。不思議ですよね」
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乾杯が終わって、しばらくすると、向かいのテーブルから何人かがこちらを見ているのに気づいた。
しばらくして、一人が近づいてきた。三十代くらいの、体格のいい探索者だった。
「あの、久保田さんのところの……」
「まもの預かり所をやっています」と悟は言った。
「あ、そうなんですね。噂で聞いてて。魔物をそのまま預かってくれるっていう」
「そうです」
「ウォームドレイクとかも?」
「います」
男が振り返って、仲間に向かって「いたって」と言った。向こうのテーブルが少し騒がしくなった。
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その後、何人かが順番に話しかけてきた。
「魔物って、施設に入れていいんですか」「怪我した魔物はどうなりますか」「依頼で捕獲した場合でも預けられますか」
悟は短く答えた。「入れていいです」「状態を見て対応します」「事前に連絡してください」。
一人が「もっと詳しく教えてほしいんですが」と言った。困ったような顔をした。
悟は少し説明を足した。施設の仕組みと、受け入れの条件と、預けるときの注意点を、順を追って話した。相手がうなずくのを確認しながら話した。
松田が隣で「悟さんって、説明するときは丁寧なんですよね」とぼそっと言った。
「困ってたので」
「それだけで動くんですか」
「困ってる顔をされたら、多少は」
話しかけてきた探索者が「また施設に行ってもいいですか」と言った。
「どうぞ。事前に一報もらえると助かります」
「わかりました」と男が頷いた。「久保田さんの話、ずっと聞いてたんですよ。面白そうだなって」
悟は「そうですか」と答えた。久保田がそういう話をしていることは知らなかったが、まあそういうこともあるか、と思った。
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会場の隅の方で田中の顔が見えた。こちらに気づいて、軽く頷いた。悟も軽く頷き返した。
松田が「あ、田中さんもいる」と言った。
「業務ですかね」と悟が言った。
「パーティに業務で来る人いないですよ」と松田が笑った。
田中が手を挙げた。久保田に向かって「おめでとうございます」と口を動かした。久保田が「ありがとうございます」と頭を下げた。
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一時間が経った。悟は久保田のそばに行って、小さく耳打ちした。
「一時間経ちました」
「もう少しだけ」
「一時間という話でした」
「あと三十分」
悟は少し黙った。
「……わかりました」
席に戻った。松田が「どうでした」と聞いた。
「もう少しいることになりました」
「あはは」と松田が笑った。「久保田さんも人が悪いな」
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結局、二時間いた。
帰り道は久保田と松田と三人で、駅まで一緒に歩いた。夜風が少し冷たかった。
松田が「思ったより悟さん、しゃべってましたね」と言った。
「そうですか」
「うん。あんなに説明するの初めて見た気がします」
「困ってた顔をした人が多かったので」
「それだけで動くんですよね、悟さんって」
しばらくして、久保田が口を開いた。
「悟さん、ここ来てよかったですか」
悟は少し考えた。
「悪くなかったですよ」
久保田が笑った。
「それが悟さんの最高評価ですよね」
「そうかもしれないですね」
松田が「厳しいな」と言った。悟は「そうですか」と答えた。
駅の改札で三人は別れた。
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翌朝、田中から連絡が来た。
「昨夜はお疲れ様でした。ところで、正式な報酬についての提案をしたいと思います。改めてお時間いただけますか」
悟はそのメッセージをひと通り読んで、返信した。
「どうぞ。いつでも」
施設に戻って、お茶を淹れた。レグが足元にきて、悟の足首に鼻先を押しつけた。
「留守にしました」と悟はレグに言った。「問題なかったですか」
レグは特に何も言わず、悟の足首を一度だけ鼻先でつついて、縁側に戻っていった。
「慣れですよ」と悟は言った。




