Σ(゜д゜lll) 隠し事
マユハの回廊突破から十五分後。
代表支配人室では、海箱ユユが複雑な表情をしていた。
真新しいペンを、指先で回しながら言う。
「要望はわかりました」
部屋の中央では、アノン監督が床の上に正座している。こちらから強制したわけではなく、彼女が自発的にしているのだった。
赤の回廊でペンキまみれになったアノン監督だが、《劇番衆》の大部屋に寄って、シャワーを浴びてきていた。その際、着替えも済ませており、今は《劇番衆》用の白いジャージ姿になっている。
髪を乾かす時間はなかったみたいで、広げたバスタオルを頭に乗せていた。タオルの端で時折、濡れた髪を拭き拭きしている。
そんな彼女の様子を眺めながら、海箱ユユは内心で微笑していた。まさか、『奥館』をお散歩中の監督が、ああして強引に《ゲート・シャッター》を通過するとは予想外だった。
マユハが回廊を突破した件、あれについては、アノン監督の要望を、全面的に受け入れるつもりでいる。
実を言うとあの時、自分も介入しようとしていたのだ。
正しい方法で回廊を突破した役者は、本日の《無無劇》、その舞台に立つ資格がある。そう思っているからこそ、赤の回廊に緊急指示を出そうとしていたのだが、わずかの差で、アノン監督に先を越されてしまった。
結果オーライではあるものの、そのことを喜んでばかりもいられない。
別に気がかりなことがある。アコンプリスが定めた特殊ルールだ。
――《役者勢》の回廊突破、それが一定人数を上回ったら、『奥館』に火を放つ!
で、今のところ、「火事が起きた」という報告は受けていない。
ここ『奥館』の厳重な警備態勢が、功を奏しているのか。
ではなく、「一人はセーフ」ということなのか。
しかし、本日の《ゲキバン》はまだ続く。
この先、突破人数が二人、三人と増えていけば、いつかは上限に達するだろう。何人までが許容範囲なのか不明な以上、今後も完封指示を継続しなければ。
(さて、と)
海箱ユユはニコニコすると、
「アノン監督、私に隠し事をしていますよね?」
「・・・・・・な、何のことかな」
彼女が急に、視線を横へと泳がせる。
「とぼける気ですね」
海箱ユユは疑っている。
この『海箱座』の中に、アコンプリスの内通者がいるのだ。
それはおそらく・・・・・・。
「すでに、ある程度は把握しています。ですが、あなたの口から直接聞きたいのです。知っていることを全部、今すぐ正直に話してください」
「絶対に怒らないって、約束してくれるなら・・・・・・」
「今すぐ怒りますよ!」
海箱ユユは指の間で、ペンをへし折った。
まずは右手で。
そのあと無言のまま、別のペンを机の引き出しから取ると、左手でもやる。
こうして、二本のペンの残骸が完成した。
それら二本を床の上、アノン監督の前にポイする。
今折ったペンは両方とも、商品企画部で最近開発したものだ。見た目は普通のペンだが、小さな子どもでも簡単に折ることができる。土産物として販売するつもりの「手品シリーズ」、その試作品だ。
でも、そんなことををアノン監督は知らない。
海箱ユユは冷たい声で問いかける。
「アノン監督、右手の小指と左手の小指、どちらが不要ですか? 隠し事を続ける気なら、まずは片方、こんな感じに折ってあげます」
このハッタリが通用した。
「ごめんなさい」
彼女が自白してくる。
「前に頼まれた暗号の解読で、ボクはウソをついていました」




