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私の居場所  作者: 黛ちまた


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4/10

不思議な同居生活

 カオル青年との奇妙な同棲生活が始まってからあっという間にひと月が経過した。

 残業はよっぽどじゃなければせずに帰り、青年が作ってくれた料理を食べる。

 恨めしそうに私を見つめる足立さんに気付かないフリをし、さっさと帰宅する。

 その他の同僚にもこれまでしていた一方的なフォローもやめた。まったくしていない訳じゃないけど、これまでみたいに残業してまで手伝う事は止めた。これが本来あるべき姿だったのだと思う。

 困ってるからと何でもかんでも助けていたけど、彼らの成長を阻害してたのはどう考えても私だ。

 あの時もう助けてやらんなんて思ってたけど、思い違いも甚だしい。私が勝手にやってた。たぶん、好かれたくて。頼りにされたくて。

 必要だと思って欲しくて。


 メアドを取ってカオル青年に使ってもらってる。このご時世にメールって言うのもなんだけど、スマホは高いし、青年も欲しがらなかったのを良い事に、預けたPCにメールを送ってやりとりをしている。


 スペアキーと少しのお金を渡しておいたので、少しずつ行動範囲を広げたようだ。聖徳太子も無事に諭吉先生になったと聞いた。

 出かける際には、律儀に買い物に行ってきます、帰りました、とメールを送ってくる。

 友人たちも結婚したりと、頻繁に連絡を取る事も減って、滅多に動かなかった私のスマホは、カオル青年からのメールを頻繁に知らせてくる。

 なんともくすぐったい。恋人ではないから甘い言葉なんてないし、ただの報告メールなのに。 

 こんなに自分は寂しかったんだと思い知らされた。


 近くのショッピングモールでカオル青年の服などをひと揃えした。どのぐらい一緒にいるか分からないから、多くは買っていない。それ以上を青年も欲しがらなかったし、必要になれば買い足そうと思う。

 私の元から出て行く時は、全部持って行って欲しいな。安物だけど。

 立つ鳥跡を濁さずの言葉を通りに、痕跡を残さずに消えて欲しい。夢だったかと思う程に、キレイに。


 青年は異世界人だとは言うものの、見た目はクォーターっぽいというか、生粋の日本人ではないのかな、と思わせる顔立ちで、身体つきもしっかりはしているものの、規格外と言う訳でもない。

 髪の色は黒だし、瞳はこげ茶だ。ただ、イケメンだ。私が横に並ぶのに不相応な程に。多分傍から見たらホストとその客に見えるんじゃなかろうか。


 こっちの世界とあっちの世界はそんなに差がないと言うだけあって、彼はすぐにこちらの生活に慣れたようだった。

 洗濯も掃除もやってくれて、いつから仕舞い込まれていたんだ、って言うかよく見つけたね? と言いたくなるぐらい奥地に仕舞い込んでいたアイロンを引っ張り出して、私のシャツにアイロンがけをしてくれる。


 無駄遣いもしないし、これなら主夫になれるのでは?

 バリバリ働きたい女の人を捕まえるのもありなんじゃないかと言ったら、それならハルさんで、とリップサービスをいただいてしまったけど、私は永遠に君を養える程の稼ぎはないです、とお断りしておいた。

 でも、ありがとう、嬉しいよ。


「ハルさん、起きて下さい。散歩に行きますよ」


「うぅ……まだ眠い……」


「駄目です」


 週末の私は寝溜めをするのが定番だったのに、カオル青年が来てからと言うものの、朝に必ず起こされて近所を散歩させられる。

 朝日が眩しい……。

 フラフラしながら歩く私の手を、ほら、行きますよ、と言って青年が手をつないで引っ張ってくれる。

 イケメンに手を引っ張られて歩くヨレヨレな私は、どう見ても草臥れた女で、こんな眩いイケメンとは似合わない。

 分かってるけど、期間限定のご褒美と思ってる。







「平坂、メシ行くぞ」


 休憩開始直後に課長に声をかけられ、食堂に向かう。定食のトレイを手にし、空いてる席に座った。

 いただきます、と合掌してからお味噌汁を口にする。


 「誰かさんのお陰で全体的な残業時間が増えて部長から怒られたぞ」


 私がフォローしてないから、だろうか?


 課長はこちらも見ずに冷奴を口にする。


「でもまぁ、これまでがおかしかったんだ。上もようやくオレの言ってる事を理解したようだがな」


 課長は以前から、私に過剰なフォローは他のメンバーの為にならないから程々にしておけと言ってくれていた。

 それを無視してフォローしていたのは私だ。


「すみません」


「いや、俺達、上がしっかりしてないからおまえにそうさせていたんだろうよ」


 頑張っても評価されない。

 仕事の報酬は仕事。

 残業したら怒られる。

 モチベーションの維持が難しい職場なのは事実だった。


「上にとっても、アイツらにとっても、良い機会だ。助けてもらう事と依存は違うって事を知らないと頭打ちだからな」


「……はい」


 頷いて米を頬張る。


「そうそう、仁科、凹んでるぞ、おまえに振られて」


 思わず顔を上げて課長を見るものの、こちらも見ずに切り干し大根の煮物を食べていた。


「……アレってそう言う扱いになるんですか?」


 あれからも仁科に飲みに誘われた。口頭ではなく、メールでだったけど。勿論、丁重にお断りしておいた。


「まぁ、アレは仁科が悪い」


 答えになってない。

 課長の次の言葉を待つ。


「良い大人がみっともない事してんだ。自分の失敗の尻拭いぐらい、やらないとな」


 課長の言い方だと、まるで仁科が私を好きだったように聞こえて落ち着かないから、止めて欲しい。


「好意と執着は違うからな、気にしなくて良い」


 執着?

 ますます分からなくなってくる。


「課長、勿体ぶった言い回ししないで、はっきりおっしゃって下さい。私はその辺の機微が分からない粗忽な女です」


 呆れた顔で課長は私を見る。

 いや、そんな顔されても。

 それに何て言うか、自分に都合良く考えて痛い目を見た人間としては、第三者の客観的な視点が欲しいと申しますか。


「アイツは高をくくってたんだよ、おまえの相手をしてやってる、ってな」


 そうですよね、と思った私は頷く。


「調子に乗っておまえを利用しておきながら、自分に惚れるな、なんて牽制した。ただの飲み仲間だったとしても、言い方がある。人を馬鹿にしすぎだ。

おまえを未だに誘うのは、ただの執着って奴だ」


 あの後呼び出された仁科が課長から叱られた、と言うのは他の人から聞いた。仁科からすれば弱り目に祟り目だろうけど、同情はしない。


 執着。

 つまり、好意はないけど、自分のものだと私の事を思っていたって事だろうか? いや、確かに好意を持たれてるのかと勘違いして、仕事手伝ったり、愚痴聞いたり、武勇伝適当に褒めたりはしていたけど。

 って言うか、何で誘われてるのを知ってるんだ、メールってもしかして監視されてるんだろうか……カオル青年との遣り取り、スマホでやってて良かった。


「仁科の事は気にしなくて良い」


「はい、ありがとうございます」


 課長は言葉こそぶっきらぼうだけど、優しい。

 仕事も出来るし、部下の事もよく見てくれていて、信頼のおける上司だ。

 なんで既婚者なんだ。未婚だったら絶対好きになってる。


「それで、あの大型犬はなんなんだ?」


 ぎょっとして課長を見ると、こちらを見てにやりと笑っていた。


「随分と美犬じゃないか?」


 まさか、見られたのか?!

 いや、でも、生活圏が違うだろう。


「たまたまな、見た」


 見たって言われた! いつだ?! 散歩してる時?! 買い物にいった時?!


「あれじゃあ、仁科はお呼びじゃないな。

それにおまえ、だいぶ小綺麗になったから、男が出来たんじゃないかと噂になってるぞ」


「えぇっ?!」


 カオル青年との生活で、不規則で不健康な生活から一転、大変規則的で健康志向な生活を送っているのは事実だ。お陰で肌が少しキレイになってきたなとは思っていたけど。

 突如残業を止めたりもしたし、そんな風に見られてるのか……。

 残念ながら男は出来ていないんだけど。


 いずれ彼は私の元から巣立って行く。

 好きになっても無駄だ。

 さすがに好きになるのはちょっと自分でも図々しいと思うからならないと思う。ならないと、思いたい。

 ただ、あまりに居心地が良くて、いなくなった後の喪失感は半端なさそうだ。


「一時的に預かってる存在と言いますか」


 間違ってない。

 流石に異世界から来た青年です、とは言えない。

 おまえ頭大丈夫か? と問われた時に大丈夫だと言い切れる自信がない。


「ご褒美タイムと申しますか」


「……深くは聞かないが、相談なら聞く。

厄介事ならあんまり深入りはするなよ」


「……はい、ありがとうございます」


 屈託のないカオル青年の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 本当に、犬のように真っ直ぐな奴だと思う。


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