Σ(゜д゜lll) 勝敗の読めない相手
「鈴木一億か」
エピテリカはつぶやいた。
こいつの名前も、例のリストに載っている。狩りの獲物が追加された、というわけだ。
「紫の《選定候》、すでに勝敗はついていると思うけどね。それ以上は、やり過ぎだよ。第一、《劇番衆》同士の私闘は禁止だし」
幼稚園児っぽい声。
それを聞き流しながら、エピテリカは素早く相手を観察する。
鈴木一億は大きなハリセンを手にしていた。あれで、今の突風を起こしたに違いない。どうやら、こいつも近場で特訓していたようだ。
たしかに、鈴木一億は強い。
だが、石化少女たちも含めて、彼ら三人だけなら、まだ勝ちが十分狙える。
しかし、この場に現れたのは、鈴木一億だけではなかった。
もう一人いる。
それに気づいた瞬間、エピテリカは緊張した。鈴木一億の肩から、視線を動かせない。
そこには、美少女が座っている。黄色いヘルメットをかぶり、白いジャージを着ていた。
エピテリカは警戒心を露わにしつつ、その名前を告げる。
「アリリス・・・・・・」
彼女は黄の回廊の《劇番衆》で、鈴木一億の相棒だ。
エピテリカが一対一で戦ったとして、勝敗の読めない相手、その一人でもある。
かつては、「海箱ユユの再来」とか「それ以上」とか呼ばれた天才。
だが、アリリスは大きな弱点を抱えていた。
そのせいで現在、世間からの評価は大暴落している。天才は天才でも、眠れる天才。落ちこぼれの天才。例のリストにも、彼女の名前は載っていない。
しかし、エピテリカは今でも、アリリスのことを認めている。
最強の座を狙える《劇番衆》の一人だと。
前にルックナーとお酒を飲んだ時、あの男も似たようなことを言っていた。きっかけさえあれば、大きく化ける存在だと。
そんなアリリスが、自分の前に現れたのだ。
この脅威に対して、エピテリカは表情を硬くする。
今の状況において、彼女の弱点は、大した意味を持たないだろう。
片やこちらは、リンドエンドが入った麻袋を、担いでいるのだ。両手を自由に使える状態ではない。
こうなると、立場が逆転する。狩る側と、狩られる側とが。
しかも、アリリスが両手にはめているのは、見慣れない手袋だ。革製で、紫に着色されている。
目を凝らしたところ、どの指先からも、透明の糸が伸びていた。
これまでの《ゲキバン》において、アリリスの武器はハリセンだった。あんな手袋ではなかった。ということは・・・・・・。
思わず息を飲む。
(ついに手にしたのか、専用武器を)
おそらくは、「彼女の長所を最大限に活かすもの」だと考えられる。
となると、この勝負の行方は・・・・・・。
エピテリカは想像せずにはいられない。
アリリスに敗れ、捕まるようなことがあれば、
(一達さまの計画に悪影響を及ぼす)
そんなご迷惑をかけるわけにはいかない。
今になって、石化少女たちの粘りを、恨めしく思った。
あの二人を速攻で倒せていたなら、アリリスとの遭遇は避けられていたはず。
しかし、こうなっては仕方がない。エピテリカは苦渋の決断をした。
逃げに徹するのである。
その下準備として、鈴木一億に呼びかけた。
「これをお前に預ける。大事に受け取れ」
右肩に担いでいた麻袋を、パンダのぬいぐるみに向かって、山なりに投げた。
相手がハリセンを持っていない方の手で受け止めるのを見届けてから、エピテリカは一目散に逃走する。
アリリスは強い。
鈴木一億が「最大」の《劇番衆》であるのに対し、彼女は「最速」の《劇番衆》だ。
こうでもして身軽にならないと、この場から逃げきるのさえ難しい。
自分は今ここで、絶対に捕まるわけにはいかないのだ。




