行きたい場所
「今度の週末、ちょっと遠出してみても良いですか?」
「好きにしたら良いんじゃない?」
別に週末を一緒に過ごさなくてはならないルールなんてないし。
青年がいないと言う事は、ぐーたら過ごして良いって事だな? 久々に寝坊とかしちゃっても許される訳です。
「実家がどうなったのか、祖母に見て来て欲しいと言われていて」
あぁ、なるほど。
捨てて来たとは言え、やっぱり気になるよね。
ずっと昔に置いて来た故郷か。
若い時は生活に追われて気にならなかったとしても、老年になって昔の事を色々思い出したりもあるだろう。
「うん、良いと思う」
カオル青年があっちに帰る事も想定して、写真を撮った方がいいのか? デジカメなんてないしな、スマホを貸す訳にもいかないし……。
「じゃあ、早起きして行きましょうね」
「え? 私も行くの?」
なんで?
一人で行きなよ。
「ハルさん、僕がいないと家でダラダラ過ごすだけですよね?」
私の生態を熟知しているな、青年よ。
「贅沢な休日の過ごし方と言って欲しい」
貴重な休みを何もせず過ごす。これぞ最高の贅沢!
「おにぎりの具は何が良いですか?」
「一人で行きなって」
「まだこっちには慣れていないから心配で」
「この前電車に乗って買い物してきてたじゃない?」
かなり複雑な乗り換えしてたよね?
「不審者と思われて捕まったら怖いですし」
「イケメンだからとナンパされる可能性は高いとは思うけど、不審者はないと思う」
「そんなに嫌ですか?」
「嫌って言うか……。
私はたまたまカオル青年を拾っただけの人間だし、そんな人間をおばあさんの思い出の場所に連れて行っちゃ駄目でしょ」
連れて行く相手が違うだろう。
「そこまで思い出の場所じゃないから大丈夫です」
「人の話を聞け」
眠い目をこすりながら、カオル青年に手を引かれて最寄駅に向かう。
「ハルさんは朝が弱いですね」
「夜型だと自認してる」
健康的な生活にはなったものの、朝に弱いのは変わらない。これはもう、体質と言う奴です。
祖母の実家の住所を暗記してきた彼は、ネットで最寄駅を調べていた。聞いた事もない駅だったが、路線は辛うじて聞いた事があった。
到着した駅は閑静な住宅街と言う奴で、高い建物もなく、すれ違う人もまばらだった。
マップアプリに誘導されながら向かった先に、平屋の家が建っていた。
表札には三間坂と書かれている。
「おばあさんの旧姓?」と尋ねると、青年は頷いた。
と、言う事はカオル青年の祖母の親類が、まだここに住んでいると言う事だろうか?
無言で家を見つめる青年。
「どちらさま?」
声をかけられて振り向くと、老婆が立っていた。
手には買い物袋を持っている。
老婆はカオル青年の顔を見て、「ユカリ姉さんの関係者かしら?」と尋ねてきた。
青年は驚いた顔をして、ゆっくりと頷いた。
目を細めて笑う老婆。その笑顔は、カオル青年によく似ていた。
案内されて、最近では大変珍しくなった縁側に腰掛ける。
「大したものがなくてごめんなさいね」
私とカオル青年の間に緑茶の入った湯飲みが置かれて、慌てて頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、突然何も持たずに押し掛けて……すみません」
まさか青年の親類に会うなんて思ってなかった……。
「姉さんは元気にしてるのかしら?」
「はい、元気です」
「それは良かったわ」
そう言ってにこにこと笑う老婆──青年の祖母、ユカリさんの妹さん。
「姉さんはパワフルな人だったし、こうと決めたら突き進む人だったから、何処に行ったとしてもなんとかやっていけるだろうとは思っていたんだけど、まさか姉さんの孫に会えるとは思っていなかったわ」
突然姉が失踪して、その後始末は大変だったろうと思う。長い年月が経ったからこうして笑っていられるのではないだろうか。
「来月には私もホームに入る事になっていたから、会えて良かったわ、本当に」
来月だったら青年は祖母の妹に会えなかった。
巡り合わせって、あるんだな、本当に。
青年も、妹さんも何も話さず、二人は庭に植えられた立派な紅葉の木を眺めていた。
キレイに色付いた葉が、足元の土を赤く染めて美しかった。時折強く風が吹くと、葉が舞うように飛んでいく。
「祖母は、この木が好きだったと言っていました」
「えぇ、よく言っていたわね。
嫁入りする時は木を持って行くとまで言っていたぐらいだったのよ」
流石に異世界に木は持っていけなかっただろうな。
「帰りに葉を何枚かいただいても良いですか? 落ちているもので良いので」
青年の言葉に妹さんは勿論よ、と笑顔で頷く。
妹さんと青年の祖母は何処か面影が似ているんだろうと思う。
同じように笑うこの二人に、血の繋がりを感じる。
それから他愛もない話を少しして、お暇した。
去る前に、妹さんに写真を撮らせてもらって良いかと尋ねる。快諾いただいたので、家の写真を角度を変えて何枚かと、カオル青年と並んでもらって撮った。
コンビニとか行って現像しよう。そうすればカオル青年があっちに戻るにも、戻らずにいたとしても記念になるだろう。
「良かったね、会えて」
はい、と答えて青年は頷く。
「祖母から妹がいる事は聞いていましたが、まさか会えるなんて思いませんでした。
あの木も、まだ残ってるなんて思わなかった」
ポケットから取り出した葉をくるくると回す。
「それ、ラミネートして栞にしようか」
ラミネート? と聞き返す青年に、ラミネート加工をスマホで検索して見せる。
帰りの電車で色々調べていると、どうやら100均アイテムで実現出来るみたいなので、寄って行った。
失敗しても良いように家にあった不要なもので練習を重ね、紅く染まった葉をラミネートして栞を作った。
「上手く出来たね、カオル青年は器用だね」
「前から思っていたんですけど、その青年呼び止めません?」
「私は気に入っているんだけどなぁ、カオル青年呼び」
「僕は気に入ってません」
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「カオル」
呼び捨てってちょっと、距離が近付く感があって、嫌かなぁ。だから別の呼び方を提案するる事にした。
「じゃあ、カオルくん」
「カオル」
「カオルくんで決まり。ダメなら青年呼び続行する」
不満げではあるものの、カオル青年──もとい、カオルくんはまぁ、とりあえずそれで、と言った。
一緒に食事を作って、洗濯物を畳んで、買い物をする。
生活と言うものが面倒で、煩わしくて堪らなかったのに、今はその生活が楽しいと思い始めていた。
……ご褒美を、もらい過ぎたのかも知れないな。




